医療機器の開発に関する政策研究ユニット 2年目の報告書
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国民の健康と医療にかかる技術革新のための試行錯誤を支援し、より安全で優れた製品開発を適切に評価する方向へ
1.はじめに
医療機器に関する政策研究ユニットでは、2010年10月から2011年9月にかけて、医療機器の審査・承認および保険収載・償還の問題について検討しました。わが国では、2010年11月に医療イノベーション会議が設置され、医療機器の特性に鑑みて取り組むべき課題が議論されはじめました。また、2011年3月からは厚生科学審議会の部会において、薬事規制全般について議論が進んでいるところです。さらに、中央社会保険医療協議会(医療材料専門部会)では、革新的な新規医療材料やその材料を用いる新規技術の保険適用の評価に際し、イノベーションの評価とともに費用対効果の観点を導入することや、導入する場合の考え方について検討してはどうか、という見解が2011年8月に出されました。このように、医療機器の審査・承認および保険収載・償還は、今まさに議論され、改善が目指されている重要な問題なのです。
医療機器の審査・承認および保険収載・償還という問題は、医療機器分野が今後の我が国の経済成長を担う新しい成長産業の1つに育つために避けては通れないものですが、世界でも正しい解を導くことができず、試行錯誤が続いています。当ユニットでは、欧米の法令分析、内外の専門家へのインタヴュー、7回にわたる研究会での議論を通じて、1年間にわたって問題を検討いたしました。以下では、まず欧米で繰り広げられている試行錯誤について簡単に説明し、次に、今後、我が国がとるべき方向性について説明します。
2.欧米で繰り広げられている試行錯誤
欧米では、より安全で優れた医療機器を医療現場でより早く使えるようにするための議論が続いています。まず、薬事規制の面からです。欧州では、高齢化社会を見据えて、患者、医療従事者、産業界、そして社会全体の利益のために、安全かつ有効な革新的医療機器の導入が極めて重要である旨の見解が明らかにされました(Council of the European Union, Council conclusions on innovation in the medical device sector (2011/C 202/03))。欧州は、薬事規制と保険制度の影響を総合した場合、日米欧の3極のなかで新規医療機器が最も早く医療現場に持ち込まれやすいですが(see, e.g., PWC, Medical Technology Scorecard: The race for global leadership (Jan. 2011); BCG, Medical Device Approval Safety Assessment: A comparative analysis of medical device recalls 2005-2009 (Jan. 2011))、その一方で安全性をチェックする認証機関の質、体制、監査にばらつきがある、という大きな問題を抱えています。
最近の調査によれば(FDA Impact on U.S. Medical Technology Innovation: A Survey of Over 200 medical Technology Companies 31(Nov. 2010))、先発機器と実質的同等性がある医療機器の場合、米国では審査期間は3ヶ月、事前相談から31ヶ月を要するのに対して、欧州では事前相談から7ヶ月で、改良・改善された機器を上市させることができます。新医療機器についても、米国では審査申請から9ヶ月、事前相談から54ヶ月かかるのに対して、欧州では事前相談から11ヶ月で済みます。問題は、上市された後に製品の安全性を監視し、その危険性が明らかになった時点で迅速かつ必要十分なリコールを行うことができるかどうかです。
よく知られているように、欧州で販売前に医療機器の安全性を確認するのは、公的な機関ではありません。各国政府に認可を受けた認証機関が、相互に競争するなかで、メーカーによる新しい医療機器の開発と上市を助けているのです。そして、市販後の安全性対策については、認証機関ではなく各国政府が担当しています。欧州では、医療機器規制において認証機関を活用することを前提として、患者安全を向上させる見地から、認証機関に対する規制をより効果的なものにするべく、制度改革の議論が進められています(European Commission, Recast of the Medical Devices Directives Summary of Responses to the Public Consultation, ENTR/F/3/D(2008) 39582, 5 December 2008; European Commission, The Roadmap 2011 (2010))。
