クラウドコンピューティング技術
2010年6月22日 PDF (2010/8/6更新)
−クラウドコンピューティングの特徴とクリニカルデータへの適用− Pari PI 10 No.03
伊藤孝行(名古屋工業大学大学院工学研究科 准教授1
※7/1より、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員(シニア・リサーチャー))
概要
本稿では、クラウドコンピューティングの技術的特徴を解説し、具体例とその応用に関する展望を示す。クラウドコンピューティングは、可用性に重点をおき、極めて大規模なデータ集合を保持するためのデータストア手法を用いた分散型の計算機利用形態である。従来の関係データベース(RDBMS)との違いは、RDBMS では、一般に、データの(強い)一貫性(Consistency)に重きを置いているが、クラウドコンピューティングでは一貫性よりも可用性(Availability)に重きを置いている点が異なる。そのため、両者のアーキテクチャは必然的に異なる。
クラウドコンピューティングでは、ペタバイト級の大規模なデータ集合を、極めて高い応答性を保ったまま操作を可能とするデータストアの技術が用いられる。クラウドコンピューティングの一例である電子商取引のサイトなどでは、応答時間が数秒遅れるだけで、可用性が損なわれ、顧客の信用を失うことで経済的損害を被る。さらに、一部のデータセンターが竜巻にあって壊滅しても、ユーザがいつも通り商品を取引できる信頼性が求められる。
強い一貫性を保持するという従来のRDBMS の方針では、大規模なデータ集合を扱う場合に、以上のような可用性及び信頼性を維持できるという実際的な例が少ない。複雑なRDBMS のオペレーションを大規模に維持するためには、極めて高価なハードウェアと、高い技術を持つ技術者が必要である。一方、クラウドコンピューティングの実際例であるGoogle やAmazon は、低価格なコンピュータと単純に管理できるソフトウェアによって、高い可用性を維持しながら、信頼性と一貫性を保持するための綿密な工夫がなされている。
クラウドコンピューティングの各技術要素は、分散システムや分散データベースでの過去の研究成果を実成果に即して大規模に応用したものであり、真新しい技術が発明されたわけではない。しかし、ネットワーク帯域が大きくなり、誰でもネットにアクセスできるようになったため、極めて大規模な非定型のデータを高い可用性を保持しながら扱う必要がでてきた。これは従来のRDBMS では対処しにくい状況であり、クラウドコンピューティングのような計算機の利用形態が重要になっている。
クリニカルデータ応用への展望
医療データはこれまで、プライバシーの問題などから、広域的に共有されることが少なかった。一方で近年様々な医療データが大量に得られる仕組みが構築されつつある。今後、膨大な医療データを有効に活用するためには、クラウドコンピューティングの技術を用いることで、効率的にデータを蓄積することが重要である。
多くのクリニカルデータは、あるデータオブジェクトが頻繁に書き換えられるような性質を持っていない。すなわち、古典的なRDBMS のモデルは必ずしもベターな選択ではない。ある時刻に発生したクリニカルデータは、一度書き留めておけば、あとはそのデータを用いた解析や病気の予防や推測のために読み出すのみである。分散データベース上で瞬間的に不一致があったとしても、結果的に整合性を保つことができるなら、ほとんど問題はないと言える。これはまさにクラウドコンピューティング技術を用いるべき応用分野である。
法律の問題はあるものの、今後の医療は、医療行為や介護行為を行うと同時にすべてのデータが蓄えられ、その後の病気の発生予測や予防に役立てることができる。このようなデータにはクラウドコンピューティング技術が適している。
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School of Techno-business Administration and Dept. of Computer Science,
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