医療機器の開発に関する政策研究ユニット 3年目の報告書

12/12/14

医療イノベーションを実現するために、質の高い医療提供を可能にする優れた製品や技術の創出に対して、より効果的なインセンティヴを付与する方向へ

1. はじめに(我が国を含む世界の動き)

(1) データからみえる医療機器分野の過渡期

医療機器に関するユニット政策研究ユニット(以下、「医療機器ユニット」と標記します)では、2009年10月から2012年9月にかけて、医療機器分野におけるイノベーションの実現に向けて検討を続けて参りました。医療機器ユニットが設立された当時は、旧5ヵ年戦略(文部科学省・厚生労働省・経済産業省「革新的医薬品・医療機器創出のための5ヵ年戦略」(平成19年4月26日))の3年目に当たる年でしたが、以後、医療機器分野を取り巻く状況は目まぐるしく変化しています。

医療機器分野は、大きな過渡期にあります(以下、see Espicom, Medistat: Worldwide Medical Market Forecasts to 2017, July 2012, at 21)。医療機器の世界市場は、2012年度で約3070億7000万ドル、2017年度までには4340億4000万ドル規模になるものと予想されています。複合年間成長率(CAGR: Compound Annual Growth Rate)で比較してみると、成長率は鈍化するという予測があります。具体的には、2006年度から2010年度までの成長率は7.9パーセントだったのに対して、2012年度から2017年度の数値は7.1パーセントにとどまるものと推計されています。

我が国にとってより衝撃的な予測もあります。第1に、市場規模の地域別ランキングにおいて、2017年度までに日本が世界2位の地位を明け渡し、2017年度には世界4位になるという予測です(以下、see Espicom, Medistat: Worldwide Medical Market Forecasts to 2017, July 2012, at 39)。2012年度において、日本の市場規模は、世界市場の約10.2パーセントを占めており、アメリカ合衆国(約39.1パーセント)に次いで2位です。2012年度現在、3位はドイツ(約7.6パーセント)、4位は中国(約4.5パーセント)、5位はフランス(約4.3パーセント)となっています。2017年度には、1位がアメリカ合衆国(約36.3パーセント)、2位が中国(約8.1パーセント)、3位がドイツ(約7.4パーセント)、4位が日本(約7.1パーセント)、5位がフランス(約4.0パーセント)というように推移するものと予想されています。

第2に、複合年間成長率(2008年度−2017年度)の予測でも、世界では7.1パーセント、アジア市場だけでは9.3パーセントの成長率なのに対し、我が国の数値はマイナス0.4とされています(Espicom, Medistat: Worldwide Medical Market Forecasts to 2017, July 2012, at 30 and 184)。このように、現在利用可能なデータを前提にすると、医療機器分野は大きな過渡期にあると思われます。

実際のところ、より高度な医療機器が生み出される中で、我が国では特に治療機器の輸入が拡大しており、 診断機器の輸出にも陰りがみられます(内閣官房 医療イノベーション推進室「医療イノベーションの推進について」(2012年3月、第6回医機連主催医療テクノロジー推進会議における松本洋一郎室長資料3頁)。米国においても、投資家のマインド、上市される新しい製品数、上市に要する費用、臨床試験にかかる費用、特許申請期間や特許として認められる数などの観点から、医療分野におけるイノベーションのスピードは鈍化している、という報告があります(See, e.g., Engelberg Center for Healthcare Reform, State of Biomedical Innovation Conference, The Brookings Institution, June 27, 2012)。しかしながら、そのような状況を打開すべく、我が国ではさまざまな試行錯誤が行われてきました。

(2) 欧米とともに進められている我が国の試行錯誤

(a) 医療機器の特性を踏まえた制度改正

まず、旧5ヵ年戦略では言及されることがなかった点、すなわち、「薬事法についての医療機器の特性を踏まえた制度改正」が、6月6日にまとめられた「医療イノベーション5ヵ年戦略」に盛り込まれました。医療機器の特性を踏まえた制度改正については、「日本再生戦略」(2012年7月31日閣議決定)の中でも言及されており、「医療機器の審査の迅速化・合理化を図るため、薬事法について、次期通常国会(2013 年度)までの改正法案提出を目指して医療機器の特性を踏まえた制度改正を行い、医薬品から別章立てするとともに、後発医療機器等を対象に登録認証機関を活用した承認・認証制度の拡充を行う。また、制度改正に先立ち、関係者の意見も十分に聴取しつつ、審査迅速化・質の向上に向け、承認基準、審査ガイドラインの策定等の運用改善を実行に移すための取組を行う」とあります。

