開催報告 第3回 Energy Policy Roundtable 2012
外から見た日本のエネルギー政策
開催概要
【日時】 平成24年7月12日(木)13:30-16:00 (開場13:00)
【場所】 伊藤謝恩ホール(伊藤国際学術研究センター内 地下2階)
【主催】 東京大学政策ビジョン研究センター
【共催】 東京大学公共政策大学院
議事要旨
東京大学公共政策大学院 政策ビジョン研究センター併任 特任教授
芳川恒志
7月12日、第3回エネルギー政策ラウンドテーブルを開催した。以下その概要を報告する。
これまで2回の議論を踏まえて、第3回では、初めてわが国のエネルギー及びエネルギー政策そのものに焦点を当てることとした。取り上げ方としては、これまでと同様に「外から見た」議論をベースにしている。基調講演として、カリフォルニア大学サンディエゴ校国際関係・太平洋大学院のUlrike Schaede教授が「米国から見た日本のエネルギー政策」についてスピーチをした。教授は米国における日本の経済や産業・ビジネス研究の第一人者であり、エネルギーの主要需要部門である日本産業の観点からみた日本のエネルギーの課題や政策について分析を行った。
その後、エネルギーや行政学、リスク論等エネルギーに隣接する専門・学問分野の第一線の研究者の方にご参加いただきパネルディスカッションを行った。また、今回ははじめてドイツエネルギー産業界からもパネリストを招き、このラウンドテーブルの趣旨である、国際的観点に加え、業際、学際的な視点を提示しようとしたところである。
基調講演のポイントは以下のとおりである。
第一に、3.11や福島原子力発電所事故、またその後の日本のエネルギー政策を巡る動きを米国はじめ外国のグループどう見ているか、そして、日本のエネルギー政策を巡る諸環境について論点の整理が行われた。
日本は島国であり、エネルギー資源の多くを輸入に依存している。このエネルギー自給率が低いことについて、米国の一般市民は、漠然とした知識はあるもののこれを福島原子力発電所事故と結びつけて理解する向きは少ない。
エネルギー自給率の観点からみるとドイツは比較的よく似ている。しかしながら、このドイツと日本の置かれた状況を比較すると対照的である。ドイツは欧州の電力グリッドの中央に位置し、とくに、原子力に依存するフランス、積極的な原子力導入計画を有するポーランド等と結ばれることで事実上のバックアップ電源が確保されている。言葉を換えれば、ドイツが太陽光や風力にまい進することができるのはこうした環境があるからだ。
エネルギー自給率を高めつつエネルギー需要を満たすという要請を満たすために、日本は政策立案上非常に厳しい選択を迫られてきた。従来は原子力も重視しつつ政策を進めてきたが、福島原子力発電所事故等を踏まえ、当面は化石燃料を活用せざるをえない。そして、将来的には再生可能エネルギーを拡大していくことが必要である。しかし、電力グリッドが国内に限られ、国内においても地域間連結が十分ではない。それを前提とすると、一定以上再生可能エネルギーに依存することは、仮に技術的に可能であるとしてもリスク管理、安全保障上の観点からは望ましいものとはいえない。なぜならば、予期しない電力不足に対してドイツのように輸入するすべがないからである。また、日本はかねてから省エネルギーに力を入れてきた。実際、3.11前のエネルギー基本計画においては、20%の省エネルギーを見込むことで自給率を高め同時に需要を充足し、さらにはCO2削減の要請にもこたえてきた経緯がある。
一般市民とは別に、海外の専門家にとって、福島原子力発電所事故は大きな驚きを持って迎えられた。これまで複雑なエネルギー政策上の課題に対して日本がうまく対処し成果を挙げてきたこと、また、日本の原子力産業は、長年の「モノづくり」技術や「安全第一」の伝統を持つ優れた技術環境の中で、最先端の標準を提供してきたと考えられていたからである。
しかし、1000年に一度という大災害が引き金となって生じたものとはいえ、原子力発電所は事故を起こしてしまった。いまだにこの原子力災害がもたらすリスクの全体像が不透明なこともあって、なぜこのようなことが現実に生じたのか、海外の専門家は当惑している。こうした驚きや当惑は、世界のエネルギー産業や政策当局も同様だ。
もっとも、原子力発電について今後どう考えるのかについては国により姿勢は異なる。例えば、ドイツは完全な脱原子力を決定したし、対照的にフランスはまったく閉鎖する予定がない。アメリカの技術者や規制当局は自分たちだったらもっとうまくできると思っているふしもある。中国はまったく影響を受けていないかのようでもあり、他の国にはむしろチャンスと考えている例もある。
