開催報告 第1回 PARI-ERI ジョイント・ワークショップ

タイ・ミャンマーにおけるエネルギー相互依存関係について:タイ側からの視点で考える

チュラロンコン大学エネルギー研究所 客員研究員
山口 健介

2014/2/13

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AFP=時事

概要
【日時】 2013年12月16日(月) 13:30-17:00
【場所】 チュラロンコン大学エネルギー研究所(ERI)(タイ、バンコク)
【共催】 東京大学政策ビジョン研究センター(PARI)、チュラロンコン大学エネルギー研究所(ERI)
【後援】 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)
   
プログラム
【開会挨拶】 Dawan Wiwattanadate (チュラロンコン大学エネルギー研究所 副所長)
【概要説明】 坂田 一郎 (東京大学政策ビジョン研究センター 副センター長、工学系研究科 教授) 配布資料
山口 健介 (チュラロンコン大学エネルギー研究所 客員研究員) 配布資料
【基調講演】 李 燕飛 (東アジア・アセアン研究センター 研究員) 配布資料
Jiraporn Sirikum (タイ国電力公社 室長補佐) 配布資料
橋本信雄 (東京大学政策ビジョン研究センター 客員研究員) 配布資料
【フィールドワークの計画】 Keith W. Rabin (KWR International, Inc. 社長) 配布資料
【コメント】 Sunait Chutintaranond (チュラロンコン大学教授、アジア研究所長)
【ディスカッション司会
・総括・閉会挨拶】
芳川 恒志 (東京大学公共政策大学院 政策ビジョン研究センター併任 特任教授)

タイとミャンマー、電力分野における協力:ウィン・ウィンの関係構築に向けて

タイは日本との経済関係も非常に深く、すでに1人当たりGDPは5,000USDを超えた。他国の例にもれず、旺盛な経済成長により、国内の労働市場はタイト化し賃金も高騰しているだけでなくエネルギー需要も増大し、特に電力需給は逼迫して既存の電力設備ではとても供給が間に合わない状況である。他方、隣のミャンマーが、民政移管以後、アジアに残された数少ない経済フロンティアとして注目を浴びている。このようなASEANの主要国である両国が、経済発展段階の違いを超え、双方にメリットのある形でどのような協力関係が構築できるのか、そのために整えるべき条件は何か、また国際社会はどのような貢献が出来るのだろうか。

その最重要課題の一つが、エネルギー・電力分野であることは言うまでもない。既に、ミャンマーからの天然ガスによる発電でタイの電力供給の少なからぬ割合が支えられており、重要な協力関係が築かれている。今後はミャンマーにおいても経済発展が見込まれ、それを支える重要なインフラとして電力をはじめとするエネルギー供給が不可欠である。「隣国タイにおける経済活力を取り込み、その実情を踏まえてエネルギー・電力分野でいかにウィン・ウィンの関係が築けるのか。」これが昨年秋にスタートした東京大学政策ビジョン研究センター(UTokyo Policy Alternatives Research Institute、以下PARI)とタイ国チュラロンコン大学エネルギー研究所(Energy Research Institute、以下ERI)の共同研究にいたった基本的な問題意識である。

上記のような問題意識を踏まえ、第1回 PARI-ERI ジョイント・ワークショップ "The Evolving Energy Relationship Between Thailand and Myanmar: a review from Thailand"として、東アジア・アセアン研究センター(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia、以下ERIA)の後援で2013年12月16日にERIで開催された。議論の焦点は、現在までに両国間の電力取引が必ずしも思うようには進んでいないのはなぜかについて、ミャンマー電源開発に対するタイ投資家の動きを多角的に分析することであり、彼らのリスク認識を明らかにすることでもある。当日は、日泰両国の産・学・官の多様なセクターから30名を超える人が集まり、活発に意見交換がなされた。

経済成長のネックとなるミャンマーの地方電化率の低さをどのように上げていくか

Dawan准教授(ERI副所長)の開会挨拶に続き、東京大学の坂田教授(PARI副センター長)が東アジアロードマップ・プロジェクト及び今年度のPARI-ERIA共同研究のテーマである「ミャンマーにおける地方電化」について概要を説明した。経済成長の源として大きなポテンシャルを有する地方において、その電化率は未だに低く、今後の経済成長のボトルネックとなりかねない。そこで、地方電化戦略が重要となる。地方電化は、基幹送電網の延長を通じた電力供給の拡大により達成される。とはいえ、一朝一夕に基幹送電網の整備が達成されるわけではない。「即効性」のある戦略として、基幹送電網から離れた僻地(オフ・グリッド)におけるミニ水力発電など地域資源の活用や、タイや中国など隣国との電力取引に着目する必要性が指摘された。これを受けて、山口客員研究員(ERI)から、1)ERI-PARI共同研究では、タイ・中国などの隣国との電力取引を通じたwin-win関係構築を目標としており(図1)、2)そのための、電力取引制度のあり方の解明を目的として、3)本ワークショップでは、ミャンマー電力投資についてタイ投資家のリスク認識にフォーカスする事が説明された。