このように、医療機器ユニットの設立から3年を経て、医療機器を医薬品とは異なる製品として規制上取り扱う旨の政府方針が明らかにされたことは、極めて画期的なことです。米国では1970年代、欧州では1990年代に導入された医療機器の特性を踏まえた規制の導入が、我が国でも着実に、かつ急速に進められています(たとえば、佐藤智晶「医療機器に対する欧米の薬事規制変遷」(財団法人医療機器センター附属医療機器産業研究所 リサーチペーパー第6号)(2012年4月6日))。

言うまでもなく医療機器は、医薬品以外の医療関連製品として世界で最初に認識されたものであり、医薬品以上に規制上の取り扱いが難しいと考えられてきました。そのため、医療機器に関する規制については、後述するように欧米でも今なおダイナミックな試行錯誤が続けられています。医師の手技と関連することが、医療機器の規制を医薬品以上に難しくしているのです。

たとえば、米国では、これまで好評を博してきたにもかかわらず、より簡易な審査で改良型の医療機器を上市させるスキームが見直しを余儀なくされています(Kramer, D.B., Xu, S., & Kesselheim, A.S.: N. Engl. J. Med. 366, 848-855 (2012))。アメリカ科学アカデミー医学部会によるPre-Market Notification(いわゆる510k review process)への批判を受けて(IOM Committee on the Public Health Effectiveness of the FDA 510 (k) Clearance Process, Medical Devices and the Public's Health: The FDA 510(k) Clearance Process at 35 Years (2011))、食品医薬品局や連邦議会公聴会での度重なる議論が行われ、機器のリスク分類プロセスや申請受付の要件をより一層重視する方向性が打ち出されました(FDA, Draft Guidance: Refuse to Accept Policy for 510(k)s, Aug. 13, 2012)。

欧州でも、米国よりも比較的早いとされ、近年極めて高い評価を受けていた医療機器の安全性評価の質に対して、疑問の目が向けられるようになりました。比較的早い審査期間の代わりに、欧州では認証機関の審査の質にばらつきが見られるという指摘が有りましたが、実際、2011年にはある認証機関がブレストインプラントに関するメーカーからの虚偽申請を見抜けず、およそ30万から40万人もの患者に影響を及ぼしかねない事件が発生しました(Alexandria Sage, Natalie Huet, Chine Labbe and Elena Berton in Paris, Ludwig Burger in Frankfurt, Anna Yukhananov in Washington and Ben Hirschler in London. Editing by Sara Ledwith and Simon Robinson, Insight: In PIP implant scandal, a ragged safety net exposed, Thomson Reuters, Feb. 3, 2012)。現在進められているEC指令改正議論のなかでは、市販前の審査承認制度の是非も含めて、市販後調査の強化が検討されています(EU Committee on the Environment, Public Health and Food Safety, PIP breast implants: "learn the lessons of this fraud", Press Release, Apr. 26, 2012)。

(b) 医療保険制度におけるイノベーションの評価

次に、医療機器開発の出口、すなわち保険収載・償還を経て、より優れた製品や医療技術が臨床現場へと持ち込まれることを重視する姿勢です。我が国でも、保険収載・償還制度において、より優れた製品や医療技術の創出や導入に関して、より適切に評価すべく工夫がなされてきています。新薬創出・適用外薬解消等促進加算や、いわゆるデバイスラグ解消加算という新しい補正加算の制度はその代表例です。医療機器分野では、エビデンスに基づいて補正加算(改良加算)レベルを設定しようという動きもあります。

このように、研究開発への努力や投資の成果に対して一定の目に見えるベネフィットの実現、またはいわゆる「出口」を見通すことができなければ、医師をはじめとする医療従事者、医療機関、研究者、医薬品や医療機器メーカーなどは、リスクのある研究開発プロジェクトを進めることが難しくなってしまいます。そのため、より優れた医療機器の創出や医療イノベーションの実現に向けて、保険収載・償還制度におけるイノベーションの評価が具体化してきたことは、大きな第一歩と言えるでしょう。

