コラボヘルスで健康関連総コストを可視化

政策ビジョン研究センター 健康経営研究ユニット
尾形裕也 政策ビジョン研究センター特任教授
津野陽子 政策ビジョン研究センター特任助教(インタビュー当時)

この記事は、2017年3月に発行された政策ビジョン研究センター年報2016に掲載されたものです。
政策ビジョン研究センター年報2016

2017/5/30公開

健康経営を進めるうえで、何が企業の損失になっているのか。〈コラボヘルス〉を活かした調査の結果、他の先進国と同様に日本でも医療費以上にプレゼンティーイズム(疾患や症状を抱えながらの出勤で生産性が低下している状態)、アブセンティーイズム(病欠)による損失の方が大きいという結果が出た。

津野陽子特任助教(左)、尾形裕也特任教授(右)

組織の損失要因を評価する

--「健康経営評価指標の策定・活用事業」について教えてください。

尾形 もともと経産省と東京証券取引所が、企業へのアンケート調査をもとに健康経営度を評価して優良企業を健康経営銘柄に指定する「健康経営度調査」というものを始めています。これまで二回実施されていますがまだ試行錯誤の段階で、評価の指標や調査方法を改善するために行なったのが今回の研究です。

 基本的に健康保険組合を持っている民間大企業等を対象に、企業側が調査したプレゼンティーイズム1 とアブセンティーイズム2 に関するデータ、健保組合がもっている医療費のレセプトデータと健診データを提供していただき、それらを用いて健康関連のコストを可視化しました。

--調査の特徴はどのようなものだったのでしょうか。また端的にはどんな結果が得られましたか。

尾形 今までの調査は人材やハードウェアといった組織の構造や、サービス提供の仕組みといった過程が中心でした。それに対して我々は最終的な成果を重視して、結果や成果に直結する生産性に注目しています。

 結論から言うと、諸外国、特にアメリカの先行研究と近い結果が得られました(図1)。簡単にいうと、企業や組織の従業員の健康に関連するコストを考えたとき、一番大きいのは医療費ではなくて、プレゼンティーイズム、つまり出勤はしているけれど何らかの健康問題によって生産性が低下しているために生じる損失が最大のコスト要因となっているということです。

 あわせて健康リスク評価3 というものを実施しているのですが、男女や年齢によって健康リスクの構造に傾向があるということにくわえて、プレゼンティーイズムにもっとも相関しているのは生物学的リスク(各種健診の値など)や生活習慣ではなく、主観的健康感とかストレスといった心理的リスクだということも分かりました。医療費への相関が強いのはやはり生物学的リスクや生活習慣病なのですが、生産性の損失に関してみると、必ずしも生物学的リスクだけではなく心理的リスクの影響が大きいというわけです。これはリスク対策に関わってくる成果だと思っています。

図1 健康関連総コストの内訳

詳細は『健康経営評価指標の策定・活用事業成果報告書』を参照

--アンケートの方法について教えてください。

尾形 客観的な測定方法もあるのですがホワイトカラーの業務には使えないということもあり、主観的な自記式のアンケートがいろいろ開発されています。その中で、我々はWHOが採用しているもの(WHO-HPQ4 )を主に使用しました。多少日本人の特性みたいなものはありますが、アメリカおよびヨーロッパの先進国を対象にした先行研究とそう大きく違わない結果が出てきています。特に心理的要因の影響を可視化できたというのは大きな成果だと思います。予想はできたことですが、定量的に説得力をもって示せたということです。

--コストとして評価するということは金額に換算しているということでしょうか。

津野 そうですね。アブセンティーイズムは一年で何日休みましたか、という感じで日数と日額の積で単価を出しています。プレゼンティーイズムも昨年より一割生産性が落ちたということであれば、年収の10%を計算します。

