第3回 科学技術ガバナンス研究会 連続ヒアリング企画

日時:5月11日(火)10:00〜12:00

場所:東京大学公共政策大学院 会議室

講師:五神 真 東京大学大学院 工学系研究科附属光量子科学研究センター長
          理学系研究科教授

参加者:13名

講師による主要な問題提起                          プレゼンデータ

◆ 科学技術が成長戦略に寄与するためには、優秀な人材育成(高度科学技術人材養成)が鍵となる。

◆ 国際社会においては、国際標準化といった重要な交渉の担い手は、軒並み博士号を持っている。しかし日本人だけが博士号を持たず、不利な立場に立たされている場面が散見される。

◆ これまで、日本では優秀な人材が学部卒、修士卒で企業に就職し社会に出てきた。これは、垂直統合型の20世紀日本型産業モデルには合致してきたが、21世紀知識集約による創造社会イノベーションには合致しない。今後は、そのようなキャリアパスを修正し、優秀な人材が博士課程に進学し、博士号を取得するようにすること(戦略的かつシステム的な人材の当てはめ)が重要である。

◆ 他方、現実には課題が多い。例えば東大工学部では進学者980人につき、博士課程に進学するのは70人。最近では優秀な学生が就職してしまうため、研究職に優秀な人材を多く送りこむことが困難になりつつある。また、博士課程の重点化も社会・産業界のニーズに対応できていないため、基礎系や文系では高学歴ワーキングプアを生んでいることが問題になっている。NYタイムズ2008年5月17日の一面記事に書かれている通り、日本人若者の工学離れ、外国人のエンジニア獲得出遅れは深刻である。また、昨今、高等学校における物理の履修率は低下の一途をたどり、ついに20%以下となった。日本が強みとしている産業の基礎には、物理が必ずあるのであり、日本の産業を成長させるためにも、高等学校における物理の履修率がここまで下がって良いのか。

◆ 博士課程に優れた人材を引きつけるためには、国家雇用研究員制度(「公的研究員」のモデル:若手があこがれる研究員ポストを例えば1学年400人程度確保)を創設し、研究者が魅力的な職業であるというイメージを定着させることが重要ではないか。

◆ 日本の大学が世界のトップ学生を確保するためには、米国大学院と同じ全国統一試験と、推薦者による採用が可能となる、留学生用の入試制度改革や、日本で学ぶことの付加価値(日本語の習得、日本企業とのコネクション等)の確保とそのPRが欠かせない。

◆ 社会・産業界のニーズにも応えた人材育成のためには、産学連携も重要である。例えば、理工連携で我々が進めている先端レーザー科学教育研究コンソーシアムは、大学院修士課程のユニークな取り組みである。理工系の学生を産業界の現場に接触させることを目的とし、現在21社が指導に協力している(大手企業はあとから参入であった)。学生産業界双方から好評である。

◆ 国際トップ拠点の確立のために、国内外の複数の理工系大学、研究機関を連携しアライアンスを形成する試みも始めている。参加する各機関の強みを生かし、国際競争力を総合的に高めることが目標である。東大内でも、光量子科学に関する分野横断型大学院特別コースプログラムの構想があり、確固たる専門も持ちつつ、光量子科学という融合学理を兼ね備えた高レベルのエンジニアの育成を目指している。

討議における主要な論点

◆ 国際舞台で活躍する日本人の中に博士号取得者は少なく、諸外国の競争相手に格負けしてしまう。このまま、日本人の博士号取得者が不足したままでは、国際社会における日本の立場はますます厳しくなるのではないか。特に文系は学位の有無の国際化ギャップが激しい。

◆ 中国では文化大革命のギャップの後、高等教育が充実している。いまや世界のトップ大学に多くの学生が留学し、国際競争力を強化している。

◆ 日本の科学技術人材育成の課題は、産業界と大学の双方に存在する。産業界では、企業に就職した優秀な人材が、就職後も才能を発揮しきることがない。従来型の垂直統合モデルではこれで良かったかもしれないが、今後のオープン化されたシステムにおけるマネジメントにおいては、博士レベルの能力を身につける必要がある。他方、大学は、高学歴ワーキングプア量産の問題を見過ごしてはいけない。

◆ 中期的には日本で優秀かつ社会・産業のニーズにも応えた博士人材育成を進めるべきだが、短期的には、過渡期対策として、産業界での活躍を望む博士号取得希望者を米国に留学させ、現地で専門性を生かして就職させ、10年たったら日本に戻ることを勧めるといったことも行わざるを得ないかもしれない。

◆ 優秀な人材は、自ら課題を発見し、設計する能力(デザイン力、地頭力)と個別ツールに関する専門的能力(個別科学技術に関するリテラシー)の双方を身につけることが重要である。日本では、産業界には全体設計力が、役所には個別リテラシーが不足しがちである。

◆ 当面は、企業や省庁などで広い視野と水平展開力の高いと思われる人を戦略的に確保して、博士号を取らせる策が必要である。一方、過度に優秀な人材が集まっているとも考えられる医学部修了者の活用も考えなければならない。

◆ 博士取得者の就職先、キャリアパターンも考える必要がある。役所の場合、既に弁護士や会計士も雇用しており、博士取得者に対してもオープンになると考えられる。民間企業については、分野や業態によりかなりの温度差が当面存在するのではないか(商社等は関心を持つかもしれない)。

◆ 日本の高等教育政策は、戦後ことごとく失敗しているという印象を持つ。理系の博士定員を大幅に増やした結果、供給過剰となった。典型的な供給サイド主導による増員であったため、企業の求める人材と、大学の供給する人材に格差が生じた。世界に目を向け、あるいは企業にヒアリングを行い、需要を意識すべきであった。

◆ 大学の経営システムにも課題がある。資源の配分基準の作成や大学院の定員減など、大学の経営陣の手腕が試されている。日本の大学において、学生の質を確保するために学生の定員を削減すると、研究予算の削減と結びついてしまうという問題もある。ビジネススクールの設置は、大学経営の面からも重要である。

◆ 大学院試験の日米比較をすると、米国では成績のほかに、教員研究室との様々な接触を通して行う当該研究室の研究との適性の判断が重要になる。一方日本では、試験としての公平性確保を重視するという観点から、教員と受験生との接触は制限されている。高度科学技術人材育成という観点からは、教員人事と同じく、一定の接触に基づく適性判断も重要ではないか。

◆ 社会の課題解決に資するためには、科学技術に関する知識だけではなく、社会制度やマネジメントに関する知識も重要になる。米国のメディカルスクール内にビジネススクールができてきるのは、このような横断的知識形成・取得を促す試みとして興味深い。こうした人材は、今後先端の医薬品や医療機器の承認といった行政活動においても重要になろう。

◆ 現在の日本の研究開発法人の終身雇用の研究者は、かなりの割合で主任研究員の下働きとしてのみ機能している。そのため、主任研究員が退職すると、残りの研究員たちが機能しなくなるが、研究開発法人内に残ることになる。せっかくの終身雇用ポストが活かされていないといえる。他方、研究開発法人にはかなりの終身雇用研究者のポストがあるのであり、これを国家雇用研究員制度(「公的研究員」)等として再活用する余地があるともいえる。