ポイント
- 透明性の確保には具体的な対応とられた
- 新規制基準の検討チームでは活発な議論
- 社会との実効的なコミュニケーションを
人材育成が課題に 社会の信頼性確保が重要
原子力規制委員会設置法は民主党政権下の政府案、自民党・公明党の対案を基礎に調整がなされ、2012年6月に成立した。同年9月には、原子力規制委員会の委員が政府によって任命され、活動を開始し、政権交代の後、今年2月に委員人事の国会同意を得た。このように活動を開始した現在のわが国の原子力安全規制体制は、以下のような特色を持っている。
第1に、原子力規制委は環境省の外局として、国家行政組織法3条に基づき独立性の高いいわゆる三条委員会として設置された。民主党政権の政府案では、原子力発電の振興を担ってきた経済産業省からの独立性が強調され、環境省の中に原子力規制庁を設置するという案がとられていたが、自民・公明の対案では、経産省からの独立性の確保だけではなく、環境省を含む他の政府機関からも原子力規制組織が独立性を確保することが志向され、この対案の方向性が取り入れられた。
第2に、テロ対策などのセキュリティー、放射線防護、一定の環境モニタリング、核不拡散を目的とする保障措置も一元的に原子力規制委が所管することとなった。これも自民・公明の対案が採用された。なお、放射線防護や保障措置の文部科学省からの移管は、今年4月に実施された。
原子力規制委は当面の課題として、新しい規制基準の策定に注力してきた。従来、原子力安全委員会の審査指針や経済産業省の省令で定めていた安全基準は、国際原子力機関(IAEA)などの国際基準や、東京電力福島第1原子力発竜所の事故も踏まえ、原子力規制委の規則として強化されることとなった。
発電用として現在使われている軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チームが設置され、12年10月末から今年4月初めまでの間に21回の会合を開催してきた。また、新規制基準のうち、原子炉施設の地震・津波に関わる規制基準に関する検討チームも別途設置され、12年11月半ばから今年4月初めまでの間に12回の会合を開催してきた。このような議論を踏まえて、原子力規制委は今年2月に新基準の骨子案を取りまとめ、パブリックコメントの機会も設定された。
この新規制基準策定プロセスの特色として、原子力規制委の委員、外部一専門家、原子力規制委の事務局である原子力規制庁職員、独立行政法人である原子力安全基盤機構の職員により検討チームが構成された点がある。例えば、原子炉の新規制基準に関する検討チームは、原子力規制委の担当委員1人、外部専門家6人、原子力規制庁職員5人、原子力安全基盤機構職員4人の計16人により構成された。また、新規制基準の策定に加えて、原子力発電所敷地内における破砕帯の有識者グループによる調査、原子力防災対策指針の策定もしてきた。以上のような原子力規制委のこれまでの活動を5つの観点から評価し、今後の課題を整理してみたい。
第1に、原子力安全規制行政における透明性確保について、具体的な対応がとられてきたといえる。
例えば、原子力規制委の会合、各種検討会の会合は公開され、メディア向けの原子力規制委委員長による記者会見や原子力規制庁次長によるブリーフィングも定例で行われるようになった。また、12年10月には「原子力規制委員会が、電気事業者等に対する原子力安全規制等に関する決定を行うに当たり、参考として、外部有識者から意見を聴くにあたっての透明性・中立性を確保するための要件等について」と題した文書が定められ、外部有識者の電気事業者などとの関係について情報を公開するための仕組みが確立された。
第2に、独立性を持った委員会としての運用についても、一定の進化がみられた。
新規制基準策定のための検討チームは、外部専門家を含む構成メンバーが対等かつ自由に議論するという運用が試みられた。議事録からも活発な議論が展開されたことがうかがわれる。これは、事務局が原案を作り、数多くの外部有識者が断片的コメントをすることが多く、隠れ蓑(みの)とも批判されることも多かった従来の原子力安全規制に関する審議会の運用とは異なる。
ただし、原子力規制委が、リスク評価だけではなくリスク管理をも担う機関としてどのような運営方式を確立していくのかについては、課題もある。
リスク評価に際しては糾学的知識に基づく議論が不可欠であるが、リスク管理においてはリスク評価を前提として、どのレベルのリスクまで許容するのかという線引きの判断が求められる。リスク管理機関としては、その技術のもたらす社会的便益とのバランスも考慮して、どこまでのリスクを許容するのかという社会的意思決定をしなくてはならない。
また、このような決定に際して、政権交代のような政治状況の影響を直接受けることはありえないが、社会的状況の変化を自主的に考慮するということはありうる。原子力規制委としては、科学的根拠の十分な利用や透明性の強化は重要な第一歩であるが、今後はさらに、どのように社会の様々な関係者と実効的なコミュニケーションをして、独立した規制行政機関として社会の信頼性を確保していくのかという課題が残る。
第3に、どのように専門的な人材を育成していくのかという課題がある。
原子力規制委が原子力安全に加えて、セキュリティーや放射線防護、保障措置を一元的に実施するようになったことは、統合的な人材育成を可能にする上ではプラスになるといえる。また、検討チーム制のような、委員と外部専門家、原子力規制庁や原子力安全基盤機構の職員を対等な立場で議論させる仕組みも、多様な観点に配慮できる規制専門家の育成に寄与するといえる。
しかし現在のところ、人材育成に向けた具体的な試みは個別的な研修プログラムの作成といったものに限られている。関係省庁や大学とも連携した形で、また、国際的にも連携した形で、専門的人材育成のシステムを構築することは必要であり、そのための中期的段階的計画を持つ必要がある。
第4に、原子力発電を手掛ける電気事業者による自主保安への過度な依存は問題であるが、緊張感を持った自主保安の体制をどのように事業者レベルで再構築するのかも課題である。
米国では1979年に起きたスリーマイル島原発事故の後に、電気事業者と原発設備メーカーによる自主規制組織として原子力発電運転協会(INPO)が設立された。これをモデルとして日本でも最近、社長レベルも関与する原子力安全推進協会が設立されたが、緊張感のある事業者闘のレビューの文化を確立できるかどうかは今後の運用次第である。
第5に、地方自治体の役割をどのように位置づけるのかという課題については、いまだ緒についていない。
従来、原発が立地する地方自治体は電気事業者との闘で安全協定を締結し、様々な実質的関与をしてきた。これについては、地域におけるコミュニケーションの担い手として重要であるという指摘もある一方で、関与の法的基礎や基準が明確でない点に関しては批判もあった。今後は責任ある自治体の役割を公式の制度として位置づけることが必要であろう。
地方自治体と国、電気事業者の連携協力体制に関する法体系について検討することは、原子力規制委員会設置法が議決された際の衆院・参院の付帯決議にも明記されている。フランスにおける「地域情報委員会」といった諸外国の事例を参照しつつ、早急な検討が求められる。