職務発明制度と科学者コミュニティー

大学・研究機関における発明の望ましい取扱い

学術会議報告書案最終版

目的

現在、主に企業に所属する発明者を念頭に、特許法35条に規定される職務発明制度の改定が議論されている。現行の職務発明制度は、特許を受ける権利は発明者に発生するが、職務発明である場合は勤務規則等により雇用者に譲渡することができる制度となっている。その際、特許を受ける権利を承継するにあたっては、雇用者に対価支払いの義務を課している。しかし、企業による特許の活用は組織的なものであり、発明者だけに対価を支払うことを義務付ける制度が現状に合わないということから、特許を受ける権利を雇用者である法人に発生させること等が検討されており、現在この方向性を含む法改正の検討が閣議決定され、産業構造審議会の知的財産政策部会の小委員会で議論が始められている。

他方、大学等の研究機関に所属する研究者のおかれた環境は、職務に直接的に基づき行われる企業の研究環境とは異なる。大学等は自ら事業化することはないことから、一律に大学等の法人に特許を受ける権利を帰属させることは、実情にそぐわない面もあるという意見も表明されている。

本シンポジウムでは、大学等の研究組織は所属する科学者の発明をどのように扱うべきなのか、その制度や仕組みはどのようなものが望ましいのかについて議論を行うことを目的とした。

プログラム

※プログラムと講演資料は下記の通り

13:30-13:50 開会挨拶
有信睦弘(日本学術会議知的財産検討分科会委員長、東京大学監事)
13:50-14:50 講演 「職務発明制度改正の動向」(仮題)
羽藤秀雄(特許庁長官)
資料一覧  委員名簿
資料1 職務発明制度の在り方に関する検討
資料2 制度設計に係る主な考え方の整理
参考資料1 第4回特許制度小委員会で提起されたご意見について
参考資料2 我が国の職務発明制度の在り方に関する検討の視点
参考資料3 主要国・地域における職務発明の取扱い
参考資料
15:00-16:50 パネル討論 「科学者と職務発明」 資料
★モデレーター
・渡部俊也(日本学術会議知的財産検討分科会、東京大学政策ビジョン研究センター 教授)
★コメンテーター
・金間大介(文部科学省 科学技術政策研究所 客員研究官)
★パネリスト
・保立和夫(日本学術会議知的財産検討分科会、東京大学大学院工学系研究科 教授)資料
・森下竜一(大阪大学大学院医学系研究科 教授) 資料
・奥村洋一(武田薬品工業株式会社 知的財産部長)資料
・三尾美枝子(キューブM総合法律事務所 代表弁護士)資料
16:50-17:00 閉会挨拶

パネルディスカッションで出た意見について

①企業の職務発明の仕組みについて

  • 職務発明の仕組みは研究のインセンティブ促進としてとらえるべきである。そうであれば職務発明については原始的に法人に帰属するものとしつつ、発明者の名誉は確保し、かつ、企業独自のインセンティブの設計ができるようになることが望ましく、これによりイノベーションの可能性を大きくできる。
  • 経団連としては、仮に対価請求権が亡くなっても報酬を出すことを明示している。
  • 現在、発明を受ける権利は確かに企業に譲渡されるが、対価請求権が残っているため実質的に共有と見ることができ、利用を妨げている面がある。
  • 前回の法改正以降判例が出ていない段階での改正がはたして必要であるかについて疑問はあるものの現行制度には多くの問題点があり、企業の立場は理解できるところである。
  • 法人帰属にし、対価の設計を企業に任せ、しかも金銭以外の報償にしたいということにした場合、企業がきちんとした対応を行ってくれるように対策する必要がある。
  • 職務発明の改正だけでイノベーションを達成するというわけではなく、様々な仕組みの中のひとつとして機能すると考えるべきである。

②大学の職務発明の仕組みについて

  • 大学・研究機関については実業を行わない。独自の文化があり、それに併せて規定を作ることが良いと考える。
  • 頻繁に組織を移動する大学研究者の発明を法人職務発明にすることは難しい
  • 大学は特許を出す費用が限られているため、大学が全ての特許を承継するとは限らない。実態は半分以下ではないか。デフォルトを法人帰属にするのは手続きを難しくする。
  • 大学の研究者は教育、研究が主たる任務であり、特許によって給与が増えるわけでは無い。
  • 技術を育てたいのは発明者であり、移転先についても発明者の意向は通常尊重されている。このような大学の特殊性を考えた制度としてほしい。
  • そもそも大学の発明が職務発明といえるかについては議論がある。しかも大学では学生の発明が大きな論点であり、現状では大学と学生間の契約が必要である。職務発明を法人帰属としても大学の場合学生発明の問題は残る。

③大学の職務発明の活用について

  • 産業界としては発明が利用しやすい権利として提供されることが必要で、発明者帰属が継続したとしても大学等の法人が権利者として維持管理していることが望ましい。例えば、学生が発明者の場合、譲渡関係がはっきりしていないことや、場合によってはそもそも発明者として正しく表示されていないと特許無効の可能性を生じさせるため利用が難しくなる。
  • 大学としても個人帰属のまま運用するのが良いと言っているわけではなく、組織的活用が望ましいと考えている。現職機関帰属となって10年が経過しようやく成果も出始めている。
  • 成果を出している技術移転機関は、研究者のエージェントとして行動している。大学の場合発明者の意向を無視して活用を図ることが難しい。

