開催報告 第3回 PARI-ERI ジョイント・ワークショップ

ASEAN コネクティビティー:タイとミャンマーの電力統合

チュラロンコン大学エネルギー研究所 客員研究員
山口 健介

東京大学政策ビジョン研究センター 学術支援専門職員
佐藤 多歌子

2014/10/31

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AFP=時事

概要
【日時】 2014年10月2日(木) 10:30-16:30
【場所】 チュラロンコン大学エネルギー研究所(ERI)、チュラロンコン大学 (タイ、バンコク)
【共催】 東京大学政策ビジョン研究センター(PARI)、チュラロンコン大学エネルギー研究所(ERI)
【後援】 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)
プログラム
午前 これまでの研究成果:ミャンマーにおけるエネルギーアクセスの改善
【開会挨拶】 Dawan Wiwattanadate (チュラロンコン大学エネルギー研究所 副所長/准教授)
坂田 一郎 (東京大学政策ビジョン研究センター センター長、工学系研究科 教授) 発表資料
【発表】 清野 正幸 (東京大学政策ビジョン研究センター) 発表資料
佐々木 一 (東京大学政策ビジョン研究センター 特任研究員)発表資料
【Q&A】 司会:芳川 恒志 (東京大学公共政策大学院 政策ビジョン研究センター併任 特任教授)
   
午後 今後の研究展開:2014年度の研究テーマーミャンマー、タイ、中国の電力統合
【開会挨拶】 Prasert Reubroycharoen (チュラロンコン大学エネルギー研究所 助教)発表資料
【発表】
教訓(レッスン)
Shin Nakayama (EGCO)発表資料
Patipat Korbsook (EGATi)発表資料
橋本 信雄 (東京大学政策ビジョン研究センター 客員研究員)発表資料
【発表】
次年度の研究計画:
研究のスコープとアプローチ
山口 健介 (チュラロンコン大学エネルギー研究所 客員研究員)発表資料
【Q&A
・ディスカッション司会
・総括】
芳川 恒志 (東京大学公共政策大学院・政策ビジョン研究センター併任 特任教授)
   
【全体MC】 佐藤 多歌子 (東京大学 政策ビジョン研究センター 学術支援専門職員)

ミャンマー地方電化への着目


2011年の民政移管後、「アジア最後のフロンティア」として、国際社会においてミャンマーへの期待が高まり続けてきた。そのミャンマーが抱える問題の一つは、「豊饒な資源と、不十分なエネルギーアクセス」というパラドックスである。周知の通り、天然ガスをはじめとして、ミャンマーは資源に恵まれた国である。にもかかわらず、MOEP(Ministry of Electric Power、ミャンマー電力省)により公表されている電化率は未だ30%にも満たず、 IEA(International Energy Agency、国際エネルギー機関)によるエネルギー開発指標(EDI)でもサブサハラ・アフリカ地域と並び、ほぼ最底辺にランクされている1 。更に物事を厄介にしているのは、多様な民族で構成される辺境部において、エネルギーアクセスの問題が際立つ、不都合な真実である。2015年の大イベント—総選挙の実施及びASEAN経済共同体(AEC)の発足—を控えた今、電化率を向上し経済底上げを土台として国民統合を促進させることが、ますます重要な意義を帯びている。

このようなことを背景として、2013年より、PARI (Policy Alternatives Research Institute、東京大学政策ビジョン研究センター)は、ミャンマーの地方電化戦略についてERIA (Economic Research Institute for ASEAN and East Asia, 東アジア・アセアン経済研究センター) 委託研究を行ってきた。また、その一環として、同年10月以来、チュラロンコン大学ERI(Energy Research Institute、エネルギー研究所)と共同して、ミャンマーとタイのエネルギー・コネクティビティについて研究してきた。これらの研究成果の発表とこれに基づく検討と分析を行うために、2014年10月2日、バンコクのERIにおいて、タイの実務家や研究者も交え20名ほどで、「第3回ERI-PARI共同ワークショップ」を行った。午前のセッションではPARIにおいて実施してきた、定量研究の成果発表を行った。ここでは、オフグリッド・エリアの電化コスト算出を目標とした、1)電力需要予測、2)コスト・シミュレーション、に関する研究結果が発表された。午後のセッションでは、泰緬クロスボーダーIPP(Independent Power Producer、独立系発電事業)2 のバリア及びその除去に関する研究成果の発表及び議論がなされた。


