アメリカ合衆国の災害関連法制から考える

-終わりなき見直しと改善- Pari PI 11 No.03

佐藤 智晶
政策ビジョン研究センター特任助教

概要

本ペーパーは、アメリカ合衆国における災害関連法制の改革から、今後のわが国における災害対策のあり方について再考するものである。2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、東北地方の太平洋沿岸地域は地震、津波、さらには原発事故で甚大な被害を受けた。1万5000人を越える犠牲者、約5000人の行方不明者、そして約5万9000人の避難者(住居等への入居者を除く)がいることは言うまでもない1。これまで何度となくさまざまな大災害からの復興を経験したわが国でさえ、今回の震災の影響は未だに計りしえず、復興への道のりは険しいと考えられている。震災の影響は、被災地域の人々の生活はもちろんのこと、わが国の経済、財政、産業等に深刻なダメージを及ぼすだろう(森田朗・飯間敏弘「震災復興は厳しい現状を分析し、重点的・集約的・効率的実行を」政策ビジョン研究センターコラム(2011年6月11日))。

わが国では、復興について議論を深めていく一方で、同時に未曾有の災害や緊急事態を想定し、それに備える必要がある。台風、地震、津波、原発事故、そしてテロなど、災害や緊急事態が生じる可能性は、救済や復興に関する議論をしている最中も、また、実際に復興に向けて事業が開始した後も、程度の問題はともかく消えることはない。そして、次の災害や緊急事態に向けて防災はもちろんのこと、より迅速かつ実効的な対応を模索してゆくことが急務となる。

例えば、アメリカでは、2005年8月末にメキシコ湾沿岸に上陸したハリケーン・カトリーナによって、ニュー・オーリンズ市を中心とする米国南部が多大な被害を受けた。960億ドルにも及ぶ損害額、およそ1300人に上る死者を出したハリケーン・カトリーナは2、アメリカ合衆国における緊急事態体制の不備を明らかにする契機となり、その改革が一定の成果を上げているとの評価がある。このように災害や緊急事態対応は、数々の経験を経て、そのたびごとに問題点を洗い出し、絶えず改善してゆくより他ない。わが国にとってより効果的な災害や緊急事態対応のあり方を議論する際に、アメリカ合衆国の知見も一助となるだろう。

そこで本ペーパーでは、災害や緊急事態を経験し、その反省を踏まえて災害関連法制を改革しているアメリカ合衆国の取り組みについて紹介する。まず、緊急事態対応のための法制度の概要を説明し、その後で改革の方向性と残されている課題を示す。最後に結びにかえて、未曾有の災害や緊急事態は、その度ごとにわが国における災害対策法制や具体的な対応を見直し、改善につなげてゆく好機であることを再確認する。

なお、本ペーパーの執筆に当たっては、シャーマン・アンド・スターリング法律事務所(Shearman & Sterling LLP)のプロボノ活動による調査協力を受けたことを記して心から感謝したい。同法律事務所は、震災後に社会貢献活動を積極的に展開しており、本調査もその一環である。なお、本ペーパーに関する一切の文責は著者にある。

1. 緊急事態対応のための法制度の概要

(1) はじめに

アメリカ合衆国では、災害などの緊急事態対応をより実効的なものにするために、法律の枠組みだけにとらわれず、さまざまな改革が進められている。まず、アメリカ合衆国の緊急事態対応において重要な役割を担っている2つの組織は、国土安全保障省(Department of Homeland Security, DHS)およびその傘下にある連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency, FEMA)である。そして、ロバート・スタフォード災害救助・緊急事態支援法(Robert T. Stafford Disaster Relief and Emergency Assistance Act of 1988、以下「スタフォード法」)が、緊急事態対応の根拠法の中心として機能している。さらに、スタフォード法の適用の有無にかかわらず、実際の具体的な緊急事態対応を定める公式の文書が活用されている。以下、それぞれについて簡単に説明する。

