開催報告 シンポジウム 国立大学法人法施行から10年

大学改革とイノベーションへの貢献

会議概要

【日時】  2013年10月12日(土)13:30-17:40
【場所】 東京大学本郷キャンパス伊藤国際学術研究センター地下2階伊藤謝恩ホール
【主催】 東京大学政策ビジョン研究センター
【共催】 東京大学工学系技術経営戦略学専攻、東京大学産学連携本部
【後援】 内閣府、文部科学省、経済産業省、一般社団法人大学技術移転協議会、一般社団法人知的財産教育協会、特定非営利活動法人産学連携学会、一般社団法人日本知財学会

当日プログラム

会議議事録

1. 大和副学長挨拶(大和裕幸 副学長)

  • 多くの方にお越しいただきましてありがとうございます。多くの方は産業界の方とお聞きしています。国立大学の法人化施行からもう10年も経ったのかという感想です。この間に一番大変だったと思うのは、裁量が増えたことで社会への責任をこれまで以上に強く感じるようになったことでした。その中の大きな取り組みの一つが産学連携であり、ここで過去10年を振り返ることには大きな意味があると思います。
  • 産学連携が言われる以前は、大学で作った新しい知識を社会に生かすという発想でした。その後「企業と大学が共に創る」という発想で産学連携が本格化し、イノベーションという言葉も使われるようになりました。最近では出資金という話まで持ち挙がり、大学自身が資金を持ってイノベーションに関与するところまできています。一度は、これまでの取り組みを最初から振り返っておく必要があると思います。
  • 一方で、大学の重要なミッションは教育です。大学の知識だけでなく、産業界など外にある知識もうまく活用して教育、研究を展開する必要がある。研究科という教育をする組織、研究所という研究をする組織といった組織の形を見直して、より効率的な運営を考える必要があると思います。
  • 本日は、多くの先生にお越しいただいており、しっかり勉強させていただきたいと思います。改めてご登壇いただく先生方にお礼を申し上げます。

2. 城山センター長挨拶(城山英明教授)

  • 本日は当シンポジウムにご参加いただきましてありがとうございます。主催する政策ビジョン研究センターを代表して御礼申し上げます。
  • 政策ビジョン研究センターは新しい組織です。元々は2008年に時限付き組織の機構として始まり、その後全学センターに改組されました。政策的な論議を展開することを目的とした組織です。
  • 本シンポジウムの目的は2つあります。1つは政策論議の中で国立大学の法人化や産学連携についてレビューするということです。もう1つの目的は、政策ビジョン研究センターは大学の知を社会に還元していくということ、これはある意味で文系版の産学連携ともいうことができると思います。産学連携を通じて社会へどのような技術を実装していくかという際に、将来的な社会のあり方から「バックキャスト」するという話も出ています。そうしたとき技術の社会的な側面、社会的な価値について議論することが必要となります。本シンポジウムではそうした議論ができると期待しています。

3. 特別講演①プラチナ社会に向けたイノベーション拠点としての大学

    (小宮山宏 株式会社三菱総合研究所 理事長)

  • 私が国立大学法人化の際に何を考えていたか。我々が今どういう世界に生きているのか。そして大学がその中で何をすべきなのかについてお話ししたい。
  • 現在、世界は大きな変化の中にいる。具体的には爆発する知識、地球の有限性の認識、高齢化である。その中でも知識の爆発は大学との関係が深いと言える。1900年頃であれば、例えば工学なら「機械」と言えばその全体を理解できる人材は存在した。しかし近年は、分野も細分化されて全体を理解することは難しくなっている。法人化の意味というのは、細分化されバラバラになった領域をまとめ、全体として1つの独立した組織を作るということだった。
  • 総長を務めていた時には、大学を「自律分散協調系」に再構築しようとした。大学の本質は教員個人の自律分散的な活動ではあるが、全体の5%程度は相互の「協調」に働くよう、総長直轄の組織を設置した。具体的には、総長直轄で「機構」や教授会に相当する組織を作った。これは学外からの寄付講座があった際に、柔軟・迅速に受け入れる体制を作りたいということがきっかけだった。東京大学の産学連携本部の特徴は、産学連携活動が全体として円滑に運営できることを考えて、全体の「システム」を構築した点にある。これについては概ね成果を上げたと考えている。
  • 長期的な視点で各国の1人当たりGDPをみると、1000年前頃まではどこも農業が主要産業で、ほとんど差異はない。それが大きく変化したのは産業革命によってであり、先進国とそれ以外の国で大きな差が生まれた。しかし、直近数10年で途上国が産業化を進めた結果、急速にその差が縮まってきている。これは、産業革命が有限の地球の中で飽和してきたと見ることもできる。各国間の均質化が急速に進んでいるということであろう。平均寿命という観点でも1000年前くらいは20歳強という程度であったのが、近年急速に伸びている。つまり、有限の地球の中で一般市民が衣食住・情報・移動手段・長寿を手にすることが達成されつつあるということ。数10年前には「食べさせれば、働く」時代だったが、もはや量は満たされ、質が問われる時代となっている。
  • 人工物(の需要)は飽和していることを考えると、今後、さらに効率化が進めばエネルギー需要は低減できるし、自給もできる。これは非常に大きな変化であり、これこそ大学が先導すべき課題である。20世紀は資源を安く入手できた時代であり、産業革命が飽和した21世紀は工業製品が安くなる時代になるだろう。そうした中で、加工貿易に頼って国が維持できるはずがない。
  • 「高齢社会=介護社会」ではない。現在においても80〜90歳になっても健康に生活できる人は9人に1人はいる。問題は、比較的若い段階に病気になり生活に支障をきたす人をどのように少なくするか、こうした人が寝たきりにならないようにするか、という点である。そのためには、予防医療などを中心とした仕組みの導入が必要であり、こうしたことを大学が先導すべきである。
  • 多様性、知恵、統合、需要すべてが協力してプラチナ社会を目指すべきだと思う。そのためには「産学連携」だけではなく、個人、政治などの需要側も巻き込んだ取り組みが必要である。そして、これを先導できるのは、少なくとも日本においては大学だけなのではないか。

4. パネル討論 社会のための研究推進と産学連携:国立大学法人10年の成果と課題(何を目指して何ができたか)

