第7回 科学技術ガバナンス研究会 連続ヒアリング企画
日時:5月24日(月)9:00〜10:30
場所:東京大学公共政策大学院 会議室
講師:柳瀬 唯夫 経済産業省産業再生課 課長
参加者:12名
講師による主要な問題提起
2010年5月に経済産業省(経産省)により発表された
「産業構造ビジョン」骨子案 および 概要 の説明。
◆ 日本経済は行き詰まりの様相を呈している。日本の経済的地位は低下し、一人あたりのGDPは世界23位、総合国際競争力は22位に順位を下げた。国内市場の拡大が頭打ちとなり、さらに企業は生産拠点の海外移転を加速させている。これは日本が市場としても、生産拠点としても魅力が薄れていることの表れである。
◆ 産業構造全体の課題としては、特に自動車製造業に依存しているという問題がある。日本企業の労働生産性は上昇しているが、雇用者所得は横ばいとなっている。日本企業は低収益体質であり、世界市場にいきつくまでの国内競争で消耗してしまうため、輸出が伸び悩んでいる。他方、韓国は、国内予選なしで、最初からグローバル市場に向けて大胆で迅速な投資戦略を実施している。
◆ 日本企業のビジネスモデルにも問題がある。具体的には、日本は1970年以降に構築し成功したピラミッド構造垂直構造、自前主義モデルを現在まで保持したままであり、国際標準のモジュール化分業モデルへの転換が遅れている。自動車産業では、現時点では優位を維持しているが、電気自動車が普及してモジュール化が進展した場合に、現在の優位性を維持できるのかについては疑問もある。
◆ 企業を取り巻くビジネスインフラの課題としては、日本の法人税負担の高さ、物流インフラの競争力低下、理工系博士号取得者の少なさ、高学歴の外国人労働力(留学生)受け入れの少なさがあげられる。
◆ 原子力問題に関しては、これまでは日本がリードしてきた。しかし現在は国際競争で他国に連敗し危機的状況にある。原因は、途上国の入札における需要と供給にずれにある。途上国においてニーズ・需要があるのは、日本が得意とするインフラ技術でなく、むしろサービス運営提供にある。しかし、サービス提供がセットで求められていたことに気づかず、また柔軟な対応ができなかった。
◆ 産業構造転換の方向性としては、自動車やエレクトロニクスの「一本足打法」から、付加価値を獲得できる分野を複数設ける「八ヶ岳構造」へのシフトが重要である。具体的な戦略産業分野は、例えばインフラ関連があげられる。そのためには、途上国支援として、経済協力ツールの強やインフラファンドの設立が必要であり、案件の組成段階から商業化まで、パッケージで支援することが求められている。また、次世代エネルギーソリューション分野では、インドのデリームンバイ産業大動脈構想において、スマートコミュニティ開発が試行されている。他に注目すべき分野としては、文化産業の輸出強化、医療・介護・健康・子育て、先端科学があげられる。
◆ 日本の産業を支える横断的な政策が求められている。日本の企業が世界市場で付加価値を獲得するために、日本は各分野の国際標準化を推進し、新たなビジネスモデルを提案すべきである。一方、製造業の現場では、中核人材の確保が課題である。国レベルでは、政府研究開発投資の効率改善が課題となっている。
討議における主要な論点
◆ デジカメの産業モデルは、相互依存性の強い擦り合わせ領域をブラックボックスにするとともに、他の部分をオープン化している。このようなハイブリッドのモデルは、他の分野でも参考になるであろう。
◆ サービス提供ビジネスでは、利益を得るために責任(リスク)を負う中核企業の存在が重要であるが、現実にはそのような企業は、日本には、ほとんど存在しない。無責任な提案ではビジネスにならない。インドでの実験では、コンペ(国際競争)を経て委託する民間企業を選択することで、このような中核企業の育成を試みている。
◆ 原子力ビジネスの場合、従来海外進出に熱心であった設備メーカーだけではなく、国内においてサービス提供を担ってきた電力会社を巻き込んだビジネスモデルを構築した。
◆ 水ビジネスの場合も、日本の技術は優れているが、オペレーションが重要である。しかし、日本の水道事業は自治体事業であり収益性・インセンティブがなかった。他方、自治体の規模が小さかったこともあり、フランスでは水道事業は民間企業が中心となり、これらの企業が海外にも進出して行った。このような状況の下で、日本では、調達履歴を確保するためにオーストラリアの水サービス提供事業を取り込み、日本技術と日本の大都市の水道事業者によるアドバイス提供を組み合わせるというビジネスモデルを構築した。なお、地方都市の能力継承を考えると、長期的には、日本も水道事業を民営化せざるを得ない可能性もある。
◆ 国際標準化を通して、日本の規制・社会システムを変えるという方策もある。
◆ インフラのルールには日本が先行しているものもある。
◆ 保育、医療サービスについては、幼稚園・保育園関係問題といった供給サイドに投資すべきなのにも関わらず、子供手当てといった需要サイドへの投資に偏っている。
◆ 例えば、蓄電池の国際標準化については、付加価値、仕様をすべて公開、非公開するのはどちらも日本の産業活性にはリスクが大きい。一部の技術を切り取って選択的標準化することが、技術の普及と利益のバランスが良いと考えられる。当面のライバルはドイツである。
◆ 日本はゼロリスク信仰があり、新規技術を用いたビジネスの障害となっている。ある程度のリスクを許容するルールづくりが重要ではないか。従来のリスク規制においては、日本はローコストアプローチ(実験は海外で行われるのを待ち、その結果を参照して規制を策定する)が得意であったが、先端的技術開発導入を行うのであれば、実験段階からコストをかけて国内でも行うモデルに慣れていくことが必要である。
◆ 大規模太陽光発電システムを日本が海外で展開するには、単に技術を提供するだけではなく、相手国の新産業・新社会システム創成への長期的協力が重要である。そのためには、従来の技術やサービスに加え、政策までを含めたパッケージを提案できるようにすることが重要である。
◆ 新エネに関する経済産業省資源エネルギー庁の主要関心は安定供給の確保であり、新エネ産業創出への関心は少なかった面がある。
◆ クリニカルデータを二次利用することにより、医療の効率化が期待されるが、プライバシー保護が課題となっている。対策としてはデータの匿名化が考えられる、技術的にはゼロリスクは無理なので、社会的にリスクと便益の全体像を踏まえた上で、技術を社会的に位置づけるシステムが必要になる。米国等では、クリニカルデータの一定の二次利用を可能にする、社会手続きが構築されている。しかし、現在の日本では匿名化に関する法制度が整備されていない。匿名化したところで、個人特定の可能性はゼロにはならないことを踏まえた上で、データの使用方法や扱う種類などを考慮し、匿名化と同意の組み合わせにより法制度を整備し、安全かつ有効なデータ活用をはかることが望ましい。
関連資料
産業構造ビジョン2010 (産業構造審議会産業競争力部会報告書)