第6回エネルギー政策ラウンドテーブル
世界の中の日本 エネルギー政策の方向性
2013/8/16
開催概要
【日時】 | 平成25年1月31日(木)13:20-15:30 (開場12:50) |
【場所】 | 伊藤国際学術研究センター地下2階伊藤謝恩ホール |
【主催】 | 東京大学政策ビジョン研究センター |
【共催】 | 東京大学公共政策大学院 |
photos by Ryoma. K
議事概要
2013年1月31日、第6回エネルギー政策ラウンドテーブルを開催した。このラウンドテーブルは一年間の議論の最終回であり、これまでの議論を総括し最新の世界のエネルギーを巡る状況を再度確認する意味で、第一回の基調講演を行った国際エネルギー機関(IEA)の首席エコノミストであるファティ・ビロール博士に基調講演をお願いした。その後、この一年間このラウンドテーブルに参加していただいた、日本エネルギー経済研究所特別顧問で前IEA事務局長の田中伸男氏と、東京大学大学院法学政治学研究科城山英明教授(政策ビジョン研究センター長、公共政策大学院副院長)にパネリストとして加わっていただき、パネルディスカッションを行った。
まず、ビロール博士の基調講演の概要を以下のとおり紹介する。
グローバルなエネルギーの構図がめまぐるしく移り変わっている。その変化は深遠で、エネルギー、経済、外交政策、だけでなく個人の生活にも影響を及ぼす。ここには3つの原動力がある。第1点目はもっとも重要なことであるが、石油とガスの生産が米国等一部の国で台頭してきていることである。第2点目は福島事故後ドイツ、スイス、日本等多くの国において原子力政策の変化が生じていることで、発電の75%を原子力に依存するフランスにおいてもオランド大統領は原子力への依存度を下げることを公約とした。第3点目は、しばしば見逃されるが省エネである。従来日本や北欧等一部の国を除いて省エネ政策は進んでこなかったが、過去数か月、新たな画期的な立法等がなされている。米国の新法や中国の新5か年計画がその好例であり、EUにおいても新しい指令が出されている。省エネは長年にわたって停滞してきたがようやく弾みがついてきたと言える。この3つの推進力によって世界のエネルギー地図が大きく変わろうとしているのである。
一方で、油価が115ドルという相当高水準で推移しているにもかかわらず、その割には世界は大きな騒ぎになっていないようにも見える。昨年の平均油価は112ドルで史上最高の水準だった。景気の回復という点を考慮すると、高エネルギー価格は世界経済にとってマイナス要因である。天然ガスについては、地域の格差が大きすぎるという別の異常事態(欧州のガス価格は米国の5倍、アジアでは8倍)が生じている。これはとりわけ産業の競争力という視点から欧州とアジアにとって大きな問題だ。戦略的にこれほど重要な商品の価格が、5年前にはこの3つの地域の天然ガス価格はほぼ同等の水準にあったにもかかわらず、これほど乖離している例は過去にもあまり例がないものと思われる。
持続可能性の観点から、世界のエネルギーを概観すると、多くの新興国途上国では化石燃料に対し総額0.5兆ドル以上の補助金が使われており、これを換算するとCO2一トン当たり110ドルになる。この補助金は、観点を変えれば、大気中へのCO2排出を促進する効果がある。一方で、欧州で今炭素価格はトン当たり10ドルくらいであるが、この両者を併せてみると、全体としては炭素を排出するインセンティブを政策により与えているということでもある。昨年はCO2排出量も史上最高となった。その結果CO2排出という観点から見れば、現在は世界全体で気温が6度上昇するトレンド上にいると思われる。再生可能エネルギーも地球温暖化対策としては非常に厳しい状況にある。2001年から2011年の間世界における再生可能エネルギーに対する投資は年々伸びてはいるものの、2012年はこれが減少した。
主にサブサハラアフリカ、インド、パキスタン、バングラ等を中心に未だに世界で13億人が電気にアクセスできないでいる。例えば、サハラ以南の人口は8億人であるが、その地域の電力消費はNYとほぼ同じ水準にある。
