開催報告 第2回 Energy Policy Roundtable 2012

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アジアのエネルギーをめぐる課題と展望

開催概要

【日時】 平成24年4月20日(金)10:00-12:20
【場所】 伊藤謝恩ホール(伊藤国際学術研究センター内 地下2階)
【主催】 東京大学政策ビジョン研究センター
【共催】 東京大学公共政策大学院
      独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)

当日アンケートのご回答にて配布資料がなかった点ご指摘を頂きましたが、こちらに講演資料を掲載いたします。当日アナウンスがございませんでしたこと、お詫び申し上げます。

議事要旨

東京大学公共政策大学院 政策ビジョン研究センター併任 特任教授 
芳川恒志 

4月20日、一年間の連続企画であるエネルギー政策ラウンドテーブル、第2回を開催した。

第1回のラウンドテーブルでは次のように指摘された。今後25年間で、世界の一次エネルギー需要は約4割増加するが、そのうちの3分の2はアジアが占めると予測される。今回は、そのアジアの中でも、中国とインドという2大新興経済成長国に挟まれ、日本とも歴史的・経済的に非常に緊密な関係を有するASEAN(東南アジア諸国連合、加盟国10カ国)を取り上げた。シンガポール国立大学教授エネルギー研究所のCHOU所長から、ASEANの視点からそのエネルギーの現状と展望、さらに直面する課題等について、いわば「内側から見たASEANの全体像」についてお話しいただき、パネリストである日本の有識者の方々と議論していただいた。

基調講演

Prof. CHOU Siaw Kiang

シンガポール国立大学エネルギー研究所所長
講演資料:「Overview of ASEAN’s Energy Needs and Challenges」


まず、CHOU教授の基調講演であるが、幅広い論点が網羅的にカバーされた。なかでも次のようないくつかの興味深い論点が提示された。

  1. 第一に、ASEANの多様性とエネルギー貧困問題についてである。具体的には、ASEANは近年高い経済成長を遂げ、今後も継続すると見込まれているが、一方で、加盟国を個別にみると経済発展段階、一人当たり国民所得等の観点からも非常に多様である。例えば電化率にも大きな格差があり、依然ASEAN人口の30%弱には電気が届いていない。この点については、地域の政治的安定確保や経済発展の基盤を整備する観点からも、まずこれを解消し経済格差を縮小させ安定的な経済成長を維持することが重要であると認識されている。同時に、今後見込まれる経済成長を支えるため、産業化、都市化、近代化の過程で、エネルギーの総量を確保することを基本としつつも、地球環境の維持等の観点からエネルギーの質についても十分な配慮が必要となってきている。

  2. 将来のASEANのエネルギー・ミックスについて次のような説明がなされた。
    1. 域内には化石燃料、とりわけ石炭と天然ガスが豊富であるものの、エネルギー需要の増加に伴い域内のエネルギーバランスは全体でネット輸入に転ずる。また、化石燃料消費の割合は引き続き高く、2030年においてもほぼ現在のエネルギーバランスと変わらず化石燃料が一次エネルギー需要全体の75%以上を占める。エネルギー源別では石炭が伸びる見込みである。
    2. 石油需要については、今後所得増加に伴って急増する自動車保有に引っ張られる形で運輸部門における需要が増大する。
    3. 電力についても、エネルギー源別では化石燃料が中心で、特に現在は天然ガス、将来は石炭が中心となる。
    4. 再生可能エネルギーや原子力については、ともに研究や人材開発は進める予定であるものの、具体的エネルギー源としては不透明な状況にとどまる。
    5. 省エネは第5のエネルギー源であり省エネ余地も非常に大きいため今後ますます重要になるが、技術面及び制度面の具体的展開は今後の課題である。
  3. このようなエネルギー需要拡大を支えるインフラ及び制度面では、特にASEAN全体の政策的課題として、次のようなものがあがっている。
    1. 域内全体のエネルギー供給の安定性・効率性確保の観点から、ASEAN全体を見据えた電力グリッドや天然ガスパイプラインの整備が重要であり、ASEANとしてもこれを重視している。しかしながら現在までのところ政治的モメンタムが十分でなかった等の理由から必ずしも当初期待されたほどは進んでいないのが現状である。
    2. 同様に、今後のガソリン等の石油製品需要の増加を前提にすると、域内の石油精製能力の増強が必要である。
    3. 地球環境問題への対応、特にCO2の排出削減のためには、エネルギーの需要・供給の両面で一層の効率化が必要である。特に、石炭発電設備の近代化・効率化や再生可能エネルギー及び原子力の開発、省エネの推進等が重要であるが、このための制度、金融など政策面の整備を行っていく必要がある。
    4. この一環で、かねてエネルギー補助金の問題が指摘されているが、政治的に機微であること、実際に過去の政権がこの問題によって転覆されてきたことなどから、改革の必要性は認識されているものの、実施の見通しは必ずしもたっていない。

