第10回 科学技術ガバナンス研究会 連続ヒアリング企画

日時:6月7日(月)13:00〜15:00

場所:東京大学公共政策大学院 会議室

講師:唐木 英明 氏(東京大学名誉教授/日本学術会議副会長)

参加者:9名

講師による主要な問題提起                          プレゼンデータ

◆ 日本学術会議は行政、産業および国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として1949年に内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立された、日本の科学者の国内外に対する代表機関である。人文科学分野を含む、すべての学問分野をカバーし、210名の会員と約2000人の連携会員により構成される。かつては学協会の代表が選出され、約200程度の研究連絡委員会(研連)が存在したが、現在は、学協会と直接の関係はなく、かつての研連の委員とほぼ同数が連携会員に任命されている。人事については、会員が次期会員を推薦するメカニズムとなっている(推薦に基づき内閣総理大臣が任命するが、総合科学技術会議の有識者議員とは異なり、国会同意人事ではない)。このように学協会との直接的関係が切断された結果、日本学術会議は約84万人の科学者コミュニティの代表であるが、科学者コミュニティと日本学術会議関係者との間に溝ができているという指摘もある。

◆ 総合科学技術会議と日本学術会議との関係は「車の両輪」とされる。

◆ 国際的活動として、5年程前からG8サミットに向けて、各国学術会議の共同声明を出している。2010年は母子の健康推進と、開発のためのイノベーションがテーマであった。過去のG8サミットに向けては、温暖化対策等に関するG8アカデミーの共同声明が行われてきた。

◆ 最近の日本学術会議の大規模プロジェクトのひとつに「日本の展望−学術からの提言2010」の策定がある。国の内外に対し、広く日本の学術研究の方向を提示し、国の科学・学術政策に反映させることを目的に、6年ごとに学術各分野の将来展望を示し、取りまとめる活動を行うこととしている。今回は、日本学術会議の中に、人文・社会科学作業分科会、生命科学作業分科会、理学・工学作業分科会を横断する形で、10のテーマ別分科会を設け、複数の学問分野から会員を参加させることにより、社会の問題を包括的な視点からとらえることを試みた。

◆ もうひとつの日本学術会議の大規模プロジェクトとして「学術の大型施設計画・大規模研究計画−企画・推進策の在り方とマスタープラン策定について−」がある。カミオカンデ(素粒子研究施設)に代表されるように、科学の研究には大型施設が必要となる場合がある。一方で、最近は多くの研究者を長期にわたり雇用する大規模研究も重要になりつつある。これら2つの大型研究は、ともに従来の研究資金では賄いきれない巨額の資金を必要としている。そこで日本学術会議は、大型計画について各大学にアンケートを実施し、科学者コミュニティの意見を集約した。その結果をもとに全分野にわたる大型研究のマスタープランを作成し、提言を示した。このプロジェクトの背景には、事業仕分けの際に、大型研究について社会への説明を十分に果たせなかったことへの反省と危機感がある。

◆ 日本学術会議金澤会長の私案「日本学術会議の在り方等について」の中では、11年前に開催されたブタペスト会議以来の、社会における科学のあり方に関する議論を踏まえ、日本学術会議では「科学のための科学(Science for Science)」に加え、「社会のための科学(Science for Society)」、「政策のための科学(Science for Policy)」を含めた3つの科学を推進する方針を掲げ、社会や政策への貢献を重視している。具体的には、審議・提言機能の強化、学協会との連携強化、若手研究者との意見交換機能の強化(ヤングアカデミーの創設)、市民の科学・技術リテラシー向上を目的とした取り組みなどを構想中である。アカデミーと政府の連携強化については、日本学術会議が支援する科学・技術担当の内閣特別顧問の常設化や、政務三役などへの迅速かつ有効な情報提供などを検討している。

討議における主要な論点

◆ 日本学術会議には60名程度の規模の事務局が存在する。事務局職員には、文部科学省、総務省等からの出向者が多い。

◆ 報告書執筆過程においては、委員が分担して執筆をするケースが多いが、事務局がドラフトの一部を作成するケースもある。

◆ 日本学術会議の会員及び執行部は全員パートタイムであるが、機能強化のためには経営層を常勤にすべきであるという議論もありうる。ただし、その場合は法律改正が必要になるため、困難も多い。

◆ 日本学術会議については、行政改革の一貫として、国の機関として残すか、民間化するかという議論があった。活動の自律性を維持するためには国の機関として維持すべきだという議論が強く、結果として、国の機関として維持された。今後、民間化案が再浮上する可能性はあるが、国の機関でなくなると、発言力が弱まることが懸念される。

◆ 国際的には、世界における日本のアカデミーのプレゼンスの低さは課題である。ICSUなどで日本人が会長を務めた機会は少ない。

◆ 内閣における科学・技術担当の内閣特別顧問を常設化し、サイエンス・アドバイザーとして機能させるという案の1つのモデルは、かつて安倍政権において黒川清氏が担っていた任務である。

◆ ヤングアカデミーを発足させ、40歳前後の若手を教育することは重要である。一定の科学・技術リテラシーを持ち、民間企業のビジネスのことも理解しつつ、政策サイドと研究者を橋渡しする人材の育成が望まれる。各分野の研究者どうしの分野間コミュニケーション能力の育成も重要である。

◆ 日本学術会議の強みは、全分野の研究者がそろっていること、専門家としてアジェンダ設定に関与できることにある。他方、権威ある専門家が草案を書くため、人文社会科学の専門家は存在するものの、現場の社会のステークホルダーの意見等を取り入れるのには限界があるかもしれない。

◆ 学術活動への理解を高める社会とのコミュニケーションの対象として、一般市民に加えて、文系出身者も多い公務員へのアウトリーチも重要ではないか。公務員研修とのタイアップ、例えば、研修に施設見学や研究者からの説明を組み込むことも、具体的方策として考えられる。

◆ 食品のテクノロジーアセスメント(TA)に関しては、遺伝子組み換え(GM)食品のリスクコミュニケーションについて問題が多いが、基本的には国の政策的バックアップがないことが致命的であると考えられる(この点で原子力と異なる)。日本ではGMのような新技術には、科学的な証拠より感情論が優先される。政策決定の場においても、科学的な根拠にもとづいた議論より、声の大きな団体の主張が優先される現状がみうけられる。

◆ 個別の大型施設計画のアセスメントを行う際には、地元の自治体の施策との関係(例えば研究者の宿泊施設やマルチリンガルな人材が移住できるような環境整備など)も重要である。