開催報告(詳細版)
政策ビジョン研究センター/ミャンマー家畜・漁業・地方開発省主催ワークショップ
ミャンマー地方電化の現状と今後の政策
こちらは開催報告詳細版です。速報版は、こちらです。
2014/12/26
概要 | |
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【日時】 | 2014年11月28日(金) 14:00-17:00 |
【場所】 | 家畜・漁業・地方開発省 オフィス(14) 大会議室 (ネピドー、ミャンマー) |
【共催】 | 東京大学政策ビジョン研究センター(PARI)、家畜・漁業・地方開発省(MLFRD) |
【後援】 | 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA) |
プログラム、プレゼンデータ・配布資料については、開催報告速報版をご覧ください。
ワークショップ開催の経緯
ミャンマーにおいて、既存の送配電網がカバーしない地域における電化は主に家畜・漁業・地方開発省(Ministry of Livestock, Fishery and Rural Development, MLFRD)が管轄している。アジア開発銀行(Asian Development Bank, ADB)の支援の下で行われている、電力省(Ministry of Electric Power, MEP)の電気事業法の改定と同時並行で、MLFRDは新たに電化法(Electrification Law)を準備中である。このような背景から、MLFRDへの助言をアウトリーチの一翼と位置付け、同省と協力し一次データの共有や意見交換、また関係各省庁との政策ワークショップ1を精力的に行いつつ、PARIはミャンマー地方電化研究を行ってきた2。
その一環として、2014年11月28日MLFRD内大会議室において、ミャンマー地方電化に関するワークショップ「Energy Workshop on Rural Electrification in Myanmar」が、PARIとMLFRDにより共催された。ワークショップの第1の目的は、ミャンマー国地方電化に関する課題を議論し明確にしたうえで、将来的な政策の選択肢に示唆を得ることであった。そのために、PARIはこれまでのERIA委託研究の現段階での成果について発表することとした。また、MLFRD・関連省庁及び民間からの参加者は、現状の政策及び今後の期待について説明することが期待された。
第2の目的は、さまざまな省庁や民間セクターなど組織の垣根を越えた議論の場を提供することを通じて、確かな現実認識に基づいた政策立案、政策議論の透明性の確保、人的資源の更なる伸長、関係者間での知見の広範な共有の糧を得る事であった。これらの目的意識は、事前にMLFRDによってMEP等の関係各省庁や利害関係者に周知され、MLFRDを事務局として入念な準備が進められた。当日は関連省庁の行政官、ミャンマーエンジニアリング協会(Myanmar Engineering Society, MES)等の民間から50名を超える参加者が集い、活発な議論が展開された。
ミャンマー地方電化のポイント
冒頭、Tin Ngwe副大臣(MLFRD)より、同省のワークショップへの期待が表明された。電力は今後のミャンマーの経済発展の基礎となるべきものである。にもかかわらず、エネルギー貧困の課題は同国で依然小さくない。従がって、地方電化を進めていくことは、非常に優先度の高い政策課題である。このためには、基幹送電線の延伸努力を続けていくことに加え、ソーラーホームシステム(Solar Home System, SHS)などオフグリッド電源の導入・普及を図る必要がある。現状では、様々な援助機関が入り乱れており、同省としても交通整理が必要と考えていたところである3。今回のワークショップを通じて、今後の実効的な地方電化プログラムを構築する糧としていきたいとのことであった。
次に、芳川特任教授(PARI)からは実施中の研究プロジェクトの概要が説明された。ミャンマーで電化率向上を戦略的に達成するためには、広い国土を3地域にゾーニングすることが重要である。第1に、基幹送電線の延伸でカバーする”On-Grid”地域。この地域は、既存のJICA電力マスタープランで取り上げられている。第2に、基幹グリッドの延伸に、取り急ぎ、頼ることのできない、”Off-Grid”地域。ここでは、小水力発電などの分散型発電を用いることとなる。第3に、国境周辺の”Border”地域については、タイや中国等の隣国との経済取引を通じて、電化率を向上させることが可能である。例えば、電力輸入はその典型的な事例であるし、クロスボーダーIPP4の活用を通じて電源開発をすることも重要となる。