    ① 導入(渡部俊也教授) PDF

  • 国立大学法人化という出来事を当時関係者がどのように見ており、どのような課題が指摘されていたかをこのパネルディスカッションにおいて整理する。
  • 国立大学の法人化により仕組みが大きく変わった。狙いは大学毎の自立的な運営、民間的発想によるマネジメント手法の導入などであった。
  • 法人化は産学連携活動に影響を及ぼした。そもそも産学連携活動は大学の研究に対しても影響を与える。私が行った研究では、産学連携活動をある程度まで行うほど論文の質が上昇する傾向があった。ただし、産学連携活動を行いすぎると質が低下するということも観察された。
  • 産学連携活動は法人化以後活発化した。様々な指標から著しい伸びがあったことが確認できる。この成果はアジア諸国の関心を浴びている。
  • しかし、イノベーション創出という観点から見ると、生み出された成果がどの程度活かされているかというと必ずしも優れた成果をあげているとは限らない。成果の捕捉の方法として知的財産権の活用を把握するのは比較的容易であるが、その結果を諸外国と比較すると日本の値は芳しくない。
  • 大学発の知的財産権の供給先に着目すると、ベンチャー・中小に供給される米国と異なり、日本ではほとんどが大企業に供給されている。日本では2000年代にベンチャー1000社政策が行われ、1800社以上の大学発ベンチャーが生まれたが、特許から見ると大学の知識がベンチャーに十分供給されたとは言いがたい。この要因は、大学としては共同研究の方がやりやすくまた研究費もはいるが、ベンチャーへのライセンスですぐに収入があるわけでもなく、ベンチャーへの移転が避けられてしまうということがあったのかもしれない。
  • 共同研究に着目すると、大学からのインプットの推計は、約400億円(多くはエフォート分の人件費である)に上る。他方で、企業から受け取った共同研究費は400億円弱であることを考えると、共同研究は人件費を填補するもののみに留まっている。財政基盤を見ても、人件費の多くが運営費交付金に拠っている。このように日本の大学は米国とは異なる状況にある。
  • とはいうものの、この10年の変化は大きかった。20年前、1990年には産学連携が癒着であると捉えられていた。隔世の感がある。産業界側、社会の意識が変わり、社会との関係を法人組織として積極的に構成するための準備が整った。これを如何にして良いものにしていくのかが本格的に議論される土台ができたというべき。
  • ② 日本の産学連携と大学改革の進展(磯谷桂介氏) PDF

  • 当時、大学の共同研究センターの設立等、法人化前の規制改革に従事していた。激動の時代に産学連携政策を担当した経験も契機となり、2004年に博士論文にまとめた。まずこの内容を簡単に紹介する。
  • 近年、産学金連携、産学官連携など様々に言われるが、当時は産学連携と表現されていた。ただし、その内容は多様・多層なダイナミクスであった。
  • 政策レベルでも大きな変化を伴っていた。1980年代、大学改革は文部省が担い、産業政策は通商産業省が担っていた。なお、1980年代に大学と共同研究契約を締結することができるようになった。1980年代後半、通商産業省が進めていた地域の研究団地施策に大学を中核機間として位置づける動きが進んでいった。
  • 1995年の科学技術基本法、及び、翌年からの科学技術基本計画で大きな転換を迎えた。当時、国立大学の社会への貢献が厳しく問われていた。政策レベルでは、産学連携施策として科学技術庁、通商産業省などが関与し、例えば、文部省以外の省が国家プロジェクトとして独自に大学に大型予算を配分することが行われた。
  • 2001年、総合科学技術会議が設置され、これまで縦割りであった科学技術政策について、各省がアイデアを出し合い議論を行うことができるようになった。一つの成果は地方自治体から大学への寄附を可能にしたことであった。もっとも、大学・文部科学省に対して産業界等から多くの要望が集まり、大学の自律化をどのように維持するかが課題であった。
  • 21世紀はIT革命・知識社会化など、大きな変革点であり、日本の遅れを取り戻すチャンスである。産学連携についても多元モデルを導入する好機である。
  • しかし、産学連携に関する議論については4つの罠がある。1点目は、産学連携により直ちに経済再生は果たして出来るか、という点である。特定の製品に結びつくなどピンポイントの経済効果はあるが、日本経済全体の再生に直結するには距離がある。2点目は、産学連携に期待する議論の内実は大学改革を要望する産業界・経済産業省の声であり、経済の活性化を直接目指したものかについて疑問を差し挟む余地がある点である。3点目はアメリカがあるべき姿とされているが、当事者の意識改革まで出来るのかについて疑問が残る点である。4点目は産学連携への過剰期待があるように思われる点である。
  • 法人化によって産学官連携は進んだ。しかし、他方で運営費交付金が減り、本来教育研究費であった科学研究費補助金(科研費)が運営費交付金のように使われるようになってしまった。大学のファンディングがいびつになった。また省庁の縦割りは十分に克服されなかった。総合科学技術会議の役割が迷走し、科学技術イノベーション政策のマッピングが十分に出来ず、個別のプロジェクトの選別が主になってしまった。
  • ③ パネリスト・プレゼンテーション(喜多見淳一氏) PDF

  • 二つの立場から述べたい。一つ目は、1998年?2000年に通産省で産学連携政策を担当した立場。二つ目は、国立大学法人化を挟んで東京工業大学に出向し、産学連携の現場で知財管理、共同研究の調整、契約実務などを自ら行った立場。
  • まず政策の立場から述べると、当時閉塞感があった日本の産業社会のイノベーションのパートナーとして大学に期待をしていた。歴史を見れば、明治以来、産学が連携し成果をあげていた時期があった。しかし、1998年当時、大学内・文部省内に産学連携アレルギーが残り、しかも、大学へのメリットが乏しく、事務方からも面倒くさがられるなど、関係者が冷遇される状況だった。連携をしていても奨学寄附金をからめた知り合いの企業との小規模で閉鎖的な活動に留まっていた。さらに、当時の日本企業に海外研究機関を共同研究相手として重視する傾向が見られた。
  • このような課題認識の下、産学連携を行いたくても出来ない制度的制約を除くこと、大学の使命の中で社会との連携を位置づけることが、政府の役割と考え、仕組み改革を進めた。具体的には、いわゆるTLO法、日本版バイドール法、産業技術力強化法の策定であった。この時点では国立大学が法人化していなかったので、そのために残った制度的課題もあった。その後、法人化に伴い、教員の発明が大学に帰属するなどが行われた結果、産学連携に関する仕組みの大ダマ改革が概ね終わり、以降は各大学の自主的な判断・運用、仕掛けの工夫が重要になった。
  • 次に、今後の課題について二つ目の現場の立場から述べる。共同研究など、産学連携に関するいわゆるアウトプットの指標は改善したものの、本来目指していた産業社会へのインパクトというアウトカムが実感できていない。
  • インパクトを創出するには、産学連携が新結合を起すことが望まれる。このために、産学の仲介・調整役はしくみを理解し、仕掛けを構想する独自のノウハウと知恵を持つものが求められる。こうしたことが出来る人材は、技術、ビジネス、ルールの知識及び大学の現状の理解ができる人材である。企業のビジネスモデルや研究開発環境が国立大学法人化時の10年前とは大きく変わっていることの認識が何より不可欠であり、こうした大きな変化を踏まえた判断が出来る人材でなくてはならない。
  • 今後は、こうした人材を育成する仕組みの構築が必要である。政府もコーディネーターの派遣制度などで支援したが、企業OB経験者などには新しいビジネスモデルの提案などが得意でない方もおられ、必ずしも十分な効果が挙げられなかった。米AUTMやNCURAのように専門家が集って相互に研鑽する取り組みに期待したい。
  • ④ 企業、独法経営の経験から(野間口有氏) PDF