午前セッション:電力網と繋がっていない地域における電化コスト


午前のセッションでは、これまでのPARIによる研究成果の発表に光があてられた。ダワン准教授(ERI副所長)のウェルカムスピーチに続き、PARIが実施しているミャンマー地方電化戦略の研究概要が、坂田教授(PARIセンター長)より示された。MOEPによると、現状のミャンマー電化率は25%程度と大変低い。これは、同じくASEAN後発国のラオスが80%の電化率を達成していることと、実に対照的である。広い国土に人口が散在するミャンマーにおいて、電化率向上を進めるためには、基幹グリッドの延伸のみに頼っていてはその実効性は必ずしも高いとは言えない。したがって、本研究では1)基幹グリッド延伸に頼れる「オン(ニア)グリッド」エリア、2)実質的に基幹グリッドに頼れない「オフグリッド」エリア、3)タイや中国など隣国資本に依存可能な「ボーダー」エリアに、国土をゾーニングしたうえで、エリアごとに電化を検討することとした。特に、PARIにおける定量研究では、2)「オフグリッド」エリアを対象として、需要予測および電化コストの算出を試みてきた。加えて、アウトリーチ活動の一環として、経済産業省及びHIDA(The Overseas Human Resources and Industry Development Association、海外産業人材育成協会)と連携して行っている、エネルギー政策ワークショップについても紹介された3 。政策ワークショップを通じて培われるネットワークを基盤に、これまでの研究成果が発信され、政府も含めミャンマー国内に浸透することが期待される。

続いて、清野特任研究員(PARI)より、「ミャンマー農村電化のための需要想定」の現段階での調査結果が示された。JICA(Japan International Cooperation Agency、国際協力機構)では、2030年度を目標年次とした電力セクター開発に係る中長期計画策定を目的とした「ミャンマー電力マスタープラン」の作成が進められている。発表では、JICAが提案する計画のうちの低需要ケースを前提として2030年の目標電化率を70%と設定した場合の、「オフグリッド電化(基幹送電によらない電化)」の世帯数の算出方法が紹介された。清野氏によれば、概算推定した電化世帯数に基づくと、全世帯数の16%をオフグリッド電化するには、おおよそ434MW程度のオフグリッド発電が必要となりうる4 。他方、農村部世帯のうち4割は依然として未電化地域として取り残されうることも示唆された(図1参照)。これらの試算には、人口をはじめとしたいくつかの推定が余儀なくされており、今後さらなる発展を行う必要性が強調された。

図1 電化世帯数の内訳(清野発表資料より)

これを受けて、佐々木特任研究員(PARI)からは、434MWのオフグリッド電化に必要となるコストの試算結果について発表があった(手順の概略は図2を参照)。具体的には、まず、オフグリッド電化が必要となる村落を、3種類の電力需要レベルと2種類の環境条件5 の、合計6ケースに分類した。これらの村落に対し、太陽光発電、 ディーゼル発電、バイオガス発電、バッテリー、コンバーター、水力発電の複数の組み合わせを想定し、ケースごとに最も低価格なシステムの組み合わせを算出した。これらのコストに、各ケースに該当する農村数を掛け合わせ積算することで、オフグリッド電化に必要となるマイクロ・グリッド・コストが算出される。結果として、マイクログリッドによるオフグリッド電化に頼った場合に2030年までに必要な予算は、おおよそ76億ドルと算出された6 。今回の目的は桁レベルでの概算を行うものであり、今後は詳細分析によって、より現実に沿った算出を行う。

図2 オフグリッド電化に必要となるコストの試算手順

両名の発表の後、芳川特任教授(PARI)の司会で、活発な質疑応答が行われた。まず、マイクログリッドの発電コンポーネントの1つとして、風力が考慮されていない点について質問があった。佐々木研究員は、ミャンマーにおける風力活用には低周波騒音の問題等、現実的に乗り越えねばならないことが多いことを説明した。また、こうした問題とは別に、風力ポテンシャルのデータが不足しており、フィージビリティの検討が困難であることも加えられた。今後、風力に関するデータも含め、現地で更なる一次データの入手が試みられる。次に、コスト分析で用いられた“HOMER” Softwareの他地域での適用可能性について質問があった。これについては、他地域での適用可能性の確認を通じて、本研究の方法論の汎用性に関する意義を再確認した。最後に、この研究の位置づけについて質問があった。すなわち、暫定的にせよ算出されたコストから、プロジェクトとしてどのようなインプリケーションを引き出そうとしているのかと言う点である。橋本研究員(PARI)より、今回の分析目的は、あくまで独立電源のみで電化を実施することの困難性について、経済的視点から定量的に評価を行なったものであるという点が確認された。今後、更なる一次データ入手を通じて研究の信頼性が増す過程で、暫定的に算出された今回の数値は変わるべきものである。今後、分析結果としての信頼性を増していく「数値」が、ミャンマー政府や世銀・ADBによる現状の電化案に持つ意味については、政策提言導出時に改めて慎重に検討される必要がある。


