エネルギー政策再構築(下) 原子力安全の体制見直せ
この記事は日本経済新聞「経済教室」に2011年5月20日に掲載されたものです。
城山 英明 教授
1.欧米は原子力安全規制機関の独立性を強化
2.原発事故で規制機関分散の弊害が明らかに
3.原発立地地域への説明に国の機関が関与を
4.自治体の役割を明確に
5.幅広い関係者の議論の場を持ち、原子力安全規制体制の再検討・再構築を
福島第1原子力発電所の事故を受け、世界的にエネルギー政策が再検討されている。当然、日本でも今後、エネルギー政策における原子力発電への依存度をどうしていくのか、再生可能なエネルギーの活用をどの程度進めていくことが可能なのか、といった大きな戦略について、国民的議論を喚起しつつ社会的に意思決定していく必要がある。
将来のエネルギー政策論議を開放的空間で進めることの重要性は言うまでもない。同時に、いかなる選択肢をとるにしろ、一定数の既存原発が運転を続け、さらに廃炉処分や廃棄物処分を進めていかなくてはならない以上、今回の事故の教訓も踏まえて、原子力安全規制体制の再構築を早急に検討する必要がある。原子力安全規制体制を再構築する際には、大きな方向性としては以下の点が重要である。
1.原子力安全規制機関の独立性を強化
第一に、原子力安全規制機関の独立性を強化する必要がある。日本では、1974年9月の原子力船むつの放射線漏れ事故を契機として原子力行政体制を再検討し、78年に原子力安全委員会を設置し、旧通商産業省による一次的な原子力安全規制をダブルチェックする体制が構築された。また、99年9月に発生したジェー・シー・オー(JCO)の臨界事故を踏まえて、経済産業省の中で、原子力安全・保安院が資源エネルギー庁の特別な機関とじて位置付けられ、一定の独立性を確保するという形態をとった。
このように、原子力安全規制機関の一定の独立性の確保はこれまでも試みられてきたが、従来は事業者の自主保安を基礎として、事業者と連携するという面を重視してきた。調整コストを下げるメリットはあったものの、今回の原発事故の危機管理に当たっては、規制機関と事業者の役割分担が不明確になり、対応の遅れをもたらした。
原子力安全規制機関の独立性を強化する場合、公正取引委員会のような内閣府外局委員会の方式が一つの選択肢である。合議制による独立性の確保や委員の国会承認人事による民主的コントロールが可能というメリットがある。これに対して、迅速な規制実施の必要性を考慮した場合、消費者庁のように内閣府の下に庁として設置する方式も選択肢となり得る。
独立性強化は海外の動向でもある。米国では74年制定のエネルギー再編法により、推進と規制の双方を担ってきた米国原子力委員会を廃止し、原子力規制委員会(NRC)を設立した。また、5人の委員のうち向じ政党からの指名は3人以内として、NRCの超党派性を確保した。
フランスでは2006年に成立した原子力安全及び透明性に関する法律により、大統領府の下に独立性の高い原子力安全機関(ASN)を置いた。ASNは大統領任命3人、上下両院議長任命各1人の計5人のコミッショナーの下で運営され、関係省庁や産業界からの距離を保っている。
また、フィンランドの放射線・原子力安全庁(STUK)は、予算・人事といった組織面では原子力発電を管轄する雇用・経済省ではなく社会問題・保健省の下に置かれるとともに、STUKの長が大統領による終身指名であることで独立性を強化するといった工夫をしている。
2.原発事故で規制機関分散の弊害が明らかに
第二に、原子力安全規制機関は統合的・専門的能力を確保する必要がある。原子力安全規制行政における能力の確保は一貫した課題だった。JCO事故や省庁再編を経て経産省の原子力安全・保安院は強化され、その下に独立行政法人・原子力安全基盤機構を設置した。原子力安全委員会についてもJCO事故以降は事務局機能を強化してきた。
しかし、原子力安全・保安院、原子力安全基盤機構、原子力安全委員会それぞれが人材育成の課題を抱える。行政改革の下で人材の総量が限られる中で、ダブルチェック体制が人材配置として妥当なのかという問題もある。また、原子力安全規制の全体目標を設定する放射線量規制や核不拡散のために重要な保障措置は文部料学省の下にあり、広義の原子力安全に関する規制機関は広く分散している。