  • 大学は学問的欲求主体としての自己認識が強く、まだ十分に産業界からの期待に応えることができるものとなっているとは言い切れない。この点に関しては、公的研究機関は社会の要請に応える研究を行っている。
  • 産学官のプレーヤーは多様化した。産業界は大企業だけでなく、中小企業も重要になり、学においてもトップ大学の理工系だけでなく、文科系や高等専門学校が重要になった。官においても国だけでなく、地方自治体も重要になった。
  • 科学技術政策はこの20年近く、技術・ビジネスの革新の進展、地球規模で対応すべき課題、新興国の台頭による競争激化、日本の財政弱体化などに対処すべく、さまざまな施策が打たれてきた。一見成果はあまり出ていないように見えるが、6重苦などの産業界側の課題、メディア側の取り扱いが要因の一つになっている。成果が見えないように見えるからといって科学技術政策を頻繁に変えるべきではない。
  • 法人化前の段階で産業界から見ると、大学は象牙の塔であった。ただし、象牙の塔にはそれなりの良さがあった。流行ばかりを大学が追い続けた結果、各応用分野を支えている基本的な要素が見えにくくなった。大学が皮相に流れてしまったのではないか。基本になる学問を抑え、T型人材、π型人材を生み出すべきではないか。教育基本法の改正は我が国の大学の競争力強化に必ずしもつながらなかったのではないか。
  • 私が経営に携わった企業(三菱電機)では、法人化前後で大学との接し方がやや変化した。奨学寄付金で大学教員と良い関係を築き、良い学生の採用につなげるという関係が1980年代以降続いていたが、法人化以後、組織として連携し、また、産学官連携のナショナルプロジェクト(国プロ)を推進するパートナーとして位置づけるようになった。個別連携による分散投資が専らであったところから、組織連携に拠る集中投資が併用されるようになった。ただし、従来、日本企業は大学と連携して充実した人材育成を行ってきたが、この点については法人化後、活発になったとは言えない。
  • 国の研究機関、特に産業技術総合研究所(産総研)については、法人化によって外部から優れた研究者を採用できるようになり、予算も柔軟に設定できるようになった。組織の機動的な変更も出来るようになった。
  • ただ、欲を言えば、これら大学・公的研究機関の産学連携に関する改善点は兆しがみえた、という段階に留まる。レベルを上げ、効率化することが今後期待される。
  • 法人化の残された課題として、磯谷氏から省庁の縦割りの克服ができなかったと先ほど指摘があったが、数歩前進があったと捉えているものの、見える化が不足していると感じている。司令塔機能にはこの点を果たしていただきたい。
  • 頭脳循環については興味深い発見があった。産総研はASEAN諸国と積極的に頭脳循環を果たしている。ところが、昨年参加した国際会議を通じて、ロシア、ドイツは望ましくないものと捉えているとの印象を持った。ロシアではブレーン・ドレーンとし、海外に流出した研究者が帰って来ないことを問題視していた。ドイツも同様である。日本は帰ってきたいと思うことが出来る国である。科学技術政策がある程度成功をしているのだろう。
  • 人材育成について喜多見氏から指摘があったが、課題は地方自治体、とくに公設試との交流が不足していることにある。地方自治体の資金の管理が制約となっている点を今後乗り越える必要がある。
  • 法人化が成功しなかったと捉えられる理由は、閉塞感にあるのではないか。高度経済成長期は貧乏であっても夢があれば苦しくはなかった。現代は満ち足りているにも関わらず閉塞感がある。発展した国の宿命ではあるが、高コスト体質にならざるを得ない。Quality of Lifeを考えていく必要があるだろう。また、従来の社会モデルに基づく規制を突破する必要がある。この提案は大学が担わなければならない。大学は将来のビジョンを描く必要があるのではないか。
  • ⑤ 大学研究者として、産学連携本部長として(保立和夫教授) PDF

  • 大学のミッションは、創造的、独創的な研究をすることである。このためには自分の専門を深め、異業種と連携することが必要である。根っこを広げていることが重要である。先ほどの野間口氏の言葉を借りるならば縦の棒の太いT型学習、いわば、メタボリックT型が重要である。そのためには、論語の言葉を借りると「学びて思い、思いて学ぶこと」が重要であり、また、意地をもってこだわることが重要である。このことが発現する場が博士課程である。自分一人で考え抜く時間をくぐり抜けた人材が博士である。課題発見能力と課題解決能力を当然に有していなければならない。課程博士はイノベーションに寄与できるとのパスポートをもつ人材であって、苦労人であると捉えている。そうであるならば、博士が社会の様々な部署に配置されている必要がある。
  • 自身の経験になるが、1979年光ファイバジャイロの研究を始め、その成果を特許化した。成果は人工衛星、航空機に応用された。ただ、当時仕組みが整備されていなかったため、菓子折りひとつで先端技術を産業界に渡してしまっていた。その後、1997年から光ファイバー神経網の研究を始めた。その間に法人化を経たが、共同研究相手が一切見返りを渡そうとしない例があった。結局、共同研究を中止したが、産業界の考えは以前と変わっていないのかもしれない。
  • 大学の産学連携本部を預かる立場になり、様々なイノベーションを実現できるよう、産学連携本部の組織体制を変更した。共同研究の開拓からベンチャーの支援までを主体的に判断して推進する、イノベーション推進部を2013年に設立した。
  • ⑥ アカデミアに求められた変容(上山隆大教授) PDF