(2) 組織

1979年に創設された連邦緊急事態管理庁(FEMA)は、2001年の同時多発テロの影響で、緊急事態のなかでもテロ対策を中心とする組織に再編成された 3。連邦緊急事態管理庁は、もともと大統領直属の政府機関として、連邦政府の災害対応の中心的役割を担っていた。ところが、2001年に起こった同時多発テロを契機とする組織再編により、新たに創設された国土安全保障省に組み込まれた。この再編は、もともとはテロや災害対策にかかわる組織を集約することにより、テロや災害などの原因を問わず、国家の危機的状況に対して効率的に対応を図ることが目指されていた。しかしながら、実際にはテロ対策に重点が置かれたために、ハリケーン対策の演習はほとんど行われなかったとされる。例えば、2004年に222回行われた演習はテロに集中したもので、そのうちハリケーンに関するものは2回のみであった4

(3) スタフォード法

スタフォード法という法律は、州や地方政府が災害などから生じた被害や損害を回復する責任を果たせるよう、連邦政府が州や地方政府に対して、統一的かつ継続的な支援を提供するために1988年に制定された 5。具体的にいえば、スタフォード法では次の6つのことが支援の手段として規定されている6

1 既存の災害救助プログラムの範囲を改定および拡大すること

2 州や地方政府による包括的な災害対策および救助計画、危機管理能力、危機管理組織の改善を奨励すること

3 災害対策および救助プログラムについて、より一層の調整および迅速な実行を確保すること

4 連邦政府の支援を補完または代替するような損害保険を購入することによって、個人、州、そして地方政府が自らを守るように奨励すること

5 災害による損失を減らすための、土地利用と建築に関する規則の改善を含む危険軽減対策を推奨すること

6 公的な機関と私人が災害によって被った損失に対して、連邦の支援プログラムを提供すること

このように、スタフォード法では被災者の救援、支援、緊急サーヴィス、そして被災地域の復興を担う州などの努力を支えるための特別の手段が、連邦政府に付与されている。災害は、死亡、精神的苦痛、収入の喪失、そして財産の喪失および損害を招くことはもちろん、政府や地域の通常の機能を麻痺させて、個人や家族の生活に重大な悪影響を及ぼすことがある7。そこで、連邦制を採用するアメリカ合衆国では、連邦政府が州や地方政府などを支援する形で、究極的に被災者の救助と支援が図られるようになっている。具体的にいえば、連邦政府は、緊急事態の内容や被災地のニーズに応じて、救命や健康維持のための技術的支援、公共施設や設備の修理等への公共支援、個人や世帯への現金の給付、住居を失った被災者に対する財政的支援、失業に対する支援、税収の縮減した共同体に対するローンの提供などの支援を行う権限を有している8。要するにこの法律では、基本的に州や地方政府が、緊急事態対応・支援について一義的な責任を負っている主体なのである。

もう少しスタフォード法を詳しくみてみると、連邦政府の補完的な役割がより明らかとなる。スタフォード法の適用は、基本的に州や地方政府の能力だけでは対応しきれない災害に限定されている。スタフォード法が適用される主な場合としては、大統領による「大規模災害」(a major disaster)または「緊急事態」(an emergency situation)の宣言が特に重要である。9

「大規模災害」とは、アメリカ合衆国内のどこかで発生したあらゆる自然、または、人為的に引き起こされたあらゆる災害であって、被害の程度と大きさが、州や地方政府などの救助活動だけでは足りず、連邦政府による重大な災害救助を必要とする、と大統領が判断したものをいう10

他方、「緊急事態」とは、救命、財産、公衆衛生、そして公衆の安全の保護、または大災害の脅威を減少または回避するための州や地方政府の努力や能力を、連邦政府が支援する必要がある、と大統領が判断した場合をいう11

データを分析すると、大規模災害の宣言は2011年だけでも59回、緊急事態宣言は10回出されている(2011年8月4日まで)12。大規模災害の宣言だけでみると、その数は2006年以降に年50回以上で推移している 13。このことは、スタフォード法の適用対象となる災害が毎年数多く発生しており、連邦政府による支援活動の有効性が、その度ごとに試されることを意味している。災害による被害を回避できるのであればそれが最善であるとしても、実際には数々の災害を経験せざるを得ない現状がある。

(4) 具体的な緊急事態対応策を定める公式文書

興味深いことに、実際の具体的な緊急事態対応については、法律で詳しく定められているわけではない。国土安全保障省が所管している国家対応フレーム(National Response Framework, NRF)と国家危機管理システム(National Incident Management System, NIMS)という文書が、重要な役割を果たしている14。 この2つの文書は、スタフォード法の適用がない災害にも及ぶ点で、見逃すことができないものである。すなわち、スタフォード法の適用の有無にかかわらず、国家対応フレーム(NRF)と国家危機管理システム(NIMS)の適用により、国土安全保障省の権限の下で一定の連邦政府の支援は行われる15

