英・独におけるライセンス・オブ・ライト制度およびその利用実態

東京大学政策ビジョン研究センター特任研究員・株式会社三菱総合研究所研究員
瀬川友史

東京大学政策ビジョン研究センター特任研究員・株式会社三菱総合研究所研究員
小林徹

東京大学先端科学技術研究センター教授
渡部俊也

2009年

このワーキングペーパーは2009年に、東京大学政策ビジョン研究センターの研究成果として取りまとめたものです。全文は下記PDFをご覧ください。

英・独におけるライセンス・オブ・ライト制度およびその利用実態

1.研究の背景

ライセンス・オブ・ライト(License of Right。以下、LORと略称する)制度とは、日本語では「実施許諾用意制度」とも呼称される制度であり、特許権者あるいは特許出願人が、当該特許について第三者への実施許諾を拒否しないことを宣言することによって、特許料の減額を受けられる制度である。本制度は、未利用特許の利用促進など特許流通の活発化を目的とした制度であり、英国やドイツをはじめとする諸外国において導入されており、フランスにおいても2005年まで導入されていた。

さらに昨今では、日本国内においても本制度の導入に向けた議論が活発化している。主な議論を抜粋すると、以下の通りである。

  • 経済団体連合会「「知的財産推進計画2008」の策定に向けて」(2008年3月18日)
    オープン・イノベーションを促進するための仕組みの1つとして『欧州における“ライセンス・オブ・ライト”を参考として、自ら知的財産を積極的にライセンスする意思をなんらかの形で登録する制度を設けることを検討すべきである。』との指摘がある。
  • 特許庁特許制度研究会「特許制度に関する論点整理について」(2009年12月)
    LOR制度について、『制度導入については賛否が分かれたこと、制度の特許活用促進効果の見込みや詳細設計についての懸念も示されたことを踏まえ、特許権の活用の実態を見定め、制度の詳細設計に関する検討を深めつつ、制度の導入の是非について引き続き検討を行うべきではないか。』との指摘がある。
    なお、同報告書において、改正に賛成する意見としては、料金減免の経済効果、技術標準化の推進や大学等の特許活用、導入のデメリットの小ささ、などが挙げられている。
    一方、『料金減免だけを目当てに制度が利用され、実際には特許の流通促進につながらないおそれ』や、『特許の活用促進につながるかどうかは不明である一方で、制度設計によっては特許権を弱める方向に作用するおそれ』が指摘されている。
  • 環境・エネルギー技術等の普及に向けた新たな知的財産制度(ソフトIP)研究会
    経済産業省の同研究会においては、技術標準化における所謂「ホールドアップ問題」の回避策の一手段として、LOR制度の利用可能性が議論されている。
  • 東京大学・京都大学「未来を創造する特許制度のための15の提言」(2009年)
    提言の1つとして『「ライセンスオブライト」の導入による、知的財産権の積極的実施(ライセンス)の推奨』を掲げ、特許流通の更なる促進が促される可能性を指摘するとともに、『大学など非実施機関が使用することでどのようなメリットがあるかを含め、また差止請求との関連も含めて制度化に向けた検討を深めていくべき』と提言している。
  • これらの議論をまとめると、制度の導入の効果として指摘されている事項は、概ね以下の3点に集約される。
    (1)オープン・イノベーションの促進
    (2)技術標準化におけるホールドアップ問題の回避
    (3)大学等の非実施機関の権利保持コストの低減化

    ただし、これまでの議論においては、これらの効果が本当に達成し得るものであるか実証的な検討は行われていない。また、LOR制度が既に導入されている諸外国において、その制度のあり方は異なるが、どのような制度のあり方が望ましいかについても実証的な検討は行われていない。さらには、諸外国におけるLOR制度の利用実態についても、十分な調査・分析が実施されていない。

    そこで本研究においては、日本に導入する際の効果や課題について考察するための出発点として、以前からLOR制度が導入されており、現在も同制度が存在している国のうち、特許登録・出願件数の多い主要国として英国およびドイツを選定し、これら2カ国における当該制度の利用実態を分析する。

    なお本レポートは、以下の通り構成されている。第1章ではこれまでの背景について述べた。続く第2章においては、英・独のLOR制度に関する先行研究について整理している。それを踏まえて、第3章において英・独におけるLOR制度の概要をまとめた上で、第4章において英・独におけるLOR制度の利用実態をデータから明らかにする。第5章においては、分析結果を踏まえて、LOR制度の差異と利用実態の関連について考察する。