ミャンマー地方部におけるエネルギーアクセス: ボトムアップ・アプローチによる電化政策
2013年7月〜2014年6月 ERIAプロジェクト活動報告
2014/4/24
背景
IEAチーフエコノミストのFatih Birol博士によれば、グローバルなエネルギー需給のあり方は、大きな変革期にある。周知の通り、シェール革命以後、最大のエネルギー輸入国でありつづけてきたアメリカは、エネルギー輸出国に様変わりした。他方で、人口増加を背景に、最大のエネルギー輸出地域である、中東域内でエネルギー消費の伸びが喧しい。こうした、エネルギー需給のメイン・プレーヤーの変化は、エネルギーの国際貿易のあり方に大きな変化をもたらしている。他方で、変革が求められているにも関わらず、これまでのトレンドに変化が見られない分野もある。言うまでも無く、気候変動問題はその最たる事例である。また関連して、枯渇性資源へのエネルギー補助金は削減が余儀なくされる機微な政策分野である。そして、これとトレードオフの関係とも位置付けられ、極めて解決困難な課題が、アフリカやアジアなどでの貧困部におけるエネルギーアクセスの向上である。そこで、「国際エネルギー分析と政策研究ユニット」では、「エネルギー貧困(Energy Poverty)」に焦点を当てることとした。
ミャンマーのエネルギー事情
「エネルギー貧困」を考えるに当たり、「豊饒な資源と、貧しいエネルギーアクセス」というパラドックスを抱えるミャンマーに着目することとした。同国は天然ガスを輸出する化石燃料の産出国でもある。しかしながら、IEAが各国のエネルギー貧困を分析した指標(Energy Development Index, EDI)によれば、ミャンマーは世界でも最下位のグループに位置するとされ、電化率は現状で30%にも満たない。ヤンゴンやネピドーといった都市部では、既に電化率は高いものの、こうした地域においてすら電力供給が安定していないのが実情である。例えば、工場やホテルなど安定的電力供給が求められる施設においては、バックアップ用の自家発電設備を持たざるを得ず、電力アクセス確保のための負担は小さくない。こうした状況で、地方におけるエネルギーアクセス向上には十分な配慮がなされていない。地方におけるエネルギーアクセスの課題に対し、豊富な資源を土台とした再生可能エネルギーの利用促進をも通じて、可能な限り早急かつ経済合理的な政策選択肢を示すことが本研究の問題意識である。
政策選択肢を示すに当たり、課題の根本的な原因を直視せずに将来の方向性は描けない。したがって、研究はまず現実を把握し分析するところから開始している。また、政府に対する勧告についても、政策がどのように議論・調整され成立し、実施されるのか、時間軸も含め現実的な解決に向けた方策を示していく必要がある。しかしながら、公的なデータや統計は未整備であり、各省の垣根を越えた議論が難しいこともあって、多くの数字が出回っている。このために、本研究では
①フィールドワークを実施し、生のデータ等の取得を目指し
②チュラロンコン大学と共同研究を実施し、隣国からミャンマーの国境地域に焦点を当て可能な限り客観的な分析を活用し
③他の研究とも協力しつつさまざまな知見を統合する
よう努めてきた。このように、データをボトム・アップ志向で取得し、その過程で政策当局者、産業界、大学等における有識者等関係者との間で活発な議論を行い、そのうえで分析することを志してきた。
具体的な研究内容は、第1に、定性的研究として、ミャンマーのエネルギーアクセス向上に不可欠であるIPP事業者との利害関係者会議を通じた投資のバリア分析を実施した。ミャンマー国内の発電ポテンシャルは少なくないものの、これを開発するためには相応の投資が必要となる。現状、国内の資本が限られており、経済的に先行する国々からの外資誘致が決定的に重要となる。ここで着目されるのは、需給がひっ迫する自国への電力輸入インセンティブを持つ、中国及びタイ資本の動きである。これまで、チュラロンコン大学エネルギー研究所と共同して、タイの投資家に焦点を絞り、ヒアリング及び3回のワークショップを通じて、ミャンマーIPP投資のバリアについて、水力発電と火力発電を比較してきた。第2に、同国のオフグリッド電化に際する経済的現実性を検討するための定量的研究を実施した。この研究は大きく分けて、
①2030年までの需要想定
②単位マイクログリッド費用概算
③オフグリッド電化費用概算に基づくシナリオ作成
から構成される。JICAが調査中の「電力マスタープラン」では、2030年までの電力供給計画が提案されている。本研究では、調査対象を地方のオフグリッド地域の電化に特化し、同計画で想定される国民一人当たり電力供給量(低需要ケース)を近隣諸国の電化実績(電力供給量・電化率)に照らすことにより、2030年のミャンマー全体の目標電化率(70%)を設定した。同年の各地方(農村)における電力需要は、目標電化率70%が実現される場合の需要として設定された。次に、各農村の電力需要に対して再生可能エネルギーを原資とするマイクログリッドによる電化を考慮し、最小限の電化コストを算出した。