  • スタンフォード大学に在籍時、シリコンバレーの案内を何度も頼まれた。そのうちにシリコンバレーに関心を持つようになり、アメリカの産学連携の研究に取り組むようになった。シリコンバレーの産業の集積にはアメリカの研究大学(UCバークレー、スタンフォード等)が重要な貢献をしていた。
  • アメリカで採用された政策と同じ政策を日本は採用した。しかし、日本の国立大学の法人化は不運であったのではないか。1990年代の産業の変化と、大学の変化が同時期に、かつ、一気に生じたことが要因であったのではないか。アメリカでは長期の議論を経て現在の姿に至った。
  • 法人化を経て、学長はすべての権限が与えられたはずだが、実際はそのようになっていない。大学側の中で準備期間が足りず、心構えが変わっていないことの表れではないか。
  • アメリカでは20世紀前半、大学の地位は必ずしも高くなかったが、戦後、潤沢な公的資金が投下され、一気に名声を獲得した。しかし、1960年代後半から大学への予算が急速に絞り込まれ、その流れを受けて産学連携の施策が進んだ。1970年代、予算が厳しくなったことにより、民間からの研究予算の調達の必要が生じた。これにより、産学連携組織や、大学の資金を投機に回すことができる自由度の獲得が進んだ。大学人側から産学連携を働きかける動きが生じたと捉えている。
  • Harvard大学の学長を務めたDerek Bokは、1977年に研究者の多くが研究資金獲得に終われ、しかも、事務の仕事の負担が大きく、研究環境の悪化により若い研究者が敬遠するようになってきたと指摘している。現在の日本の大学に当てはまっている。
  • 米国のバイドール法は研究大学がロビー活動を行い成立させた。産業界と連携することへの政府内の懸念の声を押し切り、大学の活性化を訴えた研究大学の声が通った。
  • 他方、日本はこのような大学人側の声がないまま、産学連携の仕組みが整備された。本格的に産学連携が進むにはまだ時間がかかるのではないか。
  • 日本の大学にはマネジメントの強化が求められる。学長の事務室の役割を強化が必要である。また、複数の目的を持っていることを踏まえた大学の経営が必要である。さらに学長の下にプロボスト的なアドミニストレーターが必要である。加えて、大学の財務を研究の本来像から語ることが出来る姿勢が必要である。アカデミアの追求のためには財務が重要であると捉えられなければならない。
  • マネジメントと混同されがちであるが、ガバナンスも重要である。大学がベンチャーに投資できるようになってきたが、こうなるとコーポレートガバナンスに対応するアカデミックガバナンスが求められるようになる。アメリカでは1980年代に大学からの投資活動が活発化し、投資の判断基準について議論がわき起こった。この議論は、Social Responsibility of Investmentとして捉えられ、例えば、サリバン原則(アパレルヘイト関連企業への投資は制限されるべきである)などが確立した。
  • アカデミア、大学が社会にとって重要であり、次の社会を作る拠点になるか、すなわち、新しい通念、社会の見方を作る実験場であることを大学が掲げることが重要である。物語性が現在の大学にかけている。産学連携は大学が考える一つのチャンスである。
  • ⑦ パネル討論

  • (渡部教授)上山教授の指摘の通り、この10年は大学側が様々な考えを得る契機であったように思う。地道な努力は重要であって、表に現れたものを深い洞察なしに左右されて、施策の一貫性が揺らいではいけないように思う。
  • 時間が限られているため1点に絞って議論を行いたい。大学のマネジメント改革、ガバナンス改革を行うチャンスであるとの指摘が上山教授からあったが、具体的に活かしていくために、産・官・学(本部、教員)の誰が、どのようなことを実行していくべきだろうか。
  • (上山教授)アメリカのシステムがすべてではないと考えている。ただ、日本ではビジョンを作る役割があまりに軽視されている。マネジメントに関わる人材の重要性を大学人が考えて来なかった。私は大学においてマネジメントは非常に重要であると考えている。総長を中心とした組織に国の予算ないし産学連携からの恩恵たる予算を付けなくてはならない。ただし、産学連携から得られる予算はアメリカでも大きくない。産学連携は情報のチャネルとしての重要度が高い。予算については公的資金に拠るべきだろう。
  • (保立教授)現場の教員と本部の立場では利益相反を起こしてしまう。ただ、小宮山先生の言葉を借りると、大学は自律分散が重要であり、最後の5%で協調を行うことが大切である。基本は自由であるが、自由すぎると困ったことも起こる。例えば、ある企業は自由な研究の提案に一定の資金を出すが、すべての知的財産権を差し出すというものがあった。成果を差し出すことも自由ではあるが、これを受け入れてしまうことは大学人としては問題ではないか。マネジメント側から意識を併せていく必要がある。これが協調すべき点の一つではないだろうか。自由度を維持しつつ、大学人としての根幹に関わるところは協調すべきである。
  • (渡部教授)企業の経営の立場から見ると、大学の経営はどのように映るか。
  • (野間口氏)日本の良さを忘れてはいけないというメッセージが上山教授のプレゼンにあったように思う。研究の評価、組織の評価、施策の評価それぞれが重要であるが、短兵急に行うべきではない。ある程度の長いスパンで見ることが必要であろう。10年のスパンでは悲観的になるべきではないと思う。しかし、現状をただ肯定するのでは無く、PDCAサイクルを回すことは必要である。今日のシンポジウムのような取組を通じて議論し、イノベーションを促していくことが重要である。
  • (渡部教授)見える化によるPDCAの実現の重要性を指摘いただいた。大学の経営人材についてはどう思うか。
  • (喜多見氏)大学は教員のプロファイルの幅が広い。全員が産学連携を行う必要は無く、すくなくとも産学連携を行う教員の足を引っ張らない体制ができればよい。産学連携による収入は大きくなく、むしろブランドのツールとし、良い人材を引きつけるツールとして産学連携を意識すべきであろう。企業の研究所ではミッションが与えられ、一部の研究者にはマネジメントの役割が与えられると、権限が与えられる。しかし、大学ではマネジメントを担う教員に十分な権限が与えられず、しかも、元々マネジメントを担いたくない教員もいる。この点は課題である。
  • (渡部教授)法人化前は国立大学の経営は文部省が担っていた。この点についてはどう思うか。
  • (磯谷氏)重要な問題であるが、道半ばの課題である。大学システム全体の見える化が必要であり、その上で、ファンディングや人材育成の問題が明確になるはずである。政策側の反省として、例えば課題が見えると目先の対応として、例えば人材育成の事業を立ち上げてきた。政権が安定すると考えられている今、長期的な視点に立ち、総合科学技術会議で全体像を議論するべき段階にあるだろう。総合科学技術会議の立ち上げ当初、各省庁のファンディングのマッピングを行っていたが、現在できていない。反省すべき点である。
  • (渡部教授)この10年間、産学連携政策に携わってきた。10年前は施策の担当部署が限られていたが、現在は多くの部署にまたがるようになった。現在は難しい調整が発生しているように思う。省庁の調整については後半のパネルに委ねたい。また、長期的なビジョンをもった産学連携戦略の展開の必要性は、パネリストに共通した指摘であったように思う。この点も後半のパネルで議論いただきたい。