我が国の挑戦は、世界で最も急速に進む高齢化社会の中で国民の健康増進を図り、科学技術イノベーションを力にして、今後の持続可能な経済成長を目指すことにあります(たとえば、森田朗「政策ビジョン研究センターのインタビュー企画「医療イノベーションのフロントランナーに聞く(第2回)」(2012年10月26日)。そこでは、アンメットメディカルニーズの解消のため、より優れた医療関連製品や技術を次々と創出できるような環境整備が欠かせません。医療機器分野は、今後の医薬品以外の新しい医療関連製品や技術の展開を占う試金石といっても過言ではないでしょう。

以上を踏まえて、本報告書ではまず旧5ヵ年戦略を簡単に振り返り、次に、医療イノベーションを実現するために、今後どのような方向性が取られるべきかについてご説明します。

2. 革新的な医薬品・医療機器創出のための5ヵ年戦略の成果

革新的医薬品・医療機器創出のための5か年戦略(以下、「旧5ヵ年戦略」は、医療イノベーション推進室という新しい司令塔の下で、医療機器の特性を踏まえた政策的な議論を深める契機として、大きな意味があったと考えられます。

旧5ヵ年戦略は、日本の優れた研究開発力をもとに、革新的医薬品・医療機器の国際開発・提供体制へ日本が参加し、日本で開発される革新的医薬品・医療機器の、世界市場におけるシェアが拡大されることを通じて、医薬品・医療機器産業を日本の成長牽引役へ導くとともに、世界最高水準の医薬品・医療 機器を国民に迅速に提供することを目標として定めています。

この5年間を通じて、研究から上市に至る各ステージにおいて、①研究資金の集中投入、②ベンチャー企業の育成等、③臨床研究・治験環境整備、④アジアとの連携、⑤審査の迅速化・質の向上、⑥イノベーションの適切な評価、⑦官民の推進体制の整備等の取組により、ドラッグラグ・デバイスラグの短縮につながる体制等が整備されました。

旧5ヵ年戦略のように、医薬品や医療機器の研究開発から上市までに関する政策を省庁間ですり合わせるような試みは、実は世界でもほとんど例がありません。米国でも、整合性のとれた戦略が注目を集めており(PhRMA, Growth Platform for Economies Around The World, May 2012, at 47 (Many state‐level bioscience/life science strategies, No tradition of national innovation or competiveness strategy; some modest efforts under way, No coordinated national or regional strategy focused on promoting the sustainability and growth of the biopharmaceutical and related industries). See also The White House, National Bioeconomy Blueprint, Apr. 2012)、ドイツでも我が国と類似のフォーラムが立ち上げられたばかりです(Federal Ministry of Education and Research (BMBF), Federal Ministry of Economics and Technology (BMWi), Federal Ministry of Health (BMG), National Strategy Process "Innovations in Medical Technology" in 2011)。このように、我が国の試みは、研究から上市に至る過程を支援する一貫した政策パッケージを策定した点で、世界に先駆けたものということができます。

旧5ヵ年戦略は、医薬品分野において審査期間が約5年間で半減するなど、目に見える一定の成果をあげています(たとえば、第2回医薬品・医療機器産業発展のための政策対話(2012年5月10日)(資料3-1参照)(特段ドラッグラグ等への言及はなく、イノベーションのための追加的なインセンティヴの要請のみ)。このような医薬品分野での成功を、今後、医療機器分野をはじめとするそれ以外の医療関連製品や技術での成功につなげてゆくことが期待されます。

また、旧5ヵ年戦略の4年目には、内閣官房医療イノベーション推進室が設置されました。医療イノベーション推進室は、国の司令塔として、文部科学省・厚生労働省・経済産業省・総務省の取り組みの縦割りを排除し、また産学官が一体となったオールジャパン体制により、研究開発の基礎から実用化まで切れ目ない研究開発費の投入や研究基盤の整備に取り組むことを可能にしました。

