日本のリスク・ランドスケープ 第1回調査結果
エクゼクティブサマリー
2014/7/15
このワーキングペーパーは2014年7月に、東京大学政策ビジョン研究センター 複合リスク・ガバナンスと公共政策研究ユニットの研究成果として取りまとめたものです。本ページではエクゼクティブサマリー部分を掲載しています。全文は下記PDFをご覧ください。
要旨
東日本大震災などの各種の災害、様々な地政学上の問題などを契機に、昨今リスクガバナンスやレジリエンスの議論が活発になっている。東京大学政策ビジョン研究センター複合リスク研究ユニットは、世界経済フォーラムが毎年公表しているグローバルリスク報告書(Global Risks Report、以下“GRR"という。)を参考にしながら、何らかの形でこれに対応するナショナルリスクランドスケープの作成を試みることとした。GRRは、各リスクの発生可能性(Likelihood)と影響度(Impact)の二元に基づいて毎年数十項目のグローバルリスクを選定し、これを経済、環境、地政学、社会、テクノロジーの各リスク分野に分類している。リスク分野ごとにその中での中枢リスクも一つずつ選定している。また、各リスクの発現と波及が複雑に絡み合っているとの認識の下、リスクのシステミックな様相を俯瞰・理解するためのリスク相互連関マップ(Risk Interconnection Map, 以下“RIM"という。 )も作成している。2013年版では、レジリエンス特集も組まれた。当ユニットも、GRRの手法を参考にしながら、日本版重要リスクの選定、リスク分野ごとの中枢リスクの選定、日本版リスク相互連関マップ(JRIM)の作成、レジリエンスの評価を行っていくこととした。
しかし、世界で起きる事象をわが国ナショナルリスクの選定に結びつけていく作業は決して平明なものではない。参考とするGRRにおけるRisk, Likelihood, Impact の定義自体、森羅万象のリスク群を適切にとらえきっているかという論点がある。加えてナショナルリスクということになれば、Likelihoodを「世界のどこかでの事象の発生可能性」としてとらえるか、それとも「わが国への影響可能性」としてとらえるかという論点がある。リスクが主に日本に起因するものか、域外に起因するものかも、重要な分析ツールになる。
これらの論点も踏まえたうえで、2014年3月末、関係者の協力を得て第一回のナショナルリスクランドスケープのアンケート調査を行った。GRR2013年版を出発点としながら日本版の要素を加えたアンケートを行い、その分析結果をさらに次の調査に反映させ、徐々に日本版リスクランドスケープを形作っていくという考え方に立つものである。方法論と結果のフィードバックを行い、当初予定した評価手法についても結果の検証をしながら修正を行った。第一回調査は、諸般の事情により、極めて限られた期間に限られた回答者数で行われたものであり、内容やウェブも含めて多くの要改善事項がある。その意味で、第二回以降の調査のつなぎ的な役割を果す試行的なものではあるが、興味深い結果も多く得られたことから、ここに第一回調査の報告書をまとめることとした。
一、第一回調査の概要
1 日本版ナショナルリスクランドスケープ
GRR2013年版の50のリスク項目に日本版の視点に立つリスク項目の追加などを行い、合計101項目についてアンケート調査を行った。GRRに倣い、わが国にとっての今後10年間のLikelihoodと、リスクが発生した場合のImpactの2元から評価を行うことを基本とした。Likelihoodについては、まず、「事象の発生可能性」ではなく「わが国への影響可能性」という切口でとらえることとした。次に、Likelihoodについて「日本への影響可能性(わが国が影響を受ける可能性)」と「日本の原因者可能性(わが国が発生源となる可能性)」の二項目の調査を行うこととした。そのうえで、第一回調査におけるLikelihoodの最終的な整理は、「日本への影響可能性」に対する評点を基本とするとともに、一部「日本の原因者可能性」の評点が高いものについてはこれによるという「修正影響可能性方式」によることとした。
(1) Likelihood, Impactに基づくそれぞれの上位20のリスク項目と、両者の積数による上位20のリスク項目は、次のようになった。
(2) リスク分野ごとに、横軸をLikelihood, 縦軸をImpactとする分布表は次のようになった。
(3) 例として、環境リスクと社会リスクの分布表を示せば次のとおり。環境リスクでは自然災害や環境破壊関連項目が、社会リスクでは少子高齢化等人口構成関連項目が上位(右上方)に位置していることが見てとれる。(青字は、日本要因がきわめて強い第Ⅰ群—後述)
2 中枢リスク
中枢リスクは、回答者からリスク分野ごとに最も重要と思われるリスク項目を一つ選んでもらい、その回答数の最も多いものを選定した。
3 日本版リスク相互連関マップ
JRIMは、回答者に相互連関性が強いと認識するリスク項目の組合せをいくつかあげてもらい、これを基に作成した。最終的にすべてのリスク分野を包含した1枚のマップの作成を目指しているが、第一回調査では、リスク分野ごとに1枚、計5枚の作成となった。例として、経済リスクと地政学リスクのJRIMを示せば次のとおり(黒字はGRR項目、赤字は日本版追加項目)。
<経済リスク>
