「地域主権国家を考える」
NHKラジオ(ラジオ第一放送) 2009/11/02 18:30-18:45放送
坂田一郎教授 × 大島春行解説委員
期待と問題点は何か、マニュフェストと地域主権国家
「国の大方針」を定めた文書で、「地域主権国家」という言葉を使ったのは、今回の民主党のマニュフェストが初めてです。「分権」は、中央が持っている機能を分けるという発想であるのに対して、「主権」は本来、国家の最高独立性を意味する言葉ですので、従来の「分権」を越える強い意志が感じられます。もちろん、ほんとうに国家的な独立を目指すわけではありませんが、自民党政権時代の終わりの頃は、地方分権も停滞していたことから、この強い言葉を読んで、今後の展開に期待をしています。
一方、マニュフェストの各論をみると、様々な立場の者のやりたいことを並べた「短冊集」のようなものになっており、理念として相反するものも入り交じっています。そのため、目指す「国家像」がすっきりとは見えて来ません。
典型的な例は、「子ども手当」です。子どものケアや教育は、本来、地域に最も密着した仕事といえるものです。年間5.5兆円の配り方を国で全て決めてしまい、配る仕事だけ任されるのでは、地域主権の発揮をする余地がなくなってしまいます。地域で考えれば、例えば、保育所の数を増やす、無償化する、子ども教育バウチャーの導入、少人数クラス制の導入、幼児教育の充実など、いろんなお金の使い途がありえます。地域主権国家の下では、子どものためにもっと投資するという大方針だけを決めて、内容は地域に委ねるべきではないかと考えます。「農業の所得補償」も同じです。本来、農業は最も地域に密着の産業のはずです。地域に委ねれば、例えば、新規の営農者を集中的に支援する、高付加価値化を後押しする、といった選択もありうると思います。
「地域主権」を強力に押し進めるためには、マニュフェストの“仕分け”を行うことが必要です。「地域主権」を最優先の国家戦略と位置づけ、それに相反する政策には、退いてもらう必要があります。私は、「子育て」、「教育」、「高齢者の福祉サービス」、「街づくり」、「地域密着型の産業振興」は、地域主権の目玉として、国が出来うる限り介入を控えるべきテーマだと思います。「地域主権国家」の道を選ぶということは、すなわち、国の出番が減るということをみな理解する必要があります。
地域とは何か、道州制、基礎的自治体
「地域主権」は、「地域」+「主権」ですが、実は、主権を委譲する「地域」について、みなが同じイメージを描いているわけではありません。自民党は、「道州制」を前面に押し出していましたが、民主党のマニュフェストでは、「道州制」という言葉はなく、「基礎的自治体」を前面に押し出しています。基礎的自治体は、大きな市のイメージです。
識者の間では、道州は全国で8程度(律令制下の五畿七道の時代から、日本は8ブロックの分け方の座りがよいようです)、基礎的自治体は、いろいろな意見がありますが、衆議院の小選挙区と同じ300程度というアイデアが良く知られています。極端に言えば、自民と民主の考え方は、8対300です。現実には、多様な行政サービス、道路・大河川の管理から公民館の運営までが求められるなかで、どちらかではなく、両者を組み合わせて考えなければなりません。また、基礎的自治体としての市が大きくなることに伴い、市以下の地理的な範囲で、きめ細かい住民サービスを展開する組織も新たに必要になってくると思われます。 いずれにしても、主権を担う受け皿としての「地域」のイメージを確立することが重要です。
私の提言−地域主権国家を目指す道
「地域主権国家」を目指す立場に立って、私見を述べたいと思います。まず大前提が先ほど述べたマニュフェストの仕分けです。国家戦略として、地域主権を重視することをより明確化し、障害を取り除く必要があります。アクセルとブレーキを同時に踏むようなことは避けなければなりません。
次に、国民が信頼し、安心して任せてよいと思う、「地域の行政組織」を示すことです。その行政に対する国民の支持によって、予想される様々な抵抗を切り抜けます。具体的には、①再度の再編により信頼できる基礎的自治体を作りあげること、②県からそれら基礎的自治体への“地域内分権”を行うこと、③県や国の地方出先機関に代わる新たな広域組織、例えば道州の設置、の3点がセットとして必要です。
3点目は、「主権」を持ちうる経済力をつけることです。「独立」するためには、歴史的にみても、ある程度の経済的な自立が必要です。一方、現状は、地域間の経済格差が開いていく状況にあります。都道府県ごとの一人あたりの税収でみると、法人2税で最高の県と最低の県の格差が6.6倍、個人住民税では同様に3倍にもなっています。このような環境で、国から地方へ税源を委譲すると、利益を挙げている企業や消費を行うお店が立地していない地域には少ない配分しか行われないため、地域間の格差がますます開く結果となりかねません。
地域の経済力を高めるためには、コンクリートより、人財、ネットワーク(つながり)、技術・アイデアといった目に見えない「地域の知的資産」にもっと投資すべきです。総理所信にある「コンクリートからヒトへ」の発想は正しいと思います。なかでも、教育・研究や人の集まる場としての「大学」はとても重要です。大きな国立大学や私立大学は大都市圏に集中しており、地方は手薄です。300基礎的自治体としても、平均して、一つの県に6−7自治体が出来ることになりますが、県内に総合大学又は理工系の大学が2〜3しかない県が多くあります。地域再生のためには、経済圏の「知的資産」の核として、キャンパスが欲しいと思います。これについては既に地域は動いています。例えば、愛媛県の愛南町は、庁舎を無償で貸しだすことで、愛媛大学の「水産研究センター」を地域の核として誘致しています。長野県の飯田市は、信州大学と提携して、精密機器制御システムのエンジニア養成をスタートさせています。日本でも、企業の「知的資産経営報告書」の導入が進んできていますが、「地域の知的資産経営」を導入し、それの拡大を政策目標として設定してみてはどうかと考えます。
地域主権はどこまで可能か
「私の提言」をお話しましたが、それが実現するか、アイデアに終わるか、成否をわけるかは、①国民から安心して任せられると評価される行政組織ができるかどうか、②地域を再生し、格差の拡大を食い止めることができるかどうか、③地域が権利とともに、しっかりと「責任」も担う姿勢を示すかどうか、の3点にかかっていると思います。