電力市場制度改革の視点(下) 地域独占の見直しが急務
この記事は日本経済新聞「経済教室」に
2011年12月21日に掲載されたものです。
電気の特殊性薄れる 公平な競争、発送電分離で
奥村 裕一 特任教授
東日本大震災が福島第一原子力発電所の深刻な事故を招いたのを受け、電力体制の見直しが課題となっている。本稿では災害後の対応だけではなく、日本経済の本質的なあり方を念頭に、これからの電力市場制度をどう考えるべきかの視座を提供したい。
1.電力は自由化後も独占の状態が続いている
電力市場は明治以来5回の制度変更があった。1回目は今から100年前、明治44年(1911年)の旧電気事業法の制定だ。電気保安規定などが盛り込まれたが、電気料金認可という事前規制は国会審議で認められず、自由競争を前提とする制度を敷いた。
2回目は、その20年後の昭和6年(1931年)の旧電気事業法改正で、今の地域独占、総括原価による料金認可の体制ができあがる。当時の5大電力が激しい顧客争奪戦を繰り広げていたこともあり、業界自主カルテルの機運などを反映した大改正となった。一般産業では、昭和恐慌のデフレにあえいでいた業界のカルテルを支援する重要産業統制法が制定され、戦後まで続く日本産業界のカルテル体質の推進が官民一体となって始まった時期でもあった。
3回目は、戦時体制に向かう中で昭和13年(1938年)に関連法が成立した日本発送電の創設による「電力国家管理体制」である。松永安左エ門(やすざえもん)ら当時の電力経営者は強く反対したが、時の情勢に抗することはできず、革新官僚に敗れ去った。
4回目は、戦後のGHQ(連合国軍総司令部)による過度経済力集中排除法のもとで生まれた9電力体制である。この体制づくりに活躍したのが松永だ。日本発送電側につく政府や組合関係者らの四面楚歌(そか)の中で孤軍奮闘してGHQと意思疎通した結果、成立したのが今も続く10地域独占体制である。松永自身が昭和初期に「電力統制私案」として発表していた構想であり、昭和6年旧電気事業法体制の完成版ともいえる。
5回目は、今に続く電力自由化模索時代である。95年電気事業法の改正により卸電力の自由化を対象とした独立系発電事業者(IPP)の導入が始まる(第1次自由化)。第2次自由化の法改正では小売りの自由化を開始し、「送電線の開放」を前提に小売りを担う特定規模電気事業者(PPS)や託送制度の創設などの制度改革が始まった。第3次自由化では、実効性向上のための制度整備が部分的に進んだ。送配電部門の会計分離、PPSなどの差別的取り扱いの禁止や託送で知り得た他の事業者の情報の目的外使用禁止、送配電運用ルールの中立的な策定・監視をする外部支援機関(ESCJ)が設置された。
日本産業界一般に目を移せば、このころカルテル体質と決別する制度整備が進んだ。戦後制定された独占禁止法は市場の番人としてカルテル行為に厳しい目を向けるようになった。産業界のまとめ役として伝統的に不況カルテルの旗振り役だった通産省(現経済産業省)も、公正取引委員会と良好な関係に変わっていった。電力などを自然独占業種として長年適用除外にしていた独占禁止法の規定を11年前に削除したのは、電力の規模の経済性が薄れてきたことと、右の経緯が背景にある。
以上の歴史をたどると、今回の電力改革は新たなパラダイムシフトというべきだが、その認識が日本社会全体に薄かったと思う。一般産業界がカルテル体質の是正にかじを切る中で、電力は戦後しばらく活力を示した後は、安定供給の名の下に地域独占に守られて効率性を欠き、自由化後も協調体制の古い体質を残したままだ。一般社会は自由取引下での電気料金変動に不慣れなうえ、政府も変化への認識が薄く、地域独占時代の体系をもとに電気事業法を改正したので、自由化と規制の規律の吟味が不十分である。
2.今後電力も価格に基づく市場取引が重要に