国家対応フレームは、国家対応プラン(National Response Plan, NRP)に取って変わる形で、2008年1月に公表された。「国家対応プラン」から「国家対応フレーム」への名称変更は、あらゆる危機や緊急事態の作業計画について、継続的な発展・改善を期待してのことだと説明されている 16。危機や緊急事態の作業計画は、災害時のたびごとにその実効性がチェックされ、よりよいものに洗練されてゆくべきだということである。国家対応フレームでは、緊急事態に対して国家として統一的な対応を行えるように、危機対応における5つの基本原則(隙間のない連携、階層的な対応、拡張可能で柔軟な救援能力、一本化された指揮命令による調整の努力、および行動の迅速性)、連邦政府、州や地方政府、その他の関連組織の間の連携、それぞれの責務が定められている。また、国家対応フレームでは、連邦政府がより大きな役割を果たすことができる特別の場合を設けている。特別の場合とは、連邦政府の利害が関係していて、かつ、州が重大な支援を要請するような壊滅的な危機の場合を含む。

他方、国家危機管理システムは、危機の発生原因、大きさ、発生場所、危機の複雑さにかかわらず、連邦や州の省庁、非政府組織、および私人に対して危機を未然に防ぐ、危機に備える、危機に対応する、危機から回復する、そして危機の影響を最小限に食い止めるための手順を示したものである 17。要するに、あらゆる危機における実際の行動指針を定めるのが国家危機管理システムであるのに対し、国家対応フレームはその前提となる基本原則と国家規模の役割分担を示していることになる。ハリケーン・カトリーナ災害を経験した後、国家危機管理システムにはあらゆる政府機関が効果的な災害対応をできるように、支援や政策の調整を行うプロセスが新たに設けられた。

(5) 問題点

ハリケーン・カトリーナ災害では、従前の緊急事態対応が十分に機能しなかった。連邦制を基本とする法制度がほころびをみせたのは、関係者の役割や責任が明確に認識されることなく、対応が進められたことが理由として大きい。先に説明したとおり、アメリカでは州や地方政府が災害対策の主役であり、連邦政府は州や地方政府の支援を主たる役割としている。そのため、連邦緊急事態管理庁は、住民の退避などの初動対応については責任を負っていないという立場をとった 18。連邦制を逆手にとって責任の回避やなすりつけが生じ、その結果として連邦政府の対応が遅れた、ということである。

また、指揮命令系統も十分に機能しなかった。先に説明したとおり、連邦緊急事態管理庁は、2001年の同時多発テロ以降、国家安全保障省の下部組織とされた。これにより、大統領に対する直接の報告が妨げられる形となり、緊急時の対応にあたってより多くのプロセスと時間が必要となった。また、連邦の行政機関の間の連携にも問題が生じた。当時、国防総省は、国防総省長官の承認がなければ、連邦緊急事態管理庁の支援要請に応じることができなかった19。このことが、連邦政府による最初の支援を遅らせたという指摘がある20 。そして、連邦政府の報告書によれば、国家安全保障省を中心とする指揮命令系統を構築し、連邦の行政機関の間でより緊密な連携を図る必要がある、と結論づけられている21

最後に、ボトムアップ式の災害支援の体制である。当時の国家危機管理システムでは、被災地の対応者が計画を立てて州と連邦の担当官に支援を要請するというボトムアップ式を基本としていた。連邦政府は、被災地の要請がなければ動けないのが原則だったということである。このような体制は、災害対策にあたって州の活動を支援するのが連邦政府の役割であることからすれば、ある程度やむを得ない。しかしながら、被災地と州や連邦政府との間で連絡がつきにくくなるような場合はもちろん、被災地の担当官が目の前の現状に圧倒されて、計画的に組織だって活動することが難しい大災害の場合には、ボトムアップ式に過度に依存することは、対応を余計に遅らせる原因となる22