午後セッション:タイとミャンマーの電力統合にみるバリアとその除去


PARIとERIでは、3)「ボーダー」エリアの電化に関連して7 、これまでタイとミャンマーの電力統合についてそのバリアを除去方法について検討してきた。午後のセッションでは、共同研究の成果発表と今後の研究展開の方向性が議論された。冒頭、プラサート助教(ERI)より、2013年度の研究成果として、発電方法に依存してバリアの特性が定まることが示された。タイ輸出向けのダムは、全てサルウィン川の中・下流に位置している(図3参照)8 。その規模はほとんどが1,000MW以上であり、我が国の奥只見ダム(560MW)や黒部ダム(335MW)と比較しても、非常に大規模である。大規模にして電力販売による利鞘を増すことで、ダム建設におけるイニシャルコストの回収を早めることが出来る。とはいえ、大規模にすることは、地元住民や環境への影響なども無視できなくなることを意味する(「社会的」なバリア)。他方で、ダウェイ(Dawei)で計画されている石炭火力発電においては、世界銀行やADBといったドナーによる融資が期待できず、昨今のオバマ政権の動向を見ても、この方向は今後ますます強まると思われる。そこで期待されるのは、我が国の石炭火力向け融資ということになるが、ミャンマー国における電力購入に関するオフテイカーの契約不履行リスク等もあり、実際の融資は容易ではない。この様な状況下で、バンカビリティ(融資適格性)9 の向上が石炭火力プロジェクトの課題となっている(「経済的」なバリア)。

図3 各発電所の場所(プラサート発表資料より)

水力発電におけるバリアは絶望的とも言えるかもしれない。この点を、サルウィン最下流のハッギ(Hutgyi)ダムを事例に、その事業者であるEGATインターナショナルのパティパット氏(EGATi)が説明した。発電容量1,360MW(タイ向け:1,190MW、ミャンマー国内:170MW)を予定しているハッギダムは、2005年12月にEGAT(Electricity Generating Authority of Thailand、タイ発電公社)とDHPP (Department of Hydropower Planning、ミャンマー水力発電計画局)で合意され、環境影響評価(EIA)なども調査済みであるものの、未だに工事に着工できていない。着工できていない背景には、ダムサイトにおける政府勢力と反政府武装勢力の緊張がある。ダム建設が予定されている、カイン州のパアン市には、政府側に対峙するようにKNU(Karen National Union、カレン民族同盟)10 側の武装勢力が多数潜伏しており、ダムサイトに近づくことも現状ままならない。この地域の治安は最大の懸念であり、両者の緊張が和らがないことには、ダム建設を進めることは出来ないだろう。事業者側では、地元の緊張の理解と各ステークホルダーとの信頼構築を取り急ぎ行いつつ、時宜を見て迅速に行動することが望まれる。

他方、石炭火力発電については、ミャンマーでIPPプロジェクトを行う際のバリアと、タイに輸出する際のポイントがタイIPP事業大手エレクトリシティ・ジェネレーション社の中山氏(EGCO)より紹介された。最大のバリアであるバンカビリティの向上については、電力購入契約(PPA)の雛型作成、ミャンマー財務省による政府補償等、ミャンマー政府の協力がポイントとされた。またそれ以外にも、1)クリーン・コール・テクノロジー11 の広報や企業の社会的責任(CSR)活動を通じて、地域の人々から理解を得ること、2)政府が明確な環境基準・移転基準を作成し、それへの遵守を徹底すること、3)ミャンマー政府が送電線を建設し、発電可能なサイトを増やすこと、4)ランニングコストの大きい火力発電に向かない「フリー・シェアー(無償でプロジェクトの株を得る)」や「フリー・パワー(無償で電力を分配する)」をやめること12 、などがバリア除去の方向性として挙げられた。さらに、タイへの輸出については、1)ミャンマー国内での石炭発電が、タイ国内での実質的な新規発電コストとの比較となっているか、2)両国の電力取引の了解覚書(MoU)は「双方向」か「(ミャンマーからタイへの)一方通行」か、3)自国でも電力が不足しているミャンマー政府が輸出目的のプロジェクトを了承できるか、が検討ポイントとして挙げられた。