④インセンティブとモチベーションについて

  • モチベーションとインセンティブが両者同じように使われているが、インセンティブは付与するものでありモチベーションを外発的に促すものと捉えられている。しかしモチベーションは内発的な要因によっても促される。具体的には好奇心、知的探求などである。
  • 学術論文をレビューすると、金銭的報酬は研究者のやる気を増すかどうかについては8/25がNoであり、金銭的報酬はむしろやる気を下げるか効果がないというものであった。その理由はクラウドアウト効果(発明行為が労働となってしまい、内発的な動機が外発的な動機付けにより排除されてしまう)、コミュニケーション阻害(報酬を巡って発明者同志がライバルになる)。他方、17/25はYesであったがほぼ全てが条件付きであった。金銭的報酬は1番の動機にはならず内発的動機が強い中でそこそこ金銭的報酬が効いているということであった。
  • 米国ではストックオプションを付与し、その後の研究開発の継続に対するインセンティブとしている。ストックオプション、社内ベンチャーでの対処なども含めたおおらかな施策設計が必要である。また研究専門のポジションを用意し報いることも重要。
  • 大学の研究者については実証研究が限られている。大学発ベンチャー企業については、ストックオプションが報酬として使うと3年後、5年後の成果が高いことがわかっている。

クロージング(有信委員長)

企業における発明が実用化するまで様々な困難があるなかで、発明者だけが利益の配分を求められる制度を見直そうとすることは理解できる。一方で、大学は事業化をしない機関であるため、異なる取扱いが求められることもうなずける。発明者のおかれた多様な環境に合致した制度を構築する必要がある。

フロアからの意見と質問(事後回収票)

  • 知的財産権制度は各国が政策的見地から法制化した権利であり、発明奨励による「産業の発達」が第一目的であり、権利が使いづらく、「産業の発達」の実現を阻害しているのであれば、改正するのは正当である。
  • 大学としてインセンティブとして現行のロイヤリティー配分は必要。
  • 大学研究者の発明の帰属の国際比較の詳細な調査(米国、中国、英、独、仏)が必要ではないか
  • 企業によっては、営業担当者にその売り上げに応じて社長よりも高報酬を支払っている場合があるが、発明によってはそういう処遇が発明者にあってもよいのでは?
  • 法人帰属の国でも、対価請求権はほとんど認められている。そもそも現行法のせいでイノベーションが起こらないのか。優れたイノベーター、インベーター、起業家に対し、リスペクトが足りないのでは?
  • 特許を維持(持つ)管理する目的は大学によって様々であるべき
  • 公費に基づく発明は公に帰属させるべき。
  • 論文のオープンアクセスの機論と同様に議論すべき。場合によっては国内では全て発明はpublic domainに流し、海外でのみ特許化すれば良いと考える。
  • 個人-私的企業-公的組織の関係性が多様になる事が不可避の流れであるのに、組織の特殊性を見つけ出して議論をすることは問題の先送りでしかないのではないか。
  • 大学と企業での人的交流、連携による知財創出が盛んになり有効に働く議論が必要ではないか。
  • 「大学と企業は異なっている」という声をどうのように実際の法改正のプロセスに加えるのか?特許の大部分は企業から生まれており、大学の発明が日本の産業にどれほどのインパクトを生み出しているのか、はっきりしていないので、こういった声は聞き入れられないのではないか?"
  • 企業と関係の深い教員(特に医・薬系)にとっては、特許を大学帰属にするインセンティブが小さい。個人帰属にして企業から研究資金を受け入れることを希望する教員が多い。放置すれば個人帰属に流れる。
  • 大学の知財管理活用体制を強化するためには、特許の機関帰属の制度化がのぞましいのではないか。
  • 立法事実として、現在大学や企業に所属する研究者の、雇用の流動性・安定性はどうなっているのか。「この企業のインセンティブ設計はしょぼいから、他の企業に転職しよう」と自由に研究者が選択できる状況になっているのか。研究者は被用者としてどのくらい強い(弱い)立場にあるのかについて、立法事実を明らかにすべき。
  • アンケート結果によれば、企業内研究者の中には、職場での人間関係を重視し、自らの発明に基づく収益を組織に還元したいと考えるものが一定数いることが示されてた。この結果によれば、発明者は企業が自らの発明を権利化し活用してくれるものと信認した上で、自らの特許を受ける権利を企業に譲渡しているものと考えられる。
  • 職務発明の対価請求権、もしくはこれに相当する請求権は、発明者と企業との間の信認関係(フィディシャリー)が破壊されてしまったときの発明者救済のための最後の手段として残すべき。
  • アカデミアの研究者の研究資金調達のあり方や、研究施設利用(実験設備のシェア等)のあり方は、昨今多様化している。そのような状況において、研究者の特許を受ける権利が、その時点で当該研究者が所属していた研究機関に「原始的に」帰属するような制度は、いかにして正当化されるのか
  • クラウドアウト効果は企業と大学とで異なるのでしょうか
  • 発明者の処遇(インセンティブ確保)を図る既定を法律上設ける場合、特許法の中にこれを埋め込む方法はどのようにすればよいか

本シンポジウムの議論の反映

本シンポジウムの結果は、現在検討されている日本学術会議科学者委員会知的財産権検討分科会の報告に反映される。