開催報告: 食品分野におけるナノテクノロジーの応用(フードナノテク)

国際規制の最新動向

文責:松尾真紀子 

日時:8月18日(木) 9:00−11:00
場所:東京大学本郷キャンパス、医学部総合中央館(図書館)3階会議室
主催:東京大学 政策ビジョン研究センター TA研究実証プロジェクト
共催:科学研究費補助金「持続性確保に向けたガバナンス改革と政策プロセスマネジメント」(代表城山英明)、科学研究費補助金「ナノ・フードシステムをめぐるガバナンスの国際動向とその形成手法に関する研究」(代表立川雅司)

開催報告

食品分野におけるナノテクノロジーの応用(フードナノテク)は、日本においては、あまりなじみのない分野ですが、海外では様々な議論が進展しています。食品安全の確保と技術の社会への定着をバランスよく追求する上では、技術や社会の動向に合わせて、その社会的影響評価(テクノロジーアセスメント)を実践していくことが肝要です。昨年度終了したJST/RISTEX 研究開発プロジェクト、 I2TAプロジェクト(「先進技術の社会影響評価(テクノロジーアセスメント:TA)手法の開発と社会への定着」研究開発プロジェクト)では、TA Report01「フードナノテク−食品分野へのナノテクノロジーの応用と諸課題」を作成しましたが、ナノテクは進展の早い分野であり、このレポートを公表した後にもいくつかの重要な変化がありました。そこで、今回フードナノテクをめぐる国際動向のアップデートを目的とする勉強会を開催しました。

勉強会では、まず、東京大学の松尾より、フードナノテクに関する国際的な規制動向について紹介があり、その後、FAO/WHO専門家会議のフードナノテクの報告書や欧州食品安全庁(EFSA)のガイダンスドキュメントの策定に関与された広瀬先生より、本年4月に採択されたEFSAガイダンスドキュメントの概要についてご発表いただきました。また、産総研においてナノマテリアルのリスク評価とガバナンスに関する研究をされている岸本充生先生より、先月公表された米国食品医薬品局(FDA)の業界向けガイダンス案についてご発表いただきました。東京大学の清水誠先生からは先月シンガポールで開催された国際会議、「アジア栄養学会議−Nanotechnology in Food Science and Nutritionの概要」についてご紹介いただきました。

プログラム

司会進行:松尾真紀子(東京大学)
9:00-9:05開会あいさつ 城山英明(東京大学)
9:05-9:20松尾真紀子「フードナノテクをめぐる海外規制動向」
9:20-10:00広瀬明彦先生(国立医薬品食品衛生研究所)「フードナノテクのEFSAガイダンス」
10:00-10:20岸本光男先生(独産業技術総合研究所)「米国FDAの提案(2011年7月)」
10:20-10:35清水誠先生(東京大学)「アジア栄養学会議-Nanotechnology in Food Science and Nutritionの概要」
10:35-11:00ディスカッション
11:00-11:05閉会あいさつ 立川正志(茨城大学)

個別発表と意見交換の概要

松尾真紀子(東京大学)「フードナノテクをめぐる海外規制動向」

  • 海外動向に関して、TA Report01「フードナノテク−食品分野へのナノテクノロジーの応用と諸課題」1以降の動きに関するアップデート。
  • 米国では、FDAが他国に比して早い段階(2006年)にナノテクタスクフォースを設置し、各種勧告を含む報告書を作成。その報告書では業界向けのガイダンスを策定するよう勧告していたが、本年やっと公表された(→岸本先生発表内容)。欧州では、ナノに言及する規制が進展しており、定義や規制に関する議論が活発。最も関連しそうな規制であった新規食品規則の改正案(フードナノテクについては安全性評価の義務付け・モラトリアム、表示の義務付けがもり込まれていた)は、本年3月廃案となった。しかし、現在議論がなされている表示規則(FIR)のなかで、新規食品規則で採択予定であった定義が入っている。安全性評価手法の確立が求められている中採択されたのが、本年5月に公表されたEFSAガイダンス(→広瀬先生発表内容)。欧州では、欧州保健消費者総局(DGSANCO)が2007年からNanotechnology Safety for Successなどのイベントを実施して、継続的に議論されている。各国レベルでは、英国が熱心。英国食品安全基準庁(FSA)は、本年ナノテクと食品に関するディスカッショングループを2度にわたって開催。昨年英国上院科学技術委員会の報告書の中で出された勧告(ナノに関する企業の研究に関するデータベースの構築、ナノフードの登録リスト)について議論を行っている。
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広瀬明彦先生(国立医薬品食品衛生研究所)「フードナノテクEFSAガイダンス(2011)の概要」