ここでパラダイムシフトの原則を2つ示そう。第1の原則は、「電気」という商品が普通の財と同じく自由に売買できるという、独占から自由な電力市場への本格的なシフトである。すなわち原価主義から価格をシグナルとする市場の活用に移行する。これは一見、昭和初期までの自由な電力市場に戻るように思える。当時の電力経営者はそれこそ多士済々、群雄割拠の時代で、電力がダイナミックな起業家精神を取り戻すという意味ではそう考えてもよい。ただし、その後の電力市場の世界の趨勢を踏まえて、当時と異なる点が4つある。
1点目は、自由な市場競争の果実を得るため、独占禁止法の精神により市場支配力の弊害を除去する必要があることだ。まず事実上の域内独占状態が続く現状を改め、地域をまたぐ電力小売りを奨励し、電力会社間をつなぐ連系線を抜本的に強化しなければならない。取引量がほとんどない電力取引所(表参照)の市場機能強化に向けた本格的な改革も不可欠で、大口需要家や自家発電の参加、買い手としての電力各社の参加も視野に入れなければならない。発電権の売買もあろうし、先物など取引リスクのヘッジ(回避)市場も必要だ。
2点目は、再生可能エネルギーの登場により、価格は高くてもそれ以外の価値がある電源についても自由に取引できる市場を設計する必要があることだ。3点目は、スマートグリッド(次世代送電網)の登場で、価格をシグナルとしたきめ細かい需要調整も格段に容易になることだ。今後自由化する家庭用小売価格の急激な価格変動を上手に緩和する市場設計にも役立とう。4点目は、発送配電・販売のすべてをそろえる一貫体制企業間の競争ではなく、自然独占が残る送配電網は開かれた共通インフラとして機能し、競争は発電と販売で起きるようになったことだ。これが次の原則につながる。
3.送配電網への公平なアクセス権確保が必須
第2の原則は、共通インフラとしての送配電網への第三者による公平なアクセス権の確保である。この点は電力自由化の要であり、既存電力会社と新規参入者との間で公平かつ開放的な送配電網利用とそれを支えるガバナンス(統治)に知恵を絞るべきである。その根幹が後述の発送電分離である。ただし、送配電網を通じた電力の同時同量と一体性という物理特性から、送電網全体での独特の管理が電力信頼性のため必要となる。
この系統総体での運用、つまり系統運用の必然性と一般財としての電力の自由な市場取引を上手に組み合わせて、電力市場のきめ細かい設計をすることが自由化のカギとなる。例えば電力特有のリアルタイム市場の整備や市場も利用した周波数管理、送電線の混雑管理をする必要がある。
第2の原則を保証するためにも発送電分離が必要だ。既存電力会社から送配電設備とともに系統運用を切り離し、「独立」したガバナンス体制にすることが最大の眼目となる。発送電分離を巡っては、欧州連合(EU)での進展を念頭に、会計分離、機能分離、法的分離(分社化)、所有分離という段階で語られる。重要なのは短期の系統運用と長期の送配電網整備について、利害関係者に振り回されずに公平な視点で「独立」して運営し、結果に「責任」を持つ体制を確立することだ。なお配電と販売も独占対自由競争の関係にあり分離される。
発送電分離による安定供給への懸念も聞かれるが、系統運用の信頼性は情報通信技術を駆使した送配電部門の「見える化」の努力で対応できる。長期のエネルギー確保は既存の電力だけでなく多数の参加者で取り組む方がよい。
市場機能を有効活用する新たな電力体制の構築には、政府に、市場の構造・設計・運用や系統運用に精通した電力市場監視機能が必要となる。地域独占下の規制とは方向性が全く違うことを明記したい。
関東大震災の1カ月後の石橋湛山の評論に「この経験を科学化せよ」というのがある。今に置き換えれば、電力も政府も過去の経緯を捨て、多数が参加する自由で公平な電力市場の設計に、利害を離れてゼロから取り組むべきだ。