5. 特別講演②大学改革とイノべーション 未来の大学法人の姿を探る

    (原山優子 総合科学技術会議 議員) PDF

  • 50歳前にジュネーブ大学から日本に戻り、独法化して間もない経済産業研究所に入所した。60歳頃にOECDに移籍し、科学技術産業局の次長として2年間働いた。その後、東北大学に戻り、最近は総合科学技術会議議員と働いている。
  • 「大学改革=国立大学法人化」ではない。大学改革は連続的・永続的なものである。大学システムの構築は帝国大学令から始まって、大学令、学校教育法、大学設置基準などにより進められてきた。その後は、大学運営の強化という流れの中でマネジメント体制の確立、評価システムの確立などが進められた。その一つの節目として国立大学法人法がある。
  • 大学の向かうべき方向性を考えるに当たり注意すべきこととして、制度の平衡定常状態は存在しないということ、そのためには制度的補完性を常に担保すべきことに注意が必要である。その解として、プロアクティブであることが挙げられる。
  • これまで、歴史的な進展を中心に、日本と各国における大学とイノベーションの関係を研究していた。その中ではっきりしているのは、大学の改革・強化はアメリカしかできないわけではなく、継続的な取り組みがあれば可能であるということである。従って、日本でもそれは可能である。
  • 大学とイノベーションの関係には変わらない「不動点」が存在する。「人材こそが中心であること」「人に限らず、アイデアなどを含めた様々な要素の循環が重要であること」「経済的価値も含む、社会的価値を追求すべきこと」である。
  • 大学改革の「改革」とは何か。フランス語で「改革」とは"Reformer(=Re+Former)"であり、原型が存在するということを意味している。つまり、必ずしも破壊的な変化ではない。では、なぜ改革するかと言えば、原型の部分に何らかの問題がある場合や、外部環境が変化した場合ということになる。日本において気になるのは、外部からその引き金が引かれている点である。改革の導入方法として、政策誘導によることが多く、それが多重的に行われたため、誘導された制度間の整合性などが必ずしもとられないままに進められてしまった。
  • 大学への圧力には、教育機関としての圧力、研究機関としての圧力、社会的機関としての圧力の3つの側面がある。それぞれについて大学は何もしてなかったわけではなく、それなりに取り組んできた。例えば教育機関としては、カリキュラムの見直し、インターンシップ、一貫教育システムなどである。ここで問題となるのは、これらが全体として整合的な改革になっているかという点である。国立大学法人法はいわゆる「big-bang」的な政府主導の改革である。ここで問われるべきは、こうした改革が、大学自身の自主的な判断による大学改革に結びついたかということである。
  • 大学は法人格を得たことの責任を認識しなければならない。大学経営・ガバナンスの問題が問われている。
  • 学生の獲得競争や外部資金の獲得競争などが激化する中で、政府によるインセンティブに対して、大学の感度が高まりすぎるという面がある。そのため、政府が良かれと思ってある種の「型」を提示すると、個々の大学に適合するか否かよりも、無理にでも「型」に自らを当てはめようとするということが起こり得る。大学が自らの運営方針を持つことが必要である。
  • 欧米の大学では複数のシステムが共存して、それらが補完的に機能している。一方、日本ではかなり同質的な方向に大学の変化が進んでいると思う。イノベーション総合戦略など、大学への様々な期待・誘導が行われている。各大学はしたたかにそうした期待・誘導を利用しながら、自らの改革を進めて欲しい。

6. パネル討論「変貌する国立大学:イノベーション創出への直接的関与と国立大学法人法(未来の大学法人の姿を探る)」

    ① 導入(元橋一之教授)

  • この討論では、10年後の国立大学法人のあり方、そのための官、産の役割を議論する。
  • 私自身はこれまで行政、大学と関わり、また研究では企業のサイドからイノベーションを見てきた。
  • これまでの振り返りを行うと、産学連携活動は産学連携活動数、特許出願数などインプット指標については十分に伸びている一方、知財のライセンス・社会のインパクトなどアウトプット・アウトカム指標についてはまだ不十分である。ただし、これについては元々すぐに成果を上げるべきとのものではなかったことを考えると、もう少し長いスパンで見た方がよい。大学の研究者の意識は変わったが、スピンアウト(大学発ベンチャー)については、数は増えたが内容に課題があるという見方と、最近は良い成果をあげているという見方が混在している。まだ評価が定まっていない。
  • 大学組織の変化については、やや進んだ。とくに自律的分散と産学連携活動専門組織については実現した。しかし、財務的に見ると自立化は出来ていない。アメリカとの違いを踏まえると、日本的イノベーションシステムが必要であろう。
  • 企業からの意識も変わった。大学に対する理解が深まった可能性がある。特に、大学に基礎研究を求める産業界からの声がこの10年で強くなったように思う。
  • 大学の役割は、研究と教育なのか、純粋な好奇心中心の研究なのか、社会システム改革の先導役なのか。教育については、大学院生が研究の主たる担い手であることから軽視できない。また、大学院教育を通じて構想力を有する人材を輩出することを求める声が産業界から挙っている。社会システム改革については、小宮山先生から指摘のあったところである。ただし、社会システム改革についてはこれまでの学問体系の中には位置づけられていないように思われる。このため、その体系化が必要であろう。
  • ② 大学等における産学官連携活動の課題・今後の方向性(木村直人様) PDF

  • これまで文部科学省は大学の自立的・持続的な体制構築を図ってきた。自立化促進プログラムが終わり、次は何を支援してくれるのか、という声が大学からあった。10年はまだ短かったのかもしれない。そうは言っても成果は出てきた。共同研究やベンチャーは増えた。もっとも、一件あたりの共同研究費は少ないこと、特許権は多数生み出されたが使われているものが限られていること、大学発ベンチャーは2000社を超えたがそのほとんどは大学発シーズのみをもつ企業に留まっていることなど課題が残されている。システムとしてまだ十分であると捉えている。
  • イノベーション構築のためのネットワークづくりが必要である。仲介を行う人材の組織化が必要である。
  • その対応施策の一つがセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムである。ビジョン主導で研究開発を行う実験的な取組である。また、ベンチャーキャピタリストを初期から関与させるSTART事業、知的財産権のグループ化により効果的な活用を実現する知的財産活用支援事業が現在予定されている。
  • イノベーションに向けて、国立大学がどのような役割を果たしたいのか、個々の大学がしっかりと議論すべきである。その結果として必要なツールがあるのであれば、国の役割である仕組みづくりを通じて、必要なサポートを進めて行きたい。
  • ③ 産学連携への期待(佐藤文一様) PDF

