開催報告 第2回 PARI-ERI ジョイント・ワークショップ

ASEAN コネクティビティー:タイとミャンマーの電力統合

チュラロンコン大学エネルギー研究所 客員研究員
山口 健介

2014/4/28

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photo by Prof. Ukrist Pathamanand

概要
【日時】 2014年4月4日(金) 10:00-17:00
【場所】 The Sukosol Bangkok(タイ、バンコク)
【共催】 東京大学政策ビジョン研究センター(PARI)、チュラロンコン大学エネルギー研究所(ERI)
【後援】 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)
プログラム
午前
【開会挨拶】 Prof. Tharapon Vitidsant (チュラロンコン大学エネルギー研究所 所長)
【概要説明】 坂田 一郎 (東京大学政策ビジョン研究センター センター長、工学系研究科 教授) 配布資料
山口 健介 (チュラロンコン大学エネルギー研究所 客員研究員) 配布資料
【基調講演】 Dr. Venkatachalam Anbumozhi (東アジア・アセアン研究センター エネルギー・エコノミスト) 配布資料
【発表】 Mr. Danuja Simasathien (Executive Vice President, EGCO) 配布資料
清野 正幸 (東京大学政策ビジョン研究センター 特任研究員) 配布資料
【ディスカッション1司会】 芳川 恒志 (東京大学政策ビジョン研究センター/公共政策大学院 特任教授)
午後
【開会挨拶】 山本 信平 (Managing Director for Research Affairs, ERIA)
【基調講演】 井内 摂男 (JETROバンコク事務所 所長) 配布資料
【発表】 Dr. Suthee Traivivatane (チュラロンコン大学エネルギー研究所 研究員) 配布資料
Mr. Keith Rabin (KWR International, Inc. 社長) 配布資料
【Q&A】
【発表】 Prof. Ukrist Pathamanand (チュラロンコン大学Institute of Asian Studies 教授) 配布資料
川端 智之 (JICAタイ事務所 次長) 配布資料
【ディスカッション2司会
・総括】
芳川 恒志 (東京大学公共政策大学院 政策ビジョン研究センター併任 特任教授)
【閉会挨拶】 Prof. Surichai Wun'gaeo (チュラロンコン大学名誉教授、Center for Peace and Conflict Studies所長)

電力分野のコネクティビティー

2015年のASEAN経済共同体(ASEAN Economic Community、以下AEC)発足を控え、アセアン各国で「コネクティビティー(連結性)」のキーワードを耳にする機会が少なくない。コネクティビティーは、人的・物理的・制度的等さまざまな場面で使用される。ヒト・モノ・カネの流動性が域内で高まることによる各国の恩恵は少なくない。例えば、メコン河地域の東西経済回廊の整備による物流コスト低減は、国際分業におけるアセアン地域の比較優位を生むに違いない。

他方で、ここにきて、連結が容易でない分野も判明してきた。その最たるものが、電力分野である。安価に発電した電力を、越境送電網を通じて送り届けることで、より多くの人がより安価に電力にアクセスする事のメリットは、域内各国に十二分に認識されているし、実際すでに電力取引は行われている。例えば、電力需給の逼迫するタイを相手として、水力発電による電力が豊富なラオスは電力輸出を順調に伸ばしてきた。しかしながら、同じくタイと国境を接しているにもかかわらず、ミャンマーとタイとの電力取引は進んでいない。

なぜだろうか。何が電力取引のバリア(障害)になっているのだろうか。バリアを取り除くために必要な措置とは何だろうか。

昨年秋にスタートした東京大学政策ビジョン研究センター(UTokyo Policy Alternatives Research Institute、以下PARI)とタイ国チュラロンコン大学エネルギー研究所(Energy Research Institute、以下ERI)の共同研究の目的は、ミャンマーにおける地方の電力アクセスを改善するというテーマの下、旺盛なタイの経済活力を如何に活用するかとの問題意識からスタートしたものである。今年度は、タイ側の視点に配慮して、当事者等とのワークショップを通じ、現場の声を十二分に踏まえたうえで、上記の論点に迫ることを目的としている。

その中間報告会として、2014年4月4日、第2回PARI-ERI共同ワークショップ“ASEAN Connectivity: Power Integration between Thailand and Myanmar”を、東アジア・アセアン研究センター(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia、以下ERIA)の後援で、バンコクにて開催した。これは昨年12月の第1回ワークショップに続く会合で、最終ワークショップは6月に行う予定である。当日は、日泰両国の産・学・官の多様なセクターから30名を超える人が集まり、活発に意見交換がなされた。