エネルギーと水の関係についてであるが、世界でエネルギーのための水の利用は15%だがこれは今後大きく増える見込みである。水は今後ますます大切になる。より具体的には、水は今後の多くのエネルギープロジェクトにおいて、経済性の観点からも極めて大きな考慮要因となる。コストの観点に加え、将来のエネルギープロジェクトにおいて水をどうやって手当てするのか、ということも重要になってくるであろう。
IEA設立時、IEA加盟国が世界のエネルギー消費に占める割合はほぼ60%であった。この比率がほぼ半分の30%に下がってしまうといわれている。IEAが持つ重みも、IEAがこれら新興国とどのような関係を築くことができるかにかかっている。いま世界のエネルギー需要の重心は徐々にではあるが確実に東に移動しつつあるのである。
米国では在来型の石油生産は年々減少しているが、新しい技術により非在来型の石油生産は増えてきている。2017年ごろには米国はサウジを抜いて世界最大の産油国となるであろう。天然ガスも同様で、在来型のガスの生産はずっと一貫して減少していた。しかしシェール革命により、非在来型の天然ガス生産も拡大し、近々2015年ごろには米国はロシアを抜いて世界最大の産ガス国となる見込み。すなわち10年もしないうちに米国は石油とガスの双方で世界最大の生産国になる。最近まで米国は相当量の石油を中東から輸入していた。しかしながら、今後米国の石油輸入はゼロとは言わないまでも最低限の水準に引き下がるであろうと思われる。このことはエネルギー部門を超えて広く影響を与えるであろう。米国への輸出減少により、従来中東の石油は西行きと東行きがそれぞれ半々であったが、近い将来中東の石油の9割はアジアに向かうと思われる。すなわち、中東湾岸諸国から中国、インド、ASEANへの輸出が急増する。
中東ではイラクに注目すべきである。イラクは石油ガスともに膨大な資源をもっているだけでなく生産コストも非常に安い。イラクにおいては米国における非在来型石油生産1バーレル当たりコストの15分の1で済む。ロシアと比べても11分の1のコスト。このようにコストも安く埋蔵量も膨大である。しかしながら課題も多い。イラクの石油生産の30%は直接間接に中国企業が所有している油田からのものであり、中国は相当の権益をすでにイラクに持っている。このバグダットと北京の関係、BtoBの関係は今後ますます深まっていくだろうとみている。
天然ガス市場についてであるが、現在まで天然ガス貿易は限定的であった。ただ、シェール革命のおかげで大きな変化が生じる見込みであり、新しい貿易ルートが開拓されていくものと思われる。このシェール革命は全ての国と人に大きな影響を与え、その中で勝ち組もいれば負け組もいる。第3の国、この中間の国もある。勝ち組ははっきりしている、米、加、豪であり、負け組は伝統的ガスの輸出国だ。彼らは価格と数量の両面で負けている。中間の国でももし契約の見直し等で価格に反映できれば勝ち組に入れるということでもある。
さてエネルギー安全保障の問題であるが、これも大きな関心を呼んでいる。石油ガスの輸入数量は自国経済、外交安全保障政策上も重大事だからである。例えば中国はガスの15%、石油の50%を輸入に依存しこれが政府の大きな懸念材料になっている。昨年末中国共産党大会があったが、そしてエネルギー安全保障が3つの戦略課題の一つであった。多くの国において石油ガスの輸入が増加する中、米国だけはガスの輸出国になり、石油の輸入も大きく減少する。
米国がなぜ成功できたかについては2つの側面がある。第一には国内の石油・ガスを増産できたということであり、もう一つは国内の石油の消費を減らすことができたということである。これはオバマ政権第一期の政策として自動車トラックの燃費基準を導入できたことによる。米国の平均では、乗用車100キロ当たり9リットルのガソリンを消費しているが、欧州では6リットルで、日本では5.5リットルである。まだまだ米国は大きく立ち遅れているが、オバマ大統領は燃費基準を成功裏に導入し国内消費を抑えることができた。
