「課題先進国日本を考える、東大シンクタンク発足」

NHKラジオ(ラジオ第一放送) 2008/12/11 18:30-18:45放送

森田朗センター長 × 大島春行解説委員

政策ビジョン研究センターとは

大島> 金融危機をきっかけにした急速な景気の落ち込みで、日本経済が輸出と海外子会社からの収益に極端に頼ってきた構図が見えてきました。けれども、選挙を前にして「票になる政策」は出てきても、本当に必要な政策ってなかなか出てこないですよね。そういう中で一つ明るいニュースは、この秋に東京大学に、本当に大事な問題、課題を考えるシンクタンクができたんです。ですからまあ、日本の脳みそができた。今夜はこの東京大学政策ビジョン研究センター長の森田朗さんにお越しいただきました。森田先生こんにちは。早速ですけれども、どんなシンクタンクなんですか。

森田> それほど規模が大きいわけではありませんが、東京大学が持っている様々な研究成果を情報発信する役割を持った組織でございます。今の時代は高齢化であるとか、国際化、環境問題、教育問題など課題に満ちているわけですけれども、大学はそういうものを対象としてたくさんの先生方が研究しているわけですね。その研究された結果というものを、社会の問題を解決するために役立てる。実際にはそれがなかなか使われていないという風に思います。

大島> ともすれば学問のための研究みたいな考え方もあるわけですよね。

森田> そうですね。昔の大学はそれでよかったし、それこそが大学だったのかもしれませんけれども、今はむしろ社会の中にあってこその大学ですし、社会からのフィードバックがなければ、研究も教育もなかなかうまくいかないのではないかと思います。そこで政策ビジョン研究センターでは、東京大学で作り出される知的な生産物というものを、できるだけ総合化しまして、それを政策提言という形で出していく。ハブという言い方をしておりますけれども、その調整役のような役割を果たしていくことを考えております。

大島> アメリカとかヨーロッパの大学にはこういうシンクタンクのようなものはずいぶんあるんですか。

森田> 同じようなものはあまり聞いたことがないのですが、いくつかそれに近いようなものもないわけではなくて、アメリカの大学にはそれに相当するような大きな研究所をお持ちだったり、あるいは欧米の場合には、大学の外に本当の政策提言をするようなシンクタンクはいくつかございます。


高齢化への提言〜学部の枠を超えて

大島> それを東京大学が作るというのがみそですね。具体的にはどういう問題を扱うんですか。

森田> 色々な問題を扱うという風に考えておりますが、特に高齢化のようなものは今私は大変関心を持っております。

大島> 大事ですね。具体的には、たとえば高齢化の問題というとお医者さんとかですか。

森田> 医療や高齢者保健制度、年金制度、介護といった単に高齢化が作り出す問題だけではなく、高齢者の方が一つのライフサイクルとして、充実した人生を送れるような社会の在り方というのはどういうものか。たとえば交通の問題、労働の問題、住居の問題、余暇の過ごし方、家庭のあり方、都市のあり方とか、そういうものも含めて、高齢者が一定の割合で必ずいる、新しい社会のあり方というのはどういうものなのかを提言できればと考えています。

大島> そうすると、医学部の先生だけでは書けないですね。どういう方が関わっているのでしょうか。

森田> たとえば、高齢者の方の移動の問題に取り組んでいる工学系の先生がいらっしゃいます。あるいは都市や地域社会のことになりますと、建築系や都市工学系の先生方ということもありますし、社会の問題ということになりますと、社会学の先生、あるいは認知症の方でご自分で財産管理ができないということになりますと、当然のことながら成年後見人制度という議論になります。そういうもののつながりがあるような形で社会像を作っていくということが、大変重要なことだと思っています。

アナ> 学部の枠を超えたところでということですか。

森田> そうですね。東京大学は総合大学ですし、いろんな分野の先生方がいろんな研究をしているわけですね。これまではそれぞれの先生方がご自分の研究をして、その成果を発表していたということがあると思いますが、やはりそれは社会の側から見ますと、一部分に焦点を当てた研究だった。それを相互に結び付けることによってもっと社会の問題の解決に役立つような知恵といったものが出てくるのではないかと思っておりますし、さらに言いますと、どうしても専門家のおつくりになる研究成果ですと、専門用語に満ちてなかなかわかりにくいもんですから、そこはわかりやすくしていく。そういうことも考えています。

大島> 私も医療機器のベンチャービジネスをやっている人から聞いたんですけれども、東大とも関連のある仕事をしている人なんですが、医学部でこういう治療がしたい、工学部ではこういう機械なら作れると。ところが医学部と工学部ってものすごく仲が悪くてお互いに軽蔑し合っている。そこで、私のような人間が間に入ってお互いの話を聞いて、それで一つのビジネスを作れるんだと。喧嘩してもらうのはありがたいことですと言っておりました。森田先生、そういうことを大学が実際に仲良く学部をこえて連携しあったりすると、これは大変なことになるかもしれませんね。