アセアン経済共同体(ASEAN Economic Community, AEC)発足を2015年末に控えた今、域内経済統合は強調して強調され過ぎることはない。とりわけ、中国やインドといった大国に囲まれ、隣国の経済活力を取り込むという観点で、ミャンマーには地政学的な優位性がある。そのためには、”Border”地域における経済活動の活性化というポイントに加え、多くの人口が住まう”Off-Grid”地域における内需を拡大することが決定的に重要となる。そこで、本プロジェクトでは、”Off-Grid”と”Border”の両地域に着目し電化戦略を研究してきた。最終的には、電化戦略シナリオの選択肢を国家エネルギー管理委員会(National Energy Management Committee, NEMC)に提出することが目標であることが表明された。
次に、MeeMeeHtwe課長補佐(MLFRD)より、同省の地方電化政策のポイントについて説明があった。地方電化は、MEPや多くの他省庁が絡んでいるが、事業の実施を管轄しているのはMLFRDである。MLFRDは旧家畜漁業省(Ministry of Livestock and Fishery)が改名したもので、電化も含む地方開発を事業の柱として2013年8月に再出発したところである。地方電化を実施するにあたり、最大の課題は資金調達であり、実効的な官民連携の枠組み、資本誘致のための法制度整備が重要となる。現在準備中の電化法案の中でも、資本誘致の具体的なインセンティブについて議論している。また、電化の際の環境・社会配慮も懸念事項であり、環境及び社会に関する審査・評価フレームワークを作成しているとのことであった。
このように民間誘致こそは最大のポイントの1つである。Thoung Win氏(MES)から、民間発電事業者の誘致のポイントについて質問があり、これまでのERI-PARI共同ワークショップの成果も踏まえ、芳川特任教授が答えた。第1に、クロスボーダーIPPに関して言えば、ミャンマー国内への電力分配については譲歩が必須となることが指摘された。というのも、事業者側が認識している現状のミャンマーのオフテイク・リスクを踏まえると、ミャンマーがより多くの分配を求めれば求めるほど、ミャンマーへの投資控えが進む蓋然性がある5。第2に、中・長期的に民間を誘致するために、ミャンマー政府が資金を供出して小さな実績を積み重ねることが重要とされた。こうした実績を踏まえ、ミャンマー投資における、投資家サイドのリスク認識の変容が期待できるかもしれない。第3に、これらと併せて、民間投資を滞らせないための、長期的な電力料金改定作業が必要となる。
更に、同氏から、1)2030年を「ユニバーサル・アクセス」の目標とする、MLFRDの現行の電化率向上ターゲットの是非、2)外交の観点からみた外資の誘致戦略、及び3)望ましい発電ミックスについて質問があり、芳川教授が私見を述べた。第1に、「現実的な目標」を立てなければ、掛け声ばかりで画餅に帰す危険性が指摘された。2030年までの電化目標値については、今後数年でどの程度の電化率向上が達成できたかを成果ベースで踏まえ、現実的な目標設定をする事が望ましい。第2に、ASEANの経済統合が進むことを踏まえて、タイ国境がますます重要性を帯びる。また、全方位外交の観点から、インドとの経済協力強化も重要となる。第3に、現在の70%以上の水力依存から、石炭やガスも含めた多様性を持った電源構成にする事が重要である。この際、昨今の地球温暖化問題を踏まえて、クリーン・コール・テクノロジーを用いることで、環境負荷にも配慮することが重要となる。
次に、Zarni課長補佐(MLFRD)から、2点質問があった。第1に、電源開発が期待される国境周辺における多民族間の平和構築について質問があった。これについて芳川特任教授は、平和構築を阻害する可能性があるところでは、電化を急ぐ必要が無いことを強調した。こうした平和構築の状況に加え、外交のありかたも踏まえたうえで、戦略的に電化優先地域を定めることが重要となる。尚、具体的な戦略構築については、他国の事例を参照することが必須であろう。第2に、地方電化の定義について質問がなされた。これについて芳川教授は定義の取り扱いに慎重になる必要性を説いた。すなわち、「電化」の定義をゆるく取れば、電化率ターゲットの達成は容易となる。他方で、ゆるく取り過ぎれば、電化することが経済の底上げにはつながらない可能性がある。様々な要素が不確実な現状では、電化の定義を明示的に議論するのは時期尚早かもしれない。
PARIのこれまでの取り組み
