科学技術イノベーション政策形成プロセスとその担い手

政策ビジョン研究センター長
城山英明

※本コラムに関連し、3月1-2日にシンポジウム科学技術イノベーション政策プロセスの改革と人材育成を開催します。是非ご参加ください。

2012/2/24

科学技術に関する知見を社会における新たな需要創造に繋げるためには、イノベーションが大きな役割を果たす。イノベーションの活性化のためには、基礎研究と応用研究・開発研究をつなぎ、さらには、技術シーズを実際に社会に普及させて新たな産業の創造や生活様式の変化にまで導くことが必要である。研究者の視点だけでなく、企業、さらには社会からの視点を含めた一体的・総合的な取組によって科学技術イノベーションを起こすための仕組みが求められる。また、東日本大震災への対応の課題からもうかがえるように、最新の科学的知見を俯瞰的に整理して、政策形成に活かすことも不可欠である。社会課題解決のための科学技術イノベーション政策という方向性は、第4期科学技術基本計画策定プロセスの中で一般論としては意識されていたが、東日本大震災への対応の中で、具体的課題への対応を実践的に迫られているといえる。

新しい科学技術イノベーション政策推進組織の機能

政府では、昨年12月に科学技術イノベーション政策推進のための有識者研究会報告書がまとめられ、新しい科学技術イノベーション政策推進組織の具体像が提案された 。報告書では、科学技術イノベーション政策推進組織には、科学技術イノベーション政策を強力に推進していくため、以下のような機能を持たせることが重要であるとされた。第1は、司令塔機能である。具体的には、①科学技術イノベーション関係施策全体を俯瞰した上での、科学技術イノベーション戦略構想の一元的な企画・立案、及び各府省におけるメリハリの利いた施策の実施の推進、②各界各層の多様な科学技術イノベーション関係者(基礎研究からイノベーションまで)の動向・ニーズ、科学技術への社会的期待及び科学技術の社会的影響を把握した上での政策の企画立案である。第2は、科学的助言機能である。行政庁のトップに対する科学技術的知見・イノベーションに関する知見の俯瞰的整理に基づく助言及び政策の企画立案・執行に当たっての適切な科学技術データの活用の確保の実現が課題となる。第3は、情報収集・分析機能である。司令塔機能にしろ、科学的助言機構にしろ、独自の立場での情報収集・分析能力を持たないと機能しない。

戦略的意思決定のために

本報告書の観点で重要なことの1つは、政府の成長戦略や文部科学省における第4期科学技術基本計画の延長として、従来のように特定の科学技術分野を重点分野として設定するのではなく、重要な政策課題と科学技術の研究開発を直結させる方向性が示されており、そのために、科学技術イノベーション政策推進組織における優先順位設定を伴う意思決定を行うことが求められていることである。他方、同時に重要なのは、そのような戦略意思決定を行うためには、その前提として、広義のアセスメント機能、すなわち、科学技術の多様な政策的社会的影響や科学技術への多様な社会的期待を明らかにすること、また、科学技術的知見・イノベーションに関する知見の俯瞰的整理に基づく助言が求められている点である。前者は、技術の社会的インパクトを明らかにするテクノロジーアセスメント(TA:技術の社会影響評価)に求められている機能でもあり、また、後者は、地球温暖化に関して気候変動政府間パネル(IPCC)や東日本大震災後の政府による意思決定の前提として求められてきた役割でもある。

多様な選択肢を示す必要

今後の科学技術イノベーション政策プロセスにおいては、アセスメントと意思決定を峻別することが重要である 。アセスメントは、仮に相互に矛盾するものであっても、俯瞰的に整理した上でなるべく幅広く影響を明らかにするとともに、対応に向けた多様な選択肢を示す必要がある。従来の政策決定では、アセスメントには特定の意思決定を正当化することが期待されていたため、単一の結論が求められていた。しかし、現在の政策決定では、青洲的には政治サイドが意思決定することが予定されているのであり、アセスメントにはむしろ多様な議論を透明性の高い討議空間の下で喚起することが求められているといえる。

また、文部科学省では、科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」が開始されている 。このプログラムの設置に際しては、社会的問題の解決を目指し、限られた資源をより効率的に活用しつつ科学技術イノベーションを展開するためには、経済・社会等の状況、社会における課題と、その解決に必要な科学技術の現状と可能性等を多面的な視点から把握・分析する必要があり、その上で、客観的根拠(エビデンス)に基づき、合理的なプロセスにより政策を形成することが求められているという問題意識が述べられている。つまり、エビデンスの構築と政策プロセスの改革がセットであるというわけである。

その際重要なのは、エビデンスは単なる従来の分野の成果の寄せ集めではなく、統合的であり課題解決に対して有用なものである必要があるため、「科学技術イノベーション政策のための科学」という新たな学際的学問分野の発展により、各分野の研究者が連携する「開かれた場」を構築する必要があるとしている点である。また、単に学際的であるだけではなく、成果は実際に使われる必要がある。そのために、社会の現場における暗黙知との対話も必要である。政府と研究コミュニティが、双方の信頼関係の下、それぞれの役割や責任に応じて協働することが求められている。

「繋ぐ力」育成を

そして、このプログラムに基づく客観的根拠に基づく政策形成の基盤として、個別的研究支援に加えて、人材育成とデータ・情報基盤の確立も要素として加えられている。従来の狭い意味での科学技術政策だけではなく、社会のイノベーションの現場、すなわち、医療、エネルギー、都市マネジメントといった各論の現場にも視野を広げた政策立案に携わる人材、「科学技術イノベーション政策のための科学」の科学的基盤を開拓し研究を担う人材や政策と研究をつなぐ人材の育成がうたわれている。東京大学においても、この人材育成プログラムの一環として、公共政策・工学を領域の軸とし、政策形成や科学技術イノベーション政策研究のための人材の育成を目的として、横断型教育プログラムを構築する方向となっている 。

以上の2つの要素、すなわち、政策形成プロセスの改革とエビデンスの構築・人材育成は別物ではなく、一体として考える必要がある。科学技術の最新の知見を活かしてイノベーションを推進する政策形成プロセスを動かしていくためには、制度論だけでは十分ではなく、そのような政策形成プロセスの担い手となる人材育成とセットになる必要がある。そして、そのような担い手には、様々な分野や現場を俯瞰した上で「繋ぐ力」が求められている。このような能力育成を、従来の専門分野別に分化した教育体制の中でどのように埋め込んでいくのかが、課題となっている。




参考文献

  1. 科学技術イノベーション政策推進のための有識者研究会報告書
  2. 城山英明「多次元的アセスメントの必要性」『科学』80巻6号、2010年
  3. 「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』」推進事業
  4. http://www.mext.go.jp/b_menu/boshu/detail/1314746.htm