国家のダイナミックケイパビリティーを高める探索活動を活発化しよう
10/03/23
「知財も自前主義ではだめ、韓国企業に知財戦略を学べ」というタイトルの論説を書いたら、思いがけず反響があった。といっても批判が多かったのである。「自前主義はだめといっても、知財は独自性が大事なのではないか」という指摘である。もちろん発明も著作物も、独自性がなければ法的保護の対象にはならない。タイトルは新聞社がつけたものなので、そこは誤解を招いたかもしれない。しかし、言いたかったことは、独自性が高ければ高いほど知財の法的保護水準が増すというものでもなく、企業は最小限のコストで必要な知財を獲得するような、合理的行動を行うべきだということなのである。
例えば、国際標準に必要な特許を一か所に集めてライセンスする、特許プールに具体的な例をみることができる。特許プールに数多くの自社特許が登録されれば、その分だけ標準技術利用の際の特許料支払いが減り、逆に他社から特許料を獲得できるため、自社の特許を少しでも多く標準の必須特許に登録するための熾烈な競争が行われる。我々はこの特許プールに登録される特許が、日韓企業のどのような研究開発から生まれているかについて分析を行った。その結果から、日本企業は標準策定のはるか以前から、独自発明を丁寧に育てて特許化し、プールに登録しているのに対して、韓国企業では、標準策定が始まる前後に、その動向と他社の研究開発情報を参考に特許を出願して、最短距離でプールに特許を登録しているという差異が見出された。日本企業が手間暇かけて高品質の特許を出願しているのに対して、韓国企業は最小限のコストで必要な特許を獲得していたのである。プールに登録された以上は他社への許諾が前提となるため、いくらそれが優れた特許であっても平等に扱われるので、そこから生まれる収益は変わらない。コストパフォーマンスの面で韓国企業にはかなわないということになる。
日本企業に聞けば「そんなことはない。自前の差別化技術を開発するのは大切だ、それをやめていいわけはない」という反応が多いのではないか。ここには落とし穴がある。差別化技術の使い方が間違っているのだ。特許プールに登録された技術は他社にも共有されてしまうので、本当に差別化技術だったらプールに入れるべきではない。自社技術を国際標準にすることは大切だが、プールに登録する特許の開発方法という意味では、韓国企業のほうが合理的だ。「それでもオリジナリティーの高い技術でないと」というのは、単なる技術に対するノスタルジアである。
実は我々のこの研究は、技術の技術情報に関する探索活動の理論を使ったもので、日本企業が、自社技術の改良を行うのに必要な「局所探索」といわれる探索傾向を示しているのに対して、韓国企業の探索活動が、他社情報を重視する「遠方探索」という探索傾向が強いという発見に基づいている。「局所探索」で養われるのは、自社の強みであるコアケイパビリティーであり、遠方探索は、環境変化に追随する新たな知識を創造する、ダイナミックケイパビリティーを強化することにつながる。リーマンショック以降、世界のマーケットが新興国市場へ大きく傾斜する中で、今求められているのは、変化に対応できる組織能力であることは間違いない。新興国に進出した韓国企業の躍進は、過去最高の収益を確保するなど目覚ましい。変化に取り残された感のある日本企業が理解しないといけないのは、今まで価値があると信じていた高度な技術でさえ、新たなマーケットでは意味をもたないかもしれないということなのである。
ここまでは企業戦略の話だが、実は国家の政策にも同じことが言える。韓国政府は、やはり遠方探索的な傾向が強く、特に日本の政策については、驚くべきスピードと精緻さで常に調査を行っている。現在韓国は、日本で03 年に施行された知的財産基本法に近似した法律制定の準備をしているが、ある韓国政府関係者は私の著書に、後に知的財産戦略に実現された記述を見つけ、経緯についてインタビューを受けたことがあった。彼らの注目した報告書の中には、何人かで連名で分担執筆したものも含まれていたが、誰がどこを書いたかは公表されていなかったのにもかかわらず「この部分はあなたが書いたのですね」というようにとても詳細だった。その後も日本で法改正の兆しがあると、韓国の研究者などから問い合わせが来ることが少なくない。こういう活動が、変化へ素早く対応できる組織能力を育てる一因になっていると感じる。
というようなことを考えていたら、ちょうど3 月19 日に、経済産業省が「韓国室」を設置するとの報道を目にした。経済連携協定の交渉再開に向けた活動と、世界的に躍進する韓国企業の調査が狙いとされている。このような部署を設けるのは異例であるということで反対意見も出そうだが、おもしろいではないか。政府も企業も、激しい変化への対応能力を増すための探索活動を活発にしていかなければならない。