  • 今回採択されたフードナノテクのEFSAガイダンスに関して。今年の頭に公表されていたドラフト時点から評価のコンセプト上の変化は無いが、大きく変わった点は、変異原性試験や90日の反復経口投与試験等の必須試験項目に関して。当初ドラフトでは、すでに認可済みのものでナノ形状になった場合は、摂取前にナノ形状のものが無くなったことを証明できなければ、例外なく必要とされていたが、今回採択されたものでは、こうした試験を不要とするいくつかの曝露シナリオを設定した点が大きな変更点。
  • 全体の流れとしては、まずその物質がナノであるかどうかを判定(ナノで無ければこのガイダンスの適用外)。あれば、暴露シナリオを検討(暴露しなければこのガイダンスの適用外)。暴露する可能性がある場合、バルク形態で同じ利用目的の承認済みの物質があるかを確認。バルク形態で承認がある場合は、吸収前に消化管で全て分解するかどうかを確認(完全に分解するならこのガイダンスの適用外)。消化管の中で分解する場合は、局所の刺激性等と遺伝毒性試験で十分と考えられる。分解されない場合は、①90日間の毒性試験、②吸収、分布、代謝、排泄(ADME)試験、③遺伝毒性試験を行い、そのデータをナノとナノで無かった場合とで比較して判断する。バルク形態で承認がない場合は新規物質として、基本的に各々の食品関連分野の申請・評価に要求される全ての毒性試験を行う必要がある。
  • ナノの毒性を考えるときに、TTCのスキームも参考になるかもしれない。これは、国際的にも使われているスキームで、 FDAが作ったレギュレーション上の閾値(遺伝毒性については1.5ug/day以下であればリスクは少ないとされる)や、一般毒性であれば90ug/dayあたりで閾値が設定できるとする考えが含まれている。ただし、ナノの場合は、重量と毒性の相関性が、バルクの化学物質の場合と異なり、表面積や表面活性との相関性が問題となってくる可能性が高いので、そうするとケースバイケースの対応をするしかないという結論になるのかもしれない。
議論
  • EFSAのガイダンスでは、消化管で分解されない場合はバルク形状の承認があればそれとの比較を行うが、何をもってバルクとナノのデータが同等と考えるか、ということについては議論があるのか?→そこまでの議論は無かったが、ケースバイケースの対応となるのではないか。
  • このガイダンスはどのような位置づけになるか?→このガイダンスが考え方のベースとなって、他の個別分野のガイダンスを作り上げていく参考書のような位置づけになるのではないか。

岸本充生先生((独)産業技術総合研究所)「米国FDAの提案(2011年7月)」

  • FDAは2006年にタスクフォースを設置していち早く取り組みを行った。2007年にはタスクフォースにより報告書がリリースされたが、その中で、ナノスケールについての定義はなされなかった。その後目立った動きはなかったが、今年に入って、米国大統領府(科学技術政策局、行政予算管理局、通商代表部)が6月にナノテクノロジーとナノマテリアルの応用に対する規制と監視に関して、政策原則を発表したことを受けて、今回のFDAのガイダンス案が提示された(6月14日)。※今回紹介するFDAの提案は、現在パブコメ中のものであるので、今後変更される可能性があることに注意。
  • 「FDAが規制権限を持つ製品にナノテクノロジーが応用されているかどうかの検討:産業会のためのガイダンス」 。
  • FDAのガイダンスでは、FDAが規制権限を持つ製品についてナノかどうかを判断するのは、以下の点としている:①ある工業材料または最終製品の少なくとも一次元の寸法がナノスケール(約1nm〜100nm)かどうか、②たとえサイズがナノスケールの範囲外(最大1μmまで)でも、その寸法に起因する、新規の特性や現象を示すかどうか、である。
  • このガイダンスのポイントは,①規制目的の定義に、ナノスケールの範囲を超えても、サイズに起因する特性や現象を示すものを含めている点、②その際の上限を1マイクロメートルとしたこと、③現在欧州などで議論されている、粒径分布(個数濃度でやるのか、質量濃度でやるのか)やその何パーセントが含まれていればナノとするのかという議論が無い点、である。定義のルール作りでは、「サイズ重視派」と「機能重視派」に分かれてきている。
議論
  • サイズ重視派と機能重視派に関して。以前はサイズで定義できるものと思われていたが、昨今はサイズだけでは定義し切れないという考えに。ナノ物質を定義することに躍起になるよりも、サイズや形状で新たな機能を持つものは新機能物質のような別の枠組みを考えるべきという議論がある。機能でみるということになると、1製品ずつケースバイケースの評価をせざるを得ないが、規制側の体系がリソース面も含めて対応可能なのかという疑問はある(米国のようにもともとそういう体制であれば問題ないかもしれないが)。また、機能というときに、機能自体が直接有害ということではなく、機能が変わることによって安全性がどう変化するのかをみることが重要な点。

