特許「仮出願制度」導入是非の論点
2010年
このワーキングペーパーは2010年に、東京大学政策ビジョン研究センターの研究成果として取りまとめたものです。全文は下記PDFをご覧ください。
1.はじめに
論文形式のまま特許出願予約が可能な「仮出願制度」の導入の是非が議論になっている。大学側からの強い要望であるが、この制度が質の高い特許を生み出す努力と逆行するなどの理由で、産業界の一部からは反対の意見表明がなされている。大学の特許はそもそも産業界が利用するものであり、そのために有益な特許を創出しようとして提案されているはずなのに、この問題自身に産業界は後ろ向きに見える。議論がかみあわない原因は産業界と大学の側のいずれにあるのだろうか。
このような産業界の姿勢は、大学研究者の研究成果の機関帰属が制度化され、大学側に知的財産管理の組織ができたことによって(1)、研究者と特許という問題が、研究者と企業との利害対立だけではなく、研究者と大学の潜在的利害対立にも移行し、産業界の当事者意識が薄くなったことに起因する可能性がある。大学法人と研究者の関係を外から見るようになった産業界からは、「仮出願制度」の導入が、大学知財管理機関の負担低減を意図したものととらえる傾向もある。
しかしこの制度で解消しなくてはならない課題は、大学管理機関の負担軽減ではなく、研究者コミュニティーの自由な研究活動と大学知財の機関管理を両立させることである。近年の知的財産重視政策を背景にして、知的財産制度を大学研究者と産業界の間に介在させたことで、大学研究の成果公開を遅らせるという状況が生じている。このことが研究者コミュニティーと大学知財管理機関との間の潜在的利害対立を生んでいることが問題なのであり、これを緩和するための具体的施策の一つとして「仮出願制度」をとらえることが適切である。その点、大学知的財産の管理側もこの制度で労度低減ができると考えるのは間違いで、むしろより手間をかけた知財出願管理が求められることになる。
本稿はこのような視点で、「仮出願制度」が求められる背景と議論の整理を行ったものである。