第11回 科学技術ガバナンス研究会 連続ヒアリング企画
日時:6月10日(木)10:00−12:00
場所:東京大学山上会館 会議室
講師:薬師寺 泰蔵氏(財団法人世界平和研究所)
参加者:15名
講師による主要な問題提起
工学部を卒業した後、科学哲学を勉強し、その後MIT(マサチューセッツ工科大学)において政治学を専攻した。MITにおいては、CPA(Center for Policy Alternative)やTPP(Technology and Policy Program)に参画した経験を持つ。
◆ 有識者常勤議員を務めたCSTP(総合科学技術会議)は、約10年前橋本総理による行政改革の折、内閣府に設置された機関のひとつで、関連予算の調整等が業務である。(ただし決定権はない。)CSTPは、以前、科学技術庁に置かれていた科学技術会議に人文社会分野を含めた拡大版の組織である。メンバーは、政府側は総理をはじめ各大臣、官房長官がそろうのに対し、有識者側は常勤、非常勤4名ずつで構成され、常勤議員に関しては厳しい兼職規定がある。有識者メンバーは文科省が案を作成することが慣例のようである。
◆ CSTPでは科学技術基本法に基づき、5年ごとに「科学技術基本計画」を策定することが使命である。また、分野横断的な制度改革を行う場でもある。各期の目標予算額と主な計画内容は以下の通りである。
第1期: | 17兆円、ポスドク1万人計画 |
第2期: | 24兆円、重点4分野、その他4分野の指定 |
第3期: | 25兆円、第2期の8分野を踏襲しつつ呼称のみ変更(重点推進分野、推進分野) |
横串として「分野別推進戦略」と新規に「戦略重点分野」を設ける | |
キーワードは「モノからヒトへ」 | |
計画内に「人文社会科学」と「安全保障」という言葉を初めて盛り込む |
◆ CSTPにおける議論は下に陳情団がついているため、なかなか合意形成が困難である。そこで、一部のメンバーとその下に特命部隊として俊英な役人を付けて、ドラフトを作成することとなる。第3期科学技術基本計画策定時、このような役割を果たす施策検討ワーキンググループ(WG)の座長をつとめた(他のメンバーは、阿部議員、庄山日立社長、小宮山東大総長、垣添癌研総長、田中東大教授、若杉慶大教授)。例えば、競争的資金増大と基盤的資金の確保との緊張関係があり、「世界をリードする大学の形成」といった表現で決着した。
◆ 第3期の制度改革WGでは、外国人研究者、研究者の流動性、研究費の効率、研究支援者増大、女性研究者の増加、治験の迅速化、科学技術理解増進の7課題について重点的に取り組んだ。このうち、研究者の流動性に関しては、海外は年俸制、日本は定年制という雇用体系の違いが障壁となっている。日本では大学も企業も同様の問題を抱えているが、理化学研究所は国内で珍しく年俸制を導入している。研究費については、国内では文科省科研費、文科省振興調整費、厚生科研費がおもな資金となっているが、これまでは予算執行できる期間が短期な上に、予算消化の期限・ルールなどに非効率的な点が見られたので、改善をはかった。また、治験に関しては、担当職員および工学系人材の増員をあわせて訴えた。
◆ 2004年にCSTPの生命倫理専門調査会において、ヒトクローン胚作成解禁を決定した。この問題は全国紙の1面に掲載され、CSTPがこれまで最も世間の注目を浴びた。この問題は2001年のクローン技術規制法試行から3年以内に結論出す必要があったが、担当していた井村議員が医学者として当事者としてみられたこともあり、2年半は議論のこう着状態が続いていた。その後、政治学者がふさわしいということで生命倫理専門調査会の会長を引き受けることとなった。期限までの半年間、多くの医学者等にヒアリングを実施し、反対者との一定のコンフィデンスビルディングも行った。そして期限直前の委員会において、出席者に挙手で賛成反対を表明させ、条件付きの解禁案を決定した。マスコミの反対派とのインタビューの機会もセットした。その後は、マスコミの焦点も次の問題に急激に移った。なお、数年たって、反対者との人間関係も復活している。
◆ TAでは、複雑な科学技術のイシューを取り上げ、科学的に裏打ちされたデータを示し、今後予想されるシナリオや対応策までを包括的に提言するべきであろう。
◆ 日本の科学技術外交においては、未だに先進国向けの対策ばかりに注力する。しかしこれからは発展途上国を視野にいれて協定を締結し、国際共同研究などをすすめるべきである。プロセスとしては、日本と相手国との間でまずコミュニケーションをはかり、次いで相手国に日本の良い点を模倣させ、さらに相手国の風土や文化になじむものを自ら開発させ、成功例を世界に普及していく必要がある。
討議における主要な論点
◆ CSTPをはじめ、各種の専門家、メディア、省庁など多くの主体が関与した上で、セクター全体として科学技術政策を構築していく必要がある。各主体が互いを無視したり、利権争いに興じるのではなく、各々の意見を、透明性を持って主張した上で、地道に交渉を続けることにより打開策が生まれる。このプロセスにおいて、CSTPは決して上から統括しているわけではない。
◆ 最近における興味深い科学技術に関わる政策形成プロセスの実験として、100人程度の専門家が参加した宇宙政策に関する有識者会議の試みがある。
◆ 科学技術基本計画の重点分野は、縦軸より横軸を強調するようになっている。CSTPには、各分野の研究者が陳情団としてあまた存在するため、重点分野の部分改組は困難である。ノーベル賞受賞科学者は政治力があるので発言を考慮せざるを得ない。もし分野を変えるのであれば、部分的ではなく総入れ替えをするしかないのではないか。
◆ 日本は階層社会を好むが、各個人や団体が、多様なサブナショナルな主体として活動し、セクターが連携して政策決定をすすめるべきである。
◆ 生命倫理の場合、個別的な分断的セクターでの議論は存在したが、これを全体として統括する場がなかった。そのため、ヒトクローン胚に関しては、CSTPの生命倫理専門調査会がそのような場としての機能を果たした。
◆ 科学技術政策の手法には、攻めと守りの2つがある。守りは、iPS細胞のように、すでに世の中に出た先端技術のありかたを後から議論してフォローする方法であり、攻めは、これから生まれる科学技術に対する投資のことである。後者においては、イシューのシェアリングが鍵となる。
◆ 予算配分はある程度業績主義に基づいている。しかし、日本の先端技術を発展させるには、研究熱心だが提案書の書けないような研究者をどのように発掘し、成長させるかも課題である。創造性のための予算を一定程度一律的に分配することも対策として考えられる。
◆ TAにおいては、賛成派、反対派両者の意見をのべさせ、その記録を取り、決定過程を可視化して残していくことが重要である。この過程ではコンフィデンスビルディングも必要であり、そのファシリテーターとして文系の役割もある。
◆ TAにおいては、物事を決めた後のフォローの仕方も重要である。
◆ CSTPも、大学と同様、つねに新しいアイデアを出さないと生き残っていけない。
◆ 衆議院より参議院詮議のほうが超党派になる可能性が高いので、科学技術政策のイシューは参議院から議論した方が良いのではないか。
◆ 外交資源としての科学技術外交という発想は外務省にとって新鮮であった。目下、外務省主導により省庁横断でこの取り組みが進められている。