米国では、欧州よりも臨床研究の開始までにかかる時間や、新規医療機器の安全性と有効性の確認にかかる時間が長いという意味で、「デバイス・ラグ」が問題として取り上げられる一方(see, e.g., FDA Impact on U.S. Medical Technology Innovation: A Survey of Over 200 medical Technology Companies 31(Nov. 2010))、これまで医療機器の改良・改善を促してきたとして評価を受けてきた審査制度(いわゆる510K)の欠陥が露呈するなど(IOM Committee on the Public Health Effectiveness of the FDA 510 (k) Clearance Process, Medical Devices and the Public's Health: The FDA 510(k) Clearance Process at 35 Years (2011))、欧州以上に変革の中にあります。これまで米国は、世界で最も大きく、最も魅力的なマーケットとして、新規医療機器が導入されてきました。欧州とは異なり、米国で医療機器の安全性と有効性を審査し、販売を承認するのは連邦の行政機関(食品医薬品局: Food and drug Administration, FDA)です。米国の薬事規制は、合理的で優れているという評価が多かったものの、最近では欧州と比べて新しい機器の上市までに時間がかかるのにもかかわらず、患者を十分に保護できていないのではないか、という形で二重の批判にさらされています。
このように、欧米では患者ができる限り早く、より優れた医療機器の恩恵に与ることができるように、薬事規制の改革が進められているのです。そこでは、新規医療機器の上市にかかる時間の短縮が意識されていることはもちろん、改良・改善された機器の危険性から患者をいかにして守るか、ということが大きな課題となっています。
他方、保険収載・償還の問題については、イノベーションの成果をどうやって適切に評価するのかについて、議論が続けられています。ここでは、医療の質を高めつつ医療費の増大を抑えるような、より費用対効果の高い医療の実現が課題です。欧州では医療技術評価(health technology assessment, HTA)、米国では費用対効果の比較研究(comparative effectiveness research, CER)という形で、近年議論が盛り上がってきました。医療機器分野に限って言えば、原則として医師の技術と相まって効果を発揮するという性質上、医薬品よりもイノベーションの成果を測ることがそもそも難しく、また、埋め込み型製品のように成果を測るためのエビデンスを集めることが必ずしも容易ではありません。イノベーションの成果をより正確に測るためには、臨床試験や研究などでエビデンスを集めるのに追加的な時間を必要とするのです。そこで欧米では、医療機器の改良・改善(医療技術の新陳代謝)を阻害しないように、新規医療機器により有利な暫定償還価格を設定するなど、さまざまな試みが行われています。
以上のように、欧米では、薬事規制と保険収載・償還の両面から、より安全で優れた医療機器を医療現場でより早く使えるようにするために、数々の試行錯誤が行われています。それは、現在利用可能な最善の科学的データと方法を用いて規制を行い、医療イノベーションの価値を適切に評価する試みです。たとえば、米国の食品医薬品局は、レギュラトリ−・サイエンスに関する戦略方針において、自らが国民経済の健全な発展の重要な一翼を担っていることを自認して、次のように述べています(FDA, Strategic Plan for Regulatory Science: Advancing Regulatory Science at FDA, Aug. 2011, at 2)。
「現在利用可能な最善の科学的データと方法を用いて規制を行うことが食品医薬品局の役割である。すなわちFDAは、製品が消費者にとって最善の安全品質基準を満たしていることを確認しつつ、規制対象の製品についてイノベーションを促進する判断を下さなければならない。・・・そもそも食品医薬品局は、科学に基づいて規制を行う機関であり、公衆衛生、医療制度、そして国民経済の健全な発展の重要な要素を担う。」
医療イノベーションの適切な評価については、英国政府の試みが注目を集めています。英国保健省の白書によれば、英国政府は、今後公的医療機関で使われる医薬品の購入価格(公的医療機関で使われる医薬品の販売に対して製薬会社に支払われるべき額)のあり方について、バリュー・ベイスド・プライシング(Value Based Pricing, VBP)を段階的に導入するとされています。英国では、製薬メーカーが自由に価格を決定できる一方、その利益率を制限するという自主的な規制があります(Pharmaceutical Price Regulation Scheme, PPRS)。しかしながら、同白書では、バリュー・ベイスド・プライシングという新しい制度から期待される恩恵が強調されているのです。すなわち、患者にとっては、NHS(国民医療保健サービス)における有効な医薬品と革新的な治療法に対するよりよいアクセスが保障されるとともに、NHSにとっては、薬剤費の支出に見合った価値を確保できるだろう、と指摘されています(Department Health, Equity and Excellence: Liberating NHS (July, 2010) at 26)。欧米では、薬事規制と保険収載・償還の両面から、より安全で優れた医療機器を医療現場でより早く使えるようにするための議論が続いているのです。
3.わが国における方向性
我が国では、今後、国民の健康と医療にかかる技術革新のための試行錯誤を支援し、より安全で優れた製品開発を適切に評価する方向性が重要であると思われます。医療機器規制について異なる制度を採用している欧米諸国でも一致している点については、我が国でも積極的に受け入れを検討しつつ、日本発の医療イノベーション創出のために産官学が協力して試行錯誤をすべきです。以下、医療機器の特性に鑑みた規制の基本的なあり方、研究開発・体制、そして診療報酬・薬価制度におけるイノベーション成果の適切な評価について、それぞれ説明と提案をします。