福島原発事故後の広報でも関係機関が分散していたことが、官房長官が細部にわたって前面に立たざるを得なかった一つの理由であった。
ただし、表に概要を整理したように、原子力安全規制に関係する人材は各機関に分散しているものの、他の安全規制分野に比べて絶対的な総数としては必ずしも少なくない。このような状況で、効率的能力商成や専門家のキャリアの確保を考えると、統合的な原子力安全規制機関を設置して、人材を一体的に育成するメリットは大きい。
3.原発立地地域への説明に国の機関が関与を
第三に、原子力安全規制機関は、積極的に立地地域の住民や地方自治体とコミュニケーションをとり、透明性を確保する必要がある。
従来、原子力安全委員会に期待された機能には、税学的・技術的知見に基づく一次的原子力安全規制のチェックだけではなく、立地の際の公開ヒアリングなどを通じた立地地域とのコミュニケーション機能の確保もあった。しかし現実には、非公式な制度である立地地域の自治体と事業者の安全協定などの運用にコミュニケーション機能の多くが丸投げされていた。つまり、国の規制機関が立地地域への説明の前面には立たずに、事業者の自主的な説明に多くがゆだねられてきた。
これに対し、フランスのASNは、前述の根拠法の名称に見られるように、安全確保とともに透明性の確保を目的とする。同国の立地地域では、事業者や環境団体、労働団体など様々な関係主体が参加した地域情報委員会(CLI)が自治体により設置されている。ASNはこうした場に積極的に参加して説明するとともに、CLIの運営経費の半分を負担している。
4.自治体の役割を明確に
第四に、自治体の役割を明確にしていく必要がある。これまでは自治体が事業者と安全協定を締結し、施設変更時に自治体の事前了解を得ることや、トラブル時に関係自治体に速やかに連絡することを規定するなど、様々な局面で実質的に関与してきた。トラブル後の運転再開時にも、関係自治体の同意が求められてきた。こうした自治体の役割に対しては、立地地域におけるコミュニケーション機能の確保として重要であるとの指摘とともに、法的根拠が明確でない協定であるうえ、関与の基準が明確ではない点に関して批判もあった。
福島原発事故以降、各地の原発の定期検査後の運転再開プロセスで、自治体の事実上の役割は大きなものとなっている。今後はこうした役割を明確にし、責任ある自治体の役割を公式の制度として位置付けることが必要であろう。
具体的には、フランスのCLIのように自治体が国の原子力安全規制機関、地域住民、事業者などとの情報共有の場を設定する、自治体と国の原子力安全規制機関との協議のメカニズムを規定する、といった方式があり得る。
5.幅広い関係者の議論の場を持ち、原子力安全規制体制の再検討・再構築を
それでは、原子力安全規制体制の再構築をどのように進めていけばいいのだろうか。
74年9月に発生したむつ放射線漏れ事故では、同年10月末に内閣総理大臣の下に「むつ」放射線漏れ問題調査委員会が設置され、同年5月に事故調査報告をまとめた。一方、原子力安全行政体制については、75年2月に内閣総理大臣の下に設置した原子力行政懇談会が12月に中間報告、76年7月に最終報告を提出し、その後法改正を経て、原子力安全委員会が設置された。
おそらく今回も事故経緯や放射線影響への複合的対応に関する事故調査を先行させた上で、原子力安全規制体制を検討する必要がある。事故検証は国際的関心事項であり、日本が関与しないまま総括される恐れもあるため、国際的理解を得つつ、専門家による独立した事故調査を早期に開始することが重要である。
他方、原子力安全規制体制の再検討については、内閣あるいは国会が主導する形もあり得よう。これらの場で幅広い参加を得て、十分な議論を尽くすことが望まれる。特定の専門性や観点に限定されない幅広い関係者の議論の場を構築することは、安全性確保に向けた新たな人材供給のためにも不可欠である。