医療機器の開発に関する政策研究ユニット 1年目の報告書

11/03/08

技術水準の共有が重要であることを確認専門家とその他の人々との間で技術の安全性、有効性、利用法などについて検討する場を設ける方向へ

1.はじめに

医療機器に関する政策研究ユニットでは、2009年10月から2010年9月にかけて、医療機器分野への部材供給の活性化、および、医療機器に関連する臨床研究の問題について検討しました。医療機器分野は、わが国において今後成長が期待される産業の1つとして大きな注目を集めていますが、製造物責任などのリスクや規制のせいで企業の新規参入が十分に進んでいない、といわれています(例えば、日本医療器材工業会・医療機器産業戦略委員会「医療機器に使用する材料供給の実態調査結果」(2008年9月26日); 財団法人化学技術戦略推進機構「先端的医療機器事業への挑戦を促す社会基盤の構築と整備に向けて」(2008年3月)7頁を参照)。当ユニットでは、欧米の判例分析、内外の専門家へのインタヴュー、米国の著名な法学者を招いた研究会での議論を通じて、1年間にわたって問題を検討いたしました。

以下では、医療機器向けの部材供給をめぐる製造物責任等の状況、わが国における方向性について順に説明します。

2.医療機器分野への部材供給をめぐる製造物責任等の状況

医療機器向けの部材供給をめぐる製造物責任は、欧米ではあまり議論されていません。例えば、2006年に公表された最新のEC委員会報告書では、医療機器分野へ部材を供給するメーカーの免責については、問題としてまったく言及されていません(Commission of the EC, Third Report on the application of Directive 85/374/EEC concerning liability for defective products (2006))。欧州では、製造物責任に関連するEC指令に部材メーカーの責任を限定する旨の定めがあり(Art. 7 of Council Directive 85/374/EEC of 25 July 1985 on the approximation of the laws, regulations and administrative provisions of the Member States concerning liability for defective products, OJL 210, 07/08/1985, P. 29)、加盟国の製造物責任法に同様の定めが設けられています。この規定は、医療機器分野への部材供給に限定されるものではないものの、今のところ特別の問題は生じていないということです。

アメリカ合衆国では、1990年代後半に部材供給がスムーズに行われず、州の判例法と連邦の制定法によって改革が進められましたが、現在のところ問題はほぼ克服された、と理解されています(Frazier, K.L.: For the Defense, Jul. 2009, at 52, 55 and 69)。

臨床研究については、規制の国際的な影響と研究拠点の集約化が問題になっています。臨床試験に関する規制は、当然ながら臨床試験の実施に大きな影響を及ぼします。例えば欧州では、一時がんの臨床研究の実施が困難になりました(Akseli Hemminki et al., Harmful impact of EU clinical trials directive 332 BMJ 501-502 (Mar. 4, 2006))。

また、研究拠点の集約化は、臨床研究をめぐる問題のなかでも特に注目されています。アメリカでは、コスト面などの理由から国外で臨床研究が行われる現状に鑑み(see, e.g., Seth W. Glickman, M.D., et al., N. Engl. J. Med. 2009; 360:816-82)、食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)とデューク大学が、官民協力によって臨床研究機関の集約化(Clinical Trials Transformation Initiative, CTTI)を進めています。この試みは、最先端の臨床研究を効果的に行うことはもちろんのこと、患者安全の見地からも成果が期待されています。

3.わが国における方向性

少なくとも医療機器分野の部材供給については、わが国でも海外でも、部材メーカーに多数の訴訟が提起されるような事態にはなっていません。アメリカでは、かつて部材メーカーに訴訟が提起された事例が20例ありますが、部材メーカーが敗訴した事例は1件も見つかりません(例えば、経済産業省商務情報政策局医療・福祉機器産業室「平成21年度医療機器分野への参入・部材供給の活性化に向けた研究会報告書」(2010年3月)37頁)。まずはこの事実が、国民の間で広く認識される必要があります。

このような海外の状況を踏まえて、わが国における最も重要な課題は、医療にかかる技術水準(state of the art in medicine)を国民で共有することです。技術水準とは、「実際に利用可能な最高の科学技術」のことをいいます。優れた医療機器によって患者の生命を救うためには、国民の間で技術水準に対する理解を高める必要があります。

技術水準を国民で共有するためには、専門家の役割が不可欠ですが、専門家とその他の人々との間で技術の安全性、有効性、利用法などについて検討する場も重要になります。技術水準は、専門家の間で合意され、それがガイドライン(諸外国ではガイダンスと呼ばれることもあります)のような形で具体化されると、より多くの人が把握しやすくなります。医療機器分野の部材供給についても、ごく一般的な部材供給のあり方があらかじめ示されることによって、より多くの人にとって技術水準の把握が容易になるわけです。

しかしながら、一般的なガイドラインは、公的なものでも私的なものでも、それが公表されただけでは国民一般に周知されるわけではありません。とりわけ、対象が科学技術となれば、国民一般が理解するためには、具体的な例とデータを分かりやすく説明してもらう必要があるでしょう。

要するに、わが国では専門家とその他の人々が、実際に利用可能な最高の科学技術について一緒に意見をすりあわせる「場」が求められている、ということです。

当ユニットは、1年目に国民の間で技術水準を共有することが重要であることを確認し、専門家とその他の人々との間で技術の安全性、有効性、利用法などについて検討する場を設ける方向で、2年目の研究を続けて参ります。