リーマンショック、欧州金融危機 そして日本はどうするか

政策ビジョン研究センター 教授
三國谷勝範

2012/7/31

三國谷 勝範 教授

三國谷 勝範 教授 (photo by Ryoma. K)

 世界経済は、2008年のリーマンショックからいまだに立ち直っていません。そしてヨーロッパは金融危機に苦しんでいます。日本はすでに1997年に金融危機を経験していますが、経済そのものはなかなか先が見えない状況です。三國谷先生は、このような状況をどうご覧になっていますか。

三國谷 日本の金融危機と今回の世界的な金融危機、共通する点も、異なる点もあります。

共通しているのは危機の前に不動産や株の価格が上がり、企業や家計の債務が膨らんでいたことです。しかもこれが急激に現われ、ある日、破裂しました。バブルは、18世紀の南海泡沫事件や17世紀のオランダのチューリップバブルなど何度も経験してきました。

これからもバブルは、その姿、形を変えて起きると思います。従って、あるひとつのことが起きたら、それに対してそれだけに着眼した対応をするということだけではなく、バブルはまた起こり得るという観点に立って、日頃からのリスクの取り方とかを心掛ける必要があるのではないかと思います。

一方、異なる点ですが、日本の金融危機は銀行の貸し付けを中心に起きました。つまり「相対型」だったわけです。同時に、これは日本の国内の問題で海外に波及したわけではありません。さらに1990年代の世界経済は、上昇過程の中にありました。

これに対して今回の金融危機は市場部門で起きています。また証券化という波の中で起きているので、瞬く間に広範囲に広がった。21世紀型の金融危機と言われる所以です。したがって日本の金融システムも、直接のエクスポージャーというよりも、経済全体、為替を通じていろんな形で影響を受けているということだと思います。

ここでもう一つ注意しておかなければいけないことがあります。本来、証券化商品または市場型間接金融というものは、銀行貸出のような間接金融のいい点と、直接金融のいい点を融合し、適切なリスク分散を図ることを可能にするはずのものでした。ところが現実には両方の悪いところが出てきてしまった。市場型間接金融制度そのものの問題というよりも、やはり「行き過ぎ」はよくないということが明らかになったのだと思います。

 今のヨーロッパの状況は1930年代の第二次世界大戦に突入していったころとよく似ているとか、ドイツはあの当時の教訓を忘れているとか、いろいろ言われていますが、歴史的視点から見るとどのように考えておられますか。

三國谷 ヨーロッパがEU(欧州連合)に踏み出しているという点がまったく違う世界でしょう。私が現役で交渉していたときは、EUをすごく手強い相手として見ていました。さらに1999年に通貨統合まできましたから、その中での問題は昔とは違います。

EUは3つの課題を抱えているのだと思います。一つ目は東の国と西の国、二つ目は北の国と南の国、もう一つは政治と経済でしょう。とりわけ最後の点は、経済のいろいろな実相があるなかで、政治的な意思をもって統合し、それによって力を得たということです。

いま状況を見ていると、経済の問題に政治がどこまで踏み込むかということですが、一方、政治には選挙やら国内世論やらいろいろな展開が予想されます。ただこれまでのところは、できるだけ加盟国全員で道を探そうという方向で動いてきたように見えます。

 そうするとさらにEUは統合の方向に進んで、その先には「スーパー国家」が生まれることになるのでしょうか。

三國谷 EUが好調なときには国境線はある意味で「細く」なっていたという印象はありますが、今は少し「太く」なっています。もう一つ言えるのは、これまでEUは問題を乗り越えるたびに強くなってきたという歴史もあることです。ただ現実のゴールがどこになるかは、今の段階で軽々に判断することはできないと思います。

今、何が起きているかというと、やはりバランスシートの調整だと思います。日本もバブルが弾けたとき、金融機関も事業会社もバランスシートが非常に歪んだ形になっていました。したがってバランスシートを調整するために相当な時間をかけていったわけです。金融機関はまず資産を適正に評価しなければなりませんでした。その上で不良資産を切り出し、それから資本を増強するというこのセットを繰り返してきたわけです。

同じことがアメリカでもヨーロッパでも起きてきたわけです。アメリカは比較的早く手を打ちましたが、まだよくわからないところがあるので金融で支えているというのが実態でしょうか。ヨーロッパも同じです。だから時間がかかると思います。結局、リーマンショック以前は、要するにバブル前のレジームだったわけで、こうなったら元の形に戻ることはありません。新しいレジームを模索している過程と考えています。

日本は過去の金融危機を外需などに依存しながら乗り切ってきましたが、今は世界経済のパイがあまり大きくなりません。その中でどうやって自国経済を確立していくか、そういう視点で考えることが必要でしょう。

 一方、日本は人口減少とりわけ生産年齢人口の減少という構造的な問題を抱えています。その中でどうやって経済を安定させるかという問題と、金融という問題はどのような関係になるでしょうか。

三國谷 基本的には実体経済と金融というのは車の両輪ですから、両両相まってやらなければなりません。どちらかが飛び出すとバブルのようになってしまうことは過去にも経験していることです。金融システムの安定は、実体経済の安定がなければありえないわけです。

日本の周囲を見回してみると、資産価値ではアメリカが圧倒的に大きい一方、潜在成長率という面で見るとアジアを中心とする新興国にはかなわないわけです。これは統計的にもはっきりした事実です。したがって日本はこうした国の成長を取り込んでいかなければならないと思います。

今3つの大きな地殻変動が起きていると見ています。日本はいま「社会保障と税の一体改革」という流れがあります。また世界ではEUとか中東でいろいろなことが起きています。もう一つは企業や産業です。勝ち残り、生き残りをかけて熾烈な戦略を展開しています。

経済新聞や経済誌を見れば、いかに熾烈な競争をしているかがわかります。これは将来につながると思いますが、これを「ボーダーレス化」の中でやらなければならない。国内は国内で頑張らなければいけないけど、国際的な話にも日本は参加していかなければなりません。

 企業はそれぞれに生き残り戦略を展開しますが、国のほうはいつまでこのような財政状況でやっていけるのかという問題を抱えています。三國谷先生ご専門の金融ということで言えば、いつまで金融機関はこれ以上の国債を保有し続けることができるのだろうかということにもなります。この問題についてはどのようにお考えですか。

三國谷 財政の問題とそのファイナンスの問題の二つがあると思います。ファイナンスは時間を稼ぐことはできますが、ファイナンスさえ続けばこのままでいいという議論にはならないと思います。ファイナンスは、ある程度続けることはできても未来永劫ということはありません。当然、金融機関は市場リスクを考えます。パニックを起こさないためにも、財政のほうで努力しておく必要があります。。

現在は金融が緩和されていますし、流動性もありますが、油断をすれば市場のターゲットにもなりえます。少なくともプライマリーバランスにどうやってたどり着くかという方向性が見いだせるような政策を打ち出すことができれば、市場リスクを小さくすることができると思います。

 日本は、たとえば個人金融資産はネットで1000兆円とよく言われますが、将来にかけてこの金融資産はあまり増えないように思います。そうなると日本の経済力、とりわけ金融力にどのような影響が出るでしょうか。

三國谷 まあ高度成長のような時代ではないですよね。世界を見回すとある国は金融が強い、ある国は実体経済が強いといった現実があります。日本は、と言えば、その両方を持っています。したがって金融資産をうまく活用しながら、実体経済を支えていけば、相対的には、日本経済もそんなに捨てたものではないと考えています。

(聞き手:政策ビジョン研究センター客員研究員 藤田正美)

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