これらのコストを積算することで、オフグリッド電化に必要となる電化コストを算出した。
地方電化を阻むもの
国境地域におけるバリア分析については、社会的及び経済的バリアの観点から、次のように両発電の差異をまとめることが出来る。まず、社会的バリアがより際立つのは、水力発電である。これは、タイへの輸出を目的とした水力発電が位置するサルウィーン川が、民族問題を抱える地域であることに起因する。ダム開発による便益分配について、政府側及び反政府側も含めて合意できるまでは、事実上、事業実施は困難であろう。他方で、経済的バリアに関して、バンカビリティの課題が際立つのは火力発電である。現状、石炭発電の可能性が模索されているが、石炭発電に対する国際世論の風当たりは厳しく、世銀やADBには頼れないから資金調達は難しい。限られた資金の貸し手に向けて、事業者側がバンカビリティを確保する事のハードルは高い。一方、定量的研究における需要想定を行なった結果、基幹送電線網から離れた一部地方では、2030年になってもグリッド接続を通じた電化はほとんど進まない可能性が示唆された。こうした地域では、再生可能エネルギーを活用したオフグリッド電化が進むことが想定される。また、オフグリッド電化が必要となる村落を需要レベルおよび再生可能エネルギー資源賦存量条件に基づいて6つのケースに分類した。各ケースそれぞれに最も低価格な複数の再生可能エネルギーの組み合わせであるマイクログリッドに係るコストを算出した結果、特に水力発電は高い貢献が期待できることが確認できた。これらを基に2030年までの、設備増強シナリオを構築した結果、地方電化のための設備増強にかかる総費用として70億米ドル以上(内、設備設置費は約25%で、残りは運転費)の莫大な費用がかかることが想定された。なお、JICA調査(本研究で基準としているシナリオ3)によれば、2030年までの全国の高圧送電線整備に要する建設費は約57.5億米ドルと試算されていることからもオフグリッド電化のための資金が如何に莫大なものであることが分かる。ただし、これらの試算には、人口をはじめとした多数の不確実な仮定が用いられており、今回の算出は暫定的なものであることを付言したい。
ミャンマーにおける地方電化計画策定のベースとなる材料を提示することが、本研究の目的である。また、今後のASEAN域内のコネクティビティ向上の1つのキーポイントが、国境付近の電力供給及びそのためのインフラ整備であることを踏まえると、ASEANの電力整備計画の礎とも位置づけられよう。現段階では、情報の分析を進めつつ問題意識と、その解決に至る基本的な考え方を明確にした上で、分析のための主要なツールを確定し分析を開始した段階である。今後は、統計・データをはじめ電力需給に関係する実態の把握に引き続き傾注し、同時にこれを補完するものとして、フィールドワークによる実態調査、タイ等他国からの情報収集やその分析等を行う。具体的には、
①中心となるオフグリッド地域における需要予測とマイクログリッド構築のコスト分析に基づくシナリオ作成
②これを補完するオフグリッド地域のフィールドワークに基づく再生可能エネルギーの潜在力・適正分析
③中国国境における電力取引・投資分析
これらの研究の精度向上に努める。さらに、これらの研究成果を統合して、ミャンマーの地方電化計画の基盤整備に寄与することを期待するものである。
アウトリーチ
さらに、「国際エネルギー分析と政策研究ユニット」では、研究の実効的なアウトリーチのために、ミャンマー政府との間で協力関係を構築するよう努力してきた。この協力関係構築のために、2014年9月より「エネルギー政策ワークショップ」を開催している。このワークショップは、もともと2013年末にウー・ミン・ゾーエネルギー副大臣から経済産業省と芳川特任教授に対して、「ミャンマーのエネルギー政策に携わる行政官を対象にして、具体的なテーマを絞って専門的な教育・人材育成を行ってほしい」との要請があったことに端を発する。受講生は単に講義を聞くだけではなく、グループ毎に政策提言を実際に取りまとめ、2015年春を目処に国家エネルギー管理委員会(NEMC)に提出することを目的としている。これを、本研究チームを中心とする講師陣がサポートしている。また、その過程では受講生による政策提言のドラフトができた段階で「国際ワークショップ」を開催し、受講生は世界のエネルギー議論をリードするような講演を実際に聴くとともに、講演者の前でこのドラフトを発表し議論を行う機会も設ける予定である。ミャンマー政府との協力関係強化により一層努め、「地方電化計画」のアウトリーチの糧にしてゆく所存である。