医療機器分野に限ってみると、先に説明したとおり、医薬品ベースの議論から医療機器の特性を踏まえた議論を産官学で密に行う素地ができたことに加えて(たとえば、規制・制度改革に係る方針(2012年7月10日閣議決定); 垣添忠生「医療機器、医薬品との法制分離を」読売新聞朝刊2011年11月7日(第1面))、医療機器業界のマインドが前向きになっていることが、大きな成果の1つといえます。

しかしながら、医療機器分野については審査期間、デバイスラグ、そして輸出入比率など、データとして十分な改善がなかなか現れてきていないのではないか、という指摘もあります(第1回医薬品・医療機器産業発展のための政策対話(2011年12月14日)(資料3-2参照)。これには、改革が道半ばであることに加えて、経済情勢やアジアをはじめする新興国市場の拡大など、さまざまな要因が関係しているものと考えられますが、医療イノベーション5ヵ年戦略を推進する中で、漸進的な改善が目指されているところです。

我々が医療イノベーションの進展をより実感でき、その実現に向けて邁進するためには、医療イノベーション5ヵ年戦略ですでに謳われているように、アンメットメディカルニーズの解消に加えて、経済成長を見据えた各種数値目標等を設定し、それをクリアできるような施策が次々と打たれる仕組みが重要になります。具体的にいえば、工程表を策定すること、各プログラムの進捗状況や目標達成状況を把握できる計測可能な指標を個別に設定すること、計画の進行管理に当たっては、これらの指標を計測し、医療イノベーションの実現に向けて、必要な施策の見直しを行うことなどです(評価指標については、see, e.g., Engelberg Center for Healthcare Reform, State of Biomedical Innovation Conference, The Brookings Institution, June 27, 2012)。このようないわゆる「モニタリング」は、新しい技術が生み出す可能性と課題を広く啓発するとともに、社会で共有するという意味でも重要な意味を持っています。

3. 医療機器分野における更なる医療イノベーションを実現するための方向性

医療機器分野における更なる医療イノベーションを実現するための鍵は、ゴールに向けて効果的なインセンティヴを生み出してゆく方向性です。一定の評価指標に基づいてイノベーションを実現した者が報われる仕組みがあってはじめて、患者や国民はより優れた製品や医療技術の恩恵に与ることができます。そのようないわゆる「出口」を見通すことのできる環境であればこそ、医師や開発者などの関係者は、よりよい製品や医療技術を創出する意欲を持つことができ、その結果として、医療イノベーションはさらに進展することになります。医療イノベーションの実現によって、皆がベネフィットを享受できるという一定の期待と信頼が不可欠なのです。医療イノベーション5ヵ年戦略には、そのような方向性がみられます。

新5ヵ年戦略で予定されているさまざまな施策は、医療イノベーションへの期待と信頼を醸成するためのインセンティヴと言い換えても過言ではありません。以下では、上記視点から我が国のとるべき方向性について説明したいと思います。

(1) 医療イノベーションの担い手

医療イノベーションは、医師をはじめとする医療従事者、産業界、研究者の参画はもちろんのこと、国民の積極的な支援なしに実現することはできません。そして、医療イノベーションによって我々が享受できるベネフィットが今後より具体的に可視化されることで、医療イノベーションの担い手はより増えるものと思われます。医療イノベーションの実現に向けて、ベネフィットとインセンティヴをより具体化してゆくことが、産学官一体となって医薬品・医療機器産業を育成し、世界一の革新的医薬品・医療機器の創出国となるために、そして、再生医療や個別化医療のような世界最先端の医療の分野で日本 が世界をリードするために、極めて重要です。

(2) 新しいインセンティヴの考え方

医療イノベーションの推進のためには、インセンティヴのあり方についていろいろと検討する余地があります。これまで、医療機器分野では特許、薬事規制、そして保険収載・償還という3つの側面から、主に医療機器メーカー向けのインセンティヴが検討されてきました。医療機器メーカーにとってのインセンティヴは、後述する保険収載・償還におけるイノベーションの評価だけでは決してありません。たとえば、薬事規制について言えば、規格の標準化を含めて規制のハーモナイゼーションを推進するなど、他国における追加的な規制遵守費用を抑えることも、メーカーにとっては医療機器を上市する大きなインセンティヴになります(たとえば、Michael Gropp, International Regulatory Harmonization and Medical Technology Innovation, 医療イノベーションワークショップ・キックオフ「医療イノベーションにおけるハーモナイゼーションの展望」(2012年4月13日))。また、海外からの患者の受け入れや、海外における医療サーヴィスの提供や医療インフラの構築も、市場の拡大という観点からすれば、医療機器メーカーのインセンティヴになり得ます。さらに、研究開発税制のような減税措置も、新たなインセンティヴの1つとして大きな期待を集めています。このように、ありとあらゆる角度から、医療イノベーションのためのインセンティヴを生み出してゆくことが求められています。