このように、アメリカ合衆国ではハリケーン・カトリーナ災害を契機として、緊急事態対応に関する法制度が批判にさらされた。合衆国憲法によって連邦制度を採用しているアメリカでは、州と連邦政府との間で緊張関係が至るところで生じる。災害時を含む緊急事態も例外ではなく、むしろその緊張関係はより明白になる。連邦議会や政府による権限の濫用や逸脱を懸念して設けられている連邦制は、災害時にはむしろ、連邦政府と州との間の救助や復興支援における連携の足かせとなり、被災した合衆国市民の利益が害されてしまうのである。

2. 改革の方向性

アメリカ合衆国における改革の方向性は、連邦緊急事態管理庁の役割を明確化しつつ、連邦政府が柔軟かつ機動的な支援を行えるようにすることにある。後述するように、連邦政府が州や地方政府と協力して円滑かつ現実的な支援を行えるような環境を整備し、緊急事態対策のための準備を国家レベルでより綿密にしていこうというのが、改革の内容なのである。具体的には、2006年に成立したポスト・カトリーナ・緊急管理改革法23によって、以下のような変更が加えられた24

1 組織体制

  • 国土保障省内における連邦緊急事態管理庁の権限強化(省長官が行使できる組織再編の対象外とされ、法律によって連邦緊急事態管理庁の権限が保護)
  • 連邦緊急事態管理庁長官を助ける機関やスタッフの新たな設置(諮問会議、担当官、複数の州を担当する連邦調整官など)
  • 連邦政府高官の任用に能力要件を設ける(連邦緊急事態管理庁長官については、緊急事態対応や国家安全保障についての知識、管理者としての経験、基本的な資質などが要件。地域局の長官については、管轄下の地理や人口構成の特徴を熟知していることが要件)

2 連邦緊急事態管理庁の責務

  • 他の連邦政府だけでなく、州や地方政府および民間機関などとも連携して、国家緊急事態体制の構築する
  • 国土安全保障省長官の指導のもとで、同省の資源活用のために他の機関との調整する
  • 各種災害支援チームを指揮監督し、戦略全米備蓄の配備を含む資源の調整する
  • 円滑な物資輸送・配分を実現するために情報技術のアップデイト、改良
  • 復興活動指針の構築、調整、維持など

3 具体的な緊急事態対応策

  • 「国家対応プラン」に代わる「国家対応フレーム」の策定(対策の漸進的な改善を目指し、適用対象災害、名宛て人、文言、各機関や役職の役割をそれぞれ明確化)
  • 国家危機管理システムの改正(水害対策関連の記載を充実させて、複数省庁間で支援や政策の調整を行うプロセス(Multiagency Coordination Systems, MACS)を設定)

4 支援

  • 連邦政府による機動的な支援(例えば、大統領は、州政府からの特定の要請なしに救援を提供する権限が付与されており、コミュニケーション手段に関する救援も可能)
  • 個人に対するよりきめ細やかな支援
    • 障害者や英語識字能力に乏しい者を含む特別のニーズを持つグループへの適切な情報提供
    • 緊急時非難施設におけるガイダンス策定(永続的に医療機器を使用する障害者などの適応について)
    • 緊急時家族登録および捜索システム(National Emergency Family Registry and Locator System, NEFRLS)の構築(安否確認のためのオンラインツール、被災者情報の検索、多言語電話対応など)
    • 住宅支援要件の緩和(1人または1世帯あたりの財政支援額の上限は残す)
    • 公共の復旧支援(公共的な施設に対する手当て、地方政府に対する災害ローンの提供、地方政府による瓦礫撤去作業に対する連邦政府の費用負担の増額)
    • 調達の改善(緊急事態対応で必要となる契約関係の把握、整理、契約業者リストの公表、再委託の一部制限、災害地業者の利用促進)

3. さらなる課題

ハリケーン・カトリーナ災害以降、最近の災害において各種改革が功を奏しているという報道があるものの、やはり問題がなくなったわけではない。とりわけ、被災地における復興の遅れと連邦政府の責任問題は、残された大きな課題である。災害や緊急事態対策は、今後も災害を経験するなかでより一層改善されてゆくことになる。

最近の災害では、平時における準備に加えて、連邦と州や地方政府との間の連携が重要であることが再認識された。ハリケーン・カトリーナ後の改革によって、連邦緊急事態管理庁の役割が明確になり、初動や調整が改善され、連邦政府によるよりスムーズな支援が行われるようになっている25。しかしながら、被災地における復興が遅れていることに加えて、連邦政府の責任が問題として指摘されている。