第二の大きな論点が、日本の経済・産業から見たエネルギーやエネルギー政策である。これまで、日本の産業界はもともと諸外国に比べて割高な電気料金を日本特有の割増料金として負担してきた。一方で、日本の電力会社は地域における独占を与えられ、地域間の連結も十分ではないという電力会社にとって好ましい制度が維持された。このような状況の下で福島原子力発電所事故が生じた結果、原子力発電所の運転が停止され、原油やLNGの輸入を増やさざるを得なくなり、その負担が増加している。
過去20年間の部門別のエネルギー消費を見ると、産業部門のエネルギー消費は大きく減少する一方で、増えているのは業務部門と家庭部門である。ここ数年で見ると業務部門が減少傾向にあるのに対し、家庭部門はほぼ一貫して増加している。したがって、政策として家庭部門と業務部門に対して節電を促すのは合理的である。一方で、第一次石油ショック時に見られたように、エネルギー供給の不安定性が引き金となって産業構造の変化を促す効果がある可能性もある。もしエネルギー価格が一定限度を超えて高くなると、現在も進んでいる歴史的な円高と相まって、日本の多くの産業はすでに世界的にも最も効率的であることから、国外に出ていくという経営判断を行う企業も出てくるだろう。
化学と鉄鋼産業を合わせると、産業全体のエネルギー消費の約3分の2を占める。両産業とも日本の雇用と成長を支える有力な輸出産業だ。また、製品と技術ともに優れ、特に技術的には自動車をはじめとする多くの産業に基礎的素材を提供することで世界中の多様な産業を支え主導している。すなわち、両産業は日本にとっての戦略産業であり日本の産業構造の中心的存在であって、日本はこのような重要な産業を失うわけにはいかない。これらのエネルギー多消費型産業が日本国内での成功を維持するためには、手ごろな価格の安定したエネルギーが不可欠なのである。
このような基調講演に対して、パネリストから様々な議論や意見が提示され、活発な議論が行われた。議論は多岐に及ぶが大きな流れと論点を示すと以下のとおりである。
短期的課題
短期的には、化石燃料輸入の増加から電力価格が上昇し電力供給にも不安定性があるなど、エネルギー需給は非常に厳しい「綱渡り」的な状況にあるとの認識が共有された。また、財政赤字が拡大する中、2011年度は前年度比約5兆円エネルギー輸入が増加して約21兆円となり、それも影響して経常収支の黒字幅も前年度17兆円から8兆円に減少した。このような事態が継続し、さらに悪化するようなことがあれば、日本経済や円への信認が損なわれ、結果としてエネルギーだけではない複合危機を招く危険すらあるのではないかとの危機感も表明された。
また日本が抱えるエネルギーのリスクについて以下のような論点も提示された。現在緊急避難的に化石燃料を使って多くの火力発電所が稼働しているが、これらの施設に過重な負担がかかると故障等の計画外停止の可能性が常にある。また、未曽有の東日本大震災の経験を踏まえれば、原子力に限らず、従来必ずしも十分に考えられなかったリスクにもしっかり向き合って、準備を行うべきである。自然災害に対する脆弱性を再点検することとともに、イランを中心にした地政学的緊張が継続していることなど国際環境の変化が日本のエネルギー需給に一層の脆弱性を与えうることも認識し、今から直ちにその準備を開始すべきである。この準備には、制度改革や政策手法の見直し、さらには技術開発など幅広い分野での対応を含む。もっとも、このようなエネルギー需給を巡る内外の厳しい状況に対し、原子力発電の再稼働の見通しが立っていない現状においては、短期的に有効な政策的オプションは極めて限られている点も重要な共通認識であった。短期的課題として、価格を含めたエネルギー供給の不安定性により大きな影響を受けるエネルギー多消費型産業である基礎素材をはじめとする産業に対し、産業政策上の対応をするかどうかについては議論がなされるべきであろう。しかしより重要なことは、先述のように、現在および将来のリスクをしっかりと認識し見据え、評価し、これに対して直ちに今からその備えを行っていくことだ。
中長期的課題
一方で、中長期的には様々な政策オプションが検討されうる。中長期の観点からも、日本として戦略的に重要な産業はしっかり維持されなければならない。このような産業が国内で活動を継続し成功を維持するためには、出来るだけ安価で量的に安定したエネルギー供給が不可欠である。短期的には過渡期の「綱渡り」状況が続くとしても、少なくともこのような将来に向けた日本の経済構造や産業構造のあり方、社会のあり方等を見据え、明確にイメージした上で、それを支える将来のエネルギー需給の姿を明らかにしなければならない。
