ポイント
- 都市化の推進が新たな経済成長のエンジンに
- マクロ経済政策は経済動向により柔軟に対応
- 政府機能転換・改革深化は党の支持が不可欠
習総書記の動向カギ 経済界と対峙する必要も
最近、李克強首相の経済政策は、アベノミクスにならって「リコノミクス」と呼ばれることがある。これは、もともとバークレーズキャピタルのエコノミスト3人による造語であるとされるが、筆者の見るところ、リコノミクスはかなり豊富な内容を含んでおり、その全体像を解説したい。
リコノミクスの第1の柱は、「人を核心としたニュータイプの都市化の推進」である。
都市化の推進が必要とされる理由として、李首相は3月17日の就任記者会見において「都市化は巨大な消費・投資需要を牽引し、更に多くの雇用機会を創造するだけでなく、農民を裕福にし、人民を幸福にする」と述べている。
2012年、中国の労働年齢人口ははじめてマイナスに転じ、党・政府指導層には中国の高度成長は終焉を迎えたという認識が広がっている。今後経済が中成長に安定的に推移するためには新たな成長のエンジンが必要であり、それが都市化だと考えられているのである。
まず、都市住民の消費は農民より多い。農民が大量に都市住民化すれば、消費の総量は増大することとなる。また都市化のためにはインフラ整備が必要であり、これは投資の安定的な伸びを支えることになる。さらに都市化はサービス業を発展させ、雇用の拡大にもつながる。都市化の推進は持続的成長のカギなのである。
では「人を核心とした」とはどういう意味か。現在、中国の都市化率は52.6%であるが、これは「偽りの都市化」と評されている。都市には約2.6億人の出稼ぎ農民がいるが、彼らは社会保障・住宅・子弟の教育といった基本公共サービスの面で都市戸籍住民と著しく差別されている。都市の基本公共サービスを受けられる人口の割合が真の都市化率であるとすれば、中国の都市化率は35%程度でしかない。中国の都市化は「人口の都市化」であって「人の都市化」ではないと言われるゆえんである。
真の都市化のためには、戸籍制度を改革し、出稼ぎ農民を市民化して都市住民と対等な基本公共サービスを享受させる必要がある。しかし、これは必然的に都市の財政負担を増大させることになる。特に政府は大都市ではなく中小都市に農民を移転させようとしており、地方財政制度を抜本的に改革し、中小都市の財政力を強化する必要がある。
さらに「ニュータイプの都市化」とは、李首相の言を要約すれば、大中小都市を合理的に配置し、交通渋滞・環境悪化・スラム化といった都市病を回避し、農業・農村の振興とタイアップした都市化を意味している。
このように都市化への李首相の理想は高いが、地方政府は都市化を口実に不動産開発投資を増大させようとしており、2003−2004年のような乱開発を回避しながら都市化を健全かつ安定的に進めることは、決して容易なことではないように思われる。
第2の柱は、「政府機能の転換」である。
前述の記者会見で李首相は「機能の転換は政府と市場、社会との関係の明確化・調整である。即ち、①市場ができるものは、多くを市場に解放する、②社会がよくできるのであれば、社会に引き渡す、③政府は、管理しなければならない事をしっかり管理する」と述べている。
これは政府の役割の限定であり、政府の簡素化・規制緩和の推進・民間活力の活用を意味する。まず李首相は国民に対し、今後①政府の新規オフィスビル・公会堂・ゲストハウス建設を認めない、②政府の人員を削減する、③公費接待・公費海外出張・公用車購入を削減する旨を公約している。また、国務院各部門全体の行政許認可1700項目余りのうち3分の1以上を任期5年内に削減するとしており、すでに2回の国務院常務会議で133の許認可の整理・合理化を決定した。さらに、鉄道や金融分野への民間資本導入策も打ち出している。
このような大がかりな行政改革は、日本の中曽根内閣の改革に似ている。当時のスローガンも民間活力の活用・規制緩和の推進・国鉄改革であった。ただ、当時の中曽根首相と李首相の置かれている立場には大きく異なる面がある。中曽根首相の行政改革には経済界の強い後押しがあった。ひるがえって、中国において経済界とは大型国有企業の集団であり、これは行革の対象そのものである。