プレゼンティーイズムによる損失

--アブセンティーイズム、プレゼンティーイズムは一般には耳慣れない言葉かもしれません。どう捉えればよいのでしょうか。

津野 プレゼンティーイズムはとりあえず頑張って出勤しているという状態、アブセンティーイズムは休んでしまっている状態です。

尾形 両者をどう考えるかはなかなか難しいところで、アブセンティーイズムが高い、つまり休みが多いとプレゼンティーイズムにはつながらない場合もありえます。

津野 プレゼンティーイズムは職種によっても特性があって、代わりがいない場合は頑張って出てくるのでアブセンティーイズムが低くなる傾向があるとか、その逆の場合もあります。個人だけの問題ではなく職種や環境によってもかわるということです。

--プレゼンティーイズムが総コストに占める割合が相当に大きいようですね。

津野 そうなんです。医療費対策や医療費ばかりが健康関連コストといわれているけどそれは氷山の一角で、生産性に関する部分が実は大きい、という話題は海外では以前から指摘されていました。今回の成果では、日本でも健康保険組合ばかりではなく企業側から取り組む余地がかなり大きいということが示されていますので、企業側にも本気になってもらえればという気持ちはあります。

〈コラボヘルス〉という取り組み

--調査方法をもう少し詳しくお聞きします。レセプトデータなどの客観的なデータと、アンケートを組み合わせたということでしょうか。

津野 データはいろいろあって、それぞれ持っている場所は違います。人事の部署、健診結果、健康保険組合が持っているデータなど。今回は企業側と健保側それぞれのデータにマッチング可能なコードをつけていただき、こちらでマッチングして横並びで見られるデータを作っています。

尾形 加えていうと、これまでの取り組みが必ずしもうまくいっていなかった原因に、データの帰属が分かれていることがありました。例えば医療費や健診のデータは保険者が持っていますが、保険者では生産性についてはわからない。なので、コラボヘルスといって、たとえば保険者と母体組織が組むなど、分散しているものの統合がまずは重要です。企業本体が本気になってコラボヘルスを実現する、ということが取り組みの前提になるということです。

 今回の成果でいうと、プレゼンティーイズムとかアブセンティーイズムは保険者以外に企業の協力がないと出てこないものですので、この総コストの図が描けるということ自体がコラボヘルスの成果といえます。

--このようなコラボヘルスの試みは、まだ特殊なものなのでしょうか。

尾形 企業側で熱心にやっておられるところを除くと、研究としては日本でこの規模のものは少ないかも知れません。

--個人情報に関してはどのように対応していますか。

津野 個人情報を切り離すために連結コードを付与して、さかのぼって個人情報を得ることはできない状態でデータをいただいています。

尾形 今回は一人ひとりのデータが不要な状態として現状把握をした段階です。リスク対策として介入する段階になると、介入は一人ひとり個人に対して行なうものになります。

津野 ストレスの高い人たちの生産性が落ちているという話になれば、ストレスの高い人は誰だろう、となりますよね。その場合は企業側でデータをさかのぼってストレスの高い集団というのを見つけるということになると思います。

尾形 付け加えると、日本のこの分野の研究は欧米から遅れていた感があるのですが、データという意味では日本は非常に恵まれた環境にあります。たとえばアメリカは保険制度がバラバラで、データを揃えるのが大変なんです。ところが日本は統一されているのでインフラとしてはすごく整っているんです。医療費、健診のデータ、レセプトのフォーマットもほとんど統一されていて、最近レセプトの電子化も実施されました。そういう意味では日本で非常に可能性のある分野だと思います。

改善へ向けて

図2 健康リスク評価から集団の健康リスクの構造を把握する

--健康リスク評価によって、たとえばストレスとプレゼンティーイズムの関連があるとわかったときに、どういう対策がありうるのでしょうか。

尾形 どういう介入によって全体のコストを下げていくかを検討することが次のステップになります。我々は総コストと健康リスク構造が相関しているはずだと考えます。健康リスク構造を改善する、つまり高リスクに該当する人を少なくしてなるべく全体を低リスクに近づければ総コストが小さくなる、ということです(図2)。これが実証できれば、健康リスク構造の改善によって単に医療費だけではなく、プレゼンティーイズムを含めた総コストを小さくできるということになります。具体的な介入については、ストレスや生活習慣病などについては今までの蓄積がありますから、まず既存のものを適用してみるということだと思います。