発電の状況であるが、日本ではガス、再生可能エネルギーが増え、ASEANでは石炭が多い。米国では石炭が減少し再生可能エネルギーが増える。もっともこれは政府の補助金がいつまで続くのかにかかっている。インドは総量が大きく伸びるがその約半分は石炭で、中国に次いで世界第二位の石炭輸入国になり、さらにこれも追い抜いて世界最大の石炭輸入国になる予定である。中国はますます多くの発電設備を必要とする。今後巨大な新規建設需要があり、伸びるもの増設分だけでも現在の米国と日本にある発電設備容量を合計したものになる。中国が決断することはすべての国に影響を及ぼすという時代になりつつある。エネルギー政策の歴史は中国によって書かれるという時代になっているのである。
再生可能エネルギーへの補助金であるが、年間で880億ドル、累積で5兆ドルに及ぶ。
冒頭に述べたエネルギーの大きな変化にともない、2つの分野で大きな影響がある。一つが、エネルギーの地政学的意味合いであり、特にエネルギーの供給国として米国の影響がどうなるのかということである。2つ目が産業競争力の問題である。まず、電力価格を見てみると、世界に大きなかい離があることがわかる。米国と中国で安く、EUと日本で高い。これはそれぞれの国・地域の産業の競争力に影響を与える。EUの電力は高コストの天然ガスが使われているため高い。このような中原発が後退しており、また、再生可能エネルギーの補助金も続いている。日本もこのまま高電力コストが続くと産業の競争力が失われるということにもなりかねない。米国は既に安価なエネルギーを享受できている。先月、大手のドイツ石油化学メーカーが米国に移転することを発表したところであるが、このように米国製造業は安価なエネルギーを活用して復活を遂げようとしている。中国も国内の石炭等安価なエネルギーを使って引き続き競争力を維持する。一方で欧州と日本は、競争力を失っていく可能性がある。競争力を引き上げるためにはさらにエネルギーの効率化が必要である。
- 1. ゲームチェンジャー
- 2. 天然ガス価格
- 3. エネルギー価格と産業競争力
- 4. 省エネ
- 5. エネルギー補助金
- 6. グローバルなエネルギーガバナンス
イラクの生産増と中国の需要増といったBtoBという非常に興味深い説明であるが、これは需要サイドの中国の経済成長は今後も続くのか、ということに大きくかかわっている。この前提を変えると、世界のエネルギー需給は大きく変化してしまうという意味で、まさに中国はゲームチェンジャーだ。BtoBに関しては2つのリスクが考えられる。一つ目が、中国に関するもので、もし中国が現在の経済成長を維持できないとすればどうなるのか、ということだが、この点に関しては、8%あるいは7%といわなくとも向こう最低でも今後20年5%成長はするだろうと考えられる。いずれにせよ需要はしっかり出てくる。このリスクは2つ目のイラクのリスクに比べると小さいと考える。2つ目のイラクについては、資源の利用可能性であるが、石油とガスの経済的側面については誰も否定できないと思われ、いずれにせよイラクの生産は増えるだろうと考えられる。ただ、2つの不安定要因がある。イラクでは石油のガバナンスについて法体系が十分でない。どのように石油を生産するのか、中央政府と地方政府との関係とか収入をどう分割するのかが明確でない。もう一つが政情が不安定であることだ。これは大きな不安定要因といえるであろう。
シェールガスの増産により在来型のガス価格に引き下げ圧力を与えるとの指摘は興味深い。一方、ガスについては地域による価格差が大きいがこういうものが維持できなくなってくるということである。今日確かに「ガスの黄金時代」にあるかもしれないが、ある地域ではガス価格が高止まりし、別の地域では非常に安いという状況が続くということは当たり前ではない。適切なレベルにガス価格が終息しなければならない。ガス価格については、米国では現在は3ドルくらいだが、新しい投資が生産に向けられるためにもこのレベルはもう少し上がらなければならず、一方で米国やカナダからガス輸出がアジア等になされることで、アジア地域のガス価格は下がらないといけない。もっとも、日本向け価格については、今よりは安くなるが本当に安いかとなるとそれはガスの生産・輸送コスト等を勘案すれば、米国におけるほどは安くなりようはないであろう。
