東北関東大震災復興に向けての6つの視点

政策ビジョン研究センター教授
坂田一郎

2011/3/28

今回の大震災と大津波は、人知をはるかに超えたものであり、それらによる被害の爪痕の映像をみるにつけ、大きなショックを隠しきれない。親族が被災した阪神淡路大震災の記憶も呼び起こされる。政府として、当面、他のことを犠牲にしても、人命救助、被災者の生活支援、ライフラインの復旧、原発の事故への対応に集中することは当然のことであろう。今回の大震災においては特に、GoogleのPerson Finder(消息情報)や自動車・通行実績情報マップのような発達著しいウェブ・ソーシャルメヂィアを利用した民による自律的な活動が目立っているi。政府のトップダウンと民のボトムアップとの連携関係の構築により、効果的な生活支援や復旧等に向けて、これらを活かしていくことも重要な課題と考えられる。

一方、被災され、大変な苦労をされている方々の生活や企業の事業の早期再建を考えると、草の根から復旧・復興に向けた準備を急ぎ始めておく必要があるだろう。 復旧・復興計画については、被災の規模から考えて、「阪神淡路大震災」がベースとなることは間違いない。阪神淡路大震災に際しては、17本の法律が整備されており、これらのうち、「被災市街地復興特別措置法」、「被災者生活再建支援法」等は恒久化されていることから利用可能である。しかしながら、今回の大震災は、少なくとも次の5点で、阪神淡路大震災と様相を異にする。

  1. 被災状況(冠水や地盤沈下等)や今後も残るリスクから、同じ場所での復旧復興が難しい地域が存在する
  2. 被害地域の地方自治体の多くは、行政機能に震災の影響を強く受けており、また、もともと財政力が弱い
  3. 被害の小さい大都市までの距離が遠い(阪神淡路大震災では、隣接する大阪は被害が小さく、被災者の受け入れと復興に寄与した)
  4. 高齢化率が高い市町村が多く含まれ、透析等の日常的なケアが必要な方々も多い
  5. 復旧・復興までより長い時間を要する可能性がある(参考: 三宅島の噴火では島外避難から復島まで4年半かかっている)

以上の違いを踏まえると、第一に、特に甚大な被害を受けた地区については、現状回復を中心とした阪神淡路大震災とは、異なる対応が必要となると考えられる。結果として、阪神淡路大震災の事例をその時の反省も含めて参考とした基盤的措置と、その上に乗る特別措置との「2層構造の立法構成」を想定すべきであろう。第二に、特別措置については、被災地から移転せざるをえない状況も想定し、地区指定型の措置ではなく、被災した方々や企業が生活や事業を再建する場合は、その場所がどこであっても支援をするという姿勢が求められる。第三に、被災地域における高齢化率が既に高く(例えば、石巻25.6%、塩竃25.2%、気仙沼28.5%、南三陸町28.6%、なお、噴火前の三宅島は29%)、三宅島や山古志村の例から復興後に高齢化がさらに進むことを想定しておく必要がある(別添参照)。高齢化社会を先取りした街づくりのビジョンを構想し、取り入れないと、持続可能な復興は実現できないものと考えられる。第四に、トップダウンとボトムアップのイニシャチィブとの結節である。大胆な復興には、トップダウンが欠かせない。政府は、幾つかのビジョンをもとに選択肢を提示する役割を担う。一方、住民のコンセンサスを形成し、選択肢から最終的に選択をするのは地域である。従って、両者を柔軟にすり合わせる仕掛けが必要である。復興のための組織を作るとすれば、名前や法的位置付けよりは、こうした機能をよく検討する必要があると考える。

以上のようなことを踏まえ、復旧・復興に向けての考え方を6つの視点として整理した。

視点1: 「復興格差」の防止

被害が特に甚大であった地域については、被災地方自治体を支援するという考え方や「補完性」の原理から離れて、国と県が直接的に支援を行う。被災した地方自治体に残された力は、住民生活の再建に注力できるようにする。国と県が直接的に乗り出すことによって、財政力や行政力の差によって生じ得る復興の度合いやスピードの格差(「復興格差」)の発生を予防できる。

視点2: 2層構造の特別立法と広域的対応

先に述べたように、「阪神淡路大震災」時の立法や施策を参考とした基盤的措置と、特に激甚な被害を受けた地域や人・企業に対する特別措置の2層構造によるべきと考える。特別措置においては、現状回復を原則とはせず、住民の集団移転、複数のコミュニティを統合した市街地の再整備など、多様な選択肢を支援対象とすべきである。今回、漁港が壊滅的な被害を受けたが、重要な漁港に安全な待避所も備えた作業所(「現代の番屋」と呼ぶ)を整備し、一方、漁業に携わる方々の住宅は、漁港へ通勤可能な高台等の安全な場所に移転して整備するようなことも考えられよう。また、これらの特別措置については、国・県からの支援措置を手厚く、かつより直接的なものとする。また、国・県の目線で、効果的・迅速な復興のために必要であれば、従来の行政区画を超えた広域的な対応を行う。

視点3: 住民の既存のネットワークをなるべく保持した再生

市民の幸福実感の増進、助け合いや社会参加の維持において、コミュニティ(人のつながり)の存在は、非常に大きな役割を果たしている。阪神淡路大震災の際は、公平性を重視して抽選で仮設住宅等への入居を進めたため従来あった近所づきあいが分断された面がある。三宅島の全島避難の際も、東京都内を中心に、分かれて避難をせざるをえなかった経緯がある。今回は、できるだけ、コミュニティを一体とした移転、復帰を考えることが重要であろう。

