政策決定過程 鳩山政権への注文 優先順位の明確化急げ

東京大学法学政治学研究科教授、政策ビジョン研究センター長、公共政策大学院 副院長
城山 英明

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この文章は日本経済新聞「経済教室」に 2010年2月26日に掲載された原稿です。

城山 英明 教授

ポイント

  • 政策判断の基準や根拠は依然、不透明
  • 判断の前提となる情報収集の回路確保を
  • 個々の分野での決定過程の革新も必要

判断基準を透明に 社会への影響、再検討を

昨年9月の政権交代は、政策形成過程の革新自体を目的の一つとするものだった。民主党は、内閣の下での一元的政策決定、政務三役を中心とした政治主導での政策形成、国家戦略局を活用した官邸機能の強化、行政全般を見直す行政刷新会議の設置などを衆院選のマニフェスト(政権公約)に掲げた。そして、政権発足直後、首相決定で国家戦略室が、閣議決定で行政刷新会識がそれぞれ設置され、地方、民主党の政策調査会は廃止されることとなった。以下では、この2つの新設組織の現状と課題を中心に、鳩山由紀夫政権の政策決定プロセスについて考えてみたい。

新政権における政策決定プロセスの実験として最初に注自を集めたのは、行政刷新会議による事業仕分けであった。行政刷新会議は首相をはじめとする主要閣僚のほか、5人の民間有識者で構成されている。

民間有識者の意見や情報を参考にしつつ、透明性のある枠組みの下で主要閣僚の議論を活性化させる行政刷新会議の仕組みは必ずしも新しいとはいえない。詳細な議事内容が公表されるなどの点のほか、行政刷新会議に参加した民間有識者の正当性を問題視する意見もあるという面で、経済財政諮問会議との連続性を指摘することもできよう。

この行政刷新会議による事業仕分けは、従来密室において行われていた財務省主計局と各省庁間の予算査定過程を透明化した点で意義があったといえる。これは言い換えれば、プロセスに関する透明性は確保されたということだ。

問題なのは、このプロセスにおいて実質的な政策判断をどう行ったか、その基準や根拠が透明になったわけではないことだ。行政刷新会議の議論では、一般論としては事業仕分けの場では「政策判断」をせず、政策目的を所与とした上で、国の税金を使用することの有効性、効率性を判断することが強調された。

一方、現実の連用では、例えば「優良児童劇巡回等事業」では、多くの評価者が必要性は乏しいと判判断したが、ワーキンググループの責任者の政治家がそれを覆した。また行政刷新会議の本会議では、基本的にはワーキンググループの作業を尊重するとした一方で政治判断の必要性も繰り悲し強調された。評価者に雇用、環境、子どもを重視する政権の意図が浸透しているのか、懸念も表明された。

これらを踏まえると、現実には、政策の優先順位に関する判断が重要であることを示唆する。一定の政策自的を所与としてその実現のための有効性、効率性を判断するだけではなく、複数の政策目的間の相互関係や相互の優先願位を規定する実質的な政策判断の基準・根拠を透明化することが今後求められるのだ。

鳩山政権におげる政策決定過程のもう一つの実験は、国家戦略謹の創設と閣僚レベルの委員会の活性化であった。国家戦略室は、今年1月時点で、約20人のスタッフで構成され、そのうち半分以上が民間出身者である。また、組織的には、副大臣である室長の下の、極めてフラットな組織である。国家戦略室における提案は、国家基本政策委員会、成長戦略策定会議といった関係閣僚レベルにおいて議論され、最終的には閣議によって決定される。

民間出身者と各省出身者の構成部隊に新たな政策アイデアの創出を期待するという仕組みも必ずしも新しいものではない。例えば、橋本行革の青写真作成のために1996年11月に設置された行政改革会議の事務局の調査官は同数の若手各省庁出身者と民間出身者で構成されていた。