  4. 以上を踏まえ若干の解釈を加えてまとめると、政策的には大きく次のようなことが課題となろう。
    1. ASEANと隣接する中国とインドを加えたアジアが今後の世界のエネルギー需要の中心となる。このため、アジア地域がエネルギーやその政策について同じ共通の基盤を持つこととなり、域内の情報交換、協力の必要性が増大するだけでなく、そのエネルギー需給と政策が世界の直接的な影響を与える時代となる。特に多くの多様性を抱えるASEANとしては、情報の一層の発信が求められる。
    2. このためASEANをはじめアジアにおいて、内外における情報交換や協力関係の構築のためにも、エネルギー関連インフラ等ハード面の環境整備が求められるだけでなく、制度、技術、統計や人材育成等のソフト面でもその充実が急務となっている。日本はこの面で貢献の余地が大きい。
    3. また、ASEANについてみると、地域の安定を維持確立することを引き続き基本としつつ、エネルギー面では3つのE(エネルギー安全保障、環境、経済性)のバランスを取っていくことがますます重要になってくる。就中、エネルギー需要が急増していくことを踏まえると、エネルギー安全保障が最大の課題である。
    4. また、経済成長のダイナミズムを各国で維持・共有するための「新しいモデル」も必要であり、そのためにASEANやERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)、EAS(東アジア首脳会議)、APEC(アジア太平洋経済協力)などの地域の国際機関が果たすべき役割は大きい。

パネルディスカッション

このようなCHOU教授の現実に即した網羅的な基調講演に対して、パネリストからは多くの非常に興味深い議論や意見が提示され、活発な議論が行われた。そのキーワードだけをざっとあげると、次のとおりである。
アジア共通課題としてのエネルギー安全保障やCO2排出削減のための枠組み、アジア内外でのコミュニケーションの必要性、アジアにおける中長期的戦略や包括的構想や戦略の必要性、安全保障の方向性としてグローバリゼーションと地域化・分散化、アジアでの省エネをはじめとする需要サイド対策とクリーンコール等の技術の重要性、原子力の役割、太陽光をはじめとする再生可能エネルギーの潜在力、人材育成の重要性と日本の貢献などである。