より重要な視点として、今後は医療機器メーカーだけでなく、医師をはじめとする医療従事者、医療機関、そして研究者など、その他の関係者に対するインセンティヴについても、併せて検討する余地があるものと思われます。医療機器の開発には、機器メーカー以外にも部材メーカー、医師などのさまざまな関係者が携わることはもちろんですが、それぞれの関係者にとって利用可能な資源は限られています。他の分野に振り向けられている知的、人的、そして金銭的な資源を医療イノベーションのために投下してもらうためには、呼び水として追加的なインセンティヴを効果的に付与することが欠かせません。それはすなわち、より良いモノ、医療サーヴィスを効率的に創出した人々が報われる環境整備を行うということです。革新的な技術の開発、事業化、さらにはより優れた医療提供の実現には、そのような環境がぜひとも必要になります(たとえば、林良造「日本経済新聞『経済教室』」(2011年12月13日))。

(3) 医療機器の特性を踏まえた規制

医療機器の特性を踏まえた規制で求められているのは、上市までの期間をより見通すことができる形で、安全で有効な製品かどうかをより迅速に審査ないし確認し、臨床現場に届けるプロセスを構築することです。医療機器にはさまざまな種類があり、最終製品や部材の設計を含めて改良改善が幾度となく繰り返されます。より早く臨床現場に持ち込み、医療機器を適切に使用しながら患者の安全を確保し、さらに優れた機器を生み出してゆくことが求められています。医療機器にとって医薬品とは異なる形の規制の方が望ましいことは歴史によって証明されていますが、我が国のみならず世界でもいまだに試行錯誤が続いています。

医療機器の規制については、欧米でも歴史的な背景を踏まえつつ、今なお試行錯誤を繰り返している最中ですが、規制の考え方や理念に関しては一定の方向性を見いだすことができます。すなわち、医療機器の定義を工夫し、安全性や有効性の評価の仕方についても医薬品とは区別することで、医療機器の改良改善を妨げないような規制が導入されています。

米国でも欧州諸国でも、医薬品規制が医療機器と考えられる製品にまで適用されたことがあり、医療機器産業の発展やリコールの増大などを踏まえて、医療機器向けの規制の議論が進んできたのです((たとえば、佐藤智晶「医療機器に対する欧米の薬事規制変遷」(財団法人医療機器センター附属医療機器産業研究所 リサーチペーパー第6号)(2012年4月6日))。

具体的にいえば、医療機器の定義については、主たる作用が体内における化学反応、免疫、代謝によらないものを「医療機器」として定義し、医薬品規制の対象外としています。

リスクやベネフィットの考え方については、適切な環境、適切な条件下で使用された場合に、対象患者の大部分に生じる蓋然的なベネフィットが、蓋然的なリスクを上回っているかどうかで判断されるのが米国です。欧州では、適切な環境、条件の下で使用された場合の安全性と性能が問題にされています。

リスクやベネフィットの考え方で興味深いのは、法律やEC指令において、医療機器の評価で臨床試験データを必ずしも必要としないという考え方が明らかにされていることです。これは、必ず臨床試験を課されている医薬品とは決定的に異なる取り扱いです。

医療機器の特性を踏まえた規制では、以下のような論点が考えられます。

  • 目的と定義の工夫
  • 医療機器の設計思想を反映した効果的なクオリティ・マネジメント・システム
  • 市販後調査の強化(センチネルプロジェクトやUnique Device Identification, UDIなど、医療情報の活用)
  • 専門家のさらなる養成(レギュラトリーサイエンスの推進/人事交流を含めた医療機器産業へのさらなる理解など)
  • 早期・担索的臨床試験拠点や臨床研究中核病院の活用
  • 政策対話など産官学を交えた規制に関するフォーラムによる改革の推進