清野特任研究員(PARI)より、「ミャンマー農村電化のための需要想定」の現段階での調査結果が示された。まず、背景として、各種国際援助機関が現在実施している、ミャンマーの電化計画に関する紹介があった。JICA(Japan International Cooperation Agency、国際協力機構)では、2030年度を目標年次とした電力セクター開発に係る中長期計画策定を目的とした 「ミャンマー電力マスタープラン」の作成が進められている。またWorld Bank(世界銀行)やADB(アジア開発銀行)も、それぞれの枠組みで地方電化計画や再生可能エネルギーの導入計画を実施している。東京大学としては、これら計画の経過を踏まえつつ、中立的な視点で同国の地方電化計画に資するべく研究を行っている。
続いて、JICAが提案する計画のうちの低需要ケースを前提として、2030年の目標電化率を70%と設定した場合の、「オフグリッド電化(基幹送電によらない電化)」世帯比率及び追加設備の試算結果が示された。全世帯数の16%でオフグリッド電化が期待され、そのために約434MWの追加設備が必要となりうる。尚、この条件では、農村部世帯のうち4割は依然として未電化地域として取り残される。さらに、遍く電力を供給する視点に立った時、グリッド延伸を無暗に計画することが片手落ちの議論であることが強調された。というのも、たとえ将来的に、津々浦々、全土に送配電網が展開されたとしても、それだけでは、都市部の電力供給が優先され、地方における十分な供給が覚束ない可能性が低くないからである。最後に、今回の試算には、人口をはじめとしたいくつかの推定が余儀なくされており、今後の研究展開のためには更なる統計的データの提供が必須となる点が付言された。
次に、佐々木特任研究員(PARI)からは、2030年までに70%の電化率を達成することを目標として、地方電化に必要となるコストの試算結果について発表があった。まず、オフグリッド電化の対象となりうる村落を、3種類の電力需要レベルと2種類の環境条件の合計6ケースに分類した6。これらの村落に対し、太陽光発電、ディーゼル発電、バイオガス発電、バッテリー、コンバーター、水力発電の複数の組み合わせを想定し、ケースごとに最も低価格なシステムの組み合わせを算出した7。ケースごとのコストと該当する農村数を掛け合わせ積算することで、オフグリッド電化に必要となる総コストが算出される。結果、マイクログリッドによるオフグリッド電化に頼った場合に2030年までに必要な予算は、おおよそ76億ドル(約20億ドルの初期コスト、及び約56億ドルのオペレーティングコスト)と算出された8。今回は桁レベルでの概算にとどまるものであり、そのために必要となる各種発電機の諸元データなどの共有が望まれる。
最後に、山口客員研究員(チュラロンコン大学Energy Research Institute(ERI))からは、ボーダーエリアの電化の1つの鍵となるクロスボーダーIPPに関して、これまでの研究成果と今後の研究計画が示された。これまで、PARI−ERI共同研究では、泰緬クロスボーダーIPPとして、Daweiの石炭火力、及びタサン、Hutghiの水力発電のIPP投資のバリアを比較分析してきた。バリアに関する、一次データはタイ事業者へのヒアリング及び、バンコクで開催してきた利害関係者会議で集めてきた。結果、水力については、大規模にすることで規模のメリットを享受することが出来るものの、少数民族との係争地域が立地予定地となっている事が多く、社会的バリアの検討と除去をすることが、決定的に重要な意味を持つ事が判明してきた。
したがって、PARI−ERI共同研究では、今後大規模な開発が見込まれるサルウィン川に着目して、ダム開発におけるバリアについて、事例ごとに聞き取り調査を行っている。1つ目の事例として、最上流のKunlong(昆?)ダムは、少数民族自治区と近接しており、これまでにも中国に政治難民を出してきた地域である。ダム建設に伴い、建設予定地の住民は立ち退きを余儀なくされている事に加え、補償金の未払いや強制労働といった問題が噴出している。2つ目の事例として、最大規模(約7,000MW)のTasangダムでも、立ち退き住民のダム建設に伴う強制労働があることが報告されている。こうした状況でタイへの政治難民は増えており、国軍と反政府軍との戦いは2013年にも生じている。3つ目の事例として、タイでも数年前に社会面をにぎわせたYwathitダムについて報告がなされた。ここでは、2010年12月にカレン軍によって、中国人ダム調査者3名が殺される事件が生じたと言われる。結果、国軍らによるダムの監視・警備が強化されることとなり、カレン軍側との緊張関係が長く続いている。