ワークショップ概要

午前:タイ—ラオス電力コネクティビティーにみるウィン・ウィン関係

タラポン教授(ERI所長)の歓迎挨拶の後、坂田一郎教授(PARI所長)によりERIAプロジェクト経緯の意義及び問題意識の確認がなされた。山口客員研究員(ERI)からは、今年度のPARI-ERI共同研究の最終ゴールが、3つの問い—(1)タイ—ミャンマー電力取引におけるウィン・ウィン関係のあり方、(2)ウィン・ウィン関係構築に当たるバリア、(3)バリアを除去するための関係者の役割—の解明と利害関係者への提言であることが説明された。6月の最終ワークショップにおける提言の準備として、今回のワークショップでは2つ目の問い—ウィン・ウィン関係構築に当たるバリア—に焦点があてられた。

アンブモジ研究員(ERIA)の基調講演では、東南アジアのエネルギー需給見通しに加えて、この地域の最も先進的な事例の一つである、ナムトゥン2(Nam Theun 2、以下NT2)ダムをめぐるラオスとタイの電力取引事例が紹介された。NT2は1,070MWの大規模水力発電であり、発電された電力の95%をタイへ輸出している。ラオスにとっては手っ取り早い外貨獲得の手段であり、タイにとっては増加する国内電力需要に対応する安価な設備増強の手段である。ASEANにおける、ウィン・ウィン・プロジェクトのベンチマークとして位置づけることが出来よう。

次に、NT2の25%出資者でもあるエレクトリシティ・ジェネレーティング・パブリック・カンパニー社(EGCO)のダヌジャ氏から、現在同社が取り組んでいるダウェイ発電プロジェクトについて説明がなされた。同プロジェクトでは、ダウェイ経済特区への電力供給を主目的としつつも、同特区における今後の電力需要には依然不確実性があることから、当座タイへの輸出を通じてプロジェクト・ファイナンスを成立させたい意向である。ミャンマー政府に対しては、関連法整備を通じたプロジェクトへのコミットメントを求めている。

こうした課題について、清野研究員(PARI)は、NT2の事例をも踏まえて、ミャンマーにおけるタイ投資発電プロジェクトへの示唆として、次の3点を強調した。第1に、ミャンマーにおける発電電力の一部は、タイに供給されるべきである。とはいえ、第2に、残りの発電電力についてはミャンマー電力公社(Myanmar Electric Power Enterprise、以下MEPE)によって、ミャンマー国内で供給されるべきである。第3に、各プロジェクトが確実に地元の人々の生活の質向上に寄与するべきである。このように、各関係者がそれぞれに明確な便益を認識し協力関係で結ばれることが、ウィン・ウィン・プロジェクトの大前提となる。

午後:タイ—ミャンマー電力コネクティビティーのバリア

では、こうしたウィン・ウィン関係構築を妨げているバリアはなんだろうか。今回のワークショップの主題に迫るために、午後のセッションでは参加型のワークショップが行われた。冒頭、PARI-ERI共同研究を後援するERIAの山本次長の開会の挨拶に続き、井内所長(JETROバンコク事務所)よりミャンマー投資についての一見解が示された。人口の高齢化に伴う労働者人口の減少と更なる労働コストの高まりを背景として、ASEANの生産拠点であるタイだけで事業を完結させるのではなく、同国以外でも生産を行うことを目指す考えである「タイ+1」の動きの中で、ミャンマーは有望なフロンティアとみなされている。他方で、電力供給はそのボトルネックになりかねなく、その電力設備強化はミャンマーだけでなく、タイや日本など進出を考える各国にとっても喫緊の課題である。

こうした問題提起を受け、参加型ワークショップで焦点を当てる、タイ資本によるミャンマー電力開発の事例について、スティー研究員(ERI)からその概要とバリアが説明された。これまでミャンマーで計画されてきた、タイ出資の大型(1,000MW以上)の事業は3つ—ダウェイ(Dawei)、タサン(Tasang)、ハッギ(Hatghi)—であるが、事例ごとにバリアは異なる。文献調査及びインタビューを通じて得た、各事例のバリアに関する一次データを、先行研究に基づき、経済・技術、政治・制度、社会・環境の各側面から整理した結果を仮説として提示した。

