医療・社会保障分野のIT戦略

※下記の内容は、政策ビジョンセンター 医療IT政策研究ユニット長(大江和彦 医学系研究科教授)からの提案をもとに、森田朗センター長が 「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」 (2009/2/17開催)にて、発表した資料を基に作成しています。

医療・社会保障分野のIT戦略

提案意見の概要

新IT改革戦略の方向性を継続して進める。それと同時に次の点を強力に推進し、医療のIT化が、医療者、患者、行政に見える形にする。

1.小規模病院と診療所へのIT導入の急進化戦略をすすめる。

* 必須ソフトとネット接続を含む診療所パッケージ、200床以下病院パッケージを国で共通システムとして集中開発して無償配布し、導入経費負担を医療側にかけない。
* 一定のIT化を実現した小規模病院と診療所には、何らかの優遇策をとる。

2.地域医療情報連携ハブセンター(ReHIX-Hub)を地域ブロックごとに設置し、各医療機関が安心して安全に他の医療機関と診療情報連携できる整備を行う。

* 医療データを安全に交換できる暗号化・電子署名・認証基盤を整備し、 ReHIX-Hubが送受信を中継する。

3.健康医療情報のための生涯不変共通個人IDを整備し、情報連携で利用できるようにする。

4.公立医療機関のオンライン医療情報連携を制約している地方自治体条例などの見直しを含め、既存の法制度等の環境の見直しを急ぐ。

5.健康医療情報の自己管理を促進するための、「健康医療電子データ預かりサービス」を実現できるよう法制度を含めた整備を行う。

6.健康医療情報の標準化技術の更なる策定と普及策の実施。

7.電子化された健康医療情報の高度な利活用を実現するためのオントロジーをはじめとする知識処理技術の開発を継続して進める。


現状の課題の事例(1)

緊急時に、他の医療機関での診療内容が正確にわからない。

* 普段通院中の患者が外出中や夜間に急に具合が悪くなって、別の病院に救急車で運ばれた場合、普段の処方内容、これまで受けてきた診療内容、レントゲンなど医師が必要とするデータがすぐにわからないまま診療しなければならない。 
 → 的確な診断、治療開始が遅れる可能性

もしどこかにアクセスして必要最小限の診療内容が入手できれば、
的確な診療を速く開始できるようになる。

現状の課題の事例(2)

処方せん(特に手書き)の問題

* 同時飲み合わせ禁止の医薬品同士をチェックし忘れて同時に処方してしまうことがありうる。
* まれに記載ミスや調剤薬局での読み間違いが起こりうる。
* 検査結果をチェックしてから処方する必要がある医薬品の処方や、アレルギーを確認しないといけない処方を出すときに、気づかずに作成してしまう場合がある。
* 他の医療機関で出されている処方を知らずに作成してしまうことがある。

もしパソコン上の専用ソフトで処方せんを作成すれば、これらの問題を減らすことができ、医療における安全性をこれまで以上に高めることができる。

現在までの医療IT戦略での課題

・ 保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン (2001年)
・ 新IT改革戦略(2006年)
・ 医療・健康・介護・福祉分野の情報化グランドデザイン (2007年)

いずれも、電子カルテ化の推進、レセプト電算化(オンライン化)の推進、健康と医療情報の生涯活用基盤、医療情報化インフラの整備などを着実に進めており、方向性は適切であり、今後も継続すべきであろう。

問題は、実現の具体的方策において、医療を受ける側(患者)と国(行政)の視点でのメリットを強調するあまり、肝心のIT利用者である医療者側視点でのメリットが見える方策が不十分であると思われる。

また、技術開発と一方的導入政策に偏っており、制約となっている法制度の見直しや運用のための周辺環境整備が不十分である。


医療機関の大多数を占める小規模病院と診療所のIT化率は低い

fig1

欧米主要国との比較

日本の診療所のIT使用率は低い。
病院でのIT使用率は欧米並みで、特にオーダシステムの使用率はかなり高い。

fig2

なぜ欧州の診療所は導入率は非常に高いか?

* 欧州の主要国では、開業医(診療所)が共通に使用できる電子カルテソフトを、国の支援策などにより集中開発し、無償〜実費程度もしくは補助制度により積極的に導入推進した経緯がある。
 → 多数を占める小規模病院と診療所のIT化を進めなければ、次の段階である医療情報連携など実現しない。日本は欧州の例を参考にして、小規模病院と診療所向けに積極的な支援策をとる必要がある。


地域医療情報連携ハブセンター
Regional Health Information Exchange-HUB(ReHIX-Hub)の必要性

各医療機関が診療データを安心して安全に他の医療機関に送信したり、救急診療時に必要なデータを問い合わせて入手したりできる中継センターが必要になる。調剤薬局が調剤した後発医薬品情報なども元の医療機関に返す機能をもつ。IT化できていない診療所の伝票等を、代行して電子化する機能を一部受け持つことも考えられる。

fig3

健康医療情報の自己管理を促進するための「健康医療電子データ預かりサービス」の実現

fig4

健康医療情報基盤としての共通IDの整備とIT化阻害要因となる法制度の見直しの必要性

いろいろな場所(医療機関)で生涯通じて発生しつづける個人の健康医療データを安全・確実に扱うためには、どうしても1つの個人IDが必要。

* このようなIDなしに、異なる時期に異なる医療機関を受診した2つのデータが同じ人のデータなのかどうかどうやって識別するのか?(同姓同名同一生年月日であっても同じ患者とは限らない)。これでは緊急時に検査データや処方データの送信さえできない。

オンライン接続を禁止する地方自治体の条例があるなど、医療機関の情報連携を推進する上で障害となる既存の法制度や環境があり、これらを改善する必要がある。