開催報告:第3回 医療イノベーションワークショップ
医療とイノベーション−何がイノベーションを生み出させるのか
Photo: Ryoma K
今回のワークショップでは、主に臨床現場に製品や医療技術を届ける側の立場から、より優れた製品や医療技術の上市までに何がより重要なインセンティヴになるのかについて検討した。日本には、優れた基礎研究、技術力、優秀な医師とエンジニア、品質管理能力というイノベーションにとって極めて重要な要素があるのにもかかわらず、医療分野ではなかなか成果があがっていないとされる。その原因を把握し、イノベーションを生み出させるインセンティヴを検討するのが、今回のワークショップの目的であった。
開会挨拶
パネリスト
大西昭郎
東京大学公共政策大学院 特任教授
プレゼンデータ
塩野誠
株式会社経営共創基盤 マネージングディレクター・パートナー
プレゼンデータ
仙石慎太郎
京都大学 物質−細胞統合システム拠点 (WPI-iCeMS) 准教授
イノベーションマネジメントグループ代表
プレゼンデータ
林良造
東京大学公共政策大学院 客員教授
三村まり子
ノバルティスファーマ・ホールディングスジャパン
取締役法務・知的財産統括部長、弁護士
プレゼンデータ
松本洋一郎
内閣官房医療イノベーション推進室長 東京大学大学院工学系研究科 教授
佐藤智晶(モデレーター)
東京大学政策ビジョン研究センター 特任助教 概要説明
医療イノベーションを実現するためには、新しい製品や医療技術を臨床現場に届けるためのパスウェイ、イノベーションの評価、そしてリソース面の3つのインセンティヴが重要である。
- 臨床現場により早く、より優れた製品や医療技術を届けるためのパスウェイの構築
- 特許等の知財戦略
- 臨床研究、医師主導治験、治験
- 薬事規制(規制のハーモナイゼーションによる海外展開を含む)
- 診療報酬・保険償還
- より優れた製品や医療技術の創出、および、臨床現場における医療の質の向上やQOL改善に対する、保険収載・償還上の追加的な評価
- 知識、情報、優秀な人材(技術およびファイナンス)等のリソース面
最も単純化していえば、新しい製品や医療技術にとって臨床現場までの最短ルートを作り、最短ルートをより早く、より安全に走れるようなリソース(たとえて言えば、自動車、ガソリン、ナビゲーションシステム、メンテナンス、お金など)を確保し、実際に臨床現場にたどり着いて、より優れた医療提供を可能にする製品や技術に対しては追加的な金銭的な価値を与える、それが医療イノベーションを実現するためのインセンティヴモデルである。2012年6月6日にまとめられた「医療イノベーション5ヵ年戦略」では、革新的医薬品・医療機器の創出、世界最先端の医療実現、そして医療イノベーション推進のための横断的施策、という4つのパートのなかで、パスウェイ、評価、そしてリソース面の3つがすべて扱われている。具体的に言えば、研究から上市に至る各ステージ(研究資金の集中投入、ベンチャー企業の育成等、臨床研究・治験環境の整備、アジアとの連携、審査の迅速化・質の向上、イノベーションの適切な評価)において、更なる施策を展開する旨が謳われている。
今回、データや事例で示された点は、リソース面、医薬品以外の医療関連製品や医療技術にとってのパスウェイの構築と評価、臨床研究への資金提供の在り方、そして幹細胞技術の出口戦略などである。以下、それぞれ簡単に説明する。
- リソース面
リソース面でクローズアップされたのは、主にファイナンスの問題である。具体的には、研究・経営支援を行うマネジメント人材の不足、10億円規模の投資が可能なベンチャーキャピタルの不在、海外との技術的、ファイナンス的ネットワークの不足、そして創薬等の医療ベンチャー企業の出口先の不足が提起された。日本のベンチャー投資におけるバイオ・製薬・医療関連投資件数は、2002年から2010年にかけて減少傾向にあり、70件から90件のレベルを推移している。また、日本の新規上場とバイオベンチャー上場の推移を見ても、2000年から2010年までで0件から5件となっている。 - 医薬品以外の医療関連製品や医療技術にとってのパスウェイの構築と評価
パスウェイと評価については、医薬品とはまったく異なる医療機器の特性に応じた(効果・安全性の定義を含む)審査体系や規制・評価体系が議論されるべき旨の見解が示された。医療機器の特性として、短い製品ライフサイクル(18か月程度)での投資回収が必須ということや、疾病や疾患の治癒は期待できないという点がある(医療機器は、症状の緩和、QOLの改善、診断・治療の負荷の軽減、ケアの負担、手技の負担、侵襲度の低下、入院期間の短縮、疾病管理の改善、病院から在宅へ、データの取得、モニタリング、早期介入、医療システムの効率や生産性の向上への貢献はできる)。また、医療機器は医療者が使用するもので、 開発段階で医療現場と開発者の協力や連携が不可欠という点も、医療機器の特性として挙げられた。
さらに、医薬品と医療機器との特性の違いは、単に医療機器のためだけでなく、実は医薬品と異なる医療関連製品や医療技術を臨床現場に届けるための示唆でもあるという。すなわち、医薬品と異なる特性を持つ新しい製品や医療技術には、それに見合ったパスウェイを構築しなければならない。リソース面の配慮や評価の仕方も、製品や技術の特性に応じて行うことが望ましい。
