開催報告: 宮城島先生講演会

食品安全分野における日本の国際対応とその課題

文責:松尾真紀子 

日時:8月1日(月)15:30−17:30
場所:東京大学 山上会館2階会議室201・202
主催:厚労科研「国際食品規格策定に係る効果的な検討プロセスの開発に関する研究」
共催:東京大学政策ビジョン研究センター、後援:東大農学部食の安全センター

開催概要

食品の国際規格は、食品の輸入依存度の高い日本にとって、自国の食品安全の確保を考える上で非常に重要なテーマである。食品の国際規格は国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が合同で設立したコーデックス委員会(Codex Alimentarius Commission)において策定されている。そこで策定される国際食品規格は、世界貿易機関(WTO)がコーデックスを食品規格の策定機関と規定していることから、各国の食品安全行政や管理体制のあり方を考える上で、大きな影響を持っている。そこで、コーデックス委員会の事務局長として活躍された宮城島先生に、そのご経験をもとに、国際的な観点から、食品安全分野における日本の国際戦略をテーマにお話いただいた。

講演会には、コーデックス研究者、行政関係者、業界関係者等、30名程度の参加者があった。講演につづいて参加者による質疑応答・意見交換があり、活発な議論が行われた。

プログラム

司会進行:松尾真紀子(東京大学)
15:30-15:45 開会に際して 里村一成先生(京都大学)、城山英明先生(東京大学政策ビジョン研究センター長)
15:45-16:40 宮城島一明先生によるご講演
16:40-17:30 質疑応答・意見交換

講演者紹介

宮城島一明先生は、東京大学医学部卒業後、厚生省に勤務され、この間、フランス留学(国立行政学校)およびWHO本部派遣(食品安全)のご経験がございます。その後、京都大学助教授(公衆衛生学)を経て、2003年から国連食糧農業機関(FAO)/世界保健機関(WHO)食品規格委員会事務局長に就任され、2009年に国際獣疫事務局(OIE)科学技術部長に転じ2010年より事務局次長を兼任されています。

宮城島先生によるご講演概要

  • まず、宮城島先生が事務局長として在任された2003年から2009年に、コーデックスにおいて取り組んだ各種改革についてご紹介いただいた。就任当時は、グローバリズムやコーデックスの食品分野における影響力の高まりから、様々な反コーデックス運動が盛んな時期でもあった。これへの対応として、「顔の見えるコーデックス」を旗印に掲げ、コーデックスとしてのアイデンティティの確立(林檎のロゴの導入)、新たなメディアの利用(インターネットによる議事録音や会議資料の情報の迅速な配信、プロモーションビデオ(Youtubeを通じて配布)やニュースレター(加盟各国の担当者の紹介など)の作成 などを行った。また、コーデックスの各部会の長い歴史の中で、独自の文化が形成されてしまった(議長と議長国、事務局担当が長年同じということの弊害)を反省し、その垣根を取り除くために、部会を議長国以外の第三国で開催する制度や事務局担当者の部会間でのローテーション、部会長同士の交流と話し合いの機会(会議運営能力の向上と共通の問題の解決を目指す合宿)を設けたりした。さらに、新任の加盟国代表が、会議参加に際して、コーデックスに関する十分な知識を身につけられるよう各種トレーニングパックの作成等も行った。
  • 今後コーデックスが直面する課題としては、昨今増大しているプライベートスキームへの対応についてお話いただいた。企業による生産流通の垂直統合が世界的に進展していることから、私的な基準が普及している。コーデックス等の機関は、その基準のなかで達成すべき目標を提示しても、そのコンプライアンス確保や個別認証までは行っていない。一方、私的基準の策定団体には、内部手続きを公開したり、公的基準との整合性を確保しようとする動きも出ている。こうした中、公的国際基準がどのような役割を担っていくのか、どのように私的基準と共存していくのかは今後注目すべき課題とされた。
  • 最後に、国際規格策定過程における日本の地位向上や働きかけの強化を考える上でのアイディアや方向性を提示していただいた。「多国間交渉のコツ」として、コーデックスにおいて複数の代表団と交渉する上での実践的なスキルについてご紹介いただいた。

意見交換

意見交換においては、次のような議論や指摘があった。

プライベートスタンダード(私的基準)と公的基準に関して

  • 国によって能力に格差があることから、その実施に関しては、ダブルスタンダードとなる問題がある。コーデックスはインプリメンテーションの部分にどうかかわっていけばよいのか。
  • 基準の策定と実施、さらに途上国への技術協力は、常に車の両輪として考えていかないといけない。コーデックスの場合は、技術協力に関してFAO・WHOの枠組みを合わせて用いることが必要。
  • 現在のコーデックスのスタンスは、その基準が、プライベートスタンダードのベンチマークとしての機能を持ちつつ、また、根拠なくプライベートスタンダードがコーデックスの基準以上に厳格化するようなことが無い様監視しつつ、プライベートスタンダードとの共存を図ること
  • 今後主権国家が残る限りはコーデックスの役割は残るが、その役割はガバナンスの共有化の部分に限定されていく可能性もある。

コーデックスとルール策定に関して

  • コーデックスのルールはProcedural Manualに詳細に記載されている。その中身を熟知しておくことは、交渉者に必須で求められる。
  • コーデックスは、他の国際機関と比較すると(例えばOIE)、ルールに縛られすぎて柔軟性に欠ける部分も確かにある。ただ、交渉者の多様なバックグラウンド(多彩な関連省庁)を考えると厳格なルールによる運営が必要とも思われる。

日本として国際貢献・プレゼンスを高めるには

  • 各主体がそれぞれ自分の設置目的に軸足を置きつつ、国際レベルで働きかけを行う体制作りが必要。行政は国としての総合的な判断に基づいて国際レベルでの働きかけを行うべき。他方、企業や消費者は、それぞれの産業組織や消費者団体の国際連合体への直接的な関与と連携を高め、コーデックスにおける活等に参画して行くべき。
  • 日本の政府における人事異動への対応の検討も必要。ある程度長期間変わらないポストの検討がなされるべき。テクニカルアドバイザーは、議論の経緯と交渉上の貸し借りの記憶等において一定の役割は果たせる。研究機関の研究者が継続的に参加することが有効。ただし決定権を有するわけではないので果たせる役割には限界がある。五年から十年は異動がなく、複数の部会への政府代表団長を務めるような行政官ポストの設置が望ましい。

アジア地域調整部会の地域調整コーディネーターとしての日本の役割

  • 欧州、ラテンアメリカなどに比して、アジアは、ひとつの地域としての実態があまりない。南アジア、東南アジア、西太平洋の間には、ほとんど共通項がない。地域調整コーディネーターとなるからには、日本としての立場だけではすまない。執行委員会に議席を持つインドおよび中国と協力しつつ、議席のない東南アジア(アセアン)の利益をいかに代弁していけるかが鍵になる。