(1) 医療機器の特性に鑑みた規制の基本的なあり方
医療機器は、医薬品とは決定的に異なる性質を持つため、安全性と有効性の評価の仕方が医薬品とは区別され、工夫もされています。医療機器の改良・改善を促し、より安全で優れた医療機器を医療現場にいち早く届けるためには、医薬品とは区別した形の規制のあり方を検討する必要があります。
医療機器と医薬品の決定的な違い
- 医療機器は、化学作用を介することなく、代謝にも依存しないで意図された主目的を達成する(医療機器は、臨床試験なしに安全性と有効性を確認できる場合がある)。
- 医療機器は、別の部材や設計でも同等の安全性と有効性を持つ製品を生み出す可能性がある(医薬品に代替的な設計はないが、医療機器の場合には、工業規格のような画一的な基準を用いることが比較的容易であるため、改良・改善された製品について必ずしも一から審査をやり直さなくてもよい)。
- 医療機器は、いくつかの部品から組み立てられる(その結果、医療機器は部材それ自体の改良・改善の可能性がある)。
- 医療機器は、医師の行為と相まって医療上の効果が変わりやすい。
医療機器の安全性と有効性の評価の特徴
- 医療機器は、設計時に意図された状況で、医療従事者により適切に利用された場合に設計どおりに機能するかどうかによって、その安全性と有効性が想定される(医療機器が特定の状況で機能や性能を発揮するか、医療現場での使用者の安全性が確保され、かつ患者に想定される危害が意図されている便益を損なわない範囲にあるかどうかが重要である)。
- 医療機器の場合には、意図された性能が臨床現場で十分に発揮されるであろうことを確認できればよいので、医薬品とは異なり必要に応じて、臨床試験データに基づいて安全性と有効性が評価されることになります。すなわち、医療機器については常に臨床試験データがなければ安全性と有効性を確認できない、とは考えられていません。むしろ、臨床試験データ以外のあらゆるデータに照らし合わせて、より迅速に改良・改善された製品の安全性と有効性を確認することが重要です。
- 医療機器の場合には、臨床現場で実際に使われば使われるほど、医療従事者の手技と相まって有効性が向上する余地があります。そのため、十分な安全性を確保しつつ、速やかに医療機器を臨床現場に届けることが大事です。
- 上記特徴から、医療機器の安全性と有効性を判断するデータの必要性については、より柔軟に考える余地が出てきます。
(2) 研究開発・体制
医療機器の研究開発・体制については、医師をはじめとする専門家の協力を得つつ、医薬品にも増して十分な人材を確保し、有用な知見が産官学で行き渡るように配慮する必要があります。
研究開発・体制の方向性
- 臨床試験拠点の整備、臨床研究の拡充
- 医療機器の特性を反映した研究開発デザインの模索
- 産官学における人材育成、人事交流の促進
- 医師をはじめとする各種専門家にとって、医療機器開発や審査業務に従事することがより魅力的となる環境整備
- 学会レベルの支援を得て、次世代医療機器のためにより早期に審査に関する評価指標・ガイドラインを策定する可能性の模索
- 認証機関の知見のさらなる活用
(3) 診療報酬・医療材料価格制度におけるイノベーション成果の適切な評価
新規医療機器の開発に一定のインセンティヴが付与されるべきであることはもちろんですが、その一方で厳しい財政下でも、良好な医療の持続的提供が可能となる診療報酬・医療材料価格制度が求められています。より具体的には、欧米諸国が模索しているように、医療の質を高めつつ医療費の増大を抑えるような、より費用対効果の高い医療を実現する診療報酬・医療材料価格制度が重要です。言い換えれば、医療のアクセス、コスト、クオリティ、イノベーションのバランサーとしての診療報酬・医療材料制度を模索しなければなりません。
医療機器(在宅機器を含む)については、費用対効果を含む有効性データの収集に比較的時間を要することから、新規材料の価格算定において改良・改善された製品の上市が妨げられないように厳に留意する必要があると思われます。
検討されるべき事項
- おのおのの新医療機器の価値を適切に評価するために、他の既存製品の機能類似性についてはより丁寧に、より予見可能な形で判断する可能性
- 診療報酬項目において包括的に評価されている医療機器についても、何らかの形でイノベーションを評価する可能性
- 「有効性に関するエビデンスの種類、量、レベル」と「特定保険医療材料価格の補正加算レベル」を適切に関連づける可能性
- 市販後調査に基づいて価格を増減させるメカニズムの可能性
- たとえば、新規材料価格の算定において暫定的なプレミアムを認める一方、一定期間後に比較有効性を示す追加データの提出がない場合には、再算定時に既存材料と同様に扱うような仕組み、または、当初の価格算定において既存材料として扱われる場合には、一定期間後に比較有効性を示す追加データの提出があれば、事後的にプレミアムを認める仕組みの可能性
- 保険収載段階で診療ガイドラインなど医学界の技術水準をより考慮する可能性
- 高齢化人口の増大や在宅医療の推進とともに、今後より使用が拡大すると想定される在宅機器の改良・改善を促す仕組みの可能性
4.結論
欧米では、より安全で優れた医療機器を医療現場でより早く使えるようにするための議論が続いており、いまだに解は見いだされていませんが、産官学の英知を結集して、漸進的な改善策が模索されています。当ユニットは、我が国でも医療機器の特性に鑑みた規制のもと、国民の健康と医療にかかる技術革新のための試行錯誤を支援し、より安全で優れた製品開発を適切に評価する方向性が重要であるという前提に立って、3年目の研究を続けて参ります。