エネルギー政策の観点からは、原子力への依存を低減させるとすれば、中長期的には、安定供給、CO2削減及び自給率向上の観点から、再生可能エネルギーと省エネルギーの2つがいっそう重要になる。これはパネルディスカッションの中で示されたドイツの例も示している。まず、再生可能エネルギーであるが、日本においても再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度がスタートし、電源としての再生可能エネルギーの拡大には環境が整いつつある。しかしながら、再生可能エネルギーに原子力を代替するような大きな役割を果たさせるためにはこれだけでは必ずしも十分ではない。すなわち、ドイツにおいては、供給量が変動するなどの特性を有する再生可能エネルギーを安定的に導入拡大するため、地域内地域間で再生可能エネルギーの特性や電力需要等に応じた電力グリッドの整備を最重点課題として進めようとしている。日本に当てはめれば、その第一歩は国内電力会社間の連係を強化することだ。同時に、後述するように電力需要のピークをシフトさせ柔軟な電力需要構造を実現するためにも需要家のエネルギー市場への一層の参加を促すような電力グリッドのスマート化や蓄エネルギーに関する技術開発も重要である。このような再生可能エネルギーの大量導入を前提にした将来のエネルギー需給構造を検討するうえでは、それに応じたインフラの整備と電力制度改革を伴うという重要な指摘もあった。
中長期的課題のもう一方の柱である省エネルギーについて、日本ではとりわけ産業部門で大きな成果をあげている。産業界の継続した努力、エネルギー政策の成功例とされる政府のトップランナー方式等によるものだ。だからこそ、現下の電力供給力不足に伴う節電要請は、すでに相当程度効率的な日本の産業活動に大きな影響を及ぼす。基本的に時間軸の長いエネルギー問題の中でも、省エネルギーはもともととりわけ息の長い継続した努力が求められるものである。このような当面の問題に加え、これまでに提示されてきた政府のデータ等を見ると、中長期的にもやや過重とも思われる負担を省エネルギーに担わせてきたことも事実であり、現実の投資計画を検証するなど実行可能性の検討がおろそかになっているとの指摘もあった。
技術や技術開発の果たす役割が重要だというコメントも多かった。この文脈で、技術力を中核とし情報を収集活用する力を有し、グローバルに活躍する意思と能力を持った(総合)エネルギー企業の育成も重要であるとの指摘もあった。とくに、3.11後、2022年までの脱原子力を決め、再生可能エネルギーにこれを代替する役割を担わせようとしているドイツの経験等を踏まえると、水素等を活用した蓄エネルギー、スマートグリッドやCCS(二酸化炭素貯留)の重要性が強調された。とくに、出力に変動の大きい再生可能エネルギー導入の潜在力を十分に発揮するためには、蓄エネルギーは不可欠だ。またエネルギーの地産地消や地域におけるエネルギーの安定供給を考えれば、電力グリッドのインテリジェント化、すなわちスマートグリッドも必要不可欠である。また、このような技術開発の成果を十分に活用し、企業が技術力を持って世界を舞台に活動できるようになるためには、グローバルな観点から情報収集と活用の能力も重要であり、同時に国内において、幅広い分野での制度改革等による環境整備も重要との指摘もあった。
原子力については従来、日本のようにエネルギーの自給率の低い国にとってエネルギー安全保障の観点からその意義が議論されてきた。今回の議論ではそういったエネルギー政策を越えて国家の外交や安全保障上の観点から、原子力技術を維持すること、技術の現場を国内に持っておくことの重要性が指摘された。アジアのエネルギー需要は今後急増するが、中国やインド、ASEANの一部諸国は原子力発電を継続する意思をもっている。そうした中で、日本が国内の原子力市場を小さくし、これまで蓄積した技術力の維持が困難になってしまうと、国家安全保障上や外交政策上むしろ問題ではないだろうか。また、今後廃炉や放射性廃棄物の処分等に非常に長い年月を要するが、その技術的基礎を国内に維持しないとすれば外国の技術に頼らざるを得なくなるという問題が生じる。この問題は今後も議論されるべきことと考える。また、技術開発の側面からは、原子力発電についても小型でいわばコモディティ化された原子炉が開発されているが、これは核不拡散上も有意義であり検討に値するとの意見も示された。
第4回のご案内
第4回エネルギー政策ラウンドテーブルの結果は以上のとおりである。次回は10月11日(木)午後に中国国家計画改革委員会エネルギー研究所からYang Hongwei局長を迎えて中国のエネルギー政策の課題と展望、日本との関係等について基調講演をいただき、その後議論を行う予定である。詳細は政策ビジョン研究センターのウエブサイト等を通じてご案内します。
司会:芳川恒志
東京大学公共政策大学院 政策ビジョン研究センター併任 特任教授