視点4: 「特区」的対応(「シルバーニューディール」の実装)

被災地の多くの市町村で高齢化率が25%を超えている。復興後、30%を超える地域が相当数出てくることが想定される(別添参照)。高齢化率30%は、全国平均の予測でみると、2030年頃の我が国社会の姿である。少なくとも、20年先取りしたビジョンを描き、街の復興を行わなければ、持続可能な街とはならない恐れがある。 我が国には、高齢化社会において、活用可能な知恵や技術が多く蓄積されている。例えば、スマートビークル、オンデマンド交通、スマートセンサーを利用した在宅ケア、ネットを通じた遠隔見守り、加齢に応じた地域内の住み替えシステム、e-Health、転倒予防プログラム、預金の引き出しや医療に用いる個人認証等である。こうしたものを総動員して、未来の街を作っていくことが求められるii。 一方、街づくりに関しては、都市計画、中心市街地活性化、公共交通、バリアフリー、緑化等、行政分野別に様々なマスタープランが存在している。先のような発想に立って街を一体的にデザインし、各分野に実装するためには、いちいち個別の壁と立ち向かっていたのでは難しい。「総合特区」的な仕組みが必要と考えられる。

視点5: ネットワークとしてみた中小企業の再生

中小企業については、当面の資金繰りや施設・設備の再建に対する迅速な金融的措置が大変に重要であるが、事業の再生に向けては、加えて、被災して失われた顧客(需要)やパートナー(共同事業者や部材の調達先)を補う支援が必要である。中小企業についても、個人と同様にネットワークの中で生きているのが現実である。例えば、漁業者、水産加工業者、魚の流通業者、漁具の販売業者等のネットワークである。冗長性が余りなく強くつながったネットワークでは、一部が欠けただけでも全体に影響が及ぶ。従って、被災した企業を含むネットワークを支援対象と捉え、ネットワークの中で、綻んだ部分(欠けた顧客や調達先とのつながり)を補うことが重要である。例えば、新たな需要の開拓支援、パートナーの探索支援といったことであるiii。 また、今回のような大震災については被害があまりにも大きく、既存のネットワーク内では、再生が難しいという事例もありうる。勇気を持って新天地で新たに事業を再開するような場合も、金融支援の対象とするとともに、トラストの補完等により新たなネットワークへの参加を助けていくことも重要である。

視点6: 集合知の形成と効果的な活用の仕組みの構築

ウェブとソーシャルメディアは、阪神淡路大震災の時とは比較にならないぐらい発達を遂げている。ウェブの技術を利用することにより、必要な情報・知識、能力を持つ人材、企業や個人のつながりを、ウェブ世界の膨大な電子情報の中から探し出し、構造化し、又は検索可能な形で提供するような仕組みを作ることは可能である。復興のために、こうした技術を応用し、都市計画、建築、交通、人間心理、老年学、サステナビリティ学等、人類が持つ多様な英知を総動員する仕掛けを作ることが有効である。


(別添)

<別添1>災害と高齢化率(三宅島の例)
※2000年8月全島避難、2005年2月避難指示解除

<別添2>災害と高齢化率(新潟県山古志村の例)
※2004年10月「新潟県中越地震」発生、2007年4月ほぼ全山古志地域で避難指示が解除


(参考文献等)

  1. 政策ビジョン研究センター・産業競争力懇談会(COCN)
    「活力ある高齢社会に向けた研究会報告書」 (2011年3月)
  2. 山古志復興新ビジョン研究会 「山古志復興新ビジョン−住民主導による創造的復興に向けて」
    平成17年5月16日
  3. 東京都庁総務局 「三宅島噴火災害誌」 東京都防災ホームページ(2000年)
  4. 坂田一郎、梶川裕矢「ネットワークを通して見る地域の経済構造−スモールワールドの発見」
    一橋ビジネスレヴュー 56(5)(2009) 66-79
  5. J.H. Fowler and N.A. Christakis "Dynamic spread of happiness in a large social network: Longitudinal analysis over 20 years in the Framingham Heart Study" British Medical Journal 337 (2008):a2338
  6. T.J. Iwashyna and N.A. Christakis "Marriage, widowhood and healthcare-use"
    Social Science & Medicine 57(2003):2137-2147
  7. Y. Takeda, Y. Kajikawa, I. Sakata, and K. Matsushima"An analysis of geographical agglomeration and modularized industrial networks in a regional cluster: A case study at Yamagata prefecture in Japan" Technovation 28 (2008) 531-539.
  8. フジサンケイビジネスアイ「生かせ!知財ビジネス“企業間のつながり検索”東大がソフト」
    2010年12月20日付け掲載

  1. 現地に入って活動するボランティア以外に、ウェブを通じて貢献する新たなボランティア層が生まれている。
  2. 政策ビジョン研究センターと産業競争力懇談会(COCN)は、社会の高齢化を踏まえた次世代の社会づくりと経済成長の両立を実現する「シルバーニューディール」を提唱している。
  3. 政策ビジョン研究センターでは、SME(中小企業)がMeetするとの意味で”SMEET”と名付けた「つながり先候補探索システム」を開発している。作業を急いでおり、近日中に公開を予定している。このシステムを利用することで、効率的、簡単につながり先候補を探すことが出来る。