(1) 被災地における復興の遅れ

ハリケーン・カトリーナ災害では、被災者が大規模な被災地でふたたび通常の生活を営むことが難しく、長い時間を要することが明らかになった。ニュー・オーリンズ市を中心とする被災地の人口は、被災前の水準には戻っておらず、費用の面から水害対策も迅速には進んでいない。人口については、被災から5年を経過した時点でも、被災前の約75パーセントの水準にとどまっている。住宅の不足、家賃の著しい上昇、公共インフラの破壊とその回復の遅れによって、被災者が地元に戻ることは容易でないことが分かる26

また、水害対策として十分な、ハリケーン・カトリーナと同程度の災害に耐えうる堤防を設ける費用が大きいことも問題である 27。ニュー・オーリンズ市には、すでに巨大な堤防が設置されたものの、将来の災害に備えてどこまでの対策をどの程度の費用負担で導入すべきかについては、現在でも意見が分かれている。

(2) 連邦政府の責任

訴訟社会を具現するかのように、アメリカ合衆国では連邦政府の不適切な緊急事態対応を理由とする損害賠償の訴えが、数多く提起されている28 。実際に請求が認められるのは特別の場合に限られるものの、緊急事態や災害時における対応について、連邦政府が事後的に厳しい司法審査を受けるならば、迅速かつ円滑に州や地方政府を支援することはできなくなってしまうだろう。連邦政府は、被災当時の限定された情報に基づいて、いくつかの選択肢の中から最も望ましく、かつ実現可能そうな対応を可及的速やかに採用し、実行に移さなければならない。あと知恵で連邦政府の対応を非難することはたやすいものの、採用され、実際に行われた対応が不適切であったかについて審査することは、裁判所にとって極めて難しいはずである。

スタフォード法では、連邦政府の責任を限定するために、次のような明文が置かれている。29

「連邦政府は、連邦の行政機関または連邦政府職員が本法律の規定を執行する際に有している裁量的な権限ないし義務の行使または履行、もしくは不行使または不履行を理由とするいかなる請求についても、一切の責任を負わない。」

この条文にもかかわらず訴訟の提起が止まないのは、連邦政府の責任については、何が裁量的な権限または義務なのかが争いとなるからである。いまだに合衆国最高裁の判決は下されていないものの、連邦巡回区控訴裁判所は、2000年のデュレイコ対合衆国事件において、以下の2つの条件に基づいて連邦の行政機関の行為が裁量的なものかどうかを判断している30

1 連邦制定法または規則で命じられているのではなく、行政機関による判断や選択の余地が残されている行為であるか否か。

2 行政機関による判断や選択の余地が残されている行為の場合、当該行為が政策的な判断として許容されるか否か。

デュレイコ事件は、1992年のハリケーン・アンドリューによって被害を被ったトレーラーの駐車場の経営者とその財産の所有者が、連邦政府(連邦緊急事態管理庁)に対して、契約違反などを理由に損害の賠償を求めたというものである。原告は、被災者のための仮設住居用地の貸与と引き替えに、被告が自らの負担で瓦礫撤去作業を約束したのにもかかわらず、合意した内容どおりに瓦礫が撤去されなかったと主張した。被告に雇われた瓦礫撤去業者が用地を損壊し、200万ドルの損害を被ったというのである。第1審の連邦請求裁判所が原告の請求を棄却したため、原告は上訴した。

デュレイコ事件の上訴審では、スタフォード法に規定されている裁量権の行使を理由とする連邦政府の免責が主な争点となった。上訴審のミシェル裁判官(Judge Michel)は、原告と契約を締結するか否かについては裁量権の行使に該当する行為であるが、いったん契約を締結した後の履行については裁量権の行使に該当しないとして、審理を差し戻している。被災者の救援のために仮設住宅用地の確保を検討して、原告と賃貸借契約を締結するという行為は、明らかに裁量権の行使に含まれるのに対し、なぜ契約の履行についてはそうならないのか。ミシェル裁判官は、連邦政府が私人との間で自発的に締結した契約について、裁量権の行使を理由にして契約違反に基づく損害賠償を否定すれば、私人は連邦政府の債務不履行を恐れて契約を締結することができなくなり、結果的には連邦政府にとって、災害復興のための政策を円滑に遂行することが難しくなる、と説明している。31