- 臨床研究への資金提供の在り方
医療イノベーションを生み出そうとすれば、臨床研究などの医学研究を避けて通ることはできず、そのためには貴重な時間と多額の研究資金がどうしても必要になる。問題は、その資金をどうやって賄い、実際の研究において適切に使うかということである。今回のワークショップでは、国費のみならず企業からの資金提供を力にして臨床研究等を進めてゆくにあたって、研究機関・医療機関と企業と間の適切な協力関係の構築が重要と指摘された。すでに関連団体では、各種ガイドラインが作成されている(日本医学会 「医学研究のCOIマネージメントに関するガイドライン」(2011年2月); 日本製薬工業協会「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」(2011年1月19日); 医療用医薬品製造販売業公正取引協議会「医療用医薬品製造販売業公正競争規約」など) 。そして、実務でもより適切な形で企業からの資金提供を受けるための取り組みが行われている(たとえば、臨床研究助成契約(慶應大学とヤンセンファーマ株式会社)、医師主導臨床研究に関するモデル契約(日本製薬医学会)、アカデミア主導型委受託研究契約(東大病院臨床研究支援センター))。
今後は、さらに透明性の高い臨床研究の推進のため、研究機関・医療機関と企業との相互理解と明確な目的設定を行うことはもちろん、従来から進められている倫理審査委員会による審査、利益相反の管理、適切な会計管理、医師による研究計画の策定と実行、書面による契約のみならず、プロセスと結果の透明性、テークホルダー(患者・公官庁など)とのオープンなコミュニ、ケーション、さらには国民とメディアの理解などを深化させることが求められる。
ちなみに米国では、我が国に先駆けて臨床研究等におけるより適切な資金提供の在り方について一定の方向性が示され(Patient Protection and Affordable Care Act, Pub. L. No. 111-148, 124 Stat. 119, section 6002 (2010)(commonly known as the Physician Payment Sunshine Act (PPSA))、現在規則施行のために議論が進められている(See, e.g., Senate Special Committee on Aging, Roundtable: Let the Sunshine in: Implementing the Physician Payments Sunshine Act, Sep. 12, 2012; Policy and Medicine, Physician Payment Sunshine Act: Senate Special Committee on Aging Roundtable “Let the Sunshine in: Implementing the Physician Payment Sunshine Act", Sep. 13, 2012, available at http://www.policymed.com/2012/09/physician-payment-sunshine-act-senate-special-committee-on-aging-roundtable-let-the-sunshine-in-implementing-the-physic.html) - 幹細胞技術の出口戦略
我が国の幹細胞イノベーションの課題としては、発生生物学・幹細胞科学分野の学術研究で世界をリードしてきたが、イノベーション、特に医療展開においては劣勢であるという指摘があった。医療イノベーションというとき、より優れた新しい製品や技術が臨床現場に届くだけでなく、当然ながらそれが産業の育成と発展につながってゆかなければならない。そのための方策として、たとえば、新しい製品や技術そのものではなく、その関連分野について世界に先駆けて製品やサーヴィスを生み出すことも検討に値する。出口戦略として、アンメットメディカルニーズの解消が産業の育成や国の成長に繋がるようなインセンティヴスキームや支援を用意する必要があるのではないか。
まとめ
医療イノベーションを実現するためには、新しい製品や医療技術を臨床現場に届けるためのパスウェイ、イノベーションの評価、そしてリソース面の3つのインセンティヴが重要である。今回は、リソース面でもファイナンスと人材の問題が特にクローズアップされた。また、3つのインセンティヴは、製品や技術の特性を反映させて設計されなければならず、しかも関連情報を利用して、インセンティヴスキームを漸進的に改善する必要があることも言及された。医療イノベーション5ヵ年戦略では、3つのインセンティヴがすべて扱われている。今後、日本の強みを発揮できるようなインセンティヴスキームが構築され、関連データに基づいて環境をさらに改善し、モニタリングのもとで着実に同戦略が進められるものと期待される。(佐藤 智晶 特任助教)
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