特集:予防接種に関する全国意識調査

(こちらは、2008年に設置され5年間活動した生命・医療倫理政策研究ユニットによる、CBEL(The University of Tokyo Center for Biomedical Ethics and Law/東京大学グローバルCOE 次世代型生命・医療倫理の教育研究拠点創成)の研究成果を踏まえた政策レスポンスです)

2009年のH1N1インフルエンザの流行が提起する問題(2)

接種開始をひかえて

日本をはじめ、各国の政府は、従来の季節性インフルエンザのシーズンが本格化する前に、H1N1インフルエンザ(以下、新型インフル)予防接種を開始することを目標としてきた。日本政府は、ワクチンの入手に280億円の予算を計上し、今年度中に7.7 千万人分(国内製2.7 千万人分、海外製5 千万人分)のワクチンを確保できる見込みと発表している。運用上の混乱は予想されるが、本来の予定の10 月19 日から遠くない日程で、予防接種が開始される見込みである。
(※本稿のリリース後、医療従事者を最初の接種対象として、国内製のワクチンの実用が開始された。なお、海外製のワクチンの実用化は冬以降の予定である。 2009年10月21日現在。)

新型インフルの予防接種が、「任意」接種の形式をとって、個々人の判断に対応が委ねられて運用されることが決まった現在、人々がワクチンについてどのような理解をしているのか、調査を行い、情報を把握する作業は重要である。UT-CBEL(東京大学グローバルCOE「次世代型生命・医療倫理の教育研究拠点創成」)はこのような観点から、一般市民(医療者でない)を対象として緊急に調査を行った(調査概要は3頁)。以下、得られた結果の概要を紹介する。


主な調査結果(一般)

6割が接種を希望する一方、3割強が希望しないと回答。
  • 接種を希望する主な理由は「効果への期待」。接種を希望しない理由には、「安全性への懸念」のほか、「流行の実感がない」「特に理由はない」など。
  • 季節性インフルエンザの定期接種の対象となる高齢者に希望が多かった。
  • 接種に要する費用を知って判断を変える人がいた。
海外製ワクチンへの強い抵抗が見られ、多くは国内製ワクチンを希望した。
  • 海外製ワクチンの輸入に反対する声の大半は、「安全性への懸念」。
ワクチンの効果、海外でのワクチンに関する副反応に関する知識に課題。
親(15 歳以下の子どもをもつ)の過半は「ワクチン接種を子どもに積極的に説得する」。
その他、医療従事者への優先提供には大きな支持がある一方、情報源および副反応に関する知識には課題も見られた。

ワクチンには社会の関心が高く、希望する人への接種の機会は保障されるべきである。一方、「希望」の判断(希望する・希望しない)の根拠は曖昧であり、本来接種するべき人にワクチンが行き渡らない恐れがある。情報提供のあり方を検討するべきだろう。なお、新興感染症への対応として、医療機能の維持を優先することについては、広範な支持があるといえる。


結果の概要

1.6割超がワクチンの接種に前向き。消極的な人々も3 割強。

接種を希望する人々が過半を占めている。接種に前向きな人々は、その約7割が理由として「ワクチンの効果への期待」を挙げた。一方、消極的な人々の理由は分かれ、「副反応への懸念」(27.3%)、「効果への疑問」(18.0%)のみならず、「流行の実感がない」(25.2%)、「特に理由はないが受けたくない」(18.7%)が目立った。

接種費用の額を知り、接種希望を変更する人も。

また、接種経費の額を示されると、ワクチン接種への姿勢を変化させる人がいたことは注目に値する(※1)。一種の受診抑制と見るべきかもしれない。なお、新型インフルの希望者は、各世代を通じて多かったが、特にインフルエンザ(季節性)の定期接種の対象となっている高齢者世代に希望者が多かった(※2)。従来の季節性インフルのワクチン接種に慣れている世代とそうでない人々との間に、接種に関する認識の差があることが示唆される。


2.ワクチンを受けるなら、国内製? 海外製?

ワクチンについて、「国内製」と「海外製」とがあった場合、国内製ワクチンを希望する人が、過半を占めた。また、海外からのワクチンの輸入に抵抗を覚える人(177 名)のうち、その理由として「ワクチンの安全性」(76.3%)、「より不足している国に回すべき」(16.4%)があった。

海外製のワクチンの一部には、国内のインフルエンザ・ワクチンにおける使用実績がなく、また発熱などの副反応が指摘される成分(「アジュバンド」:ワクチンの機能を高める添加剤)が利用されている。我々の調査では、アジュバンドに関する知識の有無と、海外製ワクチンの受け取り方との間に有意な関係を確認できなかった。つまり、知識の裏付けがないままに、「海外製」「国内製」のイメージが先行している可能性も否定できない。


3.ワクチンに期待する効果とは何か?

インフルエンザ・ワクチンの効果については、その実効性も含めて長い議論があるが、一般的には感染の防止よりも重症化の防止が強調されており、今回の新型インフルのワクチンについても政府は後者の効果を強調している。しかし、多くの人々は、インフルエンザのワクチンにこれとは異なる効果を想定しているようである。「1.」と合わせるならば、人々は「ワクチンの効果」に多くを期待しているが、こうした期待は実際の効果とは対応していない可能性が高い。


4.子どもに予防接種を「積極的に勧める」人は5割強。

「任意接種」の体制のもと、子どもの予防接種には親の影響が大きい。この結果によると、子ども(15 歳以下)の親は、その6割弱が接種を積極的に勧めると回答した。この他、選択肢として言及することで「子どもに選ばせたい」という人が3 割いた。

なお、子どもがいるかいないかということが、自身へのワクチンの接種希望に影響しているかどうかは確認できなかった(※2)。自身へのワクチン接種希望と子どもへの接種の勧誘の是非との間には有意な差(※1)が見られた(自分はワクチンを希望するが、自分の子供に積極的には勧めないとする人がいたため)。


その他

医療従事者への優先提供を支持する者が9 割を越えた。

その多くは、「接種される医療従事者の健康」というよりも「他の医療従事者や患者への感染の懸念」を理由とした(6 割強)。一方、互恵性への理解(「接種される医療者本人のため」)は3 割強。

アジュバンドに関する知識を持つ人は6 割いた。一方、1970 年代のアメリカで、H1N1 インフルのワクチンが副反応のため、その実用化後に中止された事例を8 割が知らないと回答した。

主たる情報源として「政府広報」や「医学関係団体」を挙げた人々は共に2%を切った。




■調査概要■ 民間調査会社に登録された一般消費者モニター(全国約9 万人)のうち600 人を無作為に抽出して調査用紙を発送、うち402 名から回答を得た(回収率67.0%)。回答者の内訳は、20-30 代(150 名)、40-50 代(158 名)、60-70 代(94 名)。「※1」はWilcoxon の符号付順位検定、「※2」はPearson のχ2乗検定により、それぞれ5%水準を有意と定義したもの。