ミャンマーにおけるエネルギーの未来

このリスク認識と関連して、3つの基調講演が行われた。第1に、李研究員(ERIA)がミャンマーにおける2035年までのエネルギー見通しについて、BAU(Business As Usual、現在の政策・制度が変わらない場合)シナリオとAPS(Alternative Policy Scenario、現在の省エネ行動計画が予定通り取り組まれた場合)シナリオの分析結果を発表した。2020年の段階で、APSシナリオはBAUシナリオと比較して、5.9%(産業部門)、3%(交通部門)の最終エネルギー需要の減少が見込まれる。他方、石炭利用が増加する結果、1次エネルギー消費量には際立った減少効果が期待できない。従って、よりアグレッシブな政策・制度-エネルギー・マネジメントシステム、省エネ基準の導入、新エネルギーの導入-が必要となる。同時に、こうした政策研究の質の向上のために、より信頼性の高い統計データが必須となることを強調した。

第2に、タイ電力公社(Electricity Generating Authority of Thailand、以下EGAT)のJiraporn室長補佐は、現在のタイ政府のミャンマーからの電力輸入計画について説明した。ミャンマーは潜在的な電源開発の規模が大きい(39,720MW)。そこで、タイは、多様な電源構成を求めて、ミャンマーから10,000MWもの電力輸入を計画している。それにも関わらず、泰緬両政府の間で信頼関係が不十分であることから、タイ投資によるミャンマーの電源開発は現在進んでいない。タサンの水力発電プロジェクトやダウェイの火力発電プロジェクトなど、今後電力輸入のキーとなる大規模プロジェクトを進めるためにも、タイ緬両政府の信頼関係の構築が重要であると指摘した。

第3に東京大学の橋本客員研究員(PARI)は、ラオスやカンボジアにおける電力取引の経験を元に、今後の泰緬電力取引への示唆を提示した。ラオスにおいては、ラオス電力公社(Electricite du Laos, 略称:EDL)によるタイEGATへの電力輸出が両国の互恵関係に繋がっている。また、カンボジアにおいては、タイとベトナムからの電力輸入を通じて、首都プノンペンに電力供給がなされている。これらの経験を踏まえて、次の3点の示唆を導出した。1)電力取引は輸出側・輸入側の相互依存関係を深めることを通じて、エネルギー安全保障に寄与すること、2)IPPによる電力輸出は政府の外貨獲得に、小規模電力輸入は国境僻地の電力供給に有効であること、3)高圧送電線の複数のIPP事業者による所有は、IPP事業の促進のみならず国境周辺僻地における電化をも進め得ることである。

続いて、これまでミャンマーにおいて行われてきた、フィールドワークの成果として、Rabin氏(KWR International, Inc.社長)により、1)都市と農村における電力需要の大きなギャップの存在、2)小型の太陽光発電や水力発電技術導入の動きとその課題、3)タイ国境周辺におけるタイとのインフォーマルな電力取引の実態、について発表が行われた。これに対して、Sunait教授(チュラロンコン大学)は、1)ローカル・コミュニティにおける、エネルギー・ニーズの実態が明らかでない点(「何に電力やエネルギーを使いたいのか?」)、2)フィールドワークにおけるサイト・セレクションの基準(「何を明らかにすることを目的として、そのサイトをフィールド調査地として選択したのか?」)、の観点からコメントを行った。このようにして、現状を十分に踏まえたうえで、ミャンマーにおける長期的なビジョンを構築する必要性を強調した。

以上の発表を踏まえて、東京大学の芳川教授(PARI/公共政策大学院)が、ミャンマー投資における障害(Barrier)にフォーカスして、オープン・フロアの議論をリードした。まず、Jiraporn室長補佐はミャンマーにおける環境・社会運動の激しさと、それへのミャンマー政府の対応能力を指摘した。次に、スネイト教授は、ミャンマーにおける政治の急速な変化と行政能力の非適応を懸念材料として挙げた。その他、ミャンマー投資における融資適格性(Bankability)の低さ(銀行融資が可能となる条件が、対象プロジェクトに十分に揃っていない状態)が実務家側から強調された。結論として、4月に開催予定の次回のワークショップでは、これらの課題を十分に理解したうえで、そうした課題を乗り越えるための、泰緬電力取引の制度(Institution)について示唆を引き出すことを確認した。

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