中国では行革を大胆に進めることは経済界と対峙することになり、これは決して容易なことではない。もし李首相の行政改革を後押しする勢力を求めるとすれば、それは党しかなく、習近平総書記の強い支持がなければ、李首相の言う「政府機能の転換」は掛け声倒れになってしまうおそれがある。
第3の柱は、「合理的区間内における経済安定の維持」である。
李首相は7月16日、経済情勢座談会を開催し、マクロ経済政策に関する基本方針を明らかにした。彼は「マクロ・コントロールの主要目的は、経済の大きな上下動を回避することにより、経済運営を合理的な区間に維持することにある。その『下限』は安定成長・雇用の維持であり、『上限』はインフレの防止である」とし、経済運営が合理的な区間内に維持されているときは、経済発展方式の転換・構造調整に力点をおき、経済運営が上限・下限に迫ったときには、マクロ政策は成長の安定あるいはインフレ防止に重点をおく旨を明らかにした。
上限・下限の具体的数値は明らかではないが、大方のエコノミストは「上限」については2013年のインフレ率目標3.5%、「下限」については第12次5ヵ年計画期間の平均成長率目標7%と判断している。
このように李首相は、リーマン・ショック直後の2009−2010年当時のような大型景気刺激策の再発動には否定的であるが、経済の大幅な下振れリスクについては適時適切に対応することとし、景気重視派にも一定の配慮を示している。
しかし、現在中国が抱えている生産能力過剰問題・地方政府の債務問題・シャドーバンキングの問題は、いずれも2009−2010年の対策の後遺症である。これらの産業・財政・金融の潜在リスクを軽減しつつ、マクロ経済政策を柔軟に発動することは決して容易ではない。
第4の柱は、「改革ボーナスの国民への還元」である。
李首相は日頃から「改革は最大のボーナスである」と言っているが、3月17日の記者会見ではその趣旨について、改革により生産力をさらに高め、改革の恩恵を全国民に行き渡らすことができるからだとしている。
この会見では、改革の内容として①財政・予算制度改革、②金利・為替レートの市場化、③サービス業の開放、④所得分配制度の改革、⑤社会保障制度改革、⑥民間資本の金融・エネルギー・鉄道分野への参入等が掲げられている。
ここで注目すべきは、改革がすでに既得権益に抵触する困難な段階に入ったことを李首相自身が認めながらも、「改革は国家の命運・民族の前途に関わる」として改革を断固進める決意を示していることである。ただよほど困難を感じているのか、「改革には、勇気・知恵・粘り強さを必要とする」とも付け加えている。
このように政府機能の転換にしても、改革の一層の推進にしても、李首相の前途に待ち受ける困難は多く、その実現には党とりわけ習近平総書記のサポートが不可欠である。この点気にかかるのは、7月23日に武漢で開催された改革開放の全面深化のための地方座談会における習総書記の発言である。ここで彼は、改革を進めるにはまず調査研究を行うことが必要だとし、経済制度のあり方については、国有経済の発展活力を強めることも重要だとしている。これらはいずれも、李首相の発言とはトーンが異なっている。
習総書記が保守派・左派にも配慮して意図的にバランスをとった発言をしているのか、それとも彼自身が改革の一層の深化に慎重なのか、習総書記の今後の動静がリコノミクスの成否を大きく左右するものと思われる。
リコノミクスのポイント
- 人を核心としたニュータイプの都市化の推進
出稼ぎ農民の市民化、都市病の回避、農業・農村振興とタイアップ - 政府機能の転換
政府の簡素化、規制緩和の推進、民間活力の活用 - 合理的区間内における経済安定の維持
区間内では経済発展方式の転換・構造調整を推進、経済が上限・下限に迫ればマクロ経済政策を発動 - 改革ボーナスの国民への還元
財政・予算制度改革、金利・為替レートの市場化、サービス業の開放、所得分配制度改革、民間資本の金融・エネルギー・鉄道分野への参入