森田> そうですね。医学部と工学部が仲が悪いかどうかは知りませんけれども、やはりそれぞれの専門の考え方で研究されているものですから、なかなか両方で一緒にやるというのは難しいところがあると思います。特に今の時代は非常に研究の進歩が速く、細分化されてきました。それは科学の世界ですからそれを極めていくことは重要なんですけれども、逆に全部を広く見ることができなくなってしまった。今の東京大学の言い方をしますと「俯瞰」と言いますが、全部を見渡すような形で総合化していく、そういうことが必要なのではないかと思います。

アナ> そのお立場にあるのが森田先生ということなんですね。

森田> 私だけではありませんけれども、私もそういうお手伝いを学内でするということですね。東京大学の場合、現在各学部、研究科を横断するような形でいろんな研究プロジェクトができております。それも学術研究をするというのが目的なんですけれども、私の役割というのは、その成果をむしろ社会の課題の解決に役に立つように、外に発信していくということです。それがこのセンターのミッションだと思っております。


政治との距離感

大島> 今までね、日本の抱えている課題を解決するように検討していくというのは、ずいぶんおかしなことかもしれませんけれども、霞ヶ関、つまり役所がやっていたんですね。その中に大学の先生も学識経験者、あるいは専門家として大勢おられて、役所が、中央だけではなくて地方自治体も審議会というトップ集団を作って、シンクタンク的な役割をしてきた。だけど、霞が関は基本的に脳みそではなくなりつつありますよね。そういう意味で非常に今回の東京大学のシンクタンクは期待するところが大きいんですけれども、一方で政治との距離感、間合いをどう取るかという問題もありますよね。

森田> そこは学内でこういう組織を作る時にはいろいろ意見もございましてね、やはり具体的な課題の解決の政策ということになると、どうしても政治的な立場というものと関わるだろうと。それはその通りなんですけれども、私たちが考えておりますのは、一言で言うと中立ということになりますが、具体的には、政策の対象になります社会的な課題がどういうものなのかということを、客観的データに基づいて分析し、どういう解決の可能性があるのかという政策の選択肢を示す、どちらを選ぶかという余地がある時には両方とも示していく、ということになります。その中からどれを選ぶかは政治の問題かもしれません。ただ今までの議論はその辺がはっきり区別されておりませんので、思いつきのような形でこれしかないというように議論されている。世の中そんなに簡単なものではないと思いますし、ある政策を採用したとしても、本当の解決になるのかどうかわからない。その辺についてはもうちょっと掘り下げてやっていく必要があると思います。

大島> ひょっとしたらいくつか示された選択肢の中に自民党が考えている方法論と一緒だとか、あるいは民主党の提言に似ているなとか、そういうことは出てくるかもしれないけれど、どれを選ぶのかという選択まではしないで、メニューはこうあるんだぞと。それを選択するとこういう結果になるんだぞということをするのですね。

森田> そうですね。別の言い方をさせていただきますとね、要するに政策の議論の質を高めるという言い方もしておりますけれども、せっかく議論する時にやはりきちっとしたデータに基づいて筋の通った形の議論をしていただく。その素材を提供するというのがねらいです。


その他の政策課題

大島> 高齢化の問題、さっき具体的な例としてお示し頂きましたけれども他にはどんなものがありますか。

森田> たとえば現在の特許制度、知的財産の制度というのは、財産を保護する面もありますが、技術の進歩に結びつきにくいところもあります。かといってあまり特許を解放しますと知的財産は保護されない。それを世界的な意味で標準化しようという動きがあるようです。日本は意外と進んでいるそうですので、それを提案できればと考えております。あるいは医療情報を高度に活用すると、治療においても大きなメリットがある。これは前から言われていることではありますが、なかなか具体化しにくいところがあったんですね。それを医学の方の研究成果を具体化するような形で発信できないかと考えています。


タイミングの重要性

大島> 日本は課題先進国だとおっしゃるわけですけれども、すべての課題は大急ぎでやらないとだめですよね。

森田> そうですね。どんどん世の中は変わっていますし、これは言うまでもないことですけれども、ここ半年くらいで経済の落ち込みは急速ですよね、今までの前提ががらっと変わるような時代ですので、どうタイミングよく対応するかが鍵になると思います。ただ一方では、研究者の立場として、きちっとしたデータに基づいて結果が出るまでは、なかなか結論を出せないところがありますね。そこのバランスをどうするのかというのは確かに課題だと思っておりますけれども、やはり現実の課題の解決に資するためにはタイミングというものも考えていかなければいけない、それはもう大変重要だと思っております。 出し遅れた証文ではありませんけれども、終わった後では解決にならないと思います。

大島> そうですね。大急ぎでゆっくりとじっくりと考えると。

森田> 難しいところですね。それは社会からのフィードバックも大切だと思いますので、一般の方も関心を持っていただければと思っております。

大島> ありがとうございました。 東京大学政策ビジョン研究センター長森田先生のお話でした。