国家戦略室は、税財政の骨格、経済運営など内閣の重要政策に関する基本方針のうち首相から特に命じられたテーマの企画・立案・総合調整を幅広く行うことが期待されている点で、所掌事務が経済財政政策関連に限定されていた経済財政諮問会議と異なる。経済財政に限定されない幅広い観点で政策を位置付け、その目的の優先順位を明らかにすることが期待されていた。来年度の予算編成過程では最終局面で民主党の幹事長室が全体のバランス判断を行ったが、これは本来、国家戦略室や関係閣僚会議が果たすべき役割であった。

国家戦略室については、目立った成果が見えないという批判もある。だが温暖化問題への対応はこの組織の本来の機能を考える上で興味深い。

昨年10月下旬から11月中旬にかけて、温暖化ガス排出の90年比25%削減という中期目標達成に向けた必要なコストを検討するタスクフォースが設けられた。だがそこでの議論は住宅断熱に伴う生活の質の向上という付加的便益が考慮されていないなどコストや便益の範屈は限られ、またモデルの前提となる社会シナリオが明らかでなく、そのため様々な便益間の重み付けができないなど、政策判断の基礎が得られなかった。

一方、12月半ば以降、国家戦略室を中心にまとめられ同30日に閣議決定された「新成長戦略」では、幅広い政策目的に留意し、温暖化問題についても単なる防止策にとどまらず、対策を施すことが国際競争力や生活の質向上にもつながることが指摘された。ここには、個々の政策を多様な社会目的に影響を及ぼす手段として位置付けるという本来期待された機能を果たそうとした節がうかがえる。

もっとも、この新成長戦略はわずか2週間でまとめられ、やや総花的であり、課題間の相互関係や必要な優先位設定が不明確である点は否めない。盟家戦略というからには、どこに政策目的間のトレードオフが存在するのか明示し、そこでの選択の方向性を示すことも必要だ。

もちろん、政策目的間の関係は必ずしもゼロサム的なトレードオフ関係に立つわけではない。例えば省エネ政策は温暖化対策とエネルギー安全保障政策という複数の政策目的に寄与するというように、一つの政策が複数の政策目的に寄与することはありうる。そうしたいい意味での「同床異夢」が成り立つ場合は政策目的間の優先順位を設ける必要性は高くない。

ただし、そうした状況が常に想定できるわけではない。したがって、様々な政策の多様な政策目的を包括的にレビューした上で、どのような条件であればそうした優先順位を設定しなくてよいのか、どのような条件でいかなる「政策判断」が必要なのかを探る、いわば「棚卸し作業」が必要になろう。このような作業を行うのは最終的には政治の役割であるが、政治を隔離するのではなく、政治判断の前提となる広範な情報確保の回路は確保しておく必要がある。

その典型が科学技術政策の領域にみてとれる。行政刷新会議の事業仕分けの過程では、例えばスーパーコンピューターが、なぜ、どんな政策目的のために世界一を追求する必要があるのか、説明が欠知していることが問題とされた。また、文部科学省における第4期科学技術基本計画に向けた検討でも、従来のように特定の科学技術分野を重点分野として設定するのではなく、重要な政策課題と科学技術の研究開発を直結させる方向性が示されている。

いずれにおいても、科学技術の多様な政策的社会的インパクトを明らかにするテクノロジーアセスメント(技術の社会影響評価)のような制度や様々な政策課題と科学技術を「つなぐ」人材が求められているといえる。また科学技術分野は不確実性がつきもので、将来の発展可能性を考えれば多様な技術的選択肢を残すことも重要であるが、同時に限られた資源の下ではトレードオフを伴う政策判断も要請されている。検討中の科学技術戦略本部にはそうした優先順位設定を含む戦略形成が必要になろう。このように科学技術政策は、政策判断基準の透明性確保、優先順位の設定などの課題への対応が求められる鳩山政権の政策決定過程の試金石であるといえる。

今後は、行政刷新会議や国家戦略室といった首相を中心としたトップダウンの仕組みだけでなく、科学技術政策をはじめとする個々の分野で政策決定過程の革新を促すとともに、それらを水平的に連携させていくというボトムアップの試みも必要であろう。