経済リスク分野については、金融関連項目、財政関連項目、為替・国際収支・産業競争力・エネルギー関連項目が網の目のように相互連関性を示している状況が見てとれる。
<地政学リスク>
近隣諸国との関係やアジア諸国との関係、日米関係などが相互連関性を示している。また、テロリズムと大量破壊兵器の拡散、脆弱化した国家、外交よる紛争解決の失敗なども相互連関性を示している。
4 日本要因分析
Likelihood の二つの調査項目の間で「日本の原因者可能性」から「日本への影響可能性」を引いた値であるX値に、顕著に日本要因の強弱が見てとれた。X値が大であるほど日本要因が強い。X ≥ 0を第1群、0 > X ≥ −0.5を第Ⅱ群、−0.5 > X ≥ −1.0を第Ⅲ群、−1.0 > Xを第Ⅳ群と整理した場合の第Ⅰ群と第Ⅳ群のリスク項目は表のとおり(“G13"はGRR2013年版項目、「追」は第一回調査での追加項目)。
- 日本要因がきわめて強い第Ⅰ群の上位に、きれいに少子高齢化関連項目が並んだ。また、大地震の発生や大津波の発生、日本固有の経済問題などが並んだ。
- 第Ⅳ群には、地政学関連項目、国際的な経済関連項目、国際的な環境問題関連項目などが並んだ。
なお、第Ⅳ群の中にある「大規模な金融システム危機」は、X値が低い一方で、「影響可能性」と「影響度」についての評点は高い。「大規模な金融システム危機」は重大なリスクと認識されているものの、再発するとした場合、日本発型というよりもグローバル型と認識されている傾向がうかがえる。
<第Ⅰ群>
<第Ⅳ群>
日本要因をリスク分野ごとに見ても興味深い傾向がみてとれる。社会リスク分野、地政学リスク分野に例をとる(青は第Ⅰ群、※は追加項目)。
<社会リスク>
<地政学リスク>
<社会リスク>については、全体的に
- 日本要因が強いものとして、少子高齢化問題等人口構成関連項目が並び、
- 中位に政治社会関連項目が並び、
- 日本要因が弱いものとして、GRR項目が並んだ。
<地政学リスク>については、
- X値はすべてのリスク項目でマイナスとなっている。また、X値が−0.5以上である第Ⅱ群に属するものも皆無という他のリスク分野には見られない顕著な傾向がでている。地政学リスクは、日本要因よりもグローバルな要因に大きく影響されるという認識が見てとれる。
- その中で、相対的に日本要因が高い上位3には、「アジア諸国との関係安定性」、「近隣諸国との対立」、「日米関係の安定性」が並んでいる。いずれも日本が一方の当事者になるものである。
5 レジリエンス
レジリエンスについては、リスク分野ごとに、国全体としての適応力・回復力と政府のマネージメントの有効性の二点についてアンケート調査を行った。結果は次のとおり。
全体の傾向として、
- 各分野ともおおむね中位に集まった。
- 経済リスクに対する適応力・回復力の評価が相対的に高く、地政学リスクに対する評価が相対的に低かった。
- テクノロジーリスクに対しては、国全体の適応力・対応力に対する評価が高かったが、政府のマネージメントの有効性に対する評価は低かった。
二、第二回調査に向けて
今回の調査を踏まえ、第二回調査では次の改善を行いたいと考えている。
(1) リスク項目の整理
- ① GRRにおけるLikelihoodを修正影響可能性方式、Impactをわが国にとっての影響度とし、両者の積数に基づいて第一回調査の最終的な整理を行った。この結果に基づき、積数の低いものについては基本的に第二回調査の対象から除外する。ただし、一部については全体的視点から存置することとする。
- ② GRR項目か追加項目にかかわりなく、リスク項目の修正、統合を行う。
- ③ 以上により、第一回調査で101であったリスク項目は、第二回調査では3分の2の67項目となる予定である。
(2) 質問項目の改善
- ① Impactについては、第一回調査の方法を継続する。
- ② Likelihoodについては、「それぞれのリスクが今後10年間に日本または世界のどこかで発生し、日本に影響が生じることとなる可能性」と丁寧に説明する。
また、リスク項目には、これから事象が発生して影響が及びうるRisk群と、影響が既に生じているTrend群がある。後者の評点については、影響が今後ますます増大するか、それとも縮小していくかに着眼することとする。多様なリスク群の実態に応じた評点とするための一つの試みである。 - ③ 日本要因については、第一回調査において有効な分析ツールとなったことから、第一回整理に用いたX値に相当するものを直接の質問項目とする。日本要因は、結果分析の補助資料とすることを基本とするが、分析の結果より有効な整理に資するのであれば、直接活用などの弾力的な活用も考慮することとする。
(3) JRIM
JRIMについては、全リスク分野を包含した1枚のマップとなるよう、様式やウェブの改善を行う。
(4) 中枢リスクとレジリエンス
中枢リスクとレジリエンスについては、第一回調査の方法を継続する。
(5) 調査方法
十分な調査期間の確保、アンケート対象の拡大と多様化、説明やウェブの様式の改善等を行う。
既に相当の国において、ナショナルリスクに対する取組みが行われている。東京大学政策ビジョン研究センター複合リスク研究ユニットは、さらに関係者の協力をえながら、わが国におけるナショナルリスクランドスケープを形づくっていきたいと考えている。このため、爾後を展望し、次のステップである第二回調査の項目案について、予めお示しすることとする。各位のご理解と今後のご協力を切に願う次第である。