清水誠先生(東京大学)「アジア栄養学会議−Nanotechnology in Food Science and Nutritionの概要」

  • アジア栄養学会議(Asian Congress of Nutrition 2011)における,フードナノテクのセッションにおいて分科会の委員長を務めた。アジア栄養学会議とは、栄養学の普及教育研究を目指して活動する組織である国際栄養学連合のアジア支部が開催する国際会議。次回2015年は日本で開催予定。
  • フードナノテクのセッションでは、カナダGuelph大学のYada教授から全体像の紹介、味の素の香村氏からは、機能性食品のためのβグルカンについて報告、Kong教授 (National Taiwan Ocean University, Taiwan) から抗炎症のためのクルクミン・ナノ粒子についての報告、Ko 教授(Sejoung University, Korea) よりナノ粒子の生体利用性の発表、Juneja氏 (Taiyo Kagaku Co. Ltd, Japan) よりナノテクノロジーの新しい応用についての報告があった。
  • 全体として栄養学へのナノテクの応用への可能性については大きな期待がある一方で、安全性に関する疑問も指摘された。
議論
  • アジアにおいてもナノテクを応用した製品開発が活発化しているという印象。こうしたことから、次回日本で開催されるACNにおいても引き続きフードナノテクについて議論が継続されることが期待される。表示については、台湾において工業製品を対象にナノマークが導入されている。

全体議論

  • 定義に関して。もし機能に注目するなら、吸収効率などが大きなエンドポイントになるが、それを達成する手段としては、ナノテクに限らず様々な手法がある。機能が変われば、ナノかどうかということに限らず、安全性は確認すべき。
  • どれだけ機能が変化したら、安全上懸念すべきといった議論はあるのか→そういう議論は現在まだなされていない。吸収性の変化のみであればとりすぎ注意の喚起がなされれば良いとの意見も。
  • 安全上の懸念はどの程度の吸収率に変化がある場合に検討するべきという相場観はあるか→10倍程度?という意見があった。科学的根拠はないが、安全係数の数字としても使われている。ただし、現在出ているナノを謳っている商品ではそこまでの変化をもつものは今のところなさそうだ。(ただし、(必須)金属や脂溶性ビタミン等については、注意を要すると思われる。)
  • 吸収の他に蓄積も問題になるのでは→生体内での残留蓄積は、EFSAのガイダンスの中でも1つの懸念となっているが、蓄積するから即安全上の問題になるかというとまた別の問題。また、蓄積が懸念されるものは主として無機系であろう。
  • コーデックスの今年の総会では、ナノテクに関する特別部会の設置を求める国があった。現段階では設置には至っていないが、今後の動きが注目される。FAO/WHO専門家会議でも、今後、前回の報告書のTiered approachをさらに発展させることが考えられる。



  1. TA Report01「フードナノテク−食品分野へのナノテクノロジーの応用と諸課題」
  2. EFSA (2011) 「食品と飼料へのナノサイエンスとナノテクノロジーの応用に関するリスク評価ガイダンス」 Guidance on risk assessment of the applications of nanoscience and nanotechnologies in the food and feed chain
  3. Considering Whether an FDA-Regulated Product Involves the Application of NanotechnologyGuidance for Industry,DRAFT GUIDANCE
    ※本ガイダンスの仮和訳は以下のリンクを参照。