第12回 科学技術ガバナンス研究会 連続ヒアリング企画
日時:6月11日(金)13:30−15:00
場所:京都大学 iPS細胞研究所(CiRA)
講師:木村 貴文 教授、青井 貴之 教授(CiRA 規制科学部門)、川上 雅弘 氏(CiRA 研究戦略本部 国際広報室)
参加者:7名
講師による主要な問題提起
◆ iPS細胞は2006年に発表された最先端の技術であり、基礎生物学、応用展開の両面から大きな期待が寄せられている。応用展開としては再生医療、移植治療や創薬が考えられる。また、近い将来、この技術が社会に出ていくためには、法的倫理的な配慮が必要であるが、現状はまだ整備のための議論・ガイドライン作成が始まったばかりである。
◆ 創薬に関しては、民間企業が研究開発から上市するまでのノウハウを持っている。しかし再生医療の研究に関しては、研究開発から上市するまでの流れが確立していない。これまでの臓器移植に関しては、提供するドナーと提供される患者という個対個の関係が主流であった。しかし、iPS細胞はひとつの細胞から無限に増殖できるため、複数の部位や人への移植が可能となる。これはiPS細胞が、医薬品と同様に製品として流通する可能性があることを示唆している。
◆ 国の規制にはiPS細胞に当てはまる前例がないので、厚労省やPMDAと新たな規制作りに向けて、スピードと対話を重視し、情報提供を行っている。厚労省は5月にヒト幹細胞を用いた臨床研究指針へのパブリックコメントを募集し、現在検討している段階である。関係者全員にとって新しい経験となっている。研究者側としては、研究の片手間に規制策定へのインプット業務等を行うことは困難なので、研究所内に規制科学部門を設立した。山中所長が兼任で部門長を務めており、他に教員3名で構成している。そのうち専任の教授2名は臨床医出身である。研究所内では、臨床現場と研究の間の翻訳機能、血液事業や造血幹細胞バンクの運営方法に関する知見等を提供している。
◆ 厚労省やPMDAによるヒト幹細胞に関する規制の改訂に関与している。毎月、委員会が開催される。厚労省やPMDAは、研究所との協働というモデルづくりを実践しながら、まだ論文になっていない知見などを得ていると思われる。
◆ iPS細胞は技術の新規性にともなう点が強調されているが、基本的にはあまたの医療技術の一部である。従って、医療として、すべからく安全かつ有効であるべきである。また、最終的には日本の皆保険制度下での扱いを視野に入れたいので、広く流通させられることを考慮すれば、薬事法の制度下での認可を受けることは重要だと考えている。
◆ CiRAではiPS細胞の流通までの技術管理を視野にいれた研究開発体制をつくることを試みている。例えば、治療に用いるiPS細胞を作製し流通までを担うことになる細胞調製施設の運営も重要な任務である。
◆ CiRAの特徴は、オープンラボラトリー、つまり研究部門間の壁がなく、部局を超えた積極的な交流が歓迎される点にある。また所外では大学病院などとも連携している。今後は各組織と連携して患者のQOL改善を目指したい。
◆ iPS細胞の臨床応用には、民間企業の巻き込みも重要課題である。これまで官民共同研究プロジェクトでは、知的財産(知財)に対する考え方への相違が問題となる事例が散見される。CiRAでは知財部門を設けており、特許の申請とともに知財管理・活用会社のiPSアカデミアジャパンに知財活用に関する業務を委託し、iPS細胞研究の成果が広く社会に還元される仕組みを構築している。
◆日本赤十字社は非営利法人として血液事業を行っており、本来知財管理等の必要はないが、国民の健康(利益)を損ねないという視点から、最近知財管理にも取り組むようになっている。CiRAも同じコンセプトを踏襲し、ゆくゆくは様々な企業が知財を広く利用できるようにしたい。
◆ iPS細胞の臨床応用には、ミクロ(医師や患者)とマクロ(行政)双方の視点が求められる。
◆ 日本ではiPS細胞と再生医療のイメージが直結しており、早期の臨床応用を期待した患者から、臨床応用の具体的なスケジュールの問い合わせがある。しかしながら、現状では、臨床研究がいつ始まるか明言することは難しい。国際広報室では臨床応用への過度な期待に繋がらないよう配慮した対応を心掛けている。
◆ iPS細胞研究基金で、寄付の募集も行っている。
◆ 医療における適切なコミュニケーションは、医療者と患者との両者間で不確実性を共有することである。時間も手間もかかるが、大変重要な取り組みである。
◆ 産業界との接触は、まだそれほど活発ではないが、今後本格化が見込まれる。産業界側にはiPS細胞はできたばかりという認識があるようで、産業化への展開を待つ段階のように感じる。iPS細胞の産業化においては、特定の企業に限定せず、業界全体からの参入を広く期待したい。
◆ 国内の他のiPS細胞研究拠点とは接点が多い。しかし研究者の閉じたコミュニティ内のみで活動することは望ましくないので、CiRAは外部にも積極的に講演・広報に行っている。
◆ iPS細胞にまつわる規制科学は、既存の再生医療の再定義という役割と、新規の先進技術の規制という2つの大きな課題を抱えている。特に前者はCiRAだけでは対処しきれない。iPS細胞というキーワードで、研究開発から製造流通までつなげるシステムができれば、大きな進歩である。別の分野においても、この取り組み、仕組みを参照してもらえるような成功事例としたい。
討議における主要な論点
◆ 最近における興味深い科学技術に関わる政策形成プロセスの実験として、100人程度の専門家が参加した宇宙政策に関する有識者会議の試みがある。
◆ 日本での審査承認は、これまで海外と比べて遅いことが多かった。今回のiPS細胞のように、先進的な医療技術(医薬品)を先駆的に扱うケースには期待したい。
◆ iPS細胞に関する医療材料、技術、機器などは、国内産業の振興、安全保障の観点から、できるだけ国内で研究開発から製造販売までできるようにすべきであるとも考えられる。しかし一般的に、現状では、事故発生時に賠償責任等もあり、国内産業は治療技術をビジネスとして扱うことに消極的であるように感じられる。
◆ 生命科学・医療技術についても、技術開発の在り方について、一定の距離を持つ第三者的主体が多面的観点からテクノロジーアセスメントを行い、セクターの透明性を高めることは重要ではないか。
◆ 法律家との連携については、現在はほとんどないが、薬事や個人情報保護など対処すべき問題は山積しており、既存の法律では対応しきれない部分が出てくることが予想される。
◆ 規制科学の在り方は技術分野によっても異なると思われる。例えば、従来、原子力業界では、規制科学の役割は非公式に各種業界組織によって担われてきたが、最近では、内部のステークホルダー間の緊張感も可視化され、また数十年間の課題の洗い出しが行われ、規制論議プロセスの透明化が進んでいる。各分野の技術特性、ステークホルダー配置の特性も念頭に置きつつ、他分野と生命科学・医療分野の比較を行うのも興味深いのではないか。