このように、スタフォード法に設けられている裁量権の行使を理由とする合衆国政府の免責は、連邦の行政機関がスタフォード法に基づいて行うあらゆる行為にまで及ぶものではない。少なくとも、連邦政府が災害対策のために締結した契約の債務不履行は、司法審査の対象となりうる。しかしながら、逆にいえば、契約を締結する前の個別具体的な緊急事態対応については、それが法律や行政規則で命じられていない行為である場合、裁量権の行使として免責の対象となる余地が大きい 32。内規やガイダンスによって、連邦の行政機関が裁量権を行使する余地がなくなっている場合ならばともかく、原告が連邦政府の対応を不適切だと主張して、損害賠償を得ることは難しいということである。連邦政府が、何らかの不法行為によって私人に損害を与えてよいわけでは決してないが、災害や緊急事態における責任問題のせいで、連邦政府による円滑な支援が妨げられてよいはずがないことについても、十分に考慮しなければならない。33

4. 結びにかえて

アメリカ合衆国における災害関連法制では、担当官庁と行政官、州や地方政府、そして私人の役割を明確化しつつ、連邦政府が柔軟かつ機動的な支援を行えるように改革が進められてきた。そして、いったん整備された法制度でもそれで終わりではなく、毎年活用される中でより一層の改善が模索されている、という大きな特徴がある。災害の発生が避けられないことを前提にして、法制度を整備・利用し、改善の努力を続けることによって、合衆国市民の生命と安全を確保することが目指されている。

わが国でも、災害対策のために各種法令が整備されているが、それらはどのように使われているのかだろうか。内閣府のウェブサイトによれば、関係する法令の数はたくさんあることがわかる。具体的にいえば、基本法関係が3つ、震災対策関係が10つ、火山対策関係が4つ、予防関係が9つ、応急対策関係が7つ、災害復旧および財政金融措置に関係するものが12つ、台風関係が3つ、原子力施設対策関係が3つとなっている34 。最近の激震災害の指定状況についてはまとめられているものの、これらの整備された諸法令は、どのような災害にどれだけ適用されたのかが不明である。

いかなる法令も完璧であり続けることはできず、災害対策に関する法令ならばなおさら、制定後に実務上の、または制度面からの改善が避けられない。当然ながら、最善を尽くして法令が制定されたとしても、制定当時の科学技術水準では想定できない危険な事態が発生しうる。また、科学技術水準は日夜向上するものの、それとともに法令を改正し続けることはもちろん、実務を変更することは極めて難しい。より効果的な災害や緊急事態対応のあり方を議論することは、実は終わりのない戦いなのだ。逆にいえば、未曾有の災害や緊急事態は、その度ごとにわが国における災害対策法制や具体的な対応を見直し、改善につなげてゆく好機となる、ということである。

数多くの被災者のために復興を議論し、それを実現してゆくことはもちろん最優先課題であるが、それと同時に将来の災害などの緊急事態を想定し、それに備える必要がある。そのためには、過去、いかなる災害に各種法令がどのように使われてきたのかについて、改めて分析することが必要になるかもしれない。アメリカ合衆国で試みられた改革は、あくまで一事例に過ぎないが、それでも災害や緊急事態が発生するたびに組織や法制度を見直し、必要に応じて改善している点で参考に値する。


