第5回 科学技術ガバナンス研究会 連続ヒアリング企画
日時:5月18日(火)10:30〜12:00
場所:東京大学公共政策大学院 会議室
講師:渋谷 健司 東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻 教授
参加者:16名
講師による主要な問題提起
保健医療におけるTA(テクノロジーアセスメント):グローバルヘルスの観点から
◆ グローバルヘルスでは「3つのP(パラダイムシフト、パートナーシップと、パフォーマンス評価)」が鍵となっている。重要なパラダイムシフトの1つとして、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏のような、巨額の資金を持った新たな民間プレイヤーが出てきたため、従来からの国際機関に加えてこれらの民間基金の連携により、個別プロジェクトではなく大規模なプログラムのための新たにルールを決めていく必要が出てきた点を指摘できる。
◆ 日本国内医療についての調査によると、医療に関する不満・不信の主たる理由は、制度決定プロセスの公平さや、制度決定への市民参加の度合いである。ヘルステクノロジーアセスメント(HTA)には、エビデンスやプロセスの可視化、市民社会の参画などの手法を用いることにより、上記の課題解決が期待される。
◆ 日本のHTAについては、「コクランライブラリー」に代表される系統的レビューの方法論の導入、および費用対効果分析の方法論の導入が完全に遅れた。また、診療ガイドライン作成の際、系統的レビュー(メタ分析)や費用対効果分析を飛び越して、学会に丸投げして作成の方向性をまとめてしまった。グローバルヘルスでも国際協力機構(JICA)には評価やモニタリングの機能がほとんど確立していない。国内では、医薬品医療機器総合機構(PMDA)や国立公衆衛生院など、本来日本のHTAを担うべき各機関が十分に機能していない。
◆ 日本のHTAの問題として、ガバナンスのありかた(縦割り組織が乱立し関係機関の効果的連携が欠如していること)、意思決定における透明性の欠如、エビデンスの欠如、国際標準の専門家の不在があげられる。また、日本では、系統的レビューのような政策目的の2次データの分析や活用に研究費が十分には提供されていない。
◆ 日本にとって参考になるHTAに関する医療政策のモデルとしては、英国労働党のブレア政権が1997年から取り組む国民保健機関(NHS)改革があげられる。良く知られているように、英国立医療技術評価機構(NICE)は、英国・保健省の管理下で、国立共同研究所とも連携してガイドライン作成委員会を設置し、各種学会や団体、患者その他利害関係者を巻き込み、診療ガイドラインを作成している。このガイドラインは、日本のHTAの問題である上記の問題をすべてクリアしており、見習うべき点が多い。
◆ 東京大学医学部国際保健政策学教室では、HTAを含めた包括的ヘルスメトリクス学術基盤の創成を目指し、数理科学と健康社会科学の融合による戦略的保健医療研究を行っている。同時に、分野横断的専門知識、コミュニケーションスキル、国際性を持ち合わせた、グローバルヘルスの分野で活躍できる政策人材の育成にも力を入れていく予定である。また、世界の医療・保健政策を担う各機関と密に連絡を取り研究をすすめている。国際連携では、国際保健政策学では言葉の壁はないので、世界各国の機関、学術雑誌との協働が行われている。例えば、日本の医療保健制度や分析研究を英語で紹介してほしいという需要はあるが、十分な情報提供が行われておらず、この分野での今後の研究が期待されており、英国ランセット誌との日本の保健医療制度に関する共同プロジェクトが進行している。
◆ また、最近保健ODA見直しのプロセスが始まり、当教室による日本のグローバルヘルス戦略への提言としては、「投資すべき案件の選択と集中投資」、「保健分野への資源の確保」、「アウトカム指標による評価」、「グローバルヘルス戦略会議の設立」、「政策リーダーの育成」の5つがある。
討議における主要な論点
◆ 政策人材育成プログラムの具体案としては、公共政策分野と先端医療分野と協働で、分野横断的な高度な知識と国際性を持つ博士課程の学生を、国外の国際機関などのインターンに送り出し、英語環境で武者修行させることを検討している。我が国で最も不足している、博士号を持ち、国際保健の関連機関を回り現場で活躍する政策人材を育成することが目標。国際保健学は学際分野なので、医学以外の他分野のバックグラウンドを持つ人材や、ミッドキャリアの人材を歓迎している。
◆ TAには各分野専門的見方と幅広いステークホルダーの視点の両者が不可欠であり、分野別専門家以外による外部評価は意味がある。特に、ルール作りやコンセンサスを作る過程ではこれが重要である。さらに言えば、世の中は専門家/非専門家だけではない。横断的視点を持つ人材も必要である。日本では狭い各分野の専門家の議論のみで政策決定がなされることが散見される。政策決定を行うためにはバランスよく全体を見通せる横断的立場の参加者の役割も重要なのであり、アカデミックなトレーニングを積んだ別の分野の専門家にそのような役割を意識的に担わせることも考えられる。
◆ 日本がグローバルなルール作りに寄与した例もある。2008年G8サミットのプロセスでは、国際保健政策に関して官民連携のトラック2のプロセスが設定されたが、日本はこのプロセスには提案を実効的にインプットした。
◆ 子宮頚がんワクチン(HPV)の導入について、日本では費用効果分析(将来の医療費削減効果を含む)に基づく接種の可否を議論することがほとんど行われていない。産婦人科医、厚労省のほか国及び地方の財政当局、教育関係者や小児科、地方行政担当者、接種対象者とその保護者も含め、エビデンスに基づいた議論して接種の可否を決めるべきである。
◆ メタ分析は重要かつ確立された手法であるにもかかわらず、日本ではそれを疑問視する声もいまだ多い。しかし医学においては近年注目され、メタ分析を用いた論文のインパクトファクターも高くなっている。メタ分析では、ただ1次データを集めるだけではなく、2次的データの活用とその政策implicationまでも視野にいれるべき。このようなメタ分析の重要性は、エネルギー政策といった他の政策分野でも指摘されている。
◆ 日本の学会はエビデンスにもとづいた政策提言を行うことがほとんどできていない。
◆ リスクコミュニケーションにおいては、不確実性を明確にしていくことにより反対する意見の持ち主を説得していく必要があるため、メタ分析による情報提供が重要である。また、そのプロセスでは、メディアの役割も大きい。
◆ TAの中でもHTAは標準化という意味では特に進んでいる。これは、多くの人にとって医療が身近なテーマであり、かつ不確実性がありリスクが顕在化しているからであろう。このようなTAは個別(医療)技術のレベルだけではなく、(医療)政策のレベルでも可能かつ必要である。