拳銃事件から見える3Dプリンターの光と影

金沢工業大学大学院教授、東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員
杉光 一成

2014/5/28

AFP=時事

先日、3Dプリンターで自作した拳銃を所持していたとして、逮捕されるという事件が起きた。これまで日本では3Dプリンターについての良い面ばかりが喧伝され、社会に与える負の影響及びその可能性についてはほとんどクローズアップされてこなかった。

3Dプリンターとは、簡単に言えば立体物の「形状」を「複製」して「製造」できる機械である。必要となるのは立体物の形状に関する「3Dデータ」と「材料」の二つである。3Dデータは、実際の立体物をスキャンするか、専用ソフト(文書を作る際のワープロに相当するもの)を使って自分で作成できるほか、インターネットなどを通じて外部から入手することも可能である。一方、材料には樹脂から金属まである。

3Dプリンター自体は実はだいぶ前から自動車業界などで試作品を作るために使われてきた。最近になって注目され始めたのは、量販店の店頭でも販売するほど機械が安価(数万円〜)になって誰でも購入できるような一種の「家電」製品として普及しはじめたからである。従来は「ものづくり」と言えば一定の道具や装置が整った施設が必要だったものが、自宅で手軽にできるようになったのである。

ただし、3Dプリンターでの「製造」は、時間と材料費の関係で現在の技術では大量生産に不向きと言われている。むしろ一品もののようなカスタマイズ製品に向いており、そのため医療分野などに数多く応用されている。3Dプリンターの技術が進歩して家庭への普及が進めば、例えば、自宅でインターネットを通じて3Dデータのみを購入し、自宅で「製造」することができるため、いわゆる物流の必要性が低下し、同時に梱包材も不要になるため環境に優しいと主張する人もいる。このように、3Dプリンターは3Dデータと相まって「物」を「情報化」(データ化)するものと言える。その結果、物が道路ではなく、インターネットを通じて流通する時代になったのである。

良い事尽くめに見える3Dプリンターであるが、当然のことながら影の側面もある。

実は今の法律は「物」は有体物とし、3Dデータのような「情報」は有体物ではないものの典型として両者を明確に分けて規定しているものがほとんどである。ところが「物」と「情報」の境目が曖昧になってしまったところに問題の根源があると考えられる。その結果、税関で取り締まっていたはずの「拳銃」がインターネットを通じて実質的に日本に入って来てしまうことが起きるのである。実際、この冒頭の事件と同じ拳銃の3Dデータは日本だけで6万件以上ダウンロードされたという報道もある。基本的には、このような3Dデータを物に準じたものとみるような法改正が必要ではないかと考えている。3Dプリンターの機械自体を登録あるいは届け出するなどの規制方法もなくはないであろうが、いずれにしてもこの機会にきちんとした議論が必要であろう。


参考リンク

仮想世界と法を考える研究会
3Dデジタルと知的財産(電子書籍)

この文章は2014年5月21日の読売新聞朝刊に掲載された記事の元となった原稿です。