市民でより良い政府をつくる、シビックテクノロジー
2013/9/10
AFP=時事
Juliana Rotich, 35, Executive Director of Ushahidi (L), a non-profit software company, funded by several foundations, sits with colleagues in their offices on January 17, 2013 in Nairobi. Five years ago, a handful of bloggers invented a way to track -- and hopefully of preventing -- bloody post-election violence that hit Kenya in which over 1,100 people were killed.The group of friends that set up Ushahidi -- which means "to witness" in Kenya's Swahili language -- have seen their concept become a worldwide success, used in conflict and disaster zones, and again in Kenya ahead of March 4 polls.
前回のコラムではオープンデータについてG8を含めた世界の動きについて記述しました。今回は、そもそも何のためのオープンデータか、オープンなデータがどのように活用がされそれによって何が変わるのかということに関しても、できるだけ前提知識無しで読める形で書きたいと思います。
シビックテクノロジーとオープンプラットフォーム
シビックテクノロジー (Civic Technology) という言葉があります。これは、われわれ市民が持つ技術によって、政府や自治体による行政を「自分たちの手で」より良いものにしていこうという言葉です。ちなみにGoogleで"シビックテクノロジー"と検索すると、某自動車の技術紹介のページが上位を占める程度には、日本ではまだ十分に浸透していない言葉のようです(9月4日現在)1。しかしながら、近年オープンデータが取り沙汰されつつあるのも、その背景にある「シビックテクノロジー業界」の大きな盛り上がりを意味するものといっても過言ではありません。
2008年、Ushahidi(ウシャヒディ)というサービスが始まったのは、一人のケニア人女性の声かけが発端でした2。当時は、ケニア大統領選挙の不正疑惑に端を発し、ケニア国内で暴動がおきた時期です。弁護士であり、活動家であり、そしてブロガーでもあった彼女は国内の暴動情報を逐一ブログ記事にしていましたが、当然一人ですべての情報を把握、処理することは不可能です。そこで彼女は、「だれか、無料地図情報サービスに暴動発生個所と被害状況をマッシュアップするサービスを作って!」と協力を投げかけました。すぐに知人ブロガーであるエンジニア数名が手を上げ、週末約三日間の作業で、ケニア全土の危機災害情報を可視化するwebサービスが実装されました。Ushahidi(ウシャヒディ)と名付けられたこのサービスは、Eメールや携帯電話からのショートメッセージ(SMS)、ウェブサイトやTwitterなどから寄せられた現地情報に位置情報を添えて、サイトに掲載されるサービスであり、多くの現地のボランティアや現場の被害者から寄せられるリアルタイムの情報を地域別に整理されて、サイトの画面上で見ることができるものです。Ushahidi(ウシャヒディ)とはスワヒリ語で「目撃者」を意味します。
Ushahidi(ウシャヒディ)は、その後オープンソースとして、有事の位置情報共有ソーシャルプラットフォームとして非常に広く使われ、ハイチ大地震、クライストチャーチ地震、メキシコ湾の原油流出における情報においても活用されています。東北大震災ではこのプラットフォームを活用した、sinsai.info が震災発生後すぐに立ち上がりました。
オープンデータの経済規模
本来、オープンデータは、政府・地方自治体等が有する情報を開示して、行政の透明性を向上させる活動の一つですが、このようなスピーディーな活動を支援するに非常に有効な情報ソースであることも事実です。一方で、「オープンデータ自体に経済効果が有るのか」という質問も良く伺います。丁度、先月「米国オープンデータの動向調査」が独立行政法人情報処理推進機構(IPA)より公開されました3。非常にインフォマティブな資料です。同資料のなかには、米国GPS情報のオープン化に伴う経済効果として、1980 年代にReagan大統領がGPSデータをオープンにしたことで、年間約 900 億ドル規模の位置情報サービス市場が生まれたと指摘があります。また、同資料の中には、欧州におけるオープンデータ活用ビジネス市場の規模は約 320 - 400 億ユーロ、オープンデータによる経済効果(間接的な波及効果含む)は 1,400 - 2,000 億ユーロと試算されています。さらにこの欧州の数値を元にGDP比をもって日本におけるオープンデータ活用市場の規模感を導き出すと、我が国のオープンデータ市場規模は次のようになるようです。
- オープンデータ活用ビジネス市場は、年間1兆900億 - 1兆3,700億円規模。
- オープンデータ活用による直接・間接含めた全体的な経済効果は、年間 4 兆 8,000 億 - 6兆8,600億円規模。
参考までに、我が国におけるホテル産業の市場規模が1兆4800億円(2011年)、広告市場規模は5兆8913億円(2012年)です。しかるに我が国においてもオープンデータ活用は、直接的なビジネスの市場効果はもとより間接的な効果としても、十分サステナブルな経済活動が可能な規模であることが理解できるかと思います。
