シンポジウム:東京都の医療崩壊を防ぐには
09/03/26
東京都の救急医療を考えるシンポジウムが3月26日、医学部鉄門記念講堂で開かれました。
東京都で母体救命搬送システムとしての、「スーパー総合周産期センター」がスタートした翌日ということもあり、注目が集まりました。また、H21年度から始まる救急医療体制「東京ルール」についても、白熱した議論が展開されました。
第一部 プレゼンテーション
司会:松原全宏(東京大学医学部附属病院 救急部・集中治療部)
開会の辞/大学病院の関わり
矢作直樹(東京大学医学部附属病院 救急部・集中治療部 部長) プレゼンデータ
かつては東大病院では救急医療が難しいところがあったが、入退院管理センターを作り、入院、受診自体の流れを良くすることで、救急医療にも取り組むようになった。現在は、外来患者80万人、手術数1万、入院患者40万人に対して、救急外来からの入院が3400人である。また、地域連携医療部を作るなど、少しずつだが地域医療にも取り組んでいる。
東京都の救急医療の課題と取り組み(周産期救急を例に)
猪瀬直樹(東京都副知事) プレゼンデータ
昨年、妊婦さんが亡くなるという事件が2つ続けてあった。何かシステムにおかしいところがあるのではないかということで、福祉保健局、病院経営本部、知事本局、東京消防庁から2人ぐらいずつ集まり、横割りのプロジェクトチームを作った。
東京ERでの経験
濱邊祐一(東京都立墨東病院救命救急センター部長) プレゼンデータ
今回の震源地で、救命研究センターの責任者であり、当事者。
日本の救急医療体制は、初期救急、2次救急、3次救急のピラミッド構造になっており、通常3次救急のことを救命医療センターと呼んでいる。救急医療には患者・家族、救急医療機関、救急搬送機関(救急隊)という、3つのプレイヤーがいる。実際には、病院に入る前にどこの病院に入るかの判断(プレホスピタルトリアージ:病院前選別)をすることになる。これがミスマッチだと、とんでもないことになる。今回の妊婦さんのケースも、ある意味ではそのミスマッチが引き起こしている。
東京都の産婦人科救急
中井章人(日本医科大学多摩永山病院女性診療科・産科部長) プレゼンデータ
東京都全体の周産期の産婦人科医療の話をする。
周産期救急搬送の実態
周産期の患者さんにはかかりつけ医がいるものだから、紹介元があって、紹介先に行くのが普通である。飛び込み出産というのはいかがなものかと思う。しかし、全国の事例を見てみると救急隊が病院を探すまでにかかった紹介回数、つまり電話をかけた回数(断られた回数)は、東京都は26回と最大。搬送に要した時間も3時間を超える、全国ワーストの地区となっている。
東京都の周産期施設
周産期救急搬送におけるブロックの実態
東京都の母体搬送に関する取り組みと課題
提言
●ネットワークにおけるブロックの適正配備
●周産期施設の拡充とコントロールセンターの創設
●新生児ベッドの増床とそれに伴う医療従事者の確保
都民が医療機関に求めるもの
伊藤隼也(医療ジャーナリスト)
世論調査やアンケート調査の結果を見てみると、救急医療に対して都民が危機感を感じているということが言える。墨東病院に関していえば、担当医師や病院を叩く発想はなかった。総合周産期センターは7人で運営されていたが、そこの常勤医が3人になった。それを放置し、対策を立てられなかったからこそ起きた事件。ものすごい勢いで東京都が変革をして、9億円だった予算を22億円にした。外圧に頼らず、国民に対して弱者が納得して受けられる24時間365日の医療を是非実現してほしい。
救急医療の東京ルール
石原哲 (白鬚橋病院 病院長) プレゼンデータ
東京都医師会の中で救急委員会の委員長をしている。東京ルール策定委員会の委員として中に入っていた立場から話をしたい。
救急搬送の実態と課題
現状、救急搬送患者数は増えているが、救急医療機関は減少している。その中で選定困難事案が発生した。救急医療は重労働ということで、医者の数が減ってきている。専門分化が進んできており、専門外ということで断るケースが増えている。救急医療機関内外の連携の仕組みが出来ておらず、たらい回しがおきる。その背景には、制度的・構造的問題がある。
東京ルール: より多くの患者が直ちに病院に運ばれるようにするための新たな方策
●ルール1: 救急患者の迅速な受入れ
●ルール2: 「トリアージ」の実施
●ルール3: 都民の理解と参画
2次救急医療機関の現状と問題点
猪口正孝(平成立石病院 理事長) プレゼンデータ
2次救急の現場の様子から、東京ルールがどのようになっていくのかを考えていきたい。
現状と問題点
病院側から見た背景要因
●医師の意欲の低下
●東京の特殊事情
●経営上の問題
2次救急の現場と医療政策
東京ルールを2次救急の現場から考えると、地域を限ってセンターを置くわけだから、最後の砦意識を持つこと。医療機関相互の情報を持つということに関しては非常にいいが、選定困難になるときに社会問題とか、医者が苦しいといったところに無理矢理押し込んでしまうので、大事な地域のセンターとなる病院が疲弊してしまう可能性が十分ある。
第二部 ディスカッション
司会:本田麻由美(読売新聞 編集局 社会保障部記者)
救急医療のあるべき姿
一般救急と周産期救急はなぜ別々に行われてきたか
中井:一般救急は突発的な事故や病気で救急搬送を受けるが、本来、周産期搬送は医師の紹介があって行われる施設間搬送をベースに考えられており、昨今のような飛び込み出産は想定されていない。東京ルールによって、母体救急の施設を3つ認定し、責任が明確になったことは大きな前進。
選定困難を解決する受け皿のあり方 −救急部のER化は可能か−
濱邊:内科・外科・整形外科といった専門毎の縦割りの分け方では、救急患者を診ることができない。受け皿となる2次救急がER化して、縦割りではない横断的な窓口を提供できれば、東京ルールはもっとよくなるのではないか。
東京ルールの課題
猪口:ERが100あればかなりのところまで行くと思うが、現実的にはようやく3つできたばかり。地域の中核病院が24時間体制でやっていくのにも相当時間がかかるだろう。ER型にするとしても、その上で今何をするかという話として、東京ルールが出てきた。その発想自体はいいが、ビジョンが見えないままこれを長く続けられると、2次救急は部分的に壊死を起こしてしまうと思う。
より良き医療のために
持続可能な医療システムは作れるか
中井:今、医学部の現場を見ていると、学生たちはゆるいほうに流れていく。研修医制度は事実上の下見制度になっており、産婦人科は減少している。先日、労働基準局が周産期施設に入った。看板は下ろさないことになったが、あの病院がだめだったら、8割がたの医療現場は反している。基準通りにやれば半分の病院が経営破綻に陥る。減り行く状態を考えて持続可能なシステムを作るべきだ。
効率化と医療資源の適正配分
猪口:フェアーじゃない診療体系によって、民間病院がやれるべきところを公立が負っていることが問題。補助とか公的なお金は、経営母体ではなく、やっている医療・仕事によって配分されるべきだと思っている。原価をきちんと計算して診療報酬が払われてさえいれば、民間もできる。医者を半公務員化して行くところを制限するよりは、インセンティブを持たせてそちらに流れていくようにする方がいい。
制度改正へのアプローチ
本田:診療報酬を決める場に、高度医療なり救急をわかっている人がいないし、そういう人を輩出できるように医療側で戦っていない。なんでもっと医師会とか開業医じゃなく、病院の方でこういう費用がほしいとデータを出して戦わないのか。