  • 課題対応型で考えるということと、10年後のビジョンを描き考えるという2つの観点が重要であるように思う。
  • 課題については、既に指摘されたとおり、量的な産学連携活動は充実したが、質的な課題があることが指摘できる。その裏には、大学、企業それぞれの本音があるのだろう。この本年本音が見えてきたのが、この10年だったのではないか。まだ企業と大学の間にはギャップがある。そのギャップを埋めるのがコーディネーターでありリサーチアドミニストレーターなのだろう。
  • このような課題には、大学の機能を明確にした上で、ガバナンス、予算・財務、人事・給与制度、見える化・評価の4つに取り組むことが必要と考えている。経済産業省としては評価および中小企業との連携推進に取り組んでいる。
  • 10年後のビジョンについて私見を述べると、イノベーションのグローバルなエコシステムの産学の役割を考えることが重要であると考えている。その中で日本をイノベーションのハブとなるように、大学と企業がどのような役割を担うべきかを整理すべきである。
  • 大学については組織としてイノベーション創出の担い手となることが必要である。また、各職員がポートフォリオとして研究、教育、産学連携を位置づけることが重要であろう。産業界においては技術を適切に目利きし、大学とエコシステムを構築することが重要であろう。
  • ④ 国立大学変貌への期待?産業界の立場から(永里善彦氏) PDF

  • 産学連携はまだ拡大余地がある。現状は大学側の情報が不足している。また、大学側に産学連携に対するインセンティブが不足している。この課題を解決するために、ビジネスセンスある人が窓口にいることが重要である。また、産学連携の実態を正しく評価する指標も必要である。
  • 象牙の塔にとどまらずに、産学連携の成功事例をアピールすべきだろう。例えば、東工大白川教授の導電性ポリマー(リチウムイオン電池に応用)、京都大学山中教授のiPS細胞、そのほか成功事例が多々あることを知らせるべきだろう。
  • 海外の大学を見ると、研究をサポートする部隊が存在し、しかも、ビジネス化までマネージする人材がいる。さらにキャンパス内に企業のラボがある。資金面で見ると、独自財源の確保が国からの資金の減額に結びついていない。
  • 社会の将来ビジョンを産学で共有して、大学改革を進めていくことが必要と考える。
  • 基礎研究への期待は特に最近強いが、それだけでなく、産学連携によるイノベーション創出も重要である。
  • 経営戦略ある大学改革の推進も望まれる。情報開示(見える化)によって強み・弱みが内外に明確になるべきである。場合によっては大学間の連携、統廃合もあるのではないか。このためにガバナンス強化に向けた組織改革も重要である。
  • 産学の相互人材交流も望ましい。日本では学生のインターンシップの期間が短い。企業の研究開発を理解できないままインターンシップが終わってしまう。例えば、初任給の計算にあたってインターンシップ期間を職歴に換算する取組が産業界にも必要なのではないか。
  • ある産業が地盤沈下しているときに、その産業に在籍し企業側の事情により研究が出来なくなった優秀な人材を、一旦大学に戻して学び直す機会を提供し、再度、成長産業に就職することができるようにするなどの人材活用コース(仕組み)も必要である。
  • ⑤ 大学発ベンチャーの経験(菅裕明教授)

  • ベンチャー企業を立ち上げた経験から話題を提供する。東大TLOに特許出願を申請したことが契機となり、ペプチドリーム社の設立につながった。スタート時はベンチャーキャピタルからの投資は受けなかったが、企業の成長段階で投資を受けた。2004年設立後、早い段階で黒字転換を行った。2013年6月に上場し、1,500億円の時価総額を有している。
  • ペプチドリームは製薬会社が取り組まないニッチ領域を事業領域としている。
  • ペプチドリーム創業の動機は、技術を社会に還元するとの夢と、企業側に理解してもらえなかったという事情がある。また、プラットフォーム技術であり、特許戦略が立てやすかったことも創業を後押しした。また、創業することによってアカデミアの自由研究を守ることを意識した。日本に適したバイオベンチャーの例を示すことも意識した。
  • 大学側から見ると、大企業へのライセンスアウトは技術の塩漬けの可能性が懸念である。ベンチャー企業を通じてライセンスアウトすると、短期での収入は期待できないが、上場した際に大きな収益を上げることができる。
  • これまでの歩みの中でTLO(東大TLO)、ベンチャーキャピタル(エッジキャピタル)の力が大きかった。創業時、経営は苦しく、基礎研究の余裕は無かった。そこで増資をし、経営権を握られない範囲で資金を得た。ただ、これは継続的な資金調達は難しいものであり、難しい決断だった。
  • 東大TLO、エッジキャピタルは厳しい目でビジネスを評価しており、ありがたい。今回の上場によって両社に利益を上げることが出来た。
  • 大学発ベンチャーが成功すると、投資家、大学・部局、発明者全員が幸福になる。ただし、アカデミアとしてはビジネスを前面に出すような振る舞いをすべきでないと考えている。
  • 夢を持っているからこそ成功ができると考えている。
  • ⑥ 拡大する大学の新たな役割への対応(坂田一郎教授) PDF

  • これまでの話の中で、原理や大学から見た現状は整理できた。ここではあるべき論を提示したい。
  • 現在、社会との関係で知の好循環が生まれていると考えている。知の循環の中に大学が入る込むことができないと、急速に成長している者に競争で勝つことが出来ない。
  • 2010年のOECDの閣僚理事会で課題解決のためにイノベーションが位置づけられた。1980年代であれば産業政策について世界的な合意を得ることは考えられなかった。当時は日本のみが産業政策を実施しており、しかもそれは不公正であると捉えられていた。
  • 元橋教授は時代がサイエンス化しているということを指摘されたが、学術と産業が接近していることは間違いない。多くが大学にシーズがある状況となった。例えば、大学にあるロボット技術が高齢社会の課題解決のツールとして深く結びついていることが明らかになった。
  • 大学に求められているのは、世界的な課題解決への対応、そして、サイエンスリンケージの上昇への対応(ただし、実際はまだ上昇しているかは明らかではないが、今後上昇することが見込まれる)である。後者については、知財の管理もその手段の一つである。
  • リープ型イノベーションへの対応が重要になってきた。理学系からのシーズが登場するようになってきた。
  • 古典的な技術であっても、長く利用される。化学工学の古典的論文は未だに安定的に引用されており、しかも、様々な分野から引用を受けている。このようにシーズ探索においても大学の役割が明確に存在する。
  • ⑦ 産学連携の課題?公共政策の観点から(城山英明教授)