たとえばストレスでいえば、勤労時間の短縮や職場環境の改善といったことですか。

尾形 そうですね。ここまでは組織全体の話ですが、組織の事業所ごと、あるいは職種ごとの違いを見ていくと、たとえば同じことをやっている事業所のはずなのに違いが出ている、それはなぜなのか、そういう組織の問題点の発見にもつながっていくと思います。

 職場によって課題が違うので、何をターゲットにするかはもう少しブレイクダウンした分析をしたうえできまってきます。たとえば喫煙対策が重要であればそれに重点を置くだろうし、具体的な介入の対象は変わってくると思います。

津野 可視化によって働き方の見直しという視点を得て、企業が取り組んでゆくということになるわけです。

--モニターするところも個々に違ってくるので、一律に介入するのではないということですね。

津野 企業ごとに特色が出てくると思っています。経産省の事業としては9企業でしたが、そのうち3企業は共同研究契約を結んでいますので、そこはデータを蓄積して推移を見てゆくことになります。

--現在、政策的にはどのように展開されているのでしょうか。

尾形 健康経営銘柄は当然のことながら上場企業ですので、大企業中心です。しかし日本の企業の大部分を占めているのは中小企業ですから、そこにもこうした見方を広めていく必要があります。経産省は一年前くらいから健康経営優良法人の認定を進めようということで、官民で日本健康会議を設けていくつか目標を打ち出しています。大企業については500社を健康経営の優良企業として認定しよう、それから、中小企業は確か10,000社を健康経営宣言してもらおう、というものがあります。

 最近、いわゆるブラック企業が批判されることが多いのですが、こちらは言ってみればホワイト企業を推奨していこうということですね。すでに認定された企業が就職活動で人気になる、あるいは企業が取材されて宣伝になるという効果はでているようです。

--補助金などが出るというわけではないけれど、企業のPRとして活用されているということですね。ありがとうございました。

(聞き手:佐藤多歌子特任専門職員/編集:東辻賢治郎)

参考文献

  1. 尾形裕也, 津野陽子, 古井祐司 (2014). 「特別掲載 健康経営の推進を通じた「全体最適」の実現」
    (上). 『週刊社会保障』, 68 (2759), 56-59. (下). 『週刊社会保障』, 68 (2760), 56-59.
  2. Ron Goetzel, Rachel Mosher Henke, Richele Benevent, et al. "The Predictive Validity of HERO Scorecard in Determining Future Health Care Cost and Risk Trends", Journal of Occupational and Environmental Medicine. 2014; 56 (2): 136-144.
  3. Partnership for Prevention, Healthy Workforce 2010 and Beyond: An essential health promotion sourcebook for both large and small employers. 2010. http://www.prevent.org/Topics.aspx?eaID=1&topicID=52

用語解説

  1. アブセンティーイズム absenteeism
    病欠、病気休業。
  2. プレゼンティーイズム presenteeism
    何らかの疾患や症状を抱えながら出勤し、業務遂行能力や生産性が低下している状態。本事例においてはWHO-HPQによる「相対的プレゼンティーイズム」(同様の仕事をしている人のパフォーマンスに対する過去4週間の自分のパフォーマンスの比)を用いている。
  3. 健康リスク評価
    健康リスクの数により、健康リスクレベルをパーセンタイル値等によって区分し、組織の健康リスクを可視化する手法。
    本事例(13項目の場合)で生活習慣リスク(4項目)、生物学的リスク(4項目)、心理的リスク(5項目)の計13項目を、全二者については健診データ・問診等、心理的リスクについてはアンケート調査等によって調査し、該当項目数によって低リスク(0-3項目)、中リスク(4-5項目)、高リスク(6項目以上)に区分した。
  4. WHO-HPQ
    WHO Health and Work Peformance Questionnaire。
    WHOで世界的に使用されているプレゼンティーイズム測定法(質問項目)。