Code For America
米国ではシビックテクノロジーをキーワードに"Code For America"という非営利団体が2009年に立ち上げられています。このプログラムは、主にソフトウェアエンジニアを地方自治体に派遣して、地域サービスをモダンなウェブサービスやアプリケーションとして開発・リリースして行くことで、自分たちの国をよりよいものにしていこうという取り組みです。プログラム開始から3年程度ですでに500万ドル(五億円)の助成金がナイト財団から提供されていることからもその注目度がわかるかと思います。来月15日から17日にサンフランシスコで開催される年次会議"Code for America Summit"では米国各市の市長、CTO、CIOはもとより、グーグル社のエンジニア等が集い、シビックテクノロジー、オープンガバメント、オープンデータ等について情報共有と議論がなされる予定です。
Code For Japan
そういった中、Code For Americaの日本版である"Code For Japan"の設立準備がまさに現在進められているところです。筆者もリサーチチームの末席として参加させていただいていますが、Code For Japanメンバーは全員が本業を持っており、有志により運営を進めているコミュニティです。先日の運営ミーティングではおよそ50人ほどが集まりました。そこでは、全員が本来別々の組織に所属しているとは思えないほどのスピーディーな情報共有と意思決定が行われました。そこには、バザール方式とリーンスタートアップの概念をベースとした運営形態があります4。
- 多様なメンバーが参加しているので皆が同じ方向を向くのは難しいことを前提に議論する。
- 「全員の合意」ではなく「行動につながる仮説を」つくることを意識する。
- 「自分以外の誰かが◯◯をやるべき」ではなく、「自分がどう貢献できるか、自分が何をしたいか」を基本に考える。5
固く結びついた中央集権型の組織ではなく、ゆるくつながるとともに、素早く意思決定をし、こまめにフィードバックするという、まるでオープンソースの開発をするかようなコミュニティの形態をとっています。この運営形態のありかたは、Code For Japanが関わることで、日本中で生まれていく自治体プロダクト(アプリケーション)そのものの開発運用のあり方にも直結するものです。
Code For Japanは、基本的にはCode For Americaのありかたを踏襲した運営を前提としています。ただ日本は、雇用流動性の点で米国のような柔軟な派遣は容易ではありません。そこで、フルタイムの開発者を派遣するフェローシップではなく、消防団のように本業のかたわら行政のためのアプリを開発する『ブリゲード』プログラムから始めることになります。このように、日米での文化や制度の違いがあるなかで日本独自のやり方を探っていくことになります。
おわりに
東日本大震災をきっかけに国内でも急速に概念として定着してきた「オープンデータ」は、行政の透明性向上だけではなく、上記のような活動を通じて良い社会をつくりあげていくための手段のひとつです。データは21世紀の石油であるというメタファーがありますが、その石油を精製することのできる人材と場(プラットフォーム)が日本にはまだまだ少ないのが現状です。いずれにせよ、もはやビジネスだけでなく、政府や自治体の運営にこれらのリテラシーが不可欠になりつつあります。市民と政府が一体となってより良い社会をつくりあげていくために、お互いが歩み寄っていける場(プラットフォーム)がこれまで以上に重要になってきています。最後に、"Code For America" 設立者であるジェニファー・パルカ女史によるTEDスピーチ 「コーディングで良い政府をつくる」の中の一節を引用します6。
- Government is, at its core, in the words of Tim O'Reilly, "What we do together that we can't do alone."
政府とは、ティム・オライリー7の言葉で言い換えれば、「個人ではできないことを皆でやるということ」なのです。 - We're not going to fix government until we fix citizenship.
市民の意識が変わらないと政府も変わりません。
脚注
- 「パーソナル・デモクラシー・フォーラム」レポート - 市民と政治・行政をつなぐシビック・テクノロジー業界の可能性
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36173 - Ushahidi.com
http://legacy.ushahidi.com/ - 独立行政法人情報処理推進機構「米国オープンデータの動向調査」報告書の公開
http://www.ipa.go.jp/about/research/20130830.html - バザール方式:Linuxに代表されるオープンソースソフトウェアの開発手法。対して中央集権的な方式を伽藍方式と呼ぶ。エリックレイモンドによるオープンソース4部作の一つ「伽藍とバザール(The Cathedral and the Bazar)」による。
伽藍とバザール: http://cruel.org/freeware/cathedral.pdf - Code For Japan 運営ミーティング第3回:
http://www.slideshare.net/hal_sk/cf-j-20130903 - ジェニファー・パルカ「コーディングでより良い政府を作る」
http://www.ted.com/talks/jennifer_pahlka_coding_a_better_government.html - ティム・オライリー:Web2.0の提唱者。フリーソフトウェアとオープンソース運動の支援者。O'Reilly Mediaの創立者。