まず、ダウェイなど石炭火力発電については、燃料コストが恒常的にプロジェクトに課されるため、事業の経済性が課題となりやすい。タイ発電公社(Electricity Generating Authority of Thailand 、以下EGAT)の電力長期買い取り価格が低い現状、レンダー(貸し手)を見つけるのが困難である。次に、水力発電については、大規模化により事業の経済性担保が可能である。タサンで予定される7,000MW超の出力は、ミャンマー総発電設備容量(2012年現在、3,595MW)と比較しても「超」巨大設備といってよい。勢い、地元社会や環境への影響は甚大となる。国民統合に関わる社会的溝も背景にあるため、社会・環境面のバリア除去は困難を極める。

さて、参加型分科会に移る前に、ラビン氏(KWR International, Inc.)・ウクリスト教授(チュラロンコン大学)・川端次長(JICAタイ事務所)によって、バリアを理解するための関連情報が提供された。前2者は社会的バリアに関する、ミャンマー現地調査の報告であり、ラビン氏は設備等のメンテナンスが大きな課題となっていること、そのための人材養成が必要であることなど現場目線での問題認識を確認した。次に、ウクリスト教授より、ミャンマー民主化により国民の声の重要性が増し、これをプロジェクトに取り込む必要が生じているなど、環境が変化しているとの指摘があった。

他方で、川端報告は経済的バリアについて具体的な解決策を示唆するものであった。近年JICAでは、これまでの円借款事業に加えて、民間プロジェクトを支援するための民間セクター投融資(PSIF:Public Sector Investment Finance)等が新設されている。ミャンマー発電事業において民間レンダーの獲得が困難となっている現状で、JICA等の公的スキーム活用は経済的バリアを除去する一つのオプションとなるかもしれない。公的スキーム活用の具体的な方途については、今後真剣に議論すべき点と思われる。

市民社会の醸成とバリア除去

これらの関連情報を踏まえたうえで、2つの分科会—石炭火力発電と大型水力発電—に分かれて、冒頭に提示した2つ目の問い—ウィン・ウィン関係構築に当たるバリア—、に迫るために参加型の議論が行われた。まず、水力発電について、技術的側面としては、最寄りの変電所までの距離が指摘された。また、経済的な側面については、大規模なダムしか事業として成り立たない事が指摘された。これら2点は、水力発電に適した場所が極めて限定的であり、限られた適地をめぐって過当競争が生じる蓋然性を示唆している。

次に石炭火力発電については、現在進行中のダウェイを念頭に議論がなされた。第1に、ミャンマー政府のコミットメントの低さについて指摘された。環境・社会面における影響についても、関連法制度さえ整備されれば、事業者はそれにしたがい事業を行う事が出来る。関連法整備については、ミャンマー政府のコミットメントが必須となる。第2に、発電事業における、フリー・シェア(無償の株取得)やフリー・パワー(無償の電力配分)といったミャンマー側からの要求が、グローバルビジネスの常識からかけ離れていることが指摘された。第3に、長期電力買い取り価格の算出方法について議論された。

このように見てみると、今回のワークショップの目的である、個々のバリアについては、一定程度解明できたように思われる。他方で、過去の経験を振り返ると、バリアの除去が一筋縄でいかない事は明白である。これまで、バリア除去のための努力は、主に政府に向けて行われてきた。これらが、バリア除去のために必要である事は言を俟たない。

しかし、政府へのアプローチだけで十分実効的といえるだろうか。ヒントは、民政移管以降ますます加速する、ミャンマーにおける市民社会の醸成にあるかもしれない。閉会にあたり、スリチャイ名誉教授(チュラロンコン大学)は、これまで以上に「市民」が重要な利害関係者となっていることと、また、これにより、政府の政策決定遂行プロセスにおいて、市民の声をより取り込む必要が生じていること、そうした点を考慮しても国際協力の必要性が増していることことが求められており、こういう側面も含めた政府の能力の差という意味からも国際協力の意義が大きくなっていること事を強調した。

ミャンマーの市民社会の成熟を考慮に入れ対策を取らない限り、本質的なバリア除去は困難であろう。その際、ミャンマー政府が対応しきれない部分があることは明白である。今後、市民も含めて多様な利害関係者の協働による、新たな対応が模索されねばならない。これをひとまずの指針として更なる分析・調査の上、6月の最終ワークショップでは、第3の問い—バリアを除去するための関係者の役割—に迫ってみることとしたい。

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