  • 本シンポジウムの前半で産学連携のスキームが様々になる中、文部科学省、経済産業省それぞれで政策が展開されてきたことが指摘されてきた。さらに、文部科学省内でも複数の部署が関わるようになってきた。仕掛けの増殖が起こる中、全体としてどのように上手に使うかが重要になる。過渡期においてはその仕掛けを整理しようとして、無理に整合性をとることは望ましくなく、ユーザーが上手に使うことが鍵となる。大学として統合的にスキームを使い分けることが必要である。
  • 技術の社会への還元について、ビジョンを作り、ニーズ・オリエンテッドで推進することは、言うことは簡単であるが、実行は容易ではない。科学技術固有のビジョンがあり得るのか、ということは疑問がある。難しい課題である。例えば、ヘルスケアを取り上げると、死生観が議論の対象になる。ニーズ起点であると、技術だけでなく、制度など他の選択肢が求められることもある。同様の課題はレジリエントやセキュリティにも当てはまる。セキュリティについてすべてのリスクに対応したシステムを作ると、あまりに重たいシステムとなり、機能しないだろう。
  • ビジョンや視点は大事ではあるが、それを実現するには他のきっかけが必要である場合もある。
  • イノベーションのガバナンスとリスクのガバナンスは似た要素があるが、両者は統合的に議論されていない。
  • 産学連携については、大学が一つのアクターを超えて社会実験のプラットフォームとなり得ることが問われている。財源的な自立性だけでなく、アクターとの付合い方も重要である。とくにニーズ主導の場合にはアクターの選択の自立性が鍵となる。このとき、つなぎ人材が重要になる。現在、大学リサーチアドミニストレーターが実験的に取り組まれている。もっとも、この大学リサーチアドミニストレーターは例えば雑誌の編集者と同じような役割を果たす人材であり、実は目新しくないのではないか。
  • 大学のネットワークについては民間型と国家主導型がある。日本はどちらを目指すべきか。
  • エビデンスとして歴史、事例を研究することは重要である。戦前は産学連携のプラクティスがあった。そこから有益な示唆を導くべきである。
  • 社会変化のマネジメントについてtransition managementとして体系化されつつある。この議論では非公式ネットワーク(transition arena)の重要性が指摘されている。
  • 現在、東京大学ではT型人材の育成に取り組んでいる(社会構想マネジメントを主導するグローバルーリーダー養成プログラム)。
  • ⑧ パネル討論

  • (元橋教授)10年後の国立大学のあり方のうち、最も大きな論点の一つであった、課題対応型の大学について考えたい。ポジショントークでは高齢化などの課題に対応するイノベーションの推進に対して大学が果たす役割の指摘が多かった。これまで大学の役割はテクノロジープッシュであった。教員毎に小さいがバラエティのある研究シーズがあることがこれまでの産学連携の核であった。ところが、課題対応型とすると、この逆が求められる。大学として対応できるのだろうか。行政サイドは大学にこのような役割を期待したいのか。
  • (木村氏)課題解決の手段としてイノベーションを使い、そのときに必要な技術シーズのマッチングを行うことは大学の研究者で行うことは難しいだろう。とはいえ、課題を意識しながらシーズを作る活動が求められることは間違いない。その仕組みとしてステークホルダーを巻き込んだ対話を行っている。一部でも良いので研究者が課題中心の技術開発に取り組むようになればよいと願っている。
  • (佐藤氏)個人的な意見としては、イノベーションを活性化させるためにはその参加者を増やすことが重要であると考えている。この10年、イノベーションへの大学からの参加者が大幅に増えている。しかし、まだ参加者は不十分である。例えば、外国や女性や企業の中で斜陽部門活躍できていない方など能力を発揮する場を与えられていない方の参加を得る余地はまだある。これらの方の参加を得ることは企業では難しいだろう。そうだとすると大学がそのような人材の活用の場となることを期待したい。
  • (元橋教授)現状の大学の人材だけでなく、産業界などの人材も大学に関わっていくことの重要性が指摘されたと思う。では企業として求めているところはどのようなものか。
  • (永里氏)人材と研究開発の両方である。現在の日本を巡る環境は一企業の研究開発で解決できる状況では無い。皆で取り組まなければならないが、そのための場が必要である。場として、大学を核とし、多様な人材が集まることが必要である。ただ、日本の場合、同じ分野の企業が集まるとうまくいかない。垂直連携であるとうまく行く。大学を場として企業が垂直統合することが重要である。
  • 人材については、学び直しも重要であるが、教員の中途採用や流動性の重要性も指摘したい。人材は産学を含めて流動化していくだろう。
  • (元橋教授)先ほどのポジショントークで菅教授はアカデミアとベンチャー活動を分けることを主張していたが、その点について他の演者のポジショントークでの議論と乖離があったように思う。何かコメントはあるか。
  • (菅教授)イノベーションの語があまりに安易に用いられていると感じた。大学で出来ることはインベンションである。ペプチドリームも世界の全ての主要企業とライセンスをすることは出来ているわけでなく、これが達成できたならイノベーションが実現できたといえるだろう、それくらいイノベーションというのは、そう簡単にできると言えるものではない。大学の教員が自らの成果に直接関与し続ける限りイノベーションにはなかなか結びつかず、ビジネスとして展開するには大学教員からの手から離れなければならない。グローバルに展開しなくてはならないことは当たり前であるため、ペプチドリームではChief Science Officerはアメリカ人を採用している。また、イノベーションはかけ声だけでは起きないことは強調したい。
  • (元橋教授)先ほど坂田教授が指摘されたOECDのイノベーション戦略、あるいは総合科学技術会議のイノベーション戦略について、イノベーションの意味を再考すると本当に大学にできるのか。
  • (坂田教授)菅教授の指摘どおり、大学がイノベーションそのものを背負うことは出来ない。産業界と組まなければイノベーションを実現することはできないだろう。イノベーションの川下から見ると、大学のインベンションの担い手が社会的課題に対する意識がないとやりづらい。イノベーションの障壁となる。
  • スタンフォード大学でもアカデミアとビジネスは分けているようである。一定の距離感は保っているが、適切な橋渡しはある。とくに社会的課題解決については橋渡しがあり、学問の成長にも結びついている。
  • (元橋教授)イノベーションについて、ライフサイエンスのdiscreteなイノベーションと、機械系のcumulativeなイノベーションがある。その違いは影響を与えているだろう。
  • (元橋教授)科学技術イノベーションのガバナンスについては、大学の位置づけはどのようになるか。
  • (城山教授)ニーズにさかのぼることは難しいと考えている。イノベーションとインベンションの間には距離がある。過度にニーズやビジョンに偏ることは危険である。手近なビジョン、手近なニーズに寄ってしまいかねない。ニーズについては一歩踏む込むことが必要である。社会のステークホルダーが何を考えているかについてsensitivityをもつことが大学人には重要である。
  • 政策ビジョン研究センター設立前の課題意識として、大学内の他部局の研究者同士が学内で会うのではなく、他の場で会うという実態を変えたいと考えた。教員がオープンに接することができる仕組みが必要である。
  • 学問の中でも産学連携に対する機能は分化している。大学内にも社会でのアジェンダ設定を行う機能が論壇として従来からあった。これまでのアプローチの課題を見るとともに、大学内の相互作用を実現させるべきである。大学として統合性を保つことができるかについてはすぐに答えを出せないが、外部からの人材を登用することも含め大学をオープンにしていくことが必要なのではないか。
  • (元橋教授)大学が課題解決の場になるために、大学の意識を変える取組が必要との指摘と受け止めた。