さて、このようなミャンマーにおけるIPPの難しさと対照的に、水力によるIPPを増加させ、タイとの電力取引を増加させてきたのがラオスである13 。MEM(Ministry of Energy and Mines、ラオス国エネルギー鉱物省)で長年JICAアドバイザーを務めてきた橋本客員研究員(PARI)が、1)ラオスとタイで電力取引が活発となっている要因、2)今後のミャンマーIPPへのレッスン、の2点について、解説した。第1については、電力取引による明確な便益がタイ・ラオス双方で確保されていることが指摘された。例えば、ラオスにとっては、電力輸出は重要な外貨獲得源となっているとともに、見返りとしてのタイからの電力輸入を国境周辺の電化に充てることが出来る。タイとしても、ラオスからの電力輸入はタイ国内の電力安定供給に貢献し、とりわけピーク電源として大きな役割を果たしている。そこで、第2の点に関していえば、ポイントは「ウィン・ウィン」の構築ということになる。今後のミャンマーIPPでは、ミャンマーサイドの便益に十分配慮したものにすることが必須となる。

図4 反対派がダムに対して共有するイメージ
(http://burmariversnetwork.org/)

一体、ミャンマーサイドの便益とは何か。IPP事業実施の際に、事業者側が提供できる便益とは何だろうか。この点について、山口客員研究員(ERI)が今年度の共同研究の考察ポイントを紹介した。ポイントの1つ目は、IPPがミャンマー国内の社会分裂を惹起しかねないこと。例えば、ミャンマー側の意向に沿って事業者側が電力の廉価供給をしても、その便益が一部のステークホルダーにしか分配されなければ、便益にあずかれなかった側との亀裂は深まるだろう。ポイントの2つ目は、多くの場合、こうした便益分配はミャンマー国内での既存の権力関係に依存すること。すなわち、反政府側やローカルコミュニティに便益が滴り落ちることは、然程、期待できない。従がって、3つ目のポイントとして、反政府側はIPPプロジェクト実施にあたり態度を硬化させ、成長著しい市民団体と一体となって、頑なな反対勢力となりがちなこと(図4)。このメカニズムこそが、水力発電と火力発電に共通した、根源的なバリアの1つと考えられる。IPP事業へのローカルコミュニティの期待や懸念を丁寧に解明し、そこに応える方途を考察することが物事を生産的にする一つの方向性かもしれない。

閉会にあたり、芳川特任教授(PARI)が今後の方向性について議論をまとめた。確かに、ローカルコミュニティの視点を解明することは重要である。とはいえ、ハッギダムのケース一つとっても、そうしたローカルコミュニティにアクセスすることは、現実的には難しいと思われる。従って、現地に根差しているインフォーマントと信頼を構築することが取り急ぎ重要となる。併せて、1)中国とミャンマーの電力分野における協力関係に関する、中国側投資者の動向や意向等に関する情報収集を、EGATやチュラロンコン大学のネットワークを活用しつつ行うこと、2)これに基づいてバリアの特定やその除去についての基礎的情報収集が今期の成果として望まれること、が強調された。

脚注

  1. 以下を参照。
    IEA - The Energy Development Index
  2. タイの電力会社への卸売り販売を主目的として、ミャンマー国内で行われる発電事業。
  3. ミャンマーのエネルギー政策に携わる行政官を対象に、専門的な教育・人材育成を行うことを趣旨として、2013年9月より定期的に実施されている。以下を参照。
    ミャンマー「エネルギー政策ワークショップ」
  4. 変電所周囲半径40km地域はグリッドからの電力供給が可能であるという仮定に基づく。
  5. 今回は水力発電が可能な村落とそうでない村落に分けた。特に国内の農村のうち1割程度が水力発電可能であるという仮定に基づく。
  6. 今回の算出は暫定的なものであり、JICA, ADB, WBによるプロジェクトとのすり合わせは不十分である。
  7. 午前セッション冒頭、坂田センター長の発表を参照。
  8. なお、中国雲南省内のサルウィン川上流部は「怒江」とよばれ、10を超える巨大ダムが建設予定と言われる。
  9. 銀行が融資をすることが可能な状態を、「バンカブル(Bankable)」という。ある銀行のヒアリングでは、「タイ電力公社が100%電力購入すること」がミャンマーIPPが「バンカブル」になるための条件とのことである。
  10. ミャンマーにおける少数民族カレンの自治権拡充を目指す武装組織。現在、様々な分派が乱立している。
  11. 石炭を効率的に使用し、環境負荷を抑える技術。その一つの高効率発電技術には、超臨界圧、超々臨界圧等がある。
  12. 中国輸出向けの既存の水力発電では、1割の「フリー・シェア」や「フリー・パワー」が認められていると言われる。
  13. ラオスは、IPP水力発電・輸出の増加を通じて、「Battery of ASEAN(アセアンのバッテリー)」になることを目指している。代表的事業が、ナムトゥン(Nam Theun)2水力発電。

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