こうした事例の積み重ねが、次のような1つの説明を生みだしてきた。1)ダム予定地では、そもそも国軍と反政府側との緊張関係であることがほとんどである。2)ダムの建設が始まると、立ち退き住民への強制労働などが生じ、政治難民を出す事態に至っている。3)結果、反政府軍の国軍への抵抗が強化され、両者の平和構築プロセスが阻害される。仮にこのナラティブが社会で正当性を持てば、ダム建設は控えられるべきであろう。ここで注意しなければならないのは、こうした説明が、環境派NGOや反政府勢力によって共鳴され、通説化されてきた側面があることである。これが通説化されることの是非は、立ち退き住民も含め各利害関係者のダムからの影響、それへの認識を明確にしたうえで議論されるべきだろう。そこで、今後、建設されるダムに対する、「地元コミュニティの本当の懸念」、及び「その懸念が払しょくさる方途」について社会調査を行う予定である9。
今後の協力に向けて
最後に改めて、Soe Soe Ohn氏(MLFRD)よりミャンマー地方電化の現状、目標について確認がなされた。2013/14会計年度までに、全国土、約65,000村落のうち約23,000村落が電化されている。このうち6割近くはディーゼル発電を用い、基盤送電線から配電を受ける村落は2割程度である。2015/2016会計年度終了までの、今後30カ月で20,000村の電化がターゲットで、国連MDG(Millennium Development Goals)を踏まえて2030年までには全ての村落での電力アクセスを目指している。このためには、基幹送電線の延伸に加えて、ミニ水力、バイオマスなどの活用を通じたオフグリッド電源普及が鍵となる。このためには、1)オフグリッド電化委員会の組織、2)村ごとの開発委員会において、ニーズを調査、3)基づき国会で予算要求を行うとともに、民間や国際機関からの資金調達を別途行うことがポイントとなる。
続けて、Thoung Win氏が、ミャンマーの今後のエネルギー政策について総括した。何よりもまず、民政移管以降、国としても新たな船出をしようとしている、現在の「モメンタム」こそが、エネルギー改革のドライバとして重要である点を強調した。こうした、モメンタムを意識して、重点分野—エネルギー価格の改定、電源開発に関する投資誘致策、新エネルギーの技術普及—に関しては、それぞれ別機関を新設中である。他方で、国際機関の援助を有機的に活用できていない事が現在の課題である。多くの援助機関がエネルギー政策に関する計画を作成中であるが、これらをどのように有機的に組み合わせて、重点分野に活かしていくかの方途が見えず、東大のような中立機関からの側面支援に期待されるところは、ますます大きい。
これを受け、芳川教授からは、MLFRDと東大との間でMOUを結び協力関係を公式化することで、今後の側面支援もより実効的になる旨が表明された10。また、新設中の別機関も含めエネルギー関連行政の在り方については要検討項目であり、関連省庁・組織間の統合無くして、東大の側面支援に実効性を持たせることは難しい点が伝えられた。更に、農村電化については、只今は、明確な定義を作りターゲットを公表するよりは、政府資金で小さくとも確実な成功事例を積み重ね、投資家のミャンマーへのカントリー・リスク認識を変容させていくことが重要であることが強調された。こうした問題意識の下、今後、東大の側面支援はどのように展開されるべきか。側面支援のあり方・進捗について、より具体的に検討するため、2015年5月に第2回のセミナー開催を確認して閉会した。生産的な協力を通じて、実効的な政策研究を心がけたい。
脚注
- 「エネルギー政策ワークショップ」を参照。
- 「国際エネルギー分析と政策研究ユニット」を参照。
- ADBは”Off-Grid Renewable Energy Demonstration Project (No. 47128-001)”を展開中である。関連して、世界銀行は”Electric Power Project (No. 143988)”の中で、国家電化計画策定を支援している。ドナー間の有機的な協調が望まれる。
- 例えば、タイのIPP事業者が、ミャンマー国内において、主にタイ輸出向けに行っている発電事業。発電電力の一部はミャンマー国内で供給される。
- 投資側のミャンマーのオフテイク・リスク認識については、PARI-ERIジョイントワークショップで検討してきた。「開催報告 第3回 ERI—PARI ジョイントワークショップ」等を参照。
- 「電力需要レベル」は、隣国であるラオスのプロジェクトの実データを参考にして算出した。また、「環境条件」は、水力発電へのアクセスの可否で腑分けし、国内の農村のうち1割程度が水力発電可能であると仮定した。
- 商用ソフトウェア”HOMER”を活用して、オフグリッド電源構成の最適化を計算した。
- 今回の算出は暫定的なものであり、JICA, ADB, WBによるプロジェクトとのすり合わせは不十分である。今後は詳細分析によって、より現実に沿った算出を行う予定である。
- この結果については、今後のERI—PARI ジョイントワークショップで検討予定。
- 専門家派遣と情報提供が、MOUの主たる協力項目となる予定。詳細については、後日本HP上でアナウンス予定である。