(4) 診療報酬・医療材料価格制度の考え方

昨年の医療機器ユニット報告書でも言及しているように、より優れた医療機器の開発に一定のインセンティヴが付与されるべきであることはもちろんですが、最も大切なのは、厳しい財政下でもより質の高い医療提供を続けてゆける仕組みです。より具体的には、欧米諸国が模索しているように、より効率的に医療の質やQOLを向上させる医療機器の創出に対して、そして、より費用対効果に優れた医療の実現に対してこそ、インセンティヴが付与されるような診療報酬・医療材料価格制度が求められています。言い換えれば、医療のアクセス、コスト、クオリティ、イノベーションのバランサーとして、診療報酬・医療材料制度を模索しなければなりません。

本報告書で繰り返し申し上げているとおり、診療報酬・医療材料価格制度は、医療機器を開発して上市させるためのインセンティヴとして、特許や薬事規制と並んで最も重要な役割を担っています。より透明性が高いプロセスで、より予見可能性の高い形で償還価格が設定されることで、医療機器の開発はさらに促進されることになります。イノベーションが適切に評価されるという信頼が、医療機器の開発の原動力になるのです。

しかしながら、上市された医療機器が臨床現場においてより効果的に、医療の質やQOLを高めるような形で使用されることこそ、究極的には意味があります。費用対効果が実現されるべきは、製品そのものではないはずです。患者や国民にとっては、より優れた医療機器が創出され、最終的により優れた医療を享受できることが、そして医師をはじめとする医療従事者やメーカーなどは、より優れた医療の実現に寄与したものが報われることにこそ、関心があるはずなのです。

診療報酬・医療材料価格制度において検討されるべき事項としては、以下のものが考えられます。

  • おのおのの新医療機器の価値を適切に評価するために、他の既存製品の機能類似性についてはより丁寧に、より予見可能な形で判断する可能性
  • 診療報酬項目において包括的に評価されている医療機器についても、何らかの形でイノベーションを評価する可能性
  • イノベーションとして、医療者や介護者にとっての負荷の軽減につながるものを評価する可能性
  • 人的資源を含めた医療資源のより有効な活用につながるものをイノベーションとして評価する可能性
  • 市販後調査に基づいて価格を増減させるメカニズムの可能性
  • 保険収載段階で診療ガイドラインなど医学界の技術水準をより考慮する可能性
  • 高齢化人口の増大や在宅医療の推進とともに、今後より使用が拡大すると想定される在宅機器の改良・改善を促す仕組みの可能性
  • 医療の質やQOLの向上に対して新たなインセンティヴを付与する可能性

4. 結論

医療機器の開発に関する政策は、実は新しい医療関連製品や医療技術を我が国で生み出し、アンメットメディカルニーズの解消と経済成長を実現するための政策全般の試金石です。医療機器に関する薬事規制は、20世紀に入ってから、しかも医薬品に関する規制に遅れて生み出された比較的新しいものですが、改良改善を重ねることでより優れた製品を創出し、人々の健康を守るために現行の形にまで少しずつ発展を遂げてきました。医薬品については、16世紀ころから欧州で薬局方が整備されはじめたものの、製造販売について審査と承認が必要になったのは20世紀に入ってからです。医療機器については、医師をはじめとする医療従事者の道具として実質的な規制のない期間が米国では1970年代、欧州では1990年代まで続いていました。医療機器に関する薬事規制やその他の制度は、医薬品にも増して歴史が浅く、社会や医療技術の発展とともにより優れた製品を臨床現場に届けるために、今なお変容を続けているのです。

我が国では世界に先駆けて、医療機器を含む医療分野のイノベーションについて国家規模の5ヵ年戦略が構築されました。欧米では、より安全で優れた医療機器を医療現場でより早く使えるようにするための議論が続いており、いまだに解は見いだされていませんが、産官学の英知を結集して、漸進的な改善策が模索されています。医療機器ユニットは、我が国でも医療機器の特性に鑑みた規制のもと、医療イノベーションを実現するために、質の高い医療提供を可能にする優れた製品や技術の創出に対して、より効果的なインセンティヴを付与する方向性が重要であるという前提に立って、これからも研究を続けて参ります。