田中 信男

日本エネルギー経済研究所 特別顧問
前IEA事務局長


澤 昭裕

21世紀政策研究所研究主幹
講演資料


木村 福成

慶応大学経済学部教授
ERIAチーフエコノミスト
講演資料


東條 吉朗

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 総務企画部長
講演資料


城山 英明

東京大学大学院法学政治学研究科 教授
政策ビジョン研究センター長
公共政策大学院副院長
講演資料


茂木 源人

東京大学大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻 准教授
講演資料


議論は非常に多岐にわたるものであったが、大きな方向性を3点に整理してみた。

  1. まず、アジアが今後の世界のエネルギーや政策の中心となり、その変化や動きが世界に直接的な影響を与えるという認識が共有された。このような認識は、さらにいくつかの政策的な議論を伴う。例えば、地域におけるエネルギーの国際的ガバナンス面の含意である。すなわち、アジアの重要性が急速に高まる中、このASEANを含めたアジアにおけるエネルギー安全保障、あるいは地球温暖化対策をどのように確保し、発展させ世界と調和させていくのか、また、このためにアジアにおいてエネルギー問題に対応するための何らかの枠組み(フレームワーク)が必要なのではないか、といった議論である。同時に、このような枠組みを通じてアジアのメッセージを世界に伝えるような役割も期待できるのではないか、との意見もあった。もっとも、このような「枠組み」そのものについては、アジア版IEA(国際エネルギー機関)の新設を示唆するものから、むしろASEANやAPECなど既存の組織や機関の有効活用の方が現実的であるとの意見もあった。また、必ずしも効率的でない政府間交渉に頼るのではなく、産業界や大学等の研究機関など様々なレベルで意思疎通することが重要であるといった点では一致した認識が示された。
    また、CHOU教授のプレゼンを受けて、ASEANをはじめアジアにおいて、情報交換や協力関係を築いていく基礎として、ハード面のみならず、制度、技術、統計等の整備やそのための人材育成等のソフト面の対応が重要であるとのいった点についても認識はほぼ一致していたといってよかろう。一方、ハード面について言えば、ICTの発達等により、エネルギーの分散化・ローカライゼーションも重要な視点として登場しており、ASEAN大のクロスボーダーのネットワークの重要性のみを強調すべきではないとの意見もあった。

  2. もう一点は、このようなエネルギーを巡るアジアの現状と展望が我が国との関係でどのような意味を持つのかである。まず、CHOU教授をはじめ多くのパネリストからは、アジアからの視点として、省エネ、環境や原子力等の技術面やソフトインフラの整備、また、これらに必要な人材育成のために、日本がアジア地域に対して協力と貢献を拡大することへの必要性と期待が表明された。
    一方で、このようなアジアの現実が日本のエネルギー政策に与える影響も無視できないとする意見もあった。すなわち、アジアで化石燃料消費が急速に拡大する中、我が国のエネルギー安全保障を検討する観点から、また、温暖化問題を引き続き技術等でリードしていくためにも、原子力を含むエネルギー源の多様化と日本国内に現場と技術を維持していくことがますます重要な要素になるのではないかとの認識が示された。
    また原子力について言えば、福島第一原子力発電所事故後のアジアにおける原子力安全維持向上・運転管理やそのための人材育成のあり方等に関して日本がその経験や教訓を世界と共有し、貢献を行うことは日本の当然の責務である、との意見もあった。

  3. 最後の点は、以上の議論とも重複するが、アジアの急速な経済発展とこれに伴うエネルギー需要の伸長が、どのように世界の他の地域と調和しかつそれ自身持続可能なものとなるのかといった問題意識から示されたものである。先述のガバナンスの議論にも通じるが、アジアの経済成長が世界を引っ張ることで世界全体がその恩恵を受けているのであるが、多様性を内包し、政治的にも微妙なかじ取りが求められるASEANやアジアが引き続き経済成長していくために、エネルギーも含めた広い観点からの大きな中長期的戦略が必要ではないかといったものである。また、そのためにも地域が内外と対話していくことが必要で、このような対話のためにも人材育成が不可欠といった認識も示された。

第二回のラウンドテーブルの結果は以上のとおりである。次回は7月12日(木)午後にカリフォルニア大学サンディエゴ校国際関係・太平洋研究大学院(IR/PS)からUlrike Schaede教授をお迎えして、「米国から見た日本のエネルギー政策」として基調講演をしていただき、その後パネルディスカッションを行う予定である。

司会:芳川恒志

東京大学公共政策大学院 政策ビジョン研究センター併任 特任教授


今回のディスカッションポイント(ビデオメッセージ)

芳川 恒志

東京大学公共政策大学院 政策ビジョン研究センター併任 特任教授


(photo : Ryoma.K)