「新しいネットワークがイノベーションをうむ」

NHKラジオ(ラジオ第一放送) 2009/06/01 18:30-18:45放送

坂田一郎教授 × 大島春行解説委員

これからのあるべきネットワークとは −近距離交流と遠距離交流−

大島> 1日、GMが破産法を申請して事実上国有化されることが決まりました。世界一の製造業の経営が破たんしたことは勿論衝撃的だが、私はアッセンブリー産業・組み立て産業の時代が終わりつつあることを象徴する事件と見ることも出来るのではないかと考えている。そこで今週は、組み立て産業が主導してきた企業同士のネットワークがどう変わっていくかを考えてみたいと思います。今までは親企業があって下請け企業がいて、そのピラミッドの取引関係をうまくやっていたらよかったのだが、これからは、部品や素材産業が中心になるので、こうしたピラミッド構造は変わっていく。今夜はこの問題をご研究されている、東京大学政策ビジョン研究センター教授の坂田一郎さんにお越し頂きました。早速ですが、これからのあるべきネットワークとは何か、どうお考えですか。

坂田> 確かに今、「ネットワーク」が注目されています。その大きな理由は、技術や製品の進歩が早くなり、企業が新商品の開発を、自分の会社の中では完結できなくなっていることにあります。外の知識、技術、販路に手を伸ばそうと考えた時に、ネットワークを意識させられることになるのです。

企業にとってネットワークは、2種類あると考えています。私は、これらを「近距離交流」、「遠距離交流」と呼んでいます。 「近距離交流」は、直接、頻繁につきあっている、身近な企業とのつながりのことを言います。企業城下町の城主の大企業と下請けとの関係が典型的。実際には、事業の内容や持っている技術が似通っている企業との交流が多くを占めます。日々のカイゼンの積み重ねに必要な情報やアイデアは、こうした身近な企業との交流から出てくることが多いのです。

今ひとつは、「遠距離交流」です。時々、必要に応じてつきあうような企業、あるいは、 未だつきあっていないけれども、知人の紹介を受ければ、手を伸ばせるような企業とのつきあいのことを言います。異業種交流、産学連携は、多くの場合、遠距離交流に入ります。こうした交流の中からは、日頃なかなか耳には入らない情報を得たり、商品や市場を大きく変えるような革新的なアイデアが出来てくる場合が多くあります。

大島> 組み立て産業を頂点とする「系列」取引などは、近距離ネットワークになるわけですね。

坂田> トヨタと1次下請け、あるいは、1次下請けと2次下請けの関係は、「近距離交流」の代表です。「系列」は、近距離交流の固まりといっていい。 私は、「近距離」と「遠距離」のつながりの「バランス」が重要だと考えています。「近距離交流」は、普段の仕事のカイゼンには欠かせません。よく知っているけれども、立場が違う、目線が違う企業からのアドバイスは重要です。お互いの信頼感も強いので、ビジネスをする上で安心感もあります。ただ、近距離交流だけの場合、身近な集まりの外側の情報が手に入らず、市場の大きな変化に乗り遅れてしまうことがあります。“眼から鱗が落ちる”ようなアイデアや情報も入りにくくなります。

一方、「遠距離交流」の方は、大胆な革新には欠かせません。ただ、つながりとしては弱いので、大きな動きをするときは必要だけれども、日頃のビジネスにはあまり役に立たないことが多いのです。また、ほんとうに期限までに約束した仕事をしてくれるか、技術を提供してくれるか、つきあいが薄いだけに、ビジネスをする上では不安な部分もあります。  二つの交流を両立させ、良い面を組み合わせることが出来れば、企業にとっては理想的です。小さな変化にも、大きな変化にも対応できるようになります。

遠距離交流の必要性

大島> ひと頃、異業種交流とかコラボレーションがもてはやされて、例えば地方の伝統工芸と東京のデザイナーが組んで、世界に売れるような新しい製品を作ろうなんていうことが盛んに行なわれました。しかし多くの場合、製品は出来るんだけれども、「やったやった」ということで、打ち上げパーティが開かれて、それで終りということになってしまう。結局あとが続かないんですね。

坂田> やはり、中小企業は、遠距離交流に奥手のところがあります。特に、海外との遠距離交流となると、それが特に目立ちます。今儲かっているのに、面倒なことをする必要があるのかという声が多い。今は良くても、既存の商品が売れなくなった時、元請け企業の調子が悪くなった時には、結局困ることになります。日頃から、少々面倒でも、変化への備えをしておくことが大事です。政策面でも、交流して終わりでなく、ねばり強い後押しが必要です。

大島> 遠距離ネットワークが、上手くいく条件は何でしょうか。

坂田> 製品としておもしろいのは、「いたくない注射針」です。私達は、注射は痛いものだと思ってきましたが、注射器の針を先端に行くほど細くする技術を活用することで、ほとんど痛みを感じない注射器ができました。糖尿便の患者の方々には朗報です。これは、医療機器を扱い会社(テルモ)と微細加工を得意とする中小企業(岡野工業)の共同開発によって誕生したものです。大きな医療機器会社の「近距離交流」のなかに零細企業は、ほとんど皆無に等しかったはずです。このケースでは、それが、つながったおかげで、我々の固定観念が覆されるような商品ができました。現実には、多くの中小・零細企業がそうなのですが、もし岡野工業が、同じ企業に黙々と製品を納めている会社だったら、注射は痛いままだったでしょう。

