第4回 科学技術ガバナンス研究会 連続ヒアリング企画
日時:5月14日(金)16:00〜17:30
場所:東京大学政策ビジョン研究センター 会議室
講師:片岡 一則 東京大学大学院工学系研究科/医学系研究科 教授
参加者:15名
講師による主要な問題提起 プレゼンデータ
◆ 東京大学ナノバイオ・インテグレーション研究拠点(ナノバイオ拠点)は、工学系・理学系・医学系を横断するプラットフォームであり、さらに企業も関与している大規模な研究拠点である。
◆ 医療は環境、エネルギーと並び国民の要望の高い分野である。20世紀は国家の、21世紀は個人の安全保障といわれているが、医療は個人の安全保障の重要な要素である。21世紀に予想される人類共通の課題のひとつである食糧の自給率(食糧安全保障)については横ばいとなっているが、医療問題は増大の一途をたどっており、日本では医薬品の輸入も増大している。しかし誰も危機感を持たないことに疑問を感じている。
◆ 工学的には、センシング→プロセシング→オペレーションの機能が一体となり、バランスが取れていることが良いとされている。しかし医療の世界は、この3つの段階が切り離され、また各段階を担う医師個人の能力に大きな差があるため、時間や場所を問わずに高品質なサービスを一定価格で提供することが困難となっている。ナノバイオ拠点では、ナノバイオ技術の研究開発を通じ、従来の、名医を量産するという発想に代わり、一定水準を満たす医師がいれば、いつでもどこでも高水準の治療が受けられる医療サービスの提供に寄与することを目標としている。
◆ ナノバイオ拠点のミッションは、①異分野融合によるシーズ展開の加速、②迅速なトランスレーショナル研究(臨床へ、産業へ)の加速、③新しいシーズの発掘、の3つである。
◆ ナノバイオ拠点では、例えば、①再生誘導能をもつインプラントデバイス(鄭教授他)、②高分子ミセル型抗がん剤(片岡教授他)、③ナノコーティングによる長寿命人工関節(石原教授他)の臨床試験を行っている。また、途上国などインフラのないところで利用できる可能性を持つ携帯型診断チップや、将来的には涙や唾液で健康診断を行える、マイクロ免疫分析装置(在宅診断を可能にする)を開発中である。
◆ ナノバイオ拠点では、非常にユニークなマネジメント方法を採用している。各研究室が縦糸を構成するのに対して、高スペックな研究設備を横糸として提供している。研究設備は、拠点全体で完全に共用し、ICカードを利用して実験室の管理を行っている。さらに、企業と連携した講習会を多数開催し、拠点内の研究者のスキル向上に貢献している。また、人材交流・育成の面では、多くの研究者を集めリトリート(意見交換、共同研究の推進。合宿も行う)を実施している。研究者は普段は学会でしか研究の話をしないという現状を打破するため、異分野の研究者間で積極的に意見交換の機会を設けたところ、参加者各人がこれまでに気付かなかった視点を得ることができた。学内の研究者どうしの連携は、互いの物理的距離が近いこと、知財などの問題が起こりにくい点で有利である。
◆ ナノバイオ拠点では情報発信活動にも力を入れていた。メディアとしては、ホームページのほか、ネイチャージャパンのライターに協力を依頼し、ニュースレター(毎号3000部、年4回)を発行した。ニュースレターの総数は日本語版30500部、英語版14000部に上った。当初はニュースレターにコストを投資することに疑問を呈する声もあったが、結果としてはプロジェクトの広報効果は絶大であった。他の広報活動としては、拠点内の研究者による定例セミナーを定期的に開催した。
◆ 日本の大学研究室の多くは小講座制をとっているため、研究がタコつぼ化し、研究者に高負荷がかかるため、結果として若手が育たない。この状況を打開するために、ナノバイオ拠点では各分野のるつぼ型のモデルが試行された。この他分野協働の試みは成功したが、大学内で恒常的な組織にはなりえないため、組織の維持のために外部資金を獲得する必要があり、問題である。
討議における主要な論点
◆ ナノバイオ拠点の成功の秘訣は、従来、理系の研究室では強かった縦糸(講座・専攻内での人や物の連携)に横糸(融合領域と実験設備)がうまく連携したことにある。ナノバイオ拠点の運営には、箱ものだけでなく実験装置、機器のメンテナンス、人件費をセットにして用意する必要がある。また施設利用に課金をしないことで、ハードルをさげている。イメージとしては図書館(共用施設)に近い。ナノバイオ拠点は、民間企業には既に先行モデルが存在する。しかし大学にこのようなモデルの導入は初めてであろう。
◆ ナノメディシンとバイオ先端医療の比較は、自動車におけるプリウスとフェラーリに例えられる。ナノメディシンは、安全で高燃費、高品質だが庶民的でエコロジーにも配慮するプリウスに例えられる。プリウス型は、最先端ではないが現代の生活に適合した、人気の高いモデルである。医療機器産業では、オリンパスやテルモなどの企業が代表で、海外での売上が半分以上である。対するバイオ先端医療は高品質で一流ブランドだが高嶺の花である点から、フェラーリに例えられる。このフェラーリ型は、かつて多くの企業が競って開発した、高速を追及した高級車の代表であり、利幅が非常に大きいが需要は少ない。開発の際に得られた技術などを、どのように汎用していくかが鍵である。
◆ ナノメディシンの促進は、医療費総額抑制にも寄与しうる。がんの場合、従来は入院通院費と副作用対策費がかさんでいる。ナノDDS(ドラック・デリバリー・システム)の抗がん剤が普及すれば、薬剤の価格が上昇しても、前出の2つの費用が減少することになるので、トータルの出費は減少する。このように、プリウス型のナノメディシン推進は、効率性の追求にも寄与する。
◆ ナノバイオ拠点における研究開発で目覚ましい成果をあげても、シーズが実際に上市され患者の手に届くまでに時間がかかる。また、研究者と患者との対話が十分ではないことについても反省している。しかし現実的には研究者の使える時間にも限りがあるので、両者の言い分を理解し、正しい知識を客観的に伝えるインタープリターの役割が重要である。
◆ 医工連携は、名医の技を可視化して汎用化することであるともいえる。医師の負担軽減し、考える時間を生み出し、体育会系からの解放させるためにも、工学のアプローチが有効である。また、地域医療格差を食いとめることにも寄与できる。
◆ 他方、医療においては介在する医師の役割は残らざるを得ない。このような医師の技量をどのように評価するかは難しい。しかし、今後は医師のスキルにより序列、報酬に差をつけることも大切ではないか。
◆ 製薬企業は他の製造業に比べ利益率が高いので、業界全体の危機感は薄い。
◆ 日本の企業は新たな医薬品、医療機器研究開発に伴うリスクを取りたがらない。そのため、新規需要は輸入等によってまかなわれることになるが、このまま医薬品の輸入超過がすすむと、日本の医薬品、医療機器産業の競争力低下のみならず、医療費増大にも寄与するかもしれない。ただし、米国で研究開発に伴う治験が進むのには、医療保険が脆弱なため、治験への応募者が多いといった社会的事情もある。