7. まとめ(渡部俊也教授)

  • 日本の国立大学法人化は、米国とは異なり「産業構造の変革期に起きた予期せず生じた法人化」であったという見方ができる。長期的展望に基づく設計と10年計画が必要である。
  • その過程での大学のマネジメントとガバナンス体制の確立、人材の育成(経営人材、産学連携人材、URA)、これらを実行することにより多様で独立した起業家的大学像の確立が求められている。
  • その中で実施される多様な政策の統合主体としての大学の存在は重要で、大学の独立したマネジメントが政策の統合をも実現する。
  • そして独立した大学の役割にまず求められるのは、「産業界の人材ハブとしての機能」、「大学の独自性の発露であるベンチャーを介した産業との連携」によるイノベーション創出である。これらを着実に進めるためには、構造の見える化とフィードバックの仕組みが必要である。
  • 既に大学と社会の関係も1対1の関係の関係ではなく、社会のネットワークに埋め込まれた大学という見方が適切であり、そこには国内にとどまらないグローバルなエコシステムが生まれていくことが期待できる。このようなエコシステムの育成を促す効果的なモデルの構築と実装が必要になる。
  • さらに、今起きつつあるプラチナ社会、サイエンス経済などへの激変する社会の構造変革期における大学へ期待されることは、単に技術開発に貢献する産学連携ではなく、社会システムの設計を見据えた、バックキャストの研究開発や規制改革などの分野における大学と社会との連携分野の拡大である。バックキャストの実現はそれほど簡単なことではないが、これらを具体的施策とする具体的な貢献が求められている。
  • 今日の議論は政府が行っても良い議論かもしれない。しかし今日の議論でも示された「独立性が求められる大学」として、自らの社会との関係性のあり方を提案するささやかな試みとして、このような会議を試みた。この10月は法人法施行から10年であるが、来年4月に法人化10周年を迎える。その際には今回の会議で出た課題をどのように実行していくのかを今日の登壇者および後援団体とも議論を重ね、国立大学法人10年戦略というべきものを提案できればとも思う。その意味でこの6ヶ月は10年を展望する良いチャンスである。

注)本議事要旨は事務局の責任においてまとめたものである。

提言

シンポジウム『国立大学法人法施行から10年−大学改革とイノベーションへの貢献』を総括し下記を提言する。

2004年の日本の国立大学法人化は、「産業構造の変革期に起きた予期せず生じた法人化」であった。このため2004年当時においては長期的展望に基づく設計が欠けていた。このような問題点は、未だに十分認識されておらず、そのため必要な課題に十分取り組むことなく10年を経過しつつある。大学と社会との関係を最適化するためにも、今こそ長期的展望に基づく国立大学法人の設計と、国立大学法人の10年計画が必要である。この10年計画の実行の過程で、大学のマネジメントとガバナンス体制の確立を目指していくべきである。

その実行の効果をあげるためには、これらと並行して大学経営人材、産学連携人材、研究支援人材などの育成が行われることが急務である。これらの人材が育成されることにより、多様で独立した起業家的大学像の確立につながる。

また、この10年計画における国立大学法人は、産学連携政策を含む現在の大学に関係する多様な政策の統合主体として役割を果たすべきである。大学の独立したマネジメントによって科学技術政策や産学連携政策等、大学が関わる多様な政策の統合をも実現することが期待される。政府も政策立案と実装に際して、このような大学の役割と機能にもっと注目するべきである。

このような大学がイノベーションに果たす役割として期待されるのは「産業界の人材ハブとしての機能」、「大学の独自性の発露であるベンチャーを介した産業との連携」によるイノベーション創出である。これらを着実に進めるためには、大学と社会との関係構造の見える化と、成果のフィードバックの仕組みが必要である。

既に大学と社会の関係も1対1の関係の関係ではなく、社会のネットワークに埋め込まれた大学という構図でみることが適切であり、そこには国内にとどまらないグローバルなエコシステムが形成されている。このような拡がりを持ったエコシステムの育成を促す効果的なモデルの構築と実装に関する施策が必要である。

今まさに起きつつあるプラチナ社会やサイエンス経済などへ激変する社会構造の変革期において、大学が期待される役割は、単に技術開発に貢献する産学連携ではなく、社会システムの設計を見据えた、バックキャストの研究開発や規制改革などの分野における大学と社会との連携分野の拡大をも含む。大学にとってこのような役割の実現はそれほど簡単なことではないが、ディシプリンの異なる多様な参加者からなる議論の中での政策立案と実装を可能ならしめるため、大学のリソースを結集し国内外にネットワークを広げて、その役割の実現に近づいていくことが求められている。

今回の「独立性が求められる大学」が自ら社会との関係性のあり方を提案する試みは、さらに具体的な10年計画の姿を明らかにしていくために、2014年4月に法人化10周年を迎えるまでの活動に引き継がれる。

会議の議論を総括して 渡部俊也