アジア研究共同体の時代
−世界の燃料電池・太陽電池の共著分析から− Pari PI 10 No.02
Detecting the valley of international academic collaboration in renewable energy
坂田一郎1 ・佐々木一2 ・梶川裕矢3
要旨
今日、気候変動問題等の環境問題の解決と経済成長とを両立させるイノベーションモデルが求められている。この面で最も期待されている技術の一つがバイオマス、風力、燃料電池、太陽電池等の再生可能エネルギーである。再生可能エネルギーの研究は実用化までに多額の研究開発投資と多様な要素技術の組み合わせとを必要とすることから、多くの場合、一つの国や機関だけでは、技術の完成に必要な全ての能力は持ち得ない。開発を早急に、かつ、効率的に進めるためには、国際的な科学技術協力の手法が有効である。実際に、OECDやAPEC等の国際的な場でそのための政策が論議されている。
知識の生産量が急速に拡大し、また、知識の生産に参加する国や機関が増加する中で、世界的な研究推進や研究協力の構図は見えにくくなっている。知識の構図が把握できないと、国際協力に関する科学技術政策の立案も困難である。我々は、再生可能エネルギーのなかで太陽電池と燃料電池という2つの技術領域に関して、6万8千件の論文情報をもとに、研究能力と国際的な研究協力の情報を含む世界研究マップを構築した。また、国際研究協力について、地理的な視点からの詳細な分析を行うとともに、2つの技術領域に関し、協力ネットワークの構造について比較検討を行った。
その結果、研究協力に関して、アジア地域内に協力の「谷間」があることが明らかになった。また、既存の太い協力関係の背景には、地理的、文化的、言語的な要因以外に、国際的な共同研究プログラム、組織間の研究協力協定、知の結合の機会、太い人的な関係の存在があることが判明した。再生エネルギーの開発・導入による気候変動問題への対応を加速し、また、アジアが世界の再生可能エネルギーの開発をリードするためには、アジア地域内の研究協力の谷間を埋めることが欠かせない。国際共同研究プログラムの創設、研究機関同士の研究協力協定の締結促進、知の結合を行うネットワークの形成、信頼関係の形成に至る太い人的交流の促進が政策誘導の選択肢となりうる。
地球環境問題の重要性とアジアの研究能力の飛躍的向上を踏まえ、これら政策を推進する「アジア研究共同体(Asia Research Area)」の形成を提言する。
1.はじめに
今日、気候変動問題等の環境問題の解決と経済成長とを両立させるイノベーションモデルが求められている[1]。その中心と位置づけられているのが効率的でコストの低い再生可能エネルギーの開発と普及である。各国政府は、固定価格買取制度や新エネルギー機器の導入補助金のような普及にインセンチィブを与える制度導入を急ぎ、また、先端研究に対する助成措置を拡大している。そうした社会からの要請や政策を受けて、学術レベルでも再生可能エネルギーに関する研究は加速しており、論文数は急増している[例えば、2,3]。
気候変動問題は世界共通の課題であり、解決に必要な先端技術と当該技術を利用した製品の市場は世界中に分散している。一方、現代の技術はますます複雑になっており、また、実用化までには幅広い知識を必要とするため、一つの国又は研究機関で、技術の完成に必要とされる知識全てを開発し保有することは多くの場合困難である。課題を早期に解決するためには、各国ごとの努力に加え、この分野において高い水準の科学技術力を持つ主要国間での科学技術協力が有効である。また、先行研究においては、高いレベルの研究協力は、論文の生産性と正の相関を持つことが知られており[4,5,9]、単に不足する知識を補うだけでなく、研究協力は、研究の質や効率を高めることになる。
実際、OECDやAPECのような国際的な場において、研究・技術協力への気運は高まっている。具体的な動きとして、例えば、日本のNEDOは8カ国の研究開発助成機関と連携をして国際共同研究を支援する(parallel funding)するプログラムを用意しており、また、太陽光発電の国際共同実証プロジェクトを10カ国と協力して展開をしている。
再生可能エネルギーに関する学術研究については、近年、日米欧に加え、アジア諸国の能力向上が目立っている。この背景には、特に、中国、インド、シンガポール、韓国において、世界レベルの大学(World-class universities)を育成すべく大胆な投資を行うとともに、海外の有力大学で教育を受けた博士達を中核的な研究者として自国へと呼び戻している政策[6]が影響しているものと考えられる。このような再生可能エネルギーに関する学術研究の地政学的な構造変化について、客観的なデータを元に検証を行った先行研究や、特に、アジアにおけるダイナミックな変化に焦点をあてて、国際協力の構造を明らかにした研究は少ない。
そこで、本ペーパーでは、第一の目的として、再生可能エネルギーに関する学術研究について、客観的なデータを用いて、世界的な研究能力の分布と国境を超えた協力関係の双方を鳥瞰しマップを作成する。これは国際的な科学技術協力政策を立案する知識基盤となる。本ペーパーの目的の第二は、その俯瞰マップを用いて、国際協力の谷間の存在位置を具体的に特定することである。第三は、太い国際協力関係の背景にあり、それを創り出していると考えられる諸要素、例えば国際研究助成、組織間協定、人的関係を抽出することで、谷間に橋を架けるために有効な政策を議論することである。
手法としては書誌情報分析(bibliometric approach)を用いる。研究能力の指標としては国や研究機関ごとの論文数を用い、国際協力の存在を示す指標としては、国際的な共著論文−2つ以上の国の機関に属する科学者が著者となっている論文の数を用いる。
共著(Co-authorship)を研究協力の量的指標として用いた研究は多数、存在する[パイオニア的研究として7,8]。また、国際的な協力関係を測る指標としても用いられている[9- 13]。特にEUを対象とした研究が多い。この要因として、KatzとMartin[14]は、共著を研究協力の指標に用いる手法には、検証可能性、統計的有意性、データの入手可能性、計測の用意性という面で、優位性があるとしている。一方で、この手法は完全なものとは言えない。KartsとMartinはその課題についても子細に検討を行っている。例えば、協力を行いつつも成果の発表は別々に行っているような事例は共同として補足することが出来ない。また逆に、実際、協力をほとんど行っていないが社会的な関係や知名度を重視して共著に入れるといった場合が存在する。こうしたバイアスが存在することに留意しておく必要がある。
どの単位で協力の主体を捉えるかについては、国の他、組織[15]、研究者個人[16]の3種類が存在する。本ペーパーでは、国又は研究組織を単位として分析を行う。また先行研究では、書誌情報分析に基づき、協力の背景にある要素、例えば、言語、文化、地理的な距離、国境、歴史、政治、経済的事情等を挙げている[9,10,11,13,17]。本ペーパーでは、限定的ではあるが、主に論文中の書誌情報に基づき国際共同を創り出している要因について考察を行いたい。
本ペーパーで対象とする学術領域は、燃料電池と太陽電池の2つである。両者は近年、成長著しい新技術であり、多くの国において、気候変動問題解決の切り札として期待されている。先行研究では、研究内容がどの程度基礎的かどうか[8]、必要とする研究資金の規模、大型の実験設備が必要かどうか[10,13]という要素が研究協力の頻度に影響するとしている。比較的近い技術的な性格を持ち、かつ論文数や参加機関数も近い技術を取り上げることで、そうした要因を排除しつつ、国際協力の構造について比較を行う。
1 東京大学政策ビジョン研究センター教授、兼工学系研究科教授
2 東京大学政策ビジョン研究センター特任研究員
3 東京大学工学系研究科総合研究機構イノベーション政策研究センター特任講師