日本はこれまでASEANから多くのガスを輸入してきたが、今後域内の消費が増加するので小さくならざるを得ない。今後ますますアフリカ・中東等リスクが高いところに依存せざるを得ないが、原子力の安全性の議論と同様リスクがあるからやめろということにはならない。むしろリスクはビジネスに必ず付きまとうものであり、これをどう管理するのか、市場メカニズムを活用していくのか等がポイントである。また、ガスについは、今後ロシアから東へのフローが増える。日本としてはロシアを如何にカードとしてうまく使うかが重要ではないか。現在までロシアの主要な客は欧州であったが、欧州のガス消費は10年前のレベルに下がっており、東に注目している。日本が海外から安いエネルギーを持ってくるためにも電力・ガス市場を国内でしっかり改革することが重要である。
電力価格の違いが競争力に効いてくるというのは重要なメッセージである。現在の格差が今後ますます大きくなるのかどうかという問題意識であるが、原子力の比率が下がると料金は高くなる。米国では安いシェールガスが豊富であり、したがって、この価格差は広がるであろう。それでは、欧州や日本で電力料金を引き下げるためにどうしたらいいかであるが、ひとつにはさらに省エネを進めること、加えて原子力政策を見直していくことということになる。
省エネの気運がなぜ今高まっているのかであるが、これは気候変動等が理由ではなく、基本的にはコストの問題が発生したからだ。ただ、気候変動が政策のアジェンダに乗っていることが省エネにも好影響を与えるとも考えられる。また、省エネを進めるためのグローバルなガバナンスはどういうことが望ましいのか、新しいタイプのステークホルダーを入れたガバナンスが必要なのか、また既存のIEA等の国際機関、ERIAやAPEC等の地域機関が省エネの文脈でどのように再評価されるか等についても検討が必要である。
補助金について具体的数字を詳細に検討すると、今の補助金の総額0.5兆ドルのうち誰がこの補助金を使っているのかを見ると、このうちの8%しか所得層で最下層の2割の層に届いていない。一方で、8割が実は高所得層に行っている。低所得層はわずかな金額しか手にしておらず、貧しいものを庇護するといった目的は実は実現していない。
エネルギー補助金は産油国、インドネシア等でみられるが、石油価格が上昇するとその補助額も増える構造にある。それが結果として無駄な消費につながっている。また、制度そのものは持続不可能であることも事実。例えば、国王の説得は非常にむずかしいが、経済の力は国王よりも強い。さもないと早晩輸出する石油がなくなる。中国等産油国ではない国はもっと大変で、補助金を継続するにしてもよくターゲットすることが重要。例えば真に貧しい人だけにするとか。出来るだけエネルギー市場にひずみをもたらさないようにも配慮すべきである。
一つはIEAなり国際機関が外から可視化し、圧力を掛けることは有効な手段ではないか。また、補助金廃止のプロセスで「悪者」をどう作り出せるかとの視点も重要である。
EUでは、各国の農業補助金をEUが構造改革補助金に衣替えすることで合理化に成功した。それでは、エネルギーの場合にEUがいるかは難しい問題である。可視化するところはできるが、悪者を作るという部分が難しいのではないか。例えば価格補助金を所得補償的なものに変える、補助金は残るとしても補助の仕方をより絞ったものにするというのはありうる。ただこれは最終的に国内政治の問題であり、したがって、国内の政治支持構造が変化しないと難しい。
米国の対外依存度が減少し、シルクロードやBtoBができてくるときに、中国等の台頭を踏まえた新しい時代のエネルギーのガバナンスをどう考えるのかは重要な問題である。IEAが設立された時代は、加盟国の比重が60%以上あったが今やその比率は下がっている。このような時代に対応した新たな何らかのグローバルな枠組みが必要なのではないか。しかしながら当面IEAは非常に緊密な関係を中国、インド、ブラジル等中南米と築く必要がある。この既存の枠組みの有効性をチェックしながら、新たな枠組みの可能性についても検討をしていくべきではないか。