医療需要を見据えた制度改革の必要性

2009/01/28

現在の体制を維持しながら上記の対策を実現するためには、より短期間で医療従事者の大幅な増員を行うことが必要になる。医学部の定員は平成21年度から徐々に増員される予定となっており、将来的な目標数は現在の5割増( 「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会中間とりまとめ、平成20年9月22日)とされている。その場合に最終目標に達するのは平成52年(同第5回検討会資料)と見込まれている。

しかし年齢4区分ごとの受療行動が平成17年から変わらないと仮定し、統計局平成18年将来推計人口、厚生労働省平成17年患者調査に基づいて患者数を予測したところ、平成31年に外来患者数が、平成40年に入院患者数がピークを迎え、その後外来患者数は急激に、また入院患者数は徐々に減少することがわかった。

すなわち診療報酬制度などによる患者減少への誘導がない場合でも、医療への需要は遅くとも平成40年頃にピークを迎え、その後減少する可能性が高いのに対して、医師数の増加は大幅に遅れることになる。

<図5>年齢4区分ごとの受療行動が平成17年から変わらないと仮定した場合の患者数予測。平成31年に外来患者数が、平成40年に入院患者数がピークを迎える。その後外来患者数は急激に、また入院患者数は徐々に減少するが、医師数の増加は大幅に遅れる見通しである。(東京大学政策ビジョン研究センター作成 参考:統計局平成18年将来推計人口、平成17年国勢調査、厚生労働省平成17年患者調査、「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会資料)

しかも医師国家試験に合格した医師は、卒業後すぐに医師として独立できるわけではない。まず国家試験合格後2年間は、医師として必要な最低限度の経験を積むために初期臨床研修を受け、その後に希望する診療科の研修を受けることになっており、専門家になるためには長い期間がかかる。目安として、日本専門医制評価・認定機構が定めた専門医認定の要件、「初期研修を含めて5年以上」の研修期間を、独立して診療を行える最低限度と考えると、医学部の定員を増加したとしても、現場の医師が増えるまでに学部6年間と研修5年間を加えて、最低でも11年間必要ということになる。他方看護師は養成に3年(専門学校)または4年(大学)かかるが、免許取得後早期から現場で働くことができる。つまり養成数を増加する場合に、その効果が現れるまでの期間は、看護師は3〜4年間程度で済むが、医師は11年以上を要することになる。

以上に述べたように、既に急激な増加を続けている入院患者に対応するためには、現在予定されている医師数増加のペースでは全く間に合っておらず、早急に効果が現れる抜本的な制度改革が行われる必要がある。

研修医が医療現場からいなくなったことが医療崩壊のきっかけになったことを考えれば、現時点で不足しているのは、医師が行う業務のうち比較的平易なものを担当する医療職である可能性が高い。そのような業務は、現行法上、医師の診療の補助と解釈できる範囲内で、看護師が実施することが可能であった。しかし医学の進歩に伴い、複雑な管理を要する患者が増え、看護業務の専門性が高まったことから、現状の看護師数では医師の補助にまで手が回らなくなってきた。その結果、かつての医師の補助業務を医師自身が行うことになり、業務量の増加がさらに医師不足に拍車をかけている。

本来医師は専門職として高度な知識や技術を要する場面に専念するべきであり、補助業務担当者の不足を医師数増加で補うべきではない。そこで仮に医業のうち平易な部分を担える新たな医療資格を設定し、短期間で養成を行うことが可能になれば、医師数の増加を待たずとも医師不足問題は解決に向かう可能性がある。 この問題を早急に解決する具体的な方法として、一定の要件下での看護師の業務範囲拡大(現行法でも可能)や、アメリカのフィジシャンアシスタント(PA)やナースプラクティショナー(NP)のような医師の補助を行う専門職制度の創設などが挙げられる。ただし看護師については、現状でも不足していることから、いずれの場合に対しても養成数を増加させることが前提として必要である。

前者については、現在の認定看護師制度などを参考に、一定の臨床経験を有する看護師に対して、研修の受講や試験の合格を要件に業務拡大を認めることが考えられる。

後者の新制度創設に際しては、既に臨床現場で働いている医師以外の医療従事者を対象に、一定期間の研修の後に何らかの試験を経て資格を付与することが考えられる。新たな資格制度を創設する場合の対象として、歯科医師や、臨床経験豊富な看護師などが想定できる。

いずれによっても医師数増加に近い効果が見込めるため、短期間で医師不足を解消することが可能となる。 ただし既存の有資格者を用いる場合には、早期に効果が現れる反面、同一資格の中に多重構造ができることに対して、業界内のコンセンサスを得る必要がある。看護業界における准看護師問題が、いまだに決着がついていないことも参考にすべきである。