プレスリリース
北斎の青をヒントに、水に溶けないセルロース/プルシアンブルー複合型ナノ材料を開発
~セシウムを吸着するプルシアンブルーを使用したスポンジで、被災地除染へ~
2016/11/14
1.発表者
*アダヴァン キリヤンキル ビピン | 東京大学大学院工学系研究科 特任研究員 |
古月 文志 | 東京大学政策ビジョン研究センター 特任教授 |
☆坂田 一郎 | 東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 教授、東京大学政策ビジョン研究センター センター長 |
磯貝 明 | 東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 |
遠藤 守信 | 信州大学 特別特任教授 |
Mingda Li | Postdoc Scholar, Department of Mechanical Engineering, Massachusetts Institute of Technology |
Mildred Dresselhaus | Professor of Physics, Emerita / Professor of Electrical Engineering, Emerita / Institute Professor, Massachusetts Institute of Technology |
2.発表のポイント
◆低線量の放射性セシウムの除去には、葛飾北斎も絵に用いた青の顔料プルシアンブルーが有効であり、これを東日本大震災被災地の除染に活用するための方法を考案した。
◆北斎の絵の青色が溶け出さないことをヒントにし、プルシアンブルーの水溶性解決のため、セルロースナノファイバーと結合させ不溶性プルシアンブルーを合成した。
◆セルロースナノファイバー/プルシアンブルー複合型ナノ粒子を内包した回収・処理が容易なスポンジを作成し、実証実験で、ため池・土壌での効果が実証された。
3.発表概要
汚染されている海水や土壌などからセシウム134、セシウム137等の放射性物質を除去する作業、いわゆる除染は容易なことではない。共存しているほかの成分と比べ、放射性物質が極めて微量であり、特異な構造を持つ吸着剤を使わない限り、周囲にあるセシウムに似た物質を取り除くための前処理を行わなければならない。プルシアンブルー(用語解説1)は、放射性セシウムを選択的に吸着する“特効薬”として知られている。しかし、この物質は水との親和性が高く、水分子と結合したコロイドになり、環境へ溶出する問題があった。
セルロースナノファイバー(用語解説2)は豊富な水酸基を持つナノ繊維である。本研究グループは、Fe(III)イオンを、キレート結合を介してセルロースナノファイバーと反応させ、Fe(III)/セルロースナノファイバー疑似錯体を作成する方法を開発した。Fe(II)(CN)64-イオンと更に反応させ、セルロースナノファイバーを骨格にしたプルシアンブルーを合成した。このセルロースナノファイバー/プルシアンブルーは、水に溶けない、新しい有機・無機複合型ナノ粒子である(図1)。
本研究グループはさらに、セルロースナノファイバー/プルシアンブルー複合型ナノ粒子を添加したポリウレタンポリマーを発泡などのプロセスを経て、スポンジ状の吸着剤、除染スポンジ(用語解説3)を作成した。除染スポンジの性能を評価したところ、セシウムに対する分配係数が10の5乗であり、純水・人工海水での除染効率はそれぞれ99.2、99.9%とスポンジの高い性能を示すデータが得られた。これを用い、昨年の2月から福島県内において実証実験を行ったところ、1カ月で放射線量を初期値の半分にまで引き下げる結果が得られた。
4.発表内容
2011年3月11日の東日本大震災で、福島第一原子力発電所の原子炉から放出された放射性物質により周辺の土壌や水が汚染されている。放射性物質のうち特に除染が必要なセシウムは、水に溶けイオンになり、雨で表層から地中に浸透する過程で、土中にある粘土や鉱物などの隙間に入り込み、地下水、河川水、海へと徐々に流出していく。プランクトン、魚など、食物連鎖全体の汚染につながる懸念もある。この問題に対応するため、政策ビジョン研究センターは、農林水産省の助成を受けて、2014年から、革新的技術創造促進事業(異分野融合共同研究)「工学との連携による農林水産物由来の物質を用いた高機能性素材等の開発」と名付けたプロジェクトを開始した。
拡散している低線量のセシウムの問題を根本から解決するには、放射性セシウムを回収し、地下深く埋めることだが、セシウムに似た陽イオンが除去の障害になっている。例えば、海水を除染する場合、海水に大量に含まれるナトリウムイオン(海水中に3%以上含まれる塩分、塩化ナトリウムから発生)はセシウムイオンと非常に性質が似ており、まずこれを取り除いてからセシウムを除くという非常に難しい工程になる。こうした状況の中、セシウムだけを除去できる方法を考案しようというのがこの研究の出発点であり、成果として除染スポンジの開発につながった。
今回開発した除染スポンジは、ほかに似た物質があってもセシウムだけを吸着する(高い選択性を持つ)複合材料をスポンジ状にしたものである。普通の食器を洗うスポンジのような形状で色はブルー。主な材料は、紙の成分であるセルロース、青の顔料であるプルシアンブルー、スポンジになる高分子ポリマーの三つである。
