第13回 科学技術ガバナンス研究会 連続ヒアリング企画
日時:2010年11月18日(木)10:00−11:30
場所:東京大学本郷キャンパス第2本部棟会議室
講師:仙石 慎太郎 氏 (京都大学 物質−細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス) 准教授)
参加者:12名
講師による主要な問題提起
◆ iCeMSの研究対象である多能性幹細胞(万能細胞)とは、幅広い組織・細胞に分化する能力を持ち、体外で無制限に増殖できる正常な細胞のことである。ヒト多能性幹細胞には、ヒト胚からつくられる胚性幹(ES)細胞と、ヒト胚ではない細胞から培養できる誘導多能性幹(iPS)細胞とがある。
◆ 日本においては、2007年福田内閣の頃から公的資金によるiPS研究が盛んになり、その後文部科学省/JST、NEDOなど大規模な研究助成が次々に立ち上がり、各府省庁がそれぞれ、あるいは連携してiPS細胞研究を進めるオールジャパンの研究体制が確立した。
◆ しかしながら、日本のヒト多能性幹細胞研究の進展度を論文、特許、企業事例、臨床試験数の項目について国際比較した場合、とりわけイノベーションの下流において、他の地域・国に劣るというのが現状である。特に、日本では臨床研究はなされているが、治験を伴う臨床開発には遠い。
◆ 日本の幹細胞研究が克服すべき課題は以下の4点。
- 技術機会の偏重:イノベーションを加速するためには、多様な技術機会の確保がひとつの鍵となる。本来、ヒトiPS細胞とヒトES細胞の研究は表裏一体であり、これらの研究に関する技術機会は幅広く設けるべきである。しかし、日本では過渡の倫理的配慮や過剰規制の結果、ヒトES細胞研究はほとんど行われず、ヒトiPS細胞研究のみが盛んに行われた。その結果、「ヒト多能性幹細胞=ヒトiPS細胞」というイメージが固定化され、ヒト多能性幹細胞研究のすそ野形成を阻害し、技術機会を絞らせてしまった。
- 事業化ロードマップの自己限定:ヒト多能性幹細胞研究は、研究試薬・機器の製造開発から再生医療まで、実用化の可能性は複数考えられる。日本では、最も実現が遠くかつ不確実性の高い「再生医療」に関する研究が集中し、他の実用化への研究支援が手薄になっている。
- 知財戦略の狭隘化:日本における多能性幹細胞関係の特許出願を定量・定性分析をすると、幹細胞そのものをターゲットにするものが多く、周辺技術に対しては少ないことが顕著である。これらは狭い範囲のプロセスを対象としており、代替技術に置換される可能性をもつ弱い特許である。これに対し、出願件数の少ない周辺技術は、特許としての出願は難しいものの、汎用性が高く、「ものづくり」技術との融合など、日本の産業の強みが活かせる可能性が高い。
- 研究者コミュニティーの偏在と橋渡し役の不在:国際的にはサイエンス(幹細胞研究)、エンジニアリング(組織工学)、メディカル(再生医療)の3者分立となっているが、日本では再生医療分野の学協会が幹細胞研究を主導している。結果、患者救済を優先する方針が取られ、再生医療の臨床応用に注力しがちである。こと日本では、幹細胞研究の最新成果をエンジニアリングとメディカル分野の研究者・事業化にフィードバックする存在、「橋渡し」役が必須である。
◆ 幹細胞技術の標準化の方針としては、欧州がコンセンサス(フォーラム)標準を、米国がデジュリ標準を主導するなか、日本はディファクト(事実上の)標準、とりわけ質的なディファクト標準を推進すべきであろう。例えば、日本製の培地は高品質の上、培地交換の手間が少ないなどの理由で、研究者からの評価が高い。今後はこうした特徴をさらに追求し、世界最高品質の細胞や培地をつくることが産業化をリードする一つの鍵となる。
◆ 科学技術ガバナンスへの示唆として以下の3点をあげることができる。
- 関係府省・外郭団体が縦割りの克服:国の事業は硬直的であり、一度進めた構想を途中で変更することは困難である。一方、サイエンスは新事実の発見により日々変化するものであり、柔軟に対応する必要がある。
- 評価:中立公正な研究評価が行われる必要がある。そのためには国際的かつ分野横断的な研究者によるアドバイザリー体制や、論文・特許のサイエンス・リンケージ手法等に基づく客観的評価の導入が不可欠である。
- 科学コミュニケーション:日本のマスメディアは日本国内の報道に偏重している。今後は、海外の論文に日本語の要約をつけたものなど、海外の事例を迅速に国内でも共有すべきである。また、ソーシャルメディア等によるダイレクトなコミュニケーションがより浸透することが望ましい。
討議における主要な論点
◆ 日本はヒトiPS細胞研究に特化せず、他の技術機会(手段)も検討すべきである。例えば、死亡胎児の体細胞の利用研究は、欧米では盛んに行われている。しかし日本では政治的・倫理的にタブー視されており、技術機会として活用できていない。
◆ 日本において産学連携がうまくいかない理由のひとつは、学術的基盤の脆弱さである。 欧米のビジネススクールや政策科学研究のような学術的基盤を強固にし、産学連携や技術経営に関する検討を、査読つき論文として国際専門誌に発表できるレベルにまで高める必要がある。
◆ 研究に関わる人材に関しては、キャリアパスの多様化を目指し、クロスオーバー人材を育成することが重要である。