地域単位で、遠距離交流をした例もあります。東大阪では、腕の立つ中小企業が集まって宇宙開発共同組合を作っています。この組合は、国の2つの機関、JAXA(宇宙航空研究開発機構)とNEDOの支援を受けて、今年の1月に、自分たちの衛星「まいど1ごう」の打ち上げに成功しました。  衛星を打ち上げるのは、多額の資金も必要であり、また、衛星独自の開発ノウハウも必要です。国の機関と遠距離交流をすることがなかったとすれば、衛星の打ち上げは難しかったと思います。東大阪が「衛星打ち上げを考えている」という情報が、国の機関に伝わったことで、遠距離交流が成立しました。  今では、JAXAは、東大阪にサテライトオフィスを持っています。遠距離交流が近距離交流に進化したと言えるかもしれません。  「衛星打ち上げ」は、東大阪全体にメリットをもたらしています。衛星はハイテクの象徴ですので、それを成功させた東大阪には、いい技術を持った中小企業がたくさんいる、というイメージを世界に拡げることができました。

大島> 明らかに日本の場合は、遠距離ネットワークが弱いのだと思うけれども、それはなぜでしょうか。

坂田> そのとおりです。私は、日本の企業は、「近距離交流」に偏り過ぎていると考えています。それでも、徐々に、「遠距離交流」を増やすようになってきています。グローバル化には、見ず知らずの企業とつきあう必要がありますので、それを後押ししたといえます。  「近距離交流」に偏ってしまう理由の一つは、日本のものづくりが成功したこと、自体にあります。閉じた関係で、強い絆を築いて、成功しました。成功体験がそれに固執をさせていると思います。  アメリカの東海岸でも、実は、90年代初めまでは同じでした。鉄鋼、自動車やミニコンピュータといった産業が、日本などに負け、衰退したことで、企業社会が変わりました。私は、90年代半ばに、ボストンに滞在しましたが、ちょうど、変化のさなかだったと感じています。ボストンでは、今や、IT、バイオ、教育といった産業が遠距離交流をして、つながっています。  今一つの理由は、特に中小企業は、日々の仕事で手一杯で、遠距離を見る理由がないということがあります。きっかけづくりをだれかが手伝ってあげる必要があるでしょう。

新たな関係性づくりへ −地域の取り組みとハブとしての大学の役割−

大島> そのきっかけとしては、地域の取り組みも重要なのではないでしょうか。

坂田> 私が成功例と考えているのは、「岩手のINS(アイエヌエス)」です。イワテ・ネットワーク・システムの略称です。10年以上前から、岩手大学の一部の教官が中心になって、中小企業と大学人が交流する機会を作ってきました。今では、ロボット、電子デバイス、福祉工学など42の研究会が生まれ、大学人や企業が自分の関心のあるグループに入って、情報やアイデアの交換、ときには共同研究を行っています。私は、岩手大学の有志が音頭をとることがなかったならば、このような活動は生まれなかったと思います。  今では、関西など、他の地域が、INSをモデルにしたネットワークを作っています。それらを集めた全国大会は、すごい盛り上がりでした。

今、挑戦している例としては、北海道の「バイオ産業クラスターフォーラム」があります。企業の間のネットワークを実際のデータで分析したところ、札幌周辺に多数立地する医療関係企業と食品関係の企業群には、「遠距離交流」が不足していることがわかりました。食品も今や、おいしければ良いというだけでなく、“健康の糧”とみなされる時代です。キーワードとしての健康、バイオ技術という面では、薬のような医療関係と食品ビジネスの間には、共通点があります。そこで、札幌では、創薬と機能性食品の間を橋渡しし、交流を進めるため、フォーラムを作ったというわけです。トップ同士の交流も大事なので、「バイオヘルスケアサミット」のようなイベントも開いています。既に、新品種のたまねぎ「さらさらレッド」を開発して、血糖値を抑制するたまねぎとして売り出している例があります。 しかし、こちらは、まだ、これからの努力が求められる段階といえるでしょう。

大島> 中小企業は一言で言えば、親企業離れをして、世界中から「お座敷」がかかるような会社に変身する必要があります。何か新しいものを作るという時に、今までのようにピラミッドの中だけで身内に作らせるのではなく、ベストの部品や素材を世界中から集めようという時代が始まっているからです。ドリームチームが結成される時には、一枚かまなければいけない。それがイノベーションということだと思いますが、どうでしょうか。

坂田> イノベーションや地域振興において、難しい課題に挑もうとする場合ほど、「遠距離交流」をする必要があります。従来の発想やしがらみを超えて、新たな関係づくりにともかく踏み込むことです。その結果が、ドリームチームだと思います。

例えば、長野県は、「スマートデバイス」を産業政策の柱に掲げています。長野には、精密機械や電気・電子の優秀な企業がたくさんあります。特に、諏訪の精密機械は世界的に有名ですね。ところが、新しいデバイス、例えば、ナノテクを活用した、となると素材レベルからのイノベーションが必要となります。機械を作る会社だけでは難しいのです。ところが、長野には、素材を作る企業が少ない。地域の外の有力な素材会社を巻き込む必要があります。 今、遠距離交流の橋渡し役を務めようと活動しているのが信州大学です。信州大学がリードして作ったグループで、例えば、精密な加工がしやすい、摩耗しにくい、熱が伝わりやすいといった新たしい複合材料の開発に挑戦しています。先に岩手大学の例も出しましたが、遠距離交流のハブとして、大学の役割は大きいと思います。

大島>どうやら難しい時代になってきたと思うのですが、同時にやる気のある企業にとっては大変面白い時代ではないでしょうか。

坂田> ともかく、殻に閉じこもらずに、外とつながることです。自分達の地域は、もう落ちるばかりだ、と考えるのは未だ早い。地域の境界にこだわらずに、自分たちに適した相手を外に捜すことです。  地域振興の政策としても、「ハコモノ」整備より、「遠距離」交流を後押しするような活動の支援に力を入れてもらいたいと思います。特に、中小企業の方々にとっては、遠距離とのつながりは、まだまだ、敷居が高いのです。