人間が初めて作った合成顔料であるプルシアンブルーは、放射性セシウムを体内から除去する有効な薬として知られており、チェルノブイリ原発事故の後も使用されていた。プルシアンブルーの分子構造を観察すると、セシウムを除去する機構を理解することが出来る。プルシアンブルーには小さな部屋(結晶格子)がたくさんあるが、この結晶格子はセシウムイオンとほぼ同じサイズであるため、セシウムを捉えるケージとなる。セシウム以外の似た物質がこの結晶格子に入っても外に出てくるが、セシウムはいったん入いると出られなくなる。このナノサイズの小さいケージを使うことが、セシウムを除去するメカニズムである(図1)。
しかし、福島の放射能汚染除去へ応用する場合には、水溶性のプルシアンブルーが海などに溶け出てしまって回収できないという問題が残る。これを解決するヒントとなったのは、葛飾北斎の絵であった。北斎は、青い色を出すのにプルシアンブルーを使っているが、雨に濡れてもこの青色が落ちないように工夫されていた。ここから発想を得て、セルロースとプルシアンブルーを分子レベルで化学結合処理することで、プルシアンブルーが水に溶け出すことがなくなるという今回の発明へとつながった。
プルシアンブルーと水に溶けない一本の繊維であるセルロースナノファイバーがキレート結合を介して、セルロース/プルシアンブルーという複合体を形成すると、水に溶け出さなくなる。また、一般のセルロースを用いた場合、わずかな量のプルシアンブルーとしか結合せず実用性が低いという問題もあったが、これもセルロースをナノファイバーレベルまでほぐし、それによってセルロースの表面にプルシアンブルーをキャッチする官能基を大量に作り出すことで解決された1。複合体は表面積が大きく、結晶格子の数が多く露出しているため、放射性セシウムを大量に吸着することができ、処理時間も短縮される。この複合ナノ粒子は、セシウムの吸着容量139mg/g、セシウムに対する分配係数が10の6乗と非常に高い性能を持つ。
低線量の除染対策として、この複合体のナノ粒子をスポンジの中に入れることで、セシウムを閉じ込める除染スポンジが完成する。除染スポンジの効果については、土、水の両方について、実験により実証された2。除染スポンジの除染効率については、セシウムに対する分配係数が10の5乗(低線量のセシウムを安全に除染できるようにナノ粒子より性能を落としてあるためナノ粒子とは数値が異なる)、純水、海水での除染それぞれ99.2、99.9%の数値が得られた。昨年から行われた福島の土壌の除染実験では、除染スポンジとともに植物を使用すると、除染能力が高まることがわかった(図2)。除染スポンジに植物の種を蒔いて発芽させ、植物の吸水性を利用し根が土壌の中からセシウムイオンをスポンジまで吸い上げるという方法である。除染の際は、まずセシウムを溶出させる必要がある土と比べ、水の場合は短時間で除染を進めることが可能である。
使用済みの除染スポンジは、小さく圧縮して地下に埋めることになるが、減容することができないため処分が難しいゼオライトや鉱物に比べ、除染スポンジは、空気が多く小さく圧縮できるため場所を取らない。将来的には、特別な焼却炉を用いて焼却することもできるようになるだろう。
ナノテクノロジーの力を得て、プルシアンブルーの水溶性問題、共存イオンの妨害物問題が解決され、多くの放射性セシウムを一度に吸着でき、回収も容易なスポンジが開発された。適用範囲が広く、実用性も高い。今後、より大規模な実証実験が待たれる。
注
- 東京大学大学院農学生命科学研究科の磯貝明教授のセルロースナノファイバー研究を参照した。
- ナノサミット株式会社との共同研究。
5.発表雑誌
雑誌名:Scientific Reports(11月15日オンラインで発表)
論文タイトル:Cellulose nanofiber backboned Prussian blue nanoparticles as powerful adsorbents for the selective elimination of radioactive cesium
著者:Adavan Kiliyankil Vipin*, Bunshi Fugetsu, Ichiro Sakata, Akira Isogai, Morinobu Endo, Mingda Li, Mildred S. Dresselhaus (*: Corresponding Author)
DOI番号:10.1038/srep37009
アブストラクトURL:http://www.nature.com/articles/srep37009
6.用語解説
(注1)プルシアンブルー:フェロシアン化鉄(III)、理想的な組成式: Fe4[Fe(CN)6]3、式量859.25。結晶構造は Fe(III) イオンが面心立方格子を形成し、その立方体の各辺の中点に Fe(II) イオンが配置し、Fe (III)イオンと Fe (II) イオンの間には CN− イオンが配置している。
(注2)セルロースナノファイバー:磯貝法(TEMPO法)で作成されたセルロースナノファイバーは、直径約4ナノメートル、長さ500-5000ナノメートルの繊維状のナノ材料である。
(注3)除染スポンジ:ポリウレタンフォームの主原料であるプレーポリマーに適切量のセルロースナノファイバー/プルシアンブルー複合型ナノ粒子を添加した後、発泡等のプロセスを経て、プルシアンブルーを内包したスポンジ。
関連記事
- 北斎の青とセルロースナノファイバーで、被災地の水や土を除染する (インタビュー)