1警察庁緊急災害警備本部『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の被害状況と警察措置(2011年8月5日); 内閣府『全国の避難者等の数』(2011年7月20日).
2 See, e.g., The Federal Response to Hurricane Katrina: Lessons Learned 7-8 (U.S. Gov. Printing Office ed., Claitors Pub. Div. 2006).
3FEMA, FEMA History, Aug. 11, 2010, available http://www.fema.gov/about/history.shtm
4Rep. Bennie G. Thompson, A legislative prescription for confronting 21st-century risks to the homeland. 47 Harv. J. on Legis. 277, 304 (2010).
5Deborah F. Buckman, Annotation, Construction and Application of Robert T. Stafford Disaster Relief and Emergency Assistance Act (Stafford Act), 42 U.S.C.A. §§ 5121 et seq., 14 A.L.R. FED. 2d 173, §2 (2006).
642 U.S.C. § 5121 (b).
742 U.S.C. § 5121 (a).
8Francis X. McCarthy, FEMA's Disaster Declaration Process: A Primer, CRS Report RL34146, Mar. 18, 2010, at 12-14; FEMA, Disaster Assistance Available from FEMA, available http://www.fema.gov/assistance/process/assistance.shtm 9 42 U.S.C. §§5170 (major disaster declaration) and 5191 (emergency declaration). 他の3つの場合とは、大統領が火災による延焼の防止を支援する場合、大統領が国防総省長官に同省の資源を使うよう命じる場合、国土安全保障省長官が大統領による大規模災害宣言の前に、連邦の職員を被災地に配置する場合である). See 42 U.S.C. §§ 5187 and 5170b(c); McCarthy, supra note 8, at 10, n. 53. 10 42 U.S.C.§5122 (2).
1142 U.S.C. §5122 (1).
12FEMA, 2011 Federal Disaster Declarations, Aug. 4, 2011, available http://www.fema.gov/news/disaster_totals_annual.fema
13FEMA, Declared Disasters by Year or State, available http://www.fema.gov/news/disaster_totals_annual.fema
14See, e.g., U.S. Department of HHS, Federal Emergency Preparedness, Jan. 28, 2009, available http://www.phe.gov/Preparedness/support/emergencypreparedness/Pages/default.aspx
15See, e.g., FEMA, Seeking Disaster Assistance, Aug. 11, 2011, available http://www.fema.gov/rebuild/recover/assist.shtm (not all but most federal assistance Most federal assistance becomes available when the President of the United States declares a “Major Disaster").
16FEMA, National Response Framework: Frequently Asked Questions, available http://www.fema.gov/pdf/emergency/nrf/NRF_FAQ.pdf
17FEMA, NIMS FAQs, http://www.fema.gov/emergency/nims/FAQ.shtm
18Hurricane Katrina: The Role of the Federal Emergency Management Agency: Hearing Before the H. Select Bipartisan Comm. to Investigate the Preparation for and Response to Hurricane Katrina, 109th Cong. (2005) (Statement of Michael Brown, the Former Director of the Federal Emergency Management Agency, U.S. Department of Homeland Security).
19Keith Bea, Federal Emergency Management Policy Changes After Hurricane Katrina: A Summary of Statutory Provisions, CSR Report RL33729 Dec. 15, 2006 at 33.
20The Federal Response to Hurricane Katrina: Lessons Learned, supra note 2, at 54.
21Id. at 70-72.
22Id. at 52.
23Post Katrina Emergency Reform Act of 2006, Pub. L. No. 109-295, tit. VI, 120 Stat. 1355, 1394?463 (codified in scattered sections of 6 U.S.C.).
24McCarthy, supra note 8, at 3-7.
25See, e.g., FEMA Faces Wildfire, Katrina Comparisons, CNN.COM, Oct. 24, 2007, http://www .cnn.com/2007/POLITICS/10/24/fire.fema/ (FEMAの2007年カリフォルニア山火事に対する素晴らしい対応と、ハリケーン・カトリーナに対する対応を比較して議論); Edwin Chen, Bush Tours California Fire Zone, Gets Briefing on Aid, BLOONBERG.COM, Oct. 25, 2007, http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=newsarchive&sid=aVZNT2UiKqsY&refer=home (カリフォルニア山火事); Ed O'Keefe, P, FEMA liaisons bring aid and information to tornado zone, Wash. Post, May 3, 2011 (アメリカ南部における竜巻に対するFEMAの対応を評価).
26Charles Martel, Bring it on Home: A Gulf Coast Marshall Plan Based on International Humanitarian Standards, 32 Vt. L. Rev. 57, 61-65 (2007).
27John Schwartz, “New Orleans Levees Nearly Ready, but Mistrusted" The New York Times, August 23, 2010.
28Buckman, supra note 5, §§2, 14 and 15.
2942 U.S.C. §5148.
30Dureiko v. U.S., 209 F. 3d 1345, 1351 (Fed. Cir. 2000).
31Id. at 1353-54.
32See, e.g., Buckman, supra note 5, §14.
33連邦政府の過大な権限を付与し、連邦緊急事態管理庁による法解釈を尊重することに対して批判的な論文として、Ross C. Paolino, Essay: Is It Safe to Chevron “Two-Step" in a Hurricane?, 76 Geo. Wash. L. Rev. 1392 (2008).
34内閣府、災